「人生いちどきり」
少し前、縁あってある初老の男性のお宅を、たびたび訪問していました。
がんを患い、その苦痛を緩和するケアを受けながら、
残りの時間を自宅で家族とともに過ごすことを選ばれた方でした。
さてこの方、なかなか口が悪くて、
「おう坊主、まだ来たのが!
俺を早(はえ)ぐくたばらせてよって魂胆だな!」
と来るので、私も負けずに、
「私もまだまだ修行が足りねぇなぁ。
お父さん、なかなか成仏しねぇもん」
と言い返せば、ニカッと笑い、
「もっと頑張れ!」
と言ってくれる、気持ちのサッパリした方でした。
ある日、奥様と3人の時に生まれ変わりが話題となり、私は何気なく尋ねてみました。
「お父さんは生まれ変わるとしたら、何になりでぇの?」
お父さんは、急に黙って、いつになく真剣な口調で語りました。
「生まれ変わっても俺がいい。
この病気のない、俺になりでぇ」
自宅でのケアを始めた時から、良くなる見込みがない事は、お父さんも覚悟をしていました。
それでもなお、心の奥底から渇望し続ける痛々しいほどに、まっすぐな願い、…。
息が詰まるほどの緊張と沈黙の中、
張り裂けそうな気持ちに耐えながら、
奥さまが、つとめて笑顔で切り返します。
「そしたら、また私と一緒に、ならねっけ ねぇんだよ。
いいの?」
ニヤッと笑ってお父さん、
「ああ、んだなぁ。
それでもいいや。
病気さえなげれば、それでいい」
私は、何も言えませんでした。
ほどなくしてお父さんの容体は急変し、
もうその笑顔を見ることも、皮肉を言い合うことも叶わなくなりました。
人の人生は二度と繰り返さないから、
「やり直しの効かない一度きりの人生を、悔いなく生きてください」
なんて言えません。
そんなの無理です。
原因がわかっていても納得できない理不尽で不条理な運命。
悔やんでも悔やみきれない取り返しのつかない出来事。
逆に、思いがけぬ幸運に恵まれたり、努力が実り喜びに溢れたり、…。
一度きりの人生を、人は受け入れざるを得ない。
大切なことは、その一度きりの人生をどう生き抜くか。
がんを患うことも、奥様と一緒になることも、
そのままでお父さんも人生。
その人を、お父さんは最期まで懸命に生き抜いた。
(「法っとするおはなし」高橋悦堂さんより)
生き切るって、こんな感じでしょうか。
少し前、縁あってある初老の男性のお宅を、たびたび訪問していました。
がんを患い、その苦痛を緩和するケアを受けながら、
残りの時間を自宅で家族とともに過ごすことを選ばれた方でした。
さてこの方、なかなか口が悪くて、
「おう坊主、まだ来たのが!
俺を早(はえ)ぐくたばらせてよって魂胆だな!」
と来るので、私も負けずに、
「私もまだまだ修行が足りねぇなぁ。
お父さん、なかなか成仏しねぇもん」
と言い返せば、ニカッと笑い、
「もっと頑張れ!」
と言ってくれる、気持ちのサッパリした方でした。
ある日、奥様と3人の時に生まれ変わりが話題となり、私は何気なく尋ねてみました。
「お父さんは生まれ変わるとしたら、何になりでぇの?」
お父さんは、急に黙って、いつになく真剣な口調で語りました。
「生まれ変わっても俺がいい。
この病気のない、俺になりでぇ」
自宅でのケアを始めた時から、良くなる見込みがない事は、お父さんも覚悟をしていました。
それでもなお、心の奥底から渇望し続ける痛々しいほどに、まっすぐな願い、…。
息が詰まるほどの緊張と沈黙の中、
張り裂けそうな気持ちに耐えながら、
奥さまが、つとめて笑顔で切り返します。
「そしたら、また私と一緒に、ならねっけ ねぇんだよ。
いいの?」
ニヤッと笑ってお父さん、
「ああ、んだなぁ。
それでもいいや。
病気さえなげれば、それでいい」
私は、何も言えませんでした。
ほどなくしてお父さんの容体は急変し、
もうその笑顔を見ることも、皮肉を言い合うことも叶わなくなりました。
人の人生は二度と繰り返さないから、
「やり直しの効かない一度きりの人生を、悔いなく生きてください」
なんて言えません。
そんなの無理です。
原因がわかっていても納得できない理不尽で不条理な運命。
悔やんでも悔やみきれない取り返しのつかない出来事。
逆に、思いがけぬ幸運に恵まれたり、努力が実り喜びに溢れたり、…。
一度きりの人生を、人は受け入れざるを得ない。
大切なことは、その一度きりの人生をどう生き抜くか。
がんを患うことも、奥様と一緒になることも、
そのままでお父さんも人生。
その人を、お父さんは最期まで懸命に生き抜いた。
(「法っとするおはなし」高橋悦堂さんより)
生き切るって、こんな感じでしょうか。