私の喜びを否定する人がいる
その本人は否定していることに気づいていない
人の喜びを一緒に喜びたいと常々言ってはいるものの、
言葉では私の喜びを喜んでいるようにみえるが、表情は喜んでいない
HSPだからか、そういうところは敏感だ。
そこでふと思い出した。
たしか、ブログに書いたことがあったな…
先ほど話したような人を反面教師とし、
こんな人間になりたいと思ってたことを思い出しました。
(引用開始)
「私はあなたたちに、人が悲しいときに寄り沿ってあげる友達よりも、
その人が喜んでいるときによかったねと一緒に喜んであげられる友達になってほしいな」
悲しんでいる人には誰でも慰めくらいはいえる。
だが喜んでいる人には、人間はやきもちをやくものだ。
そのとき心から一緒になって喜んであげられる友達こそ本当の友達というのだ
「私はあなたたちに、人が悲しいときに寄り沿ってあげる友達よりも、
その人が喜んでいるときによかったねと一緒に喜んであげられる友達になってほしいな」
悲しんでいる人には誰でも慰めくらいはいえる。
だが喜んでいる人には、人間はやきもちをやくものだ。
そのとき心から一緒になって喜んであげられる友達こそ本当の友達というのだ
(引用終了)
このブログを書いた時は不妊治療をしていたときだったと思う。
自分になかなか結果がでず、他人の妊娠を喜べなかった時期。
今もすくなからず嫉妬の気持ちはあるが、以前ほどではない。
そういう面では少しは成長しているのかな…