ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

農園作業8時間

2014年05月31日 23時14分10秒 | 市民農園
今朝は少しのんびりと動き出した、わが家の市民農園への一日農民で、此れが毎日続けるとなるともう仕事になってしまうが出来るだけ此方の都合のいい時だけ俄か農夫になるのは、楽しみの方が多い。
ベランダ温室でポット植えしていたトーモロコシが10センチ以上に成長し、何時でも移植できる状態になっていた、竹の子採りを切り上げ今日遠藤農園出動に切り替える、畑作業を開始してから、そろそろ一月近くになる借りてる真栄の畑は丁度周りの小高い山々の谷間になっていて、風の通り道になっていることが判明する、予想はしていたことで備品で持っていた防風ネットを借りている畑全部に張り巡らしているので少しは防御しているつもりだが、今年の春は強風が多く土埃で被害を受けていた、ネットで買ったトマトの苗が横浜から来ていたので、北海道の気候に馴染むには時間がかかるのと、気温が其れなりに高くなるまで保護をしなければならないと実践で判っていた。
昨日竹の子採りの帰り道で笹竹を7.80本取って来ていたので、今日ビニールを用意し出かけている、朝からTシャツ一枚で作業をしていたがそれでも暑くて作業がはかどらなかった。

わが家の野菜類も順調に成長していて、小松菜と二十日大根の間引きもする、心配していた枝豆も鳥に食べられず葉を出し始めていて一安心、きゅうりば4本苗を植えたが、同時に時間差育成を考え種を植えていたのが漸く芽が出始めたのが確認できた。
昼になり暑いので冷麦でも食べたいと思っていたか、近くにソバ屋があるのを思いだし農作業を中断しソバ屋に出かける、近くに食べる所が少ないのか店は満員で待たされている状態だった、店の名前から判断し美味しいはずと気長に待つことにする、お蔭て小一時間掛かったが待たされて割にはいまいち信州蕎麦の方が安いだけ旨く感じる。
日中の農作業は、だらだらだった夕方になり過ごしやすくなりだしてから水撒きも始り、一気に仕事がはかどったラジオを聞きなららの農作業でラジオから午後5時の時報が流れて来て、慌てて帰り支度になった。

遠藤農園全景
三時のおやつ

杜若咲きだす
ナデシコ今年も
賑ぎあう花壇

身代わり遭難の救出失敗

2014年05月30日 22時06分58秒 | 山菜採り
昨日も支笏線の厚別川上流地点にあたるX地点にタケノコ採りで入山していた、北斜面なのでシーズンが遅いのだが急に気温が上がりだしていたので、もうそろそろ出始めてもいいのではないかと思っての入山で、それでもようやく出始めたはしりが私を出迎えてくれた、兎に角主だったところの竹が太くて移動するのに苦労するところで、範囲が狭いが這って歩かなければならないところが多く、体力を消耗する場所で、途中そろそろお昼かなと携帯の時計を見るとまだ11時に満たない時間だった、ここまでは携帯があったことを確認していた。
それから本格的にあっちこっちの竹藪の下を駆け巡った、背中のリックの中のラジオが12時30分ころの時刻を教えてくれた、タケノコもそこそこ収穫できたので竹藪を出て、着ているものを上から脱ぎ裸になりダニの排除作業をする、もう着るものについていないのを確認し又着こむ、この時気が付かなかったが携帯が無くなっていたのだ。
その時は気が付かず、西岡あたりまで来たときに携帯のなくなっているのに気が付く、一瞬反転し厚別川上流X地点に舞い戻る、車の置いていたあたりを探したが見つからず、昨日はそれで帰宅する。

今日いつものように7時には家を出ていた、私の身代わりとなって遭難している携帯電話の救出が今日の最大の目標となった、妹の携帯を借りて持参する現場到着後、昨日歩き回った竹藪に入り妹の電話で私の電話を呼び続けた、変なおじさんのメロデーが流れてこないかと耳を澄ましながら歩いた、無論タケノコ採りも欠かさず続けていた、今日も午後1時近くまでタケノコ採りと並行して捜索活動を続けたが、呼び出すと確かに繋がっているのだが探しているところと違うのかとうとう救出することができなかった、捜索は1時15分で打ち切り残念だが引き上げる。

帰宅後、ドコモに出向くPCもタブレットもあるので前機種とおなじらくらくぼんにする、手続きを完了し遭難中の電話を廃棄処分にする。
人間でなくて良かった。

今日も竹の子瓶詰め
山の幸が夕食に

竹の子本番

2014年05月29日 20時08分02秒 | 山菜採り
6月1日の日曜日にねんりんピック札幌予選が西区農試公園で開催される、ペタンクだけが本格的な復帰が出来ていない今年4月北海道知事杯ペタンクに復帰し予選1勝2負で予選リーグだけで終わらせて帰って来ていらい、ボールを全く握っていない、それでもねんりんピック予選に出てみようと友人の本間氏に確認を取って妹を加え3名でチームを編成している、それぞれ何かと忙しく練習日が取れないで、当日だけのぶっつけ本番で挑戦することにしている。
60歳になると出場資格が出てくる厚生省主催の全国ねんりんピックで、国体並に様々なスポーツや文化も加わる全国大会で、各市町村から勝ち上がったチームが一堂に集まり競い合う祭典で、全国のシニア世代の大きな目標にもなっている。

私達夫婦が札幌代表権を取り四国大会に出てから間もなく20年も経過してしまっている、遠い昔になったその後縁が無かったがここ数年札幌予選会に出る事もあるが、相棒の女房も亡くなり代役の妹をたてての参戦だが、無理やり選手に仕立て俄か選手では上位に食い込むのさえ至難の業で、私も80歳の熟齢まで達しているので少しくらい練習を積んでも札幌市の代表にまでは手が届くことは無いと思いつつも、今年も参加だけはとエントリーをしている。

今日から竹の子本番の支笏湖線X地点に入る、この場所は範囲が狭いが竹が太くそれに混いっているので移動で大変苦労する場所で竹を踏みつけても体が浮いてしまい、自然隙間を見つけてはすり抜けたり、膝をつき竹の下を這って歩く移動防法を取っている。
今年に限り、ダニの多さに悩まされている、収穫を終えて被っている風呂敷をはずしジャンバーを脱いで裏返しにすると小さなダニが20匹も付いているのを発見する、着るものは白を基準にしているので赤黒いダニは直ぐ見える、潰さずひのまま山に戻している、次にシャッツも同じ、最後はランニングまで検査する。
兎に角、第1弾チェックで車に積み込まないように、自宅に帰ったらベランダで裸になり第2弾チェックをする此処でも何匹も発見され、此処では可哀そうだが火で焼かれてしまう。
留守部隊に取りついたら大変な事になる、食べられるのは私だけで充分で今年も齧られた傷があっちこっちに出来ている。

日からの収穫は瓶詰にすることにしている。

ねんりんピック四国大会に参戦

今日の収穫
瓶詰めに
今日の夕食



遠藤農園日々成長している

2014年05月28日 18時55分54秒 | 市民農園
月曜から三日間山には向かわなかった、竹の子の成長が遅いのと二日ほど雨が伴ったこともあり入山はお休みしていた、一度お世話になった豊平区民センターや西岡福住地区センターを拠点に活躍しているダンスサークル「ボラーレ」さんから、さわやかノルデック・ウォーキング倶楽部を立ち上げるので準備会に顔を出してくださいとメールが入り、会員にはなれないがアウトドア―関係なら今取り組んでいる月寒公園市民協議会(愛称月寒公園フアンクラブ)とドッキングするのではないかと今日昼食会を兼ねた準備会議に顔を出した、トップタウーンでかなり前から話題になり各地域で始めていたノルデックウオーキングがマラソンの様に人とは競わぬスポーツとも云えず、普及には関係者も苦労していたと思っている。
東京で次男坊夫婦も指導していて三年前富士登山の時に二人のサポートを受けながら初めてのノルデック・ウォーキングも体験していた、ストックも無ければ無いで済むことだが有ればあったで大変楽をさせてもらったと今でも思っている。

月寒公園市民会議もさわやかノルデック・ウォーキング倶楽部も6月に正式にスタートするので、お互い情報を共有した方が今後の活動に生かされると思っている。
格好いいノルデック・ウォーキング倶楽部は私には如何やら向いていないと思っている、格好いいダンスだけは辞めることは無いが、現在進行中の遠藤農園、山菜ときのこ採り、ペタンク、カーリング、園芸士、月寒公園フアンクラブ、自治会役員、等があり隙間なく行事が組まれているので、自分だけの楽しみのために時間をと云うと難しい。

数日農園に顔を出さなかったので夕方になり見回りに行く、二日ばかり暖かい日があったので我が家の馬鈴薯の芽が出て来ているのを一番先に見つける、隣りの豆類、いんげん、えんどうもとうとう芽を出した、この間蒔いたばかりの枝豆も硬い土の下から顔を覗かせていた、野菜畑も後一週間もあれば間引きして食べれると思っている。

此処までが大変がったのだ、此れからは日一日と楽しみが増してくると、思わず嬉しくなって来る。

明日は四度目の正直で、支笏湖線丸秘X地点に入る。

池の周りは
ボートも浮かぶ

遠藤農園野菜畑
馬鈴薯も芽を出す
いんげん豆も芽だし

現役の丸石モンテッサBTR-20

2014年05月27日 19時39分05秒 | 山菜採り
買ってから40年にもなっていると思うマウンテンバイク丸石モンテッサBTR-20、今年も乗れるかなと自転車小屋から持ち出して来て、ペシャンコになっているタイヤに空気を入れると立派に立ち上がった、簡単に油をさして乗ってみるとまだ現役で動けそうに走り出すことが判った。
円山時代、子供達の子育て時代に円山の小野自転車屋で買ったもので早半世紀近くなるのに現役で動ける国産の自転車に、ここまで来ると敬意を評するしかないと思っている、普段街中で走れるような自転車でないが里山の車が入れぬ山道には何時も同道してもらっている愛しいバイクで、此の年月まで廃車にもせず保管していたと思う。

今は乗り回すというより、専ら降り坂を一気に走り下りる快適さと山菜が沢山収穫できた時などはバイクに載せ押して帰ってくるときなどに使っている、今日は暫く続けていた竹の子山日参を中断し昼近く白旗山、羊ヶ丘カントリー、自衛隊真駒内演習所が交わる地点に入る、ゴルフ場横の自然歩道入口に車を停め其処から入ったが、直ぐそばの竹やぶの竹の子が最盛期らしく、ここをエリアとしている爺さんが40キロも採ったと自慢していた。
その昔、私も此処に通い詰めたことがあるが自家用には出来るが、売り物までにはならない竹の子で今では足を入れることは無くなっていた。
ただ、このゴルフ場の狭い周りは殆んどの山菜が採れる嬉しい所でファミリーなどで来ても楽しめる所です。
私は、国有林から札幌市の山の白旗山へ背中合わせの自衛隊演習地の境へ、地続きで月寒カントリーから真駒内墓地まで繋がっている所で奥が深く、有明地区やすずらん丘陵公園にも繋がって行くところです。
目的は、わらびでもうそろそろ出ているとの予想で入山したが、私のエリアをほぼ廻りつくしたが、たけのこ同様ハシリだけの収穫で3キロほどで終わってしまった、6月に入ってからもう一度採りに来ることにして帰ってくる。

何時も見向きもしない山ウドだったが、食べごろの奴を見つけ採って来る、妹にレシピ2を作ってもらうと此れが美味しかった。久しぶりに梅酒を戴く

演習地と背中合わせ
今日の収穫わらび

可憐な野の花






ダッチオーブン料理

2014年05月26日 17時34分04秒 | ペタンク爺さんの一日
さむい日が続く、先日のリラ冷えが週明けてまで続いているようだ、夕方になり朝から強風が横殴りに吹きつける中、午前中は週一回のダンスデーで一年間のプランク後なので初心者メンバーの中に入ってのレッスン、新人も10人くらい入ってきたので初心者組の雰囲気も変わってしまった、大体1年間くらい初心者グループだけでのレッスンが終わると、二年目から上級者グループの中に入り、本格的なレッスンを受けるようになってゆく、私を含め最初に一緒に始めた人達は、今は殆んど上級者グループでレッスンを受けている。
昔で云うと落第生の私は、ダンスも早くマスターしたいが、過程での中で楽しく音楽と共に運動とそれに異性との交流が老人を元気で長生きさせる環境にあると確信しての取り組みなので、覚えが悪くてもそのうち人並みにダンスが踊れるようになるとじっくり取り組むことにしている。
間もなく6月になるが、30日にダンスサークル「スワン」のダンスパーティーが開催される、会費(月4回)2,000円で非常に安い、パーテー券も300円で運営されているが、区役所の区民ホールを利用しているので安く運営出来ている。

今夜は此れから雨が降り出すことになっている、この雨が明日の昼近くまで残ることになっているが、其のあと太陽が出て気温がどんどん上がり24度まで上昇すると報じている。
竹の子採りは、まだ終了していないあと3.4回は入山する予定だが、明日は昼からわらび採りを予定に入れた、多分そこそこ伸びているとの予想を頼りの出動だが、予定通り行くかどうかお楽しみと思っている。
久しぶりにマウンテンバイクを持ち出そうと思っている、午前中は整備を終える予定だが。?

野菜しか見えない
ベランダの七輪で
男の料理が完成

月火水木金土日(体力テストの一週間)

2014年05月25日 20時02分41秒 | 山菜採り
今週の月曜日から始まった入山テストは、今日の日曜日で終了する、今日は朝から太陽が顔を覗かせ温かい山の日曜日にと、7時には家を出ていた水源地通りを羊が丘ゴルフ場に向う従業員の車についてゆく、途中から真駒内の自衛隊演習地を左に見ながら南進、途中日曜山菜採りの車が早々と道路わきに停まっていた。

こんな所から日曜山菜採りが出はっているので、竹の子山にも今日は来ているなと所定の支笏湖線のX地点入口にゲートは閉まっていたがカギは開錠状態だった、鍵を壊されるのを警戒して竹の子シーズンだけ開けておくことにしているらしい、俄か山菜採りとしては嬉しい処遇です。

X地点は今シーズンは三回目だったが、今日も空振りだった竹の子が出て来ていない、今年はまだ真夏の様な暑さが来ていない竹の子が伸びきれないでいるらしい、此処のシーズンは6月に入るのではないかと思っている。
急遽、向かい側の野牛山のB地点に入る、日曜日なので可なりの車が入り込んでいた、その日に目星を付けた場所に足を入れそれなりに出てれば其処から動くことは無いのだが、其処も出ていなければ更に場所を移動し竹の子を探しまわなければならない。

兎に角、今年は竹の子の出てくるのが遅い、はしりを収穫してから10日も経っているが今だ日当たりのいい条件の好い所しか出て来ていない、殆んどの所が今か今かとじっと待機している様に感じる。
丁度桜の開花予想を言い当てているようだが、今年の予想は非常に難しい。

今日の日曜日で、月曜から始まった竹の子山入山も一日も休まず続いた、今年入山復帰してどれ程の体力が戻ってきているかとのテストも兼ねていた、一番きつかったのは今日一日で連日の入山に続き、今日は最後に残していた丸秘地点が、まだ早すぎが判り、その後4時間あっちこっちの竹やぶを歩き廻りへとへとになる。

体力テスト採点は、正常の50パーセントまでしか回復していなかったことが判った。

まず、まずの結果が出たと思っている。

出てこない根曲り竹

今年の目標は

肉より魚が多くなり

2014年05月24日 19時17分45秒 | 山菜採り
30歳頃まで海が近い町が私の考える世界観の基軸になっている、小さな町の名は輪西町で日本製鉄の城下町で町の広さは西海岸方面は製鉄所が全て占有していて、工場の堤防まで大きな船が横づけ出来る海岸で一般の人は立ち入ることも出来なかった。
工場群の東側に僅かな平地が残されていて、我々が住んでいた町屋が狭い地域で共存し平地の半分は日本製鉄所の職工さんの平屋の社宅が軒を並べていた、その先の東側は山で急ではないが坂道になり一般住宅や社宅の続き、稲荷神社があったり、無論小学校や中学校も山側の奥に位置していた、幼児から通った幼稚園も無論町中でなく坂が続く奥の方に有った。
町中は、商店街が軒を並べ1条通りから13条通りまで面通りはしもたやは少なかった、工場敷地に添って鉄道線路が並行していて、すぐ横を国道が貫いていたその国道から東側150mくらいが商店か中心の輪西町で南側の1条側は山が迫り崖になっていた、北側はずれに当時でも珍しい製鉄所が所有する野球場が存在していた。
今でも、スタルヒンが活躍していた野球のことを思い出すこともある。

東側の山と云うより、丘陵地帯を登りつめた所に旧鶴ヶ崎小学校(新制中学校)があり其処まで行くと太平洋が見えてくる、緑一面の丘陵地帯をそのまま降りて行くと海岸の砂浜にたどり着く、子供のころから砂の上を素足で歩くとキッユーキュウーと音を出す事を知っていた。(鳴き砂)
海岸から北の方を見ると、大きな鯨が打ち上げているように見える鯨半島が見えてくる。

輪西町とイタンキ浜

イタンキとは、アイヌ語で碗の意味といわれている。
昔イタンキ浜から見る「クジラ岩」を霧や飢え等のにより本物のクジラと勘違いし、砂浜に漂着するまで待ち続け、ついには自分達の持っていた箸や碗まで焚き火に使って寒さをしのぎながら、永遠に着くことのないクジラを待ち続けていた、と云う伝説から付いたと推測されている。


この鯨半島に漁師村があり、素人の親父も磯船を所有し保管してもらっていた、無論釣具店をやっていたので前濱で釣りをやっていたし私も乗せてもらった記憶も残っている、何時も生きのいい魚や毛ガニを食べていた。

70歳前半に訪れたイタンキ浜

旬の竹の子と鯵の刺身で

山友達はラジオ2台

2014年05月23日 18時45分42秒 | 山菜採り
今朝は7時には我が家を出発していた、単独行動なのでマイペースで動ける、今の所今シーズンの竹の子の成長が遅く、山全体が本格的なシーズンにはなっていない、先日新聞に林道ゲートの鍵の破壊で監視カメラが取り付けられ効果もあるとの記事も出ていた。
中に入ってから広範囲の野牛山ゲートは、数日前からゲートが開けられたままの状態になった、竹の子のシーズンのひと月弱くらいオープンにしておけばゲートを壊す人などいないと思う。
山に出入り出来る人と、出来ない人が出てくるのでルールを破る人も出てくると思う。
何時でも出入り自由にすると、大型ゴミを投げに来る最悪の人が実際いる、普通道路でも林間コースの車の通りが少ない所などは今でも平気で不法投棄をする人がいる、なんともやりきれない世の中だ。

昨日採って来ていた竹の子を今日は瓶詰めにす、留守部隊の妹が主になり4本完成させた、雑菌が入らないでいれば賞味期限は1年くらいは持つ、完成していればと祈るしかない。
今日収穫してきた竹の子を、末の妹の住む沖縄に発泡スチロール箱にいれ保冷剤をいれユーパックの保冷便で送る、札幌から行った人たちなので食べ方は知っているはず。

普段は山には殆んど一人で入っている、山友達はラジオが連れになる、何時も背中のリックサックの中からボリュームいっぱいに音響を上げているので、賑やかで寂しさを忘れさせてくれる。
また、ラジオは遭難防止の最大の味方で笹薮に入る前に近くの木にぶら下げて入る、ラジオが聞こえている範囲以内だけで竹の子を取っている、ギリギリのところまで来ると2台目のラジオのスイッチを入れて更に奥に入ってゆく、ラジオはこんな嬉しいサポートにもなってくれる大事な山友達です。

夕方遠藤農園に、途中JA東部に立ち寄りきゅうりの苗4本を買う、枯れてしまっている苗と交換作業で枯れた原因は判っていない、先日蒔いたきゃべつ、白菜の目も顔を出し始めていた。

矢張り蒔かぬ種は生えぬと実践なり。


山友達はラジオです
根曲り竹藪

今日の遠藤農園

今年も瓶詰に挑戦

2014年05月22日 21時13分16秒 | 山菜採り
親父の家系は私から見ると祖父は遠藤長五郎で前戸主が遠藤庄二になっていた、その名前を引き継いだのが八王子にいる次男が名前を引き継いでいる、私の親父の希望を推し量っての名づけになっていた。
長男の名づけは私の考えた通りの豊(豊かに)英(秀でる)で「とよえ」と読ませた。
次男の庄二は、親父が同じ音読で庄治であった、長五郎の長男で庄治、次男が庄二郎、三男が庄吉で此処までは庄一字入っているが四男は留吉、五男が末蔵で終わっているが、男兄弟の他に女二人がいて7人兄弟だった。

母親の父は遠藤徳蔵で前戸主は、遠藤吉五郎で母は徳蔵の二女として生まれている、男兄弟5名と姉妹4名の9人兄弟の家庭だった。
同じ苗字の遠藤で隣同士のお付き合いだった、その遠藤長五郎の長男の庄治と遠藤徳蔵の二女のハナが結婚した、子供は二男八女が授かったたが粗製乱造だったのかついこの間まで私を筆頭に4人が生き残っていたがすぐ下の妹が他界し、そのことも達も今は私と妹二人の三人にまでなってしまった。

私の兄は昭和2年10月21日生まれだったが、父と母の婚姻届はその年の9月28日になっている、出来だっちゃ結婚の先駆けだと云うことも判ってくる。
どちらの家系を見ても多産系家族であることが判ってくる、私の世代になると出産もコントロールする時代になり子供も2.3人くらいが平均になって来ていた、近頃は更に少なくなってきて日本の人口減少に繋がって来ている。

今日も、友人二人で竹の子採りに山に入る、支笏湖線のX地点に入るが今日もダメだった、まだ一週間は早いと見立て昨日行った野牛山B地点に振替える、此方も竹の子の出方が遅く条件の良い所だけで始めたばかりだった、何とかお土産程度は収穫できたので山を下りる、考えた末に瓶詰め作りにと下ごしらえを始めた、今年は絶対に失敗しないように完成させようと思っている。


瓶詰めの下ごしらえ

すずらんが咲き出す

竹の子採りに間に合った

2014年05月21日 18時39分28秒 | 山菜採り
昨年は闘病生活を強要され、年が明けて4月から抗がん剤治療からも解放され、それからと云うものは体力の回復に心血を注ぐ、自力だけでは時間が掛かると計算し整体指圧とハリ治療に数週間毎日の様に通う、それに「きたえ~る」の自主トレに通って体の柔軟性を回復するトレーニングをやっていた、其のうち整体指圧とハリ治療を中止し同時にきたえ~る通いも止めていた。
5月に入り今年から始めた、市民農園で連日の様に農作業の肉体労働が続いた、その頃は少しレベルが低いが春の山菜採りの体力が備わって来ていると計算していた。
其れを実証したのが先週の13日から始まった竹の子採り、最初は下見やルート整備から始まって短い時間を含め今日で4日目になっていた、今日は昨日ルート整備が終わったばかりの野牛山B地点に友人の安斉氏を伴って出かけい行く、今年は地温が低いのか竹の子の成長が悪くまだ始まったばかりで、何処の竹やぶに入っても竹の子が採れるとまで至っていなかった。
竹の子も、斜面の向いている方向で竹の子の出てくるにも数日から一週間くらいは差が付く、廻って見て最初は順番に出てくるところから廻って歩けば、二週間くらいは毎日山に入りこんでいれば、大収穫が約束される筈なのだが自然現象の天候次第て計算と実際とでは誤差が出てくる、それに他の同業者と競合する場面が出てくると机上計算通りには行かない、今年は一年のプランクもあったり体力の回復状態でどれ程活動できるか終わってみなければ判らない、入山も今日で四日目になるが左程疲れが出て来ていない。

明日も友達を伴っての入山なのだが、今日行った野牛山B地点の南斜面に目星を付けている。
出来るだけ太い竹の子だけを狙って、道外の身内に送るものをと思っている。

今日の竹の子はおかずになる

遠藤農園の菜っ葉類が順調に育っている

八紘學園のクリスマスローズ(親)
種が飛んで小さなクリスマスローズが生まれた。

月寒公園市民協議会準備会議

2014年05月20日 22時22分58秒 | ペタンク爺さんの一日
朝の連続テレビを見終わって自宅を出る、今日は野牛山山麓のB地点に下見とルート整備が目的だった、丁度一週間前親友の本間氏を伴ってこのルートに足を入れた、だが竹の子の気配が感じられなかったので目的を変えて山菜の五目採りをする今年の山菜状況は少し遅れていると感じていた。
この日の収穫で5種の山菜天ぷらの材料が採れ、夕食のメーン料理になっていた、野菜と違って毎日となると少し厳しく感じる。
旬を楽しむのが食の文化だと思っている。
今日の野牛山B地点も1年のブランクがあり、ルートを確認しながらルート上に被さる木や竹を持参したのこぎりで一本づつ切り開く、帰りに間違わないように歩いて通れる私専用の私道路で、目的地のB地点までの専用道で11時頃にはルートを確保することが出来た、本命の場所は広範囲で場所により早出の所と遅い所もあるが、まだまだスタートしたとは言えなかった、それでも当自治会の何時もの皆さんへのお土産分は収穫し帰路に着く、自宅に到着は午後2時を回っていた。
最近はスパーにも余り出ていない地元竹の子、配達付きで10軒ほどに届けて回る、旬の食材なので皆に喜ばれている、わが家の季節の行事にもなっている。

今夜19時から月寒公園市民協議会(愛称月寒公園フアンクラブ)の設立準備会議があった、会則や役員構成などが協議され修正を加えほぼ下書きが出来上がり、6月9日には総会を得て正式に発足する準備が整った。
今年1年は、間もなく仮設管理センターも設置される、組織の全容が開示され一般公募で月寒公園フアンクラブ会員の募集も始めることになってゆく、行き先短いペタンク爺さんも企画の部門で首を突っ込む事になりそう、黄昏期の最後の仕事になるなと5年先を目標にしようと考えている。

野牛山B地点02

今日の収穫は皆さんのお土産になる

支笏湖線ルートX

2014年05月19日 20時24分52秒 | 山菜採り
昨日と打って変わって朝から温かった、昨夜はストーブが無ければ過ごせなかった、今朝は6時には目が覚めてしまい早くから太陽の陽がベランダから射し込んでいた、もう一眠りすると寝過ごして終いそうなのでそのまま起きてしまった、朝起きてのストレッチ体操も難なく熟せる様になって来ていた、体の柔軟性もかなり回復してきて体のキレも良くなって来ていた。
最近はダンスレッスンの2時間もキツイにはきついが、左程ハードとも感じなくなって来ていて今だ初心者グループでのレツスン組だが忘れていたステップを思い出しながら楽しむ処まで来ている感じです。
今は急がず年末年始のダンスパーテーには参加したいと思い、週1回のダンスサークルは欠かさず参加しようと思っている、今日月曜のタンスデ゛ーも機嫌よく参加した、4月から入会して来たばかりの女性パートナーをお相手にのレッスンだが、先輩の優位さを少し感じさせてもらいながらのレッスン、自分の時と重ね合わせている。

今週は、竹の子採り本番と予想し明日から毎日日参する竹の子山の下見とルート整備に出かけてくる、先日最初に入った支笏湖線Xルートに一人で出かけて行く、途中林道を塞いていた風倒木を鋸で切る準備をしていったが先客がいて車が通れるルートを整備していた、同業者も居るな~と思ったがこの先全く同じルートとは限らないので、私のエリアに行く、案の定1年間のプランクがあったので私専用の迷い道は根曲り竹で塞がれている所が多く、地形を確認しながら持って行ったのこぎりを使い迷い道の確保為竹を切りながら最終ルートまでの道筋を整備した、このルートX地点を利用するようになってから10年以上は経過している、どちらかと云うと北斜面に近いのでシーズン後半がこの場所の良い所で、それに竹が太いのでタケノコも太いのが採れる丸秘の場所です。

ルート整備の行き帰りに10本ほど見本を戴く、夕食にまる焼きして岡崎で買ってきたもろ味味噌を付けて食べたら、これは美味かった。
明日は朝から野牛山ルートに入る、南斜面に近いのでシーズンは早い、此方も一人で下見とルート整備が目的で、此れで山全体の状況も判ってくると思っている。

今日のお土産
まる焼きで戴く美味かった

札幌ドームと月寒ドーム

2014年05月18日 20時41分41秒 | ペタンク爺さんの一日
我が団地から歩いて行ける所に、全国でも数少ない本格的なドームで最近は日ハムのホームグランドになっている、札幌ドームがある、少し昔は巨人フアンの多かった土地柄だったが日本ハムが北海道に根付いて来たのか、日ハムフアンが増えて来て本拠地で試合のある時は、ドームを満員にさせる事もあり地下鉄で集まるフアンの長い行列が地下鉄駅から札幌ドームまで繋がる、同時に自家用車で駆けつけるフアンも居てドームの周りの民間駐車場も恩恵を受けている、ただ無断路上駐車も有ったが最近は取り締まりも厳しく目に余る事も無くなっている。
ただ試合開始前と試合終了後の車の移動が半端な量でないので、駐車場への出入りには迷惑千万なのだが、極力この時間帯は車を動かさないようにしている。

日ハムも、運がいいのか中田、ダルビシュ、斉藤、大谷と話題になる大物の選手を獲得して同時にフアンも増やして来た経緯が判ってくる、現在の監督も予想を覆した人選と思っていたが人の見る目は色々あると思うが、私の評価は人並みの監督業を熟していると思っている。

札幌ドームよりさらに近い所に、つい最近名前が変わった月寒ドームがある札幌ドームから見ると可也小さくなり内部は、完成時は土間で農事を考えての建設だったが、その後土間から板張りになり現在一番利用している業界は、中古車販売が多い、ドームの他に廻りに広いスペースもあるので一昨年は其処を利用してテントでのサーカス小屋も立ち上がっている、今年は隔年になった大相撲札幌場所が8月に開催される、その時に利用されるのが何時も通い詰めている銭湯月見湯で、関取の最後の風呂場として利用されている、この時は月寒町内会も大相撲一色になる。

金曜から降り出した雨が三日目の今日になっても止まなかった、予報を信じて雨が降っても朝には上がると信じてピクニックと花苗交換会を強行してしまった、女性陣の弁当作りなど進行してしまっていたので中止は無理と判断しての決断で、お昼になり集まった協力者だけでピクニック(昼食会)を決行した、それにしても寒いピクニックだった。

寒いピクニックだった。



さっぽろはリラ冷え

2014年05月17日 21時23分48秒 | ペタンク爺さんの一日
札幌の5月は夏と冬が同居している、二、三日夏を思わせる日が来たかと思うと、突然シベリア寒気団が北海道全体を覆い尽くす、5月半ば過ぎたので今年はリラ冷えは無いと思っていたが、そうは簡単に問屋さんは卸してくれなかった、きっちりと勘定を払わせられたと思っている、この二日間道東が中心だが国道の峠は雪景色に変わり通行止めが出てしまうところもあった。
週中辺りでは、週末の土日には天候も回復しているはずだったが、実際と計算上では一日くらいの誤差は出てくるのも仕方がないと思う。
明日の日曜日は雨は無いが、太陽が顔を出すか出さぬか確立は非常に低い、生憎気温も低いとの予想に少し意気消沈している、折角用意した花苗が余ってしまうのではないかと一番心配している。

ピクニックの方は、もち米の差入れがあり大好物の赤飯を作る段取りになっている、此方は妹に任せきりで今年から女性の副会長と歩調が合い、何時も行動を共にしている。
同じ年齢なら、女性のパワーにはかなわない、女性が居なければ団地の自治会は機能しない、近くの団地では会長から全て女性で占められている所もあると聞いている。

老人は、大事にされると短命に終わる、酷の様だが出来る仕事は終わらせないで続けさせることが健康で長生きさせる丸秘なのかもしれない。

私も、手に余りそうな仕事に足を入れている、未完でもいい其処で終わりになってもと近頃の心境です。
今日は、朝から新しく入れた動画ソフトの勉強会を始めていたが、最近は理解力も低下しているので中々身に付かない、今日はとうとうマスターすることが出来なかった、少し頭を冷やし数日後に再チャレンジして物にしようと思いを新たにする。

十勝三段山頂から橇で大滑走の動画編集は、まだ未完。
スタート前のひと時
滑り降りてきた~素晴らしかったが。記録は間もなく