初めて住んだのはお風呂もないアパートだった。
八畳一間にダイニングキッチン。
エアコンもなければ湯沸かし器もない
冷蔵庫も洗濯機も夫が以前から使っていたもので
小さくて古びていた。
わたしたちは身の丈にあった生活しか望まなかったので
それで充分だった。
初めての街はもの珍しくてふたりで歩くのが楽しかった。
あり合わせの食材で何が作れるか
考えるのも楽しかった。
母は経済的なことだけを心配していたけれど
わたしは仕事を続けていたし
夫も仕事が大好きな人で…
というか仕事のことしか考えないところがあった。
なので生活が立ち行かないどころか
結構な貯金ができていった。
それはこの時代ならではなのかもしれなかったけれど。
この時代…求人などいくらでもあったし、
預金の利息が年4~5%とか普通にあって
今の若い方は驚かれるのではないかな…と思う。
そういう 人も経済も元気な時代があった。
わたしたちはここに1年半ほど住んでいたが
どんどん夫の仕事が忙しくなり、この狭いアパートに
手伝ってくれる人を呼ぶことになったりして限界になり
新しい(賃貸の)マンションに引っ越すことになった。
この狭いアパートにいたときに
母が来たことがあった。
ドアを開けるといきなり右側に洗濯機が置かれているのを見て呆れ、
湯沸かし器のないことに呆れ、
小さい冷蔵庫に呆れていた。
そして、届いていた夫宛ての郵便物をびりびりとすべて開封した。
これにはわたしがびっくりした。
母にしてみると目下の人間のものなど
自分のものも同然だったのか。
未だによくわからない。
郵便物はほぼ支払通知書で、
母はその金額に驚いて
「おまえのところは凄い稼ぎがあるじゃないか」
「これだけあるなら少しこっちに回したらどうなんだ」
と言った。
母は何もわかっていないのだな…とうんざりした。
フリーの仕事とは依頼があって成り立つもので
前に母が言ったように
依頼がなければ無職のようなものだ。
それに今はスタッフにお給料を支払う立場になっている。
入るのが多ければ出るのも多い。
当然のことなのだが。
その後 帰ってきた夫に
「ごめんなさい…母が開けちゃって…」
というと
「いいよ、べつに」
と気にしていない様子だったが
わたしは母がおかしいのではないかと
このあたりから思うようになった。