私は海が無性に好きだった
理由はわからない
育った場所には、そばに海がなかった
幼いころ家族で海へ旅行に行ったと記憶している
私の家は、代々続いた料理屋を営んでおり
旅行と言っても何泊も出来るものではなかった
あの大きな・・・
すべてを包み込むようなおおらかな水平線を
初めてみた日から、憧れていたように思う
私の育った街は、閉鎖的なというのか・・・
新しいものや人を素直に受け入れない
昔からこうだった・・・
という習わしが強く残っており
窮屈な思いをすることが多かった。
それでも末っ子だったおかげもあり
姉や兄に比べるとずい分自由にしてきたと思う
大学に進学する時も
それまでエスカレータ式に通っていた学校へ
そのまま進学するものだと思い込んでいた親は、
私がいまの大学への進学希望を伝えたところ大反対した。
自由にできない事を半ばあきらめている姉が
父や母に“絵里子位は自由にさせてあげて”
と、頼もしい味方となってくれたのだった。
私の住んでいた街にも沢山の有名大学があり
むしろ、そこへ行くために地方からやって来る人も多く
親にしてみれば 苦労せずに済むようにさせたつもりだったのに
と、言いたかったのだろう。
結局は、渋々承知してくれたが
母の妹の家へ住まわせてもらうというのが条件で
ひとり暮らしだけは、絶対に認めてもらえなかった
叔母の家は、都内にあった
叔母夫婦には子供がおらず、私が世話になることをとても喜んでくれた
大学へ通うには、電車を乗り継いで行かなくてはならず
時間がかかるのだったが、それはむしろ楽しいものだった
叔母は、おしゃれで実年齢より若々しく かなり理解のある人だった
ご主人の仕事がら週末は、夫婦で参加するのが当たり前のパーティなどに
とても楽しそうに着飾って出かけてゆくのだった。