韓国労働組合総連合の釜山支部が反旗を翻して、保守系政党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補に支持声明を出したというニュースが2月9日付の朝鮮日報に出た。
前日には、韓国労働組合総連合が与党「共に民主党」の李在明候補を公式に支持しており、釜山支部が相反する立場を取ったと注目されている。
釜山支部の代表者と組合員は、「大韓民国の危機を心配し、大韓民国の失われた5年を取り戻すために尹候補と共に政権交代を狙う。文政権は公正と正義、そして常識に欠けている。矛盾する政策ばかりを乱発している」と批判している。
選挙投票日まで1カ月を残した韓国大統領選は、李在明候補が有利にも見えていたが、最後までなにが起こるかわからない。
李在明候補が政権を握れば民主主義が危なくなるとわかってきたのだろうか。
1月に李在明候補が国民に宛てたメッセージの中で、「弱者を助け、強者を分ける世の中。和合する世の中に向かって、国民の皆さんと手を取り、力強く進んでゆきます」という部分があったのだが、保守派の若者たちの中では、「強者を分ける世の中」とは共産主義を意味すると警笛を鳴らす人もいる。
百貨店などを展開する韓国財閥・新世界グループの鄭溶鎮副会長が自身のInstagramに「滅共」と言及し、炎上したことで論争にもなった。
不思議なことは、「滅共」論争で新世界グループと関連会社の株価が下がったり、新世界グループに対して不買運動をしようという声が上がったりしたことである。そして、Instagramは該当の投稿を「ガイドライン違反」として削除した。共産主義に反対したらSNSが削除されてしまうのである。
日本に移住を決めた「育メン」先生が韓国に抱く危惧
元々「滅共」という言葉は、李承晩元大統領の時代から叫ばれていた。その後の朴正煕元大統領が1964年にベトナム戦争への派兵を決定し、南北間の緊張がいっそう激しくなった当時も、国民には違和感のない言葉だったはずだ。
朴正煕元大統領は1966年丙午の元旦に「滅共」という書を残した。その2年後の1968年の1月21日には北朝鮮の人民軍ゲリラ部隊に青瓦台の大統領官邸を襲撃され、暗殺されかけている。共産主義と命を懸けて戦った朴正煕元大統領だが、左翼勢力に扇動された韓国の若者たちの間では独裁者と呼ばれている。
息子の友達たちの間でも時々そのような会話が出るようで、息子は黙って聞いているだけだが、李在明候補の反日発言などに影響を受けている子供たちも多いのだそうだ。いつものことであるが、同じ韓国に住んでいても韓国人の政治的思想は分断と対立が激しい。
「これじゃあ、まともな考えをしている人は、この国から出ていくばかりかもね」と息子がつぶやく。
韓国で就職できずに、海外に留学しそのまま就職、移住という話はよく聞く。ただ、最近、韓国を出る決心をした知人たちは、韓国で不自由なく住んでいる優秀な人たちばかりである。
この4月から日本の病院に勤務が決まったのは、筆者が「育メン先生」と呼んでいる30代の医師である。妻と幼い二人の子供を連れて日本に移住する。
警察官の父親のもとに生まれた彼は、正義感の強い青年だ。高校の時、日本のセンター試験に該当する「大学修学能力試験」で自分の力を試そうと勉強した結果、医学部に入学した。
勤務医としてキャリアを積みながら子育ても積極的な彼が日本移住を選んだ一番の理由は、「韓国には未来が見えない」である。韓国の少子化は全世界の中でも急速に進んでいる。2020年の出生率は0.82で2021年はもっと低い数値になるだろう。
彼は「10年後20年後の韓国は中国に飲み込まれているかもしれない。与党『共に民主党』は朝鮮族(韓国系中国人)の移民を受け入れると言っているけど、朝鮮族の人口が増えることによって、韓国は中国の一部になっていく」と危惧している。
「何より韓国社会ではお互いに人が信用できない。今のように正直に生きていたらいつか詐欺にあうかもしれない。いろんな国を旅行して回ったけれど住みたいと思った国は日本だけ」と話す。きっと日本でも「育メン先生」をやってのけるだろう。
同じく韓国を捨てた弁護士の夢
そして、もう一人はソウル大卒のエリート弁護士である。彼は従業員が10人以上いる弁護士事務所の代表である。
地方出身の彼は、高校の時にその地方の学力テストで1位になった秀才である。大学受験ではソウル大法学部を目指し、見事に合格した。その後、銀行勤務を経て、司法試験に合格した彼は見聞も広い。
彼は韓国の日本統治時代に対しても、「よく当時の状況を考えればわかる。朝鮮は自力で自国を守るのが難しく、日本に支配されるしかなかった。当時の朝鮮王が無能だっただけの話で、韓国の教科書はほとんど虚偽。でも、みんなそれがわからないんだ」と筆者に話してくれた。
彼と話していた時に、驚くべき発言をしたことがある。何かというと「弁護士としての夢は一つ。弁護士をやめて自由に暮らすこと。そう思っているのは自分だけではない」というのだ。韓国人のクライアントはもめ事を法的に解決してくれるのを望んで弁護士を雇うのではなく、自分の思い通りに物事が運ぶのを望み、弁護士を雇うのだそうだ。
裁判中も、とにかく自分はお金を出しているのだから、自分の思うとおりの判決を引き出せといつも言われるのだと。随分とめちゃくちゃな話である。
もう仕事は社員に任せて、日本の語学学校に留学する予定だと話していた。ところが、コロナで外国人の新規ビザの発行が止まってしまったので計画が思うように進まなかった。ビザが待ちきれなかった彼は、アメリカとオーストラリアに放浪の旅に出た。現地からオンラインで日本の語学学校の授業を受けている。
SNSでは彼の現地での様子が毎週見ることができる。韓国を脱出した彼は普通のバックパッカーだ。彼は見事に夢を叶えた。
ところが、旧正月の休みが明けた日、筆者が勤める会社の上司が「金九の伝記を読んで感動した。皆さんも読んでください。そして真剣に今回の大統領選挙に一人一人が臨んでください」と話すのである。
金九とは日本統治時代に上海臨時政府に参加した韓国の独立運動家。テロリストだが、韓国左翼の中ではヒーローである。1940年から7年間、上海臨時政府の主席を務めたが、1949年に南朝鮮単独選挙を巡り、李承晩と対立して暗殺された。
金九は南北に分断されることを望んでいなかったのだろう。韓国では南北統一のために努力したことが強調されて伝えられている。同じ時代に同じ国に生きていても、人によって考え方はこうも違うものなのか。
韓国を蝕む教育格差と思想的格差
日本でも韓国でも、経済格差が学力の格差につながっているという議論は昔からある。特に韓国では、「私教育」と呼ばれる塾や家庭教師の高額化が問題でドラマにもなるほどだ。
では、思想的格差はどんな要因が考えられるのだろうか。それはやはり教育格差ではないか。その教育とは机上の勉強ではない。物事を客観的に見つめて、論理的に考えることのできる力を育むことである。
21世紀を迎えて情報は、あふれかえっている。日本の若者にも韓国の若者も、アンテナを磨いて情報を選別する能力が思想のボーダーラインを決めるのではないか。