草庵の記

弓部大動脈、腹部大動脈、腸骨動脈、冠動脈にステント11本。
私の体はサイボーグ

6度目の退院後

2019-02-25 17:04:23 | 消化器内科

以下 2012年8月10日


何だか夫が頑張り過ぎて昨日は真っ青な顔で動けなくなった。

家の掃除から犬のことやら、姉が子守役で来てくれるので
その準備と…気疲れもする。
神経質で気遣い症の性格は治りません。


おまけに妻の退院の支度をしなければならず…
元気な退院の際は私が支度をするのだが…
最近衰弱も進んでいる上に、点滴が外れない。
退院直前まで点滴が必要と言われ、点滴を引きずりながら動けない。。

次々と大きな鞄に収納し、忘れ物の確認をし、準備を終える。
新聞が読みたいと(個室は部屋に新聞が配達される)広げるのだが、
今度は看護師さんや、事務の方が次々訪れて早く出た方が良いかな?雰囲気。

「ねえ、もう帰ろうよ」

「え~! ゆっくり新聞くらい読みたい」

無理矢理バタバタ帰宅して、私の食事を作る。

おかゆに鯛の刺身を煮て、野菜スープを作ってくれた。
茹で卵があったので食べろと言われ…食べた。これ消化に悪い
でも折角だから100回くらい噛んで食べた。

今日は消化に良いものしか食べられないけど。。。汗

栄養ドリンクを飲んで早めに寝るように言って夫を早く寝かせた。

お疲れ様でした。ありがとう。



朝~!

帰宅の翌日。
朝の洗い物をしているとやはり胃のあたりに重いものを感じる。
体も力が脱けたまま元に戻らない。
たった茶碗洗いだけで苦しい。

私の体はこの2日ノーガード、つまり血液サラサラの薬が無効期間。
しんどいとは言え、このプラビックスという薬が無いほうが体調が良い?
朝食後からプラビックスの再開である。

8時40分、閃輝暗点が来た。
このところ毎日である。
その数分もしないうちに今度は息苦しさの復活。
9時過ぎようやく閃輝暗点が治まる。


「薬を変えれば息苦しさが治まるかもしれませんよ」

看護師さんの昨日の言葉を思い出す。


少し様子を見て必要であれば薬を変えてもらうのも一計かもしれない。
が、私のこの薬は5回目の薬だ。


ワーファリンは肝臓に負担がかかり、数値が1000近くまで上がり入院。
シグマートもう上記同様
バイアスピリンも同様
プレタールは120以上の頻脈でダウン
プラビックスでようやく落ち着いた
が、全ての薬に副作用として息苦しさが謳われている


でも、体質に合う薬、合わない薬があるから医師に伝えるべきと
看護師さんのアドバイス.


少し様子を見て循環器内科医に相談してみようと思う。

僅か4日留守にしたら雑草が伸びていた


はてさて、夫は昼食に魚を煮た。
魚と昨日のお粥の残り、野菜スープの残りを用意してくれた。
ご馳走さま。

夜は昼食の魚1切れ残っていたものと、大根と南瓜の煮もの。
そして極めつけはモロヘイヤとほうれん草のお浸しだった。

作る前に聞いて欲しかった。
折角の行為が仇となる。

私は胃と腸の手術を受けたのだ。
モロヘイヤはお通じの無いときに食物繊維で出してしまおうという主旨の食べ物である。
今の私には食物繊維は無理なのだ。

言いにくいがご免と理由を話して食べなかった。
男性だし、ここまでやれる人は数すくないだろうと思う。
何か申し訳なくなってくるが料理できる体ではなくなった自分が情けない


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6度目の入院Vol.3

2019-02-25 16:49:17 | 循環器内科

以下 2012年8月9日記録


ベッドの写真の右下の方に赤っぽいビニールのケースに入っているのが
その日の行動の指示書。

そこには「絶食中」の文字が書かれている。
今日で2日目の絶食!
が、栄養剤の点滴を受けているし、点滴で殆ど動けない。
空腹を感じることは全く無かった。

昨日の吐き気はすっかり消え、まあまあの体調。

10時に内視鏡室に呼ばれる予定と男性看護師から聞いた.

今日は男性看護師の担当のようだ。
こちらの病院は男性看護師を多く起用している。

10時の予定が8時半にはもう呼ばれた。
わあ、一番にしてくださるんだ!
喜んで内視鏡室へ…待合室だった。

何と、先客が居て麻酔薬なんかの処置を受けているご婦人が居た。

私はピロリ菌検査をします!
ベッドのある奥へ連れられ…
この袋に呼気を採取します。
思いっきり吐いてください。

プウゥッ!
はい。

ベッドに15分横になってください。
左横向き。
続いて車椅子に座って15分経過。
もう一袋に同様に呼気を採取。

寒いのにタオルケット1枚で、待つこと1時間。
膀胱炎になったらどうしてくれるの?

さっきのご婦人が出ると次の人が呼ばれて内視鏡室へ。。
私は点滴をしたまま1時間半の間に3度トイレに行きました。
心因性残尿!?

冷えによる頻尿恐怖症。

行かないではいられない。落ち着かない。
何だか自分が犬になった気分。
犬の散歩は電柱ごとに小用。。。私は犬か??

処置をされることに大した恐怖はないけれど、ここで待たされる時間は
精神的に不安が大きい。
さ、寒い~


10時前に麻酔が始まり処置室に。
そこからは大した恐怖もなく…といっても前回の検査では何故か腸に
激しい痛みを覚えたので多少の不安はあった。
今日は痛みは無かった。。

腸のポリープ切除より時間は半分くらいだったように思えた。
しばらく休憩して、医師より結果の報告を受けた。

この胃のポリープは悪性化しておらず、血液検査の数値にも
異常はみられなかった。
細胞検査も恐らく大丈夫じゃないかと思われます。


それから待合で看護師さんのお迎えを待った。
昨日のような苦しさは無かった。

病室に帰って看護師さんに尋ねた

「今日、お昼御飯を食べて、朝の薬を飲んでから何時ごろ退院していいですか」

「えっ? 今日退院とは聞いてないですよ」

「は? 私は3泊4日の入院予定で、昨日、K医師に今日退院出来ますよねと確認しました。
 先生は大丈夫ですってお答えでしたよ!」

指示書には、8月10日退院と記されていた。

うっそ!!!

「確認しますが、今先生手術中ですし…」

「先生のご都合で確認してくださいね」

慌てて家族に電話すると家族はもう、今日迎えに来る段取りをしていた。
だよね~。。


看護師さんが来て「じゃあ、今日退院して良いです」
あは、無理矢理退院することにしました。

昨日の今日ですからきっと医師も大事をとって一日延期になったのでしょう。

出血したり、痛みがあったり、変わったことが起きたらすぐ病院に電話すること!
という条件で退院させていただきました。
ちょっとしんどいけどお家の事情でした。。

うちにはお犬さまが居て、留守番させると血反吐を吐きます。
馬鹿な飼い主が留守番できないようにしてしまいました。
家族全員居なくなるときは姉が犬の子守に来てくれます。

バッカじゃないかあ! 私たち

そんな風に躾けたのは私です。
生きるって大変ですね。。

で、で、、、ピロリ菌の検査結果を訊くの忘れちゃった


入浴の許可が下りていたので8時前にシャワーを浴びた。
何か変?
また閃輝暗点。

もうどうすることも出来ないので目を閉じたまま
鋭いギザギザの冷たい光を網膜に見ながら手際よく洗って出た。
悩ましいことだ。。


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6度目の入院Vol.2

2019-02-25 16:34:27 | 消化器内科

以下 2012年8月8日記録


【8月8日】 
  05:00 起床、洗面
  05:25 薬服用
  05:45 閃輝暗点 06:10治まる 
      が、立て続けにもう一度閃輝暗点。計2回襲われる
  06:30 点滴開始。この点滴は2日に亘って射しっぱなしだそうだ。
     (留置針)
  06:45 下剤(ニフレック)が配布され飲用開始
  09:00 内視鏡室に呼ばれしばらく前の人の処置を待つ
   この時間が私には拷問。1時間近く車椅子に座りひたすら待つ。
   この部屋は冷房ががんがんに効いて寒い。
   冷え症の年寄りが多いのに、病院なのに何故だろう?
   1時間位待って呼ばれた。呼ばれたらしっかりお手洗いに行きましょう!

  10時前 処置室に入って、冷え症なのでタオルケットを
    しっかりかけていただき、点滴の中に麻酔薬を注入し、
    ほとんど意識もうろう状態。
    それでも意識はあり、長い時間が過ぎてゆく。
     腺腫を取り除いた後にクリップをかけているのだろう。。
    数回ハサミでぷつんと切るような音が聞こえた。

    終わってしばらく横になって車椅子に乗り、医師の結果報告を聞く。
    8ミリ大の腺腫は切除され、クリップで傷口を塞いだこと、
    クリップは役目が終わったら排泄されますということだった。
    意識もうろうの中もっと他にも仰ったと思うが
    結果は書類を渡していただいた。


ここからが長い。車椅子で待合に運ばれ、病棟看護師のお迎えが来るまでが
また30分くらいある。

うわっ、段々と気分が悪くなり、今にも嘔吐しそうになった。
看護師が慌てて吐しゃ容器を私の口元に運んでくれた。何とか間に合った。
生水を立て続けに吐いたが、胆汁までは出なかった。
昔から吐きやすい体質というか吐しゃする物が無いと胃液、胆汁も吐いてしまう。

  10:50 病室に戻った。吐き気は一向に治まらない。

堪えに堪えたものの、症状は悪化するばかり、ついにナースコール!
今年2年目の若い担当看護師さんが来てくれるも方法が見つからず、
話を聞いてくれるだけ。
それでも心配して何度か来て下さる。

吐き気と全身の力が脱けるようなだるさに見舞われ、気が遠くなりそう。。

オエ~ッ! ギョエ~ッ!

あ、ニフレック(下剤)の容器を誰か片付けて!
あのイヤらしい甘い液体の入っていた容器を見るとよけい吐いちゃう。

わあ、私、もう死ぬかもぉぉぉ
もっと楽に死ねないもんだろうか く、苦しい。。。

死ぬのが恐いんじゃないよ。こうやって苦しみながら、

悶えるのがイヤなんだ!


何時だったか? 消化器内科の担当医師が病室に来て
様子を診に来てくださいました。
点滴に止血剤が入っている所為かも知れない!?
あまりひどいようだと吐き気止めを注射しますよと退室された。


6日に私を支えに来てくださった看護師さんが二人いました。
30分くらいかけてずっと話し相手をしてくださいます。
一人は2010年1月手術のときに担当していただき手厚い看護をしていただいた
S看護師、もう一人は今回初めて世話をしてくださるK看護師。
今日はSさんは勤務ではなく、Kさんが励ましに来て下さった。
で、吐き気止めを注射していただくことになりました。

ようやく症状が治まったのは夕方。
症状が治まると元気を取り戻す私。

考えるに、吐き気ほど全身の精気を抜き取られるものは無いと思った。


家族が来たがその頃は何とか話せる状態まで回復出来た。


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6度めの入院Vol.1

2019-02-25 16:27:48 | 消化器内科

以下 2012年8月6日からの記録


8月6日、午後入院
事務手続きも終わり6、7日には大した処置も無く、旅行気分🎵

この日の私はアンプラーグという血液サラサラの薬を服用
他の薬は通常通り。

15:00 
 12時間有効のカプロシンという血液サラサラになる薬を腹部に皮下注射。
 注射は3センチずつずらして同じ個所に打たないよう指示書が添えてある。
 看護師さんが其々の名前を表に記入していく。

 しばらくすると体がポッと温かくなり、いつもの顔面の弱いシビレが発症。
 気にしない!

 この日はこれで処置は終わり。

外は美しい青い空にうっとり♪



8月7日

9:50にカプロシンの注射

11:40過ぎにお会いしたことの無い内科医による回診があり、症状を伝える
 手のシビレに関しては頚肩腕症候群でしょうということでした。
 それが帯状疱疹後神経痛と連動するのでしょうか?
 右上半身の疼痛はそういうことかもしれませんね。

翌日の日程の指示を受けとり、
20:45 腹部にカプロシンを皮下注射

ここまで極楽だった。。。。。。。

7日は午前4時、8日は3時半に目覚めた。
流石に3時半は起床するわけにゆかないのでベッドでうとうと朝を待った。

6日、7日の夜は本を抱えたまま、電気を点けたまま気絶するように眠った。
11時ごろ気づいて寝直し。
早く目覚めるわけですね。


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閃輝暗点頻発

2019-02-25 16:17:12 | 消化器内科

以下 2012年8月2日記録


毎日のように閃輝暗点が発症する
7/30 午前中1回
7/31 午前中1回
8/01 おやすみ
8/02 9:41  最初視野が揺れ始めるもギザギザの閃輝無し
       6分後にようやく閃輝が始まる
       経過30分強

   11:40  視野が揺れ始める…ギザギザの閃輝無し
       5分後閃輝が始まる
       経過30分強


少し原因を追及してみましょう
ぐぐる。

── 中高年で、閃輝暗点だけあって、その後に頭痛を伴わないような場合は要注意だ。
   血栓による一過性の脳循環障害が原因である可能性があるからだ。

   動脈硬化、高血圧、糖尿病、高脂血症、不整脈など、
   血栓を起こす危険因子がないかどうか、
   全身の検査を受けるとよい。
   また、まれに年齢とは関係なく脳動静脈奇形や脳腫瘍などで起こることもある ──



ふ~む。

私が最初に発症したのは新潟だった。
新潟に転居したのは53歳だった。
最初は何が何だかわけが分からなかった。

この頃の私は帯状疱疹で苦しみ、その翌年には頸椎症で苦しんだ。
いずれも激烈な痛みであり、その後神経痛を残してしまった。

その後のペースとしては1年に何度かの程度で然程気にならなかった。

手術後は一日3、4回のペースで起こったが、術後なので仕方が無いと諦めた。
退院してもほとんど毎日閃輝暗点はあった。

何カ月かしてその症状も極めて激減していった。
まあ、健常者のペースからいくと若干は多いかもしれない。

ところがここ数日はほぼ毎日のように発症する。
昨日、今日は頭が重く、鈍痛もある。


夫が心配して、電話して病院に行こうという。

冗談!
病院なんかに行ったら最後、MRI検査をしましょう。
私の行ってる病院はその日のうちに検査をしますから…
1カ月とか、2週間待ちとかありません。
で、空蝉さん、脳梗塞が見つかりました。
即入院しましょう!

なんて言われかねないし、医師不信に陥っている私( 一一)
あの病院に閃輝暗点なんか治せるわけないじゃん(`´)
というか、脳梗塞だから手術しましょう!
なんて言われてごらんなさい!

もう良いよ!
胃腸の内視鏡ポリープ切除だけでも恐いのに。。
何が?
はい、血管痛

それより、手が、腕が抜けそうにだる重ぉぉぉ!
でも、呼吸は昨日ほど苦しくないわあ。
ちょっぴり幸せ~


え~次 何を言うんだったか?
忘れたあ!
思い出したらまた書きま~す。

思い出さないまま 時が過ぎゆくかも。。。

笑笑笑

思い出さなかった。


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ただ流されるだけの日々

2019-02-25 16:01:35 | 薬の副作用

以下 2012年8月初旬の記録


つい数日前の4日間くらいだったろうか?
のど飴の必要のない体調になって喜んでいた!

ところがここ3日、逆戻り。
しかも息苦しさの加速。
腕のシビレは朝だけではなく、昼間も続く。


カテーテル検査以来、血管が痛む。
さらに腕が抜けそうに重くだるい。

一日中肘から下の内側の血管に痛みがある。
血圧(あまり計測しない)も、
血中酸素濃度(あまり計測しない)も、
脈拍も正常の範囲内である。


一体何が原因でこう言う症状を引き起こすのか?
右上半身の凝りや痛み、シビレはこの3日は加速するばかり。

不思議なのは、右半身に出る痛みは帯状疱疹後の
神経痛に関係があるように思う。
そして、分散送血(体内から全ての血液を抜き取り、
術後再び血管に血液を戻す)の折の
右胸の上部にケロイド状の傷が出来、半年以上に及び
激烈な痛みを伴った。
今もこのケロイド状の傷の内部に疼痛が残る。

ケロイド状の部位の痛みから右上半身全部に
引っ張られる感覚の痛みが拡散してゆく。。
体の中で何が起こっているのだろう?
これさえも医者は聞いてくれようとしないので
放置されたままである。

ステントを挿入してもこの苦痛から解き放たれることは無い。

医者に言ってもなぁ…殆ど懐疑的
もう少し堪えよう。
精神安定剤を含み、湿布をそこら中に貼る。

不安は若干軽減される。


まもなく入院が待っている。
注射、点滴、内視鏡、
何かされる度に体への負担が大きく衰弱してゆく。

恐ろしい。



今日、庭の植物に散水をした。
ヒトスジシマカ(藪蚊)に吸血された。


小さな赤い斑点が出来、痒みを感じた。



じぃっと見ると左手首の内側の静脈の上だ。

ふ~ん、蚊の注射針は痛みを伴わないんだ。 へえ~っ!

プラスチックの医療用注射針は痛みを伴うんだ へえ~っ!



ああ、憂鬱。
「痛いの治った! わあ、楽ちん」
なんていくら自己暗示、想念を送っても痛い。
痛いものは痛いのだ!

入院の日はどんどん近づいてくる。。



昨夜は勘違いで睡眠導入剤を飲んだつもりで実際は飲んでいなかった
小刻みに目が覚めた。
ワンも寝苦しかったのか?
私の布団の3/5を占領してガリガリ犬掻きをやる

浅い眠りで恐ろしい夢ばかり見た

何故か? 
旦那さまに裏切られた奥様や若い子がどんどん自死してゆく夢。
目覚める度にイヤ~な気分になった。

え? 私ですか~? そんな経験はありませ~ん。

そうです! 眠剤を忘れると必ず悪夢に襲われる。
(薬の副作用です)


こんな日は朝 起床して体調が良いわけがない。


私は医療ノイローゼかもしれないね。
ノイローゼという病名は、本当は無いそうだ。
うつ病のことなのかしら!?


体調の不安定さは天候や気圧に影響されるのだろう。
好天気だからといって体調が良い日もあれば、悪い日もある。
気圧配置が同じようでも体調は一定ではない。
何がどう影響するのだろうか??

分からない。

困った。。


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入院前の薬

2019-02-25 15:54:30 | 消化器内科

以下 2012年7月中旬


もうすぐお盆です。
それまで一度入院加療が待っています。

ややこしいのは薬です。
プラビックスを止め、追加のバイアスピリンとアンプラーグを服用
バイアスピリンも途中で中止します。
あとは入院までアンプラーグで代替します。


薬の管理は何故か? 夫が頑張ります。


かつての私の生活は私が子供たちの父と母の2役を務め
家のことも一切私が切り盛りし、つまり一人で何役も
男性同様仕事をこなしていました。。


そうですね、朝は5時に起床し……
子どものお弁当なども作り……

夜は仕事の準備に追われ0時1時まで夜なべをしていました。
起業してからは2時間くらいしか寝ていませんでした。
一睡もしない日も週に2日はあったでしょうか!?!?

今は極楽です。

その所為か、、今も0時を回らないと寝ません(笑


話が逸れました。
割にしっかり者だった私は地図1枚で全国どこでも
目的地に行けると自負していました。

今、さっぱりです!
全てを夫が管理するので頼りない、儚い蜉蝣のようです。
なあ~~~んも出来ない。

この現象は???

そう、夫は定年という大義で仕事を取りあげられ、
私を管理することを自分の仕事にしたからです。

私の自由は更に奪われ…諦め…任せたら…

多分、もうすぐ認知症よね。

そんな私の今昔でした。。。

全面的に話が逸れてるぅ。笑


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