中国本土への飛び火を警戒
米国が台湾防衛へ立上がる
香港金融市場3大メリット
香港デモは、死者2人を出して一段と過激化している。香港の金融街・中環(セントラル)では13日も抗議デモの参加者が集まり、交通に支障を来している。
李家超保安局長は同日、暴力が続いた場合は「想像もできない」結果を伴いかねないと警告した。中国の国営メディアも相次ぐ警告を発表し、軍事行動に移る気配を表すなど、最後の局面になってきた感じだ。
香港各地で13日未明まで警察とデモ隊の衝突が続いた。最も激しかったのが名門大の一つ、香港中文大キャンパス内で催涙弾と火炎瓶の応酬となった。
香港メディアによると、学生側の負傷者は60人を超え、拘束者も多数いるという。以上は、朝日新聞・電子版の伝えるニュースだ。学生が、火炎瓶闘争に入ったことは危機的事態である。中国政府が事態収拾で軍事力を使えば、「第二の天安門事件」になりかねない。批判は、すべて中国政府に向けられる。
中国本土への飛び火を警戒
中国政府が恐れているのは、香港デモが中国本土へ飛び火する懸念である。
香港は、新たに建設された広東省珠海への海上大橋(全長50キロメートル)を使えば、車で約30分もあれば着く。
この広東は、中国革命の先覚者・孫文の出生地だ。
孫文は、香港で医学を学び革命思想に芽生えた場所である。現在、香港の大学へ留学している学生の多くが広東出身者。
これら留学生は、マスクをして香港デモに参加しているが、中国側の監視カメラが身分を特定しているという。中国の警戒観の強さを示している。
以上のような、香港と広東の結びつき、それに孫文が両方の土地と因縁浅からぬことを重ね合わせると、中国政府が軍事行動を取る危険性は決して低いは言えなくなってきた。
問題は、この軍事行動が、中国の立場を不利にさせると同時に、香港経済の地盤沈下を通じて、中国経済が二重の打撃を受けることだ。
米国は、中国が軍事行動を起こせば、これまで香港に与えてきた特恵を廃止すると警告している。
中国は現在、香港を通して海外との金融接点をつないでいる。それが、薄められるか切断されれば、真っ逆さまに落込む大きなリスクを抱える。その経済的な損失については、後で取り上げる。
30年前の天安門事件は、中国経済に大きな衝撃を与えた。
だが、共産党政権を守る政治的利益には代えがたかったのだろう。
中国が、再び香港デモを武力鎮圧し、政治的利益を守る選択が浮上してきた。
香港デモが軍事力で弾圧された場合、経済的利益は大幅に落込む。
中国が、台湾に呼びかけている「一国二制度」は平和的なものでなく、軍事力を伴うニセ物であることが証明されよう。
香港での軍事力行使は、経済的利益と台湾を同時に失うのだ。
中国の対台湾政策は、香港デモによって一段と実現不可能になるだろう。
米国は、台湾の民主主義と自由を守るという大義から、公然と「台湾防衛」姿勢を見せている。
これまでの「一つの中国論」は形骸化したと言って差し支えない。
最近は、台湾を国際機関に復帰させる運動まで始まっている。
中国が、軍事的プレゼンスを高めれば高めるほど、「一国二制度」は揺らぐのだ。
米国が台湾防衛へ立上がる
台湾が、米国にとって軍事的にも重要な意味を持つようになった背景には、米国の「インド太平洋戦略」の急浮上が上げられる。
これは、次のような事情から生まれた。
中国が、国際仲裁裁判所の審判を無視して、南シナ海全体を中国領海として居座っているからだ。
中国は、本来であれば撤退すべきところ、軍事力にものを言わせて我が物顔に振る舞っている。
将来、中国が公海である南シナ海を封鎖する事態も想定される。
そういう最悪事態を回避するには、「インド太平洋戦略」で自衛する必要があるのだ。
これに参加するのは、米国、日本、豪州、インド、ASEAN(東南アジア諸国連合)というメンバーである。
ここには、まだ韓国の名前が出ていない。
先に、米韓で「インド太平洋戦略」の一部について韓国が参加するものの、軍事面での貢献は不明である。
地政学という視点からは、ぜひとも台湾の参加が必要である。
中国が、台湾への軍事攻撃姿勢を露骨にすれば、台湾は米国の後押しによって、「インド太平洋戦略」に加わってくるだろう。
このように、香港デモに端を発する中国の軍事的な攻撃姿勢の強化が、中国包囲網を自ら形成させる引き金を引いている。
習近平氏は、永久国家主席も可能な制度に変更させた。
これでは、専制国家の皇帝となんら変らないのだ。周辺国が、軍事的危機感を強めるのは当然であろう。
米国はこの8月、台湾へF16戦闘機を売却する方針を決めた。
売却するのは新型のF16Vの66機。売却総額は80億ドル(約8500億円)とされる。
戦闘機の売却は27年ぶりである。売却目的は、台湾への軍事圧力を強める中国をけん制するためだ。
高性能エンジンを搭載する新型F16は、航続距離が伸びており、従来型の戦闘機では不可能だった中国側基地の攻撃も可能という。
これで、人民解放軍の台湾侵攻を抑止する力が格段に高まると指摘されている。
中国の急速な軍拡や技術進歩で、中台の航空戦力格差は開いていた。
新型機を購入できれば、「今後5~10年は一定程度均衡を保つことができる」(『日本経済新聞』8月18日付)状況という。
中国は、台湾を外交的に孤立させる戦術に出ている。
南太平洋一帯の国々をいじめたり買収したりして、台湾との外交関係を断絶させている結果だ。
9月には、台湾の数少ない同盟国だったソロモン諸島とキリバスが台湾と断交し、中国政府に付いてしまった。
これで、台湾が外交関係を維持している国の数は、15ヶ国に減った。
これを見かねた米国が、新立法に取り組み始めた。
上院外交委員会は9月下旬、台湾を防衛する「台北法」法案を上院本会議に上程することを全員一致で決定した。
同法案の狙いは台湾を孤立させないことだ。具体的には、次のような内容だ。
1.米国は、台湾と自由貿易協定を結ぶこと
2.台湾が、より多くの国際機関に加盟すること
3.米国務長官に対し、外国政府に台湾との関係を強めるよう働きかけるよう指示し、台湾との関係を弱める国へ経済・軍事支援を控えるよう促すこと
米国が、公然と「一つの中国論」破棄に向けて走り出している背景を見落としてはならない。
それは、「米中冷戦」が始まったという認識を鮮明にするからだ。
中国が、米国の覇権に挑戦すると発表している以上、お人好しに「一つの中国論」を守る義務はなくなったのだ。
中国が先に米国覇権に敵対する行動を始めた以上、何の遠慮もなく中国と対峙する外交戦略の大転換をしたと見るべきだろう。
私は、この視点を見落とすと米中関係はもちろんのこと、世界情勢を見誤ると考える。これが、現実世界である。
米国のガードナー上院議員(共和)が「台北法」の法案を提出したのは、トランプ政権が新型F16戦闘機66機を台湾に売却することを承認してから1カ月余り後のことだ。
オバマ前大統領は、中国の反発を恐れて売却承認を控えていた。
だが、米中冷戦という認識に立てば、もはやオバマ時代の対中国観は捨てられており、米議会でも堂々と台湾援助法案が討論されるまでに雰囲気が変った。
これこそ、習近平氏による米国への挑戦がもたらした風の変化である。
中国は、香港で過激化するデモを抑え、中国本土への飛び火を警戒するのは、政治的利益を優先させざるをえい事態になった結果であろう。
つまり、経済的な利益を無視しても中国共産党体制に揺らぎの起こることを拒否する強い姿勢の表れだ。
香港金融市場の3大メリット
中国が、香港から得てきた経済的なメリットとは何だったのか。
それは、金融面でのメリットである。
中国は、香港を窓口にして世界の金融センターに繋がっていた。
その絆が、中国の軍事的な弾圧によって細くなるか、消えてしまうのかである。
そのカギは、世界の金融センターを擁している米国のさじ加減一つなのだ。
米国ドルが、世界の基軸通貨として使われている。
それは同時に、米国が世界の金融センターであることを意味する。FRB(連邦準備制度理事会=中央銀行)は、世界の金融の総元締めなのだ。
中国にとってなぜ香港が、金融面で重要なのかを見ておきたい。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月23日付)からの引用を交えて説明したい。
1.香港金融市場での株式発行による資金調達
中国本土の企業は1997年以降、香港市場での株式発行で3350億ドル(約36兆3500億円)を調達しており、本土で発行するより幅広く株主を集めている。
本土で調達できる資本の金額は大幅に増えてきた。
ただ、香港ドルは米ドルに連動しているうえ、香港には資本規制がないため、香港市場への上場は外国企業の買収や国外投資に向けた国際決済通貨の入手につながり得る。
同じ目的で上海市場への上場を利用するのは、ずっと困難だろうとみられている。
2.香港金融市場で融資や社債発行で資金調達
中国企業は香港を通じ、多額の資金を借り入れている。
銀行の融資および社債の発行を通じてだ。
中国企業のオフショア債券発行の場として香港は断トツに大きい。
投資銀行によると、企業にとっては本土よりも長期間の借り入れができるほか、より重要な点として、国際決済通貨で資金調達できることが利点となっている。
この点は、中国が3兆ドル台の外貨準備を維持している上で大きな役割を果たしている。
中国は、外貨準備が心許なくなると、企業にドル債券の発行を促し、ドル資金の取り入れをさせるなど、自由自在に使っている。
米国が、ここに着目してなんらかの操作を行なえば一転、中国は地獄を見る。中国は危ない橋を渡っている。
3.香港金融市場が対外直接投資の窓口
外国の企業や政府系投資機関は長年、中国本土の企業向け投資や施設建設のための中継点として香港を利用してきた。
中国は国が豊かになるにつれ直接投資を通じてより多くの資金を国外に投じており、同国商務省の統計によれば、その額は1997年の26億ドルから昨年の1430億ドルへと増加した。
こうした対外直接投資の多くが香港経由で行われている。
中国の資金が香港を経由して出たあと、再び本土へ戻るという「往復」のケースもある。
これは外国投資に対する優遇条件を利用しているためとみられる。
中国は、GDP世界2位の座を占めるまでになった。
その「黒子役」は香港金融市場とも言える。
香港が、米国から優遇された裏には、自由と民主主義が息づく都市という特別の認識が働いてきた。
それが、中国政府によって蹂躙されるとすれば、もはや、香港に「特恵」を与える必要性がない。
米国がそのように判断すれば、香港の明日は零落する。同時に、中国の運命も同じ過程を辿るのだ。