石丸日記

反原発運動半世紀
バックは福島第一原発事故を伝える福島民報2011年3月13日号

女川原発再稼働 深い憂いを覚える!No275号

2024-11-27 21:10:21 | 脱原発情報

 東日本大震災で停止した東北電力女川原発2号機が13年8ヶ月で再稼働したと言う。しかも、福島第一原発と同じ沸騰水型原発で、世界有数の地震集中地帯である。

 
[資料1 ]上は1960~2011年までの地震分布 左は宮城県の近傍地震である

(資料1)の上側は1960年から2011年にかけて日本付近で発生した地震の分布図である。太平洋プレート周辺が最も集中した場所であることが分かる。 
 下は、点線上にある・1968年「三陸沖地震」・1944年「三陸はるか沖地震」・1896年「明治三陸地震」・1933年「昭和三陸地震」、大きな赤字印は・2011年「東日本大震災」である。この地震の大きさを表すM9.0という数値もさることながら、南北450㎞、東西200㎞にわたり岩盤が大きく崩れる言う、国内観測史上、超巨大地震であった。しかも宮城県が集中して被害にあっている。
 女川原発は「基準地震動」は580ガルだったがその後1,000ガルに変更した。
 これは東日本大震災で、これを大きく越えたからだと言うのだ!
 「ガル」とは地震の強さを示す単位として震度の他にガルという加速度を表す単位だ。
 震度7は1,500ガルだと言う。
 ・2008年「岩手、宮城内陸地震」では4,022ガルで日本最大地震の観測である。・2011年「東北太平洋地震」では2,933ガル。更に・2003年「宮城沖地震」1,571ガルと3つとも女川原発のすぐ近くで起きた地震で女川原発の1,000ガルを越えている。


[資料2 ]上は29㍍の防潮堤と女川原発 左は110万㌔㍗原発の物量で配管だけで170㎞の物量である

  しかも(資料2)上 では29㍍の防潮堤を建築したと言う。その下は「原発の物量」である。 驚くような数値である。   配管だけでも10,000㌧170㎞の物量である!蒸気漏れ点検対象箇所も3,000箇所を越えている。今月3日にトラブルで停止している。大丈夫か!

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P2~4   再開後 第81回 東電交渉
     廃炉現場の“機能不全状態”を指摘!

P5    東芝の崩壊に見る原発の今後

P6    「住民被ばくを過小評価した論文が撤回された背景」を解説 その①
     宮崎・早野論文の誤りと捏造を科学者と共に暴いた島明美さん

 

 

 


日本被団協にノーベル平和賞 No274号

2024-10-25 21:47:29 | 脱原発情報

日本被団協にノーベル平和賞

 広島、長崎に投下された、原子爆弾の被害者でつくる、唯一の全国組織、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)にノーベル平和賞が送られることが決まった。(資料1)



[資料1]広島・長崎の象徴は・・行動の証にしよう!

(資料2)のノルウェイのノーベル賞委員会は、2024年平和賞に「日本被団協」を選出することに決めたと談話を発表した。
 そして「広島、長崎の被爆者による草の根運動に対して、平和賞を授与する。 核兵器のない世界を確立するため努力と、広範な核兵器に対する反対意見を生み出し、それを強化することに大きく貢献した。


[資料2]筆舌尽きせぬ苦しみを世界に…

 被爆者は筆舌に尽くしがたい苦しみを描写し、考えられないことを考え抜いて、日本被団協をはじめとする被爆者代表の並々ならない努力が核兵器使用のタブーの確立に大きく貢献した。核兵器のない世界を実現するための努力に心から敬意を表す」と語った。


[資料2]「ノーモア!ヒロシマ・ナガサキ」に突き進もう

 受賞決定後、広島県被団協の箕牧智之理事長は「私たちが生きているうちに核兵器をなくしてください」と訴えた。被団協は、太平洋のビキニ環礁で米国が実施した水爆実験により、日本の漁船員が被ばくして死亡したことを受けて1956年に結成された。
 世界の共通語となった「ノーモア!ヒロシマ・ナガサキ」をスローガンに市民レベルの動きは国際的に広がった。
 しかし、今回の受賞は核廃絶が後退し、核戦争のリスクが世界的に現実味を帯びつつある国際社会の現状への警鐘である。
 日本政府の動きはことさら鈍い!
 核兵器禁止条約に加盟しないだけでなく締約国会議のオブザーバー参加にも後ろ向きだ。
 「ネバーギブアップ(決して諦めない!) 私たちもあらん限りの力をふり絞り「核兵器なき世界」に突き進もう!

 

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P2        第一原発2号機
      「デブリは掴んでいた」に発表を訂正!

P3     廃炉作業が機能不全に陥っている! ②

P4    3日間の屋内退避
      次に原発事故が起きた時、子どもたちを守る事が出来るのか!!

P5    東芝の崩壊 劣化する現場とデジタル敗戦

P6    復興支援のかけ声と真逆の仕打ち
      ALPS処理汚染水海洋放出で漁民に冷や水を浴びせ続ける政府

 

 

 

 

 

 

 


東電・三菱重工社員は誰も入りたくない・・・No273号

2024-09-26 19:14:19 | 脱原発情報

東電・三菱重工社員は誰も入りたくないのに・・
 下請け労働者に任せる こんなことがあっていいのか!

 第一原発2号機の核燃料デブリの試験採取が度重なるミスで延期・延期の連続になる中、今度は高い放射線のためかカメラが異常な状態になるなど、またもやミスが続いている。


 (資料1)は、わずか3gのデブリ回収に向け高線量のもと、必死で頑張る下請け従事者。


 (資料2)はパイプの接続順を誤ったもので長さ1.5㍍、重さ95㌔、直径16㌢㍍ある。①を最初に接続しなければならないのに⑤に接続してしまっと言う。


 (資料3)は2号機の格納容器内部の状況である。
 左端が作業員で格納容器内部では、その線量は(推定) 毎時530シーベルト(Sv)あると言う。この線量であれば毎時530?×1000=530000mSvであるから致死量3000mSvとして177人が死亡する線量である。
 この作業に従事した従業員は‥
・全面マスクの重装備でパイプが見えにくかった。
・東電や元受けの三菱重工の社員もいない中での作業でパイプの順番が分からなかった。   
・事前準備は訓練はしていなかった。
・三菱重工の社員は「28日に準備は終わった」と東電に虚偽の報告をしていたと言うのだ!
 この事態に東電の小野明・廃炉責任者は「見通しの甘さがあった。今後は安全と着実さを広く考えて行く必要がある」と語っている。
 この作業で採取に当たり上限の放射線量を毎時24㍉?にし、これを超えなければ取り出さないとしている!
 これでは最初から
無理筋の話である。
 そもそもデブリからウランやプルトニウムが核分裂する際に発生する中性子が、高いレベルで検出されている。13年間ジワジワと臨界が発生しているのではないかと想像している。(既報№268)
 この試みは世界で初めての作業であると言う。
 この作業は下請け労働者の犠牲の上にある。

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P2  廃炉作業がとんでもない事態に‥!

P3   過小評価の真実に迫る!! 

P4  再開後80回 東電交渉
     デブリは放射性物質の総量に入っているのか?

P5  東芝の崩壊と経営の無能と劣化する現場

P6  被ばくはいつも歪められてきた
    広島・長崎~第五福竜丸~調査船 拓洋・さつま~福島

 

 
 


被爆から79年一切の核廃絶を迫ろう No272号

2024-08-25 21:24:31 | 脱原発情報

被爆から79年 一切の核廃絶を迫ろう!

(資料1)1945年8月6日午前8時15分、人類史上初めての原子爆弾が広島に投下され地上600㍍上空で閃光を放って炸裂した。爆心地周辺の地表温度は3000~4000度にも達し、爆風の衝撃波は1平方メートル当たり11㌧に達し、爆風は秒速約300㍍と考えられている。無差別に一般市民を標的にした破壊力と残忍さは他に例を見ないものであった。3日後(9日)長崎への爆弾投下によって、二つの都市を一瞬にして破壊し、併せて21万人もの命を奪った。草木は一瞬にして焼き尽くされ地獄の廃墟となった。


[資料1原爆を投下する搭乗員は「目標に正確に投下を命ぜられた
一瞬のうちに屍の町になるであろうと彼らは考えた時・・
    その後「食べ物の味も分からなくなった‥」という]

  式典で長崎市長は「平和宣言」の中で、自らも被爆した詩人、故福田須磨子さん(1922~74)の「原爆を作る人々に」と題した詩を引用し核廃絶を世界に訴えた(抜粋)
  
 原爆を作る人よ!
しばし手を休め 目を閉じ給え
昭和二十年八月九日!
あなたが作った原爆で 幾万の尊い生命が奪われ、
財産が一瞬にして無に帰し 平和な家庭が破壊つくされたのだ !
(福田さんは詩の最後でこう呼びかけました)
原爆を作る人々よ!
今こそ ためらうことなく手の中にある一切を放棄するのだ
そこに初めて真の平和が生まれ
人間は人間としてよみがえることが出来るのだ
 
 福田さんは二十三歳で原爆で被ばくし、両親と長女を亡くし、十年後には全身に斑点が広がる紅班症を発症し入退院を繰り返しながら作詩を重ね、原爆の非人道性を訴え続けた。没後五十年になる福田さんの作品を「平和宣言」に盛り込むよう働きかけたのは「起草委員会」の人々であった。

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P2         敦賀原発2号機‥初の不合格へ‥
      活断層は原発炉心直下にある!

P3     政府の地震調査委員会
       日本海に活断層25カ所ありと公表!

P4   崩壊する事故原発
     2号機使用済み燃料プール注水停止

P5   国民まで欺いた東芝経営の罪と末路   

P6   2024年8月末から始まるデブリ取り出し‥
      この大掛かりな施設で3gとは?

 

 

 


柏崎刈羽原発直下と海域に活断層 No271

2024-07-26 15:22:28 | 脱原発情報

柏崎刈羽原発 東電と国・・・    
       原発直下と海域に活断層・・・
                更に断層も誤りだった!

 


[資料1 7つの活断層を隠していたとは‥犯罪である]

 今から17年前に起きた(資料1)の「中越沖地震」で被災した「東電柏崎刈羽原発」の周辺海域にはいくつもの「活断層」が眠っていた。
 中越沖地震の震源とされる「F-B」も申請時の評価を覆し、活断層だったとした。更に2003年「これを含めた活断層の疑いがある断層7本(図参照)についても把握しながら東電は公表せず、報告も受けた国も黙認していたのだ!それだけではない!前号No270(資料3)のように原子炉直下に複数の断層が確認されているのに(注1)それを公表せずいたのだ。

[資料2「逆断層」を正断層と間違うとは?

 更に(資料2)のように1979~85年同周辺海域の音波探査により大きな地震が起こる「逆断層」を比較的小さな地震を起こすとされる「正断層」と誤って評価していた事が2008年4月に分かった。何という事であろうか!新潟県沖など日本海東縁で起きる地震はすべで逆断層であることは常識だった。
 調査に当たった専門家は「重大な初歩的ミス」と指摘している。


[資料3  最新の「海洋活断層」は、いっぱい存在する]

 しかし(資料3)のように「海洋活断層」はいっぱいあるのに初歩的ミスとは?呆れるしかない!
 それにしても「柏崎刈羽原発反対同盟」は、1969年9月「原発計画」後、半世紀以上にわたる闘いを続けて来た歴史がある。特に、2005年5月に東京高裁での11年にわたる弁論、38回公判に10時間余りの往復時間‥それを理由も述べず「本件訴訟は棄却する!」の判決。それに耐え、原発を稼働せずに、今があるとに改めて賞賛に値すると言いたい!

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P2  双葉地方における反原発運動の記録を!!

P3  東芝崩壊戦犯官僚のその後と今 
         あるべき官僚の姿 ④~3   

P4  原子力は「令和の玉砕か」!   
    中越沖地震17年 福島を忘れない柏崎刈羽原発ハイロ全国集会 

P5  再開後79回 東電交渉 
          汚染水の海洋放出が漁民・漁業者にも利益?

P6  第一原発は350万m3 東京ドーム75個分
      放射性廃棄物の総量約780万㌧ だだ漏れ状態に!