大阪市北区で行政書士・海事代理士・マンション管理士を営んでいる原田行政書士法務事務所の駅ブログ

主に学生時代から撮り続けている全国の駅の写真等をブログで毎日公開しています。

北陸本線 長浜駅!

2017年02月09日 | 

滋賀県長浜市北船町にあるJR西日本の長浜駅は、米原駅から敦賀・福井を経て金沢駅までを結んでいる北陸本線(176,6km)の駅です。 もともとは官設鉄道の一般駅として、1882(明治15)年3月10日に開業しました。

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、島式ホームの北側に切欠きホーム1線の計2面4線を有する直営駅です。
1955(昭和30)年11月に建てられた3代目の駅舎は、2006(平成18)年10月に日本最古の駅舎として知られた初代駅舎のデザインを踏襲した橋上駅舎(4代目)に建て替えられました。

この長浜駅は長浜市の代表駅で、2014(平成26)年度の1日の平均乗車人員は4,470人です。

1903(明治36)年まで使用された初代駅舎は、日本最古の鉄道駅舎として1958(昭和33)年に鉄道記念物に指定され、現在は「長浜鉄道スクエア」の施設として、保存・公開されています。

  <長浜駅の年表>

 ・1882(明治15)年3月10日:官設鉄道の一般駅として開業
 ・1895(明治28)年4月1日:線路名が東海道本線となり、同線の駅となる
 ・1902(明治35)年11月1日:線路名称の改定により北陸線となり、同線の駅となる
 ・1903(明治36)年1月1日:新駅舎(2代目)が現在地で完成
 ・1909(明治42)年10月12日:国鉄線路名称制定により北陸本線となり、同線の駅となる
 ・1955(昭和30)年11月3日:新駅舎(3代目)が完成
 ・1984(昭和59)年2月1日:貨物取扱い廃止
 ・1986(昭和61)年11月1日:荷物取扱い廃止
 ・1987(昭和62)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる
 ・1988(昭和63)年3月13日:路線愛称の制定により「JR琵琶湖線」の愛称を使用開始
 ・1991(平成3)年9月14日:米原駅~当駅間が直流電化され、新快速の運転区間が当駅まで延長される
 ・1997(平成9)年4月30日:自動改札機設置
 ・1999(平成11)年5月26日:電光掲示板の導入
 ・2003(平成15)年11月1日:ICカードICOCAの利用が可能になる
 ・2006(平成18)年10月21日橋上駅舎(4代目)の駅舎が完成し、使用開始
 ・2007(平成19)年3月18日:駅自動放送を更新
 ・2009(平成21)年7月1日:駅構内終日全面禁煙化
 ・2013(平成25)年3月23日:IC乗車カード全国相互利用開始により、PASMOなども利用可能になる
 ・2015(平成27)年3月12日:接近メロディー導入

 
(駅 名 標)

 
(米原方面を望む)

 
(長浜駅駅舎・東口)

 
(駅 舎 内)

 
(長浜駅駅舎・西口)


 撮影年月日:2016(平成28)年12月11日


今日は服の日!

2017年02月09日 | 今日は何の日

2月9日は服の日です!

衣類への関心を高めて、服を着る楽しみを広げようと、日本ファッション教育振興協会及び全国服飾学校協会などが1991(平成3)年に2月9日を「服の日」に制定しました。

日付は「ふ(2)く(9)」の語呂合わせです。

ちなみに、日本で最初の洋服(西洋様式の衣服)は、1543(天文12)年、ポルトガルの商船・アバイス号が種子島に漂流した際、助けられた乗組員たちが自分たちの上着、チョッキ、ズボンなどを漁夫たちに贈ったものを、鹿児島の郷士・伊集院兼房に献上したものだと言われています。

しかし、西洋の服が庶民の間で一気に広まるのは200年以上後の明治時代になってからで、近代国家の体制を早急に整えるために、明治政府はまず西欧の衣服を採用する方針をとり、それを制度化することで推進していきました。
具体的には、まず軍装にヨーロッパの軍服を採用した明治政府は、次に太政官の制服にも洋服を採用し、1872(明治5)年には礼服をすべて洋服に定めました。 また郵便夫や邏卒(巡査)や鉄道員にも洋服が制定されました。
このように、上からの強制ではありましたが、洋服が職業服として優れた機能をもっていたことから、男子服の洋装化は急速に進められました。