(モミジバゼラニウムが咲きました)
・病に倒れた柏木は、
妻の女二の宮の邸から、
父大臣の邸へ帰って療養していた。
病をおして、
女三の宮へ書いた手紙、
その返事を持って、
小侍従は柏木のもとへ行った。
邸内は修法や読経の声が、
まがまがしく充満している。
柏木の病気は、
一向に回復しない。
父大臣は心痛して、
いまは手当たり次第に、
たのみをかける。
葛城の山からも、
聖と呼ばれる験者も来た。
柏木の父大臣は、
年はとっても陽気で、
賑やか好きの性質で、
よく笑う老人であった。
それが今ではめっきり老け込み、
心痛のあまり笑いも忘れ、
山奥の験者に頭を下げて頼む。
小侍従は柏木のもとへ行く。
柏木は弱々しく、
抜け殻のような様子で、
泣いたり自分を嗤ったりしつつ、
小侍従に語る。
「お気の毒な父上、
父上は何もご存じない。
私の罪でこんな病になったとは、
ご存じなく、
心を痛めておられる。
おいたわしいことだ」
「宮さまも、
おやつれになって、
物思わしげにお過ごしで、
いらっしゃいます」
と小侍従は、
宮のこのごろのことを伝える。
それを聞く柏木は、
沈みこんで面やせていられる、
宮のお姿が目の前に見える、
気がする。
いとおしくて恋しくて、
心は痛いままで切なく、
やるせなかった。
「もう止そう。
今上でお目にかかれることは、
もうないだろう。
私の執念だけがこの世に残って、
宮のおそばにまつわりつく、
ことだろう。
宮は私の執念に妨げられて、
成仏が、
お出来にならないかもしれぬ。
それを思うといとおしい。
せめては、
ご安産なさった、
ということだけを、
生きているうちに聞きたいが、
無理かもしれない・・・」
柏木が、
深く思い込んでいるさまが、
小侍従はすこし恐ろしかった。
ただならぬ執念を、
不気味に思いつつ、
さすがにあわれで、
小侍従も泣かずにいられない。
柏木は紙燭を取り寄せ、
宮のご返事を見た。
「おいたわしく存じますが、
私がどうしてお見舞いに、
まいれましょう。
お手紙では、
なきがらは煙になっても、
胸の思いは残るでしょう、
とありましたけれど、
私も一緒に煙になりとう、
ございます。
あなたに後れて生きていられる、
とは思えませぬ」
柏木はしみじみ嬉しかった。
臥したまま、
休み休み宮への返事を書いた。
「身は煙となって空へ昇っても、
心はあなたのそばを、
離れはしないでしょう。
私が死んだら、
夕暮にはとりわけ、
空を眺めてください。
もはやあなたを咎める人目もなく、
お気持ちは楽になるでしょう。
そして時々は、
私のことを、
あわれな男と、
お思い出しになってください」
と書いているうち、
気分が悪くなってきて、
「もう、これでいい。
あまり夜が更けないうちに、
帰って、宮に申し上げてくれ。
今を限りに見えました、と」
と泣きながら内へ入ってしまった。
いつもなら、
小侍従をいつまでも引き止め、
無駄話をしていたのに、
今は弱って口数も少なくなっていた。
それが小侍従は悲しかった。
彼女の伯母である乳母も、
泣いていた。
父大臣も、
「昨日今日と、
少しよくなったように、
見えていたのに、
どうしてこうも弱ったのか」
と嘆いている。
「これまでの命だったのです、
父上」
と言いながら、
青年の頬を涙が流れ落ちる。
(次回へ)