世界トップレベルの鉄道大国「日本」で貨物輸送が全然伸びない本質的理由
Melkmal より 220821 久保田精一(物流コンサルタント)
⚫︎貨物輸送が低調な「鉄道大国」
国土交通省の「今後の鉄道物流の在り方に関する検討会」が7月末、鉄道貨物輸送の利活用に向けた方向性を示す「中間とりまとめ」を公表した。
国内物流の主流であるトラック輸送は、ドライバー不足により大きな課題を抱えている。また、CO2排出ゼロを目指すカーボンニュートラルの観点から、環境負荷の低い鉄道輸送への関心が高まっている。このように強い追い風を受けながらも、鉄道の利用はイマイチ伸びておらず、長期的な右肩下がりの傾向を脱することができていない。
そもそも、旅客輸送に限ると日本は世界トップレベルの「鉄道大国」
であるにも関わらず、貨物輸送は低調である。貨物輸送の分担率などで見ると、欧州連合(EU)の半分にも満たない。
そのような背景からとりまとめが策定されたわけだが、鉄道貨物輸送の巻き返しが実現できるか、今後の展開が期待されるところだ。本稿ではこれを機に鉄道貨物の利用が進まない本質的な理由とは何かについて、改めて考えてみたい。
⚫︎鉄道網の価値は「ネットワーク効果」で決まる
物流の担い手は輸送網というネットワークだ。このうち鉄道は鉄道、道路輸送であれば道路網ということになる。従って、鉄道貨物輸送の利用が低調なのは
「鉄道網というネットワーク」の経済的価値が低いということである。
さて、輸送網の経済的価値を理解するうえで重要なのが、ネットワーク効果の理論だ。この理論をごくかみ砕いて説明すると、
「ネットワークの価値は利用者数によって決定される」ということである。
このわかりやすい例が携帯電話網だ。携帯電話加入者はサービス開始当初にはごく少数だったため、その経済的価値は必ずしも高くなかった。しかし国民の多くが携帯を持つようになると、水道や電気に匹敵するようななくてはならないインフラとなり、このことがさらに加入を促進することとなり、通信網の経済的価値は指数関数的に成長するに至ったのだ。
この例からわかるとおり、ネットワークはその性質上、「誰もが接続できる」
ことが価値を生むのであり、逆に言えば、分断されることで加速度的に価値が失われるということでもある。
前置きが長くなってしまったが、鉄道網の価値もネットワークの一種であるため、その性質はまったく同じであり、例えば分断が価値を低下させるのは鉄道でも同様だ。
仮に青函トンネルで貨物鉄道が走行できなくなり、北海道の鉄道網が本州と切り離されてしまったとすると、北海道内の機能にまったく変化がなかったとしても、その経済的価値の相当部分は失われてしまうだろう。
⚫︎鉄道におけるさまざまなネットワークの「分断」
国際海上コンテナ輸送可能線区。国交省「今後の鉄道物流の在り方に関する検討会」中間とりまとめより(画像:国土交通省、JR貨物)
貨物鉄道網自体は全国に張り巡らされているため、見た目上はそのような「分断」はないように見えるが、これに類似する問題を各所で抱えている。その一例が、国際海上コンテナの輸送だ。
言うまでもなく鉄道は大量輸送機関であり、「大ロットの貨物を一気に運ぶ」
ことがメリットだ。その大ロット貨物の代表格と言えるのが海上コンテナであり、極めて鉄道向きの貨物であるため、世界的に見て鉄道輸送が多用されている。
ところが日本国内を見ると、海上コンテナの主流である40フィートコンテナを運べる鉄道ルートは非常に限定されており、低床貨車を用いない限り(以下同様)多くの経路を通行できないのが現状だ。
また、海上コンテナは高さに応じて「通常サイズ」と「背高」にわかれるが、背高になるとさらに条件が厳しくなり、利用可能なルートは関東~東北方面の一部に限定されてしまう。
この原因は、一部に背高コンテナの通行不可能なトンネル等があるためだが、このような一部の分断によって、ネットワークの価値は大きく損なわれることになる。
⚫︎国際輸送網との「分断」
次に大きな問題は、国際輸送網と国内輸送網との分断だ。
鉄道貨物の対象となるのは大ロット貨物だが、メーカーの製品などのうち、大ロットで輸送されるものの相当な割合が、港を通じて海外へ輸出(または輸入)される。
このような傾向は世界共通であるため、各国とも鉄道輸送網と海上輸送網とを効率的に接続することを重視しており、鉄道を港湾のコンテナヤードに引き込んで直接積み込む、といった対策が多くの国で採用されている。
一方の日本では、この接続に大きな課題を抱えており、主要港ではいったんトラックで運び出し、貨物駅で積み替えるといった煩雑なオペレーションが発生している。
ここで重要なポイントは、単に港湾の効率が低下するといったミクロな影響にとどまらず、国際海上輸送と鉄道との分断を通じて、鉄道網全体の経済的価値が大きく損なわれているということだ。
⚫︎鉄道網の利益を享受しているのは誰か
JR貨物「事業別損益データ」(画像:JR貨物)
このような課題は、もちろん行政にも共有されているのだが、対策のための原資がないために、なかなか改善が進まないのが現状だ。JR貨物単体で見ると、その鉄道事業収益は1000億円台半ばにとどまり、なおかつ近年赤字基調である。以上で見てきたのような課題に対し、単独でできる対策は極めて限定的だと考えられる。
ここで改めて確認しておくべきなのは「誰が受益者か」という論点である。
携帯電話におけるネットワーク効果の説明からわかるように、ネットワークのメリットを享受するのは、第一義的には末端のユーザーだ。携帯電話で、いつでも・誰とでも、連絡が取れるようになったことの利便性は、多くの方が実感しているとおりである。
これと同じことが鉄道網についても言える。鉄道網にアクセスできる地域企業等は、ネットワーク効果を通じて低コストで輸送サービスを利用でき、その経済的メリットを享受しているのだ。
地域産業が鉄道網から恩恵を受けている一例が、東北における自動車産業だ。岩手県を中心とした東北地方には自動車関連工場が多数立地しており、地域の基幹産業となっているが、実はその輸送の3割程度を鉄道が担っているのである(全国平均の6倍に相当する割合)。
自動車産業は裾野の広い産業であるため、サプライチェーンは愛知県を中心に全国に広がっている。そのような遠隔地から低コストで輸送することができているのは、鉄道網が利用できるおかげだ。
逆に、鉄道貨物輸送の利便性を享受しにくい地域もある。例えば九州南部や四国が代表的だが、これら地域の主要産業である農産物の輸送は、現在のところトラック頼りだ。昨今の運賃上昇によって、これら遠隔産地は輸送コストの増大に苦しんでいるのだが、もし大都市圏まで鉄道で安価に運べるなら、地域の農業生産にプラスに働くはずである。
⚫︎国土形成のあるべき姿とセットで議論を
もちろん、国鉄民営化に至る経緯を踏まえると採算性を重視した経営や、公費に頼らない経営が志向されるのは必然だとも言える。
一方で、国全体として見た場合には、輸送網の利便性低下により地域経済を疲弊させるリスクも、無視できないほど重要だ。
古来より都市や産業の隆盛は大量輸送網の確立とセットであり、これは世界史の常識と言ってもよい。その意味で鉄道網の整備をマクロ的効果と切り離して単独で議論するのは不可能であり、国土形成のビジョンと一体となって、あるべき姿を議論することが期待される。
貨物鉄道網自体は全国に張り巡らされているため、見た目上はそのような「分断」はないように見えるが、これに類似する問題を各所で抱えている。その一例が、国際海上コンテナの輸送だ。
言うまでもなく鉄道は大量輸送機関であり、「大ロットの貨物を一気に運ぶ」
ことがメリットだ。その大ロット貨物の代表格と言えるのが海上コンテナであり、極めて鉄道向きの貨物であるため、世界的に見て鉄道輸送が多用されている。
ところが日本国内を見ると、海上コンテナの主流である40フィートコンテナを運べる鉄道ルートは非常に限定されており、低床貨車を用いない限り(以下同様)多くの経路を通行できないのが現状だ。
また、海上コンテナは高さに応じて「通常サイズ」と「背高」にわかれるが、背高になるとさらに条件が厳しくなり、利用可能なルートは関東~東北方面の一部に限定されてしまう。
この原因は、一部に背高コンテナの通行不可能なトンネル等があるためだが、このような一部の分断によって、ネットワークの価値は大きく損なわれることになる。
⚫︎国際輸送網との「分断」
次に大きな問題は、国際輸送網と国内輸送網との分断だ。
鉄道貨物の対象となるのは大ロット貨物だが、メーカーの製品などのうち、大ロットで輸送されるものの相当な割合が、港を通じて海外へ輸出(または輸入)される。
このような傾向は世界共通であるため、各国とも鉄道輸送網と海上輸送網とを効率的に接続することを重視しており、鉄道を港湾のコンテナヤードに引き込んで直接積み込む、といった対策が多くの国で採用されている。
一方の日本では、この接続に大きな課題を抱えており、主要港ではいったんトラックで運び出し、貨物駅で積み替えるといった煩雑なオペレーションが発生している。
ここで重要なポイントは、単に港湾の効率が低下するといったミクロな影響にとどまらず、国際海上輸送と鉄道との分断を通じて、鉄道網全体の経済的価値が大きく損なわれているということだ。
⚫︎鉄道網の利益を享受しているのは誰か
JR貨物「事業別損益データ」(画像:JR貨物)
このような課題は、もちろん行政にも共有されているのだが、対策のための原資がないために、なかなか改善が進まないのが現状だ。JR貨物単体で見ると、その鉄道事業収益は1000億円台半ばにとどまり、なおかつ近年赤字基調である。以上で見てきたのような課題に対し、単独でできる対策は極めて限定的だと考えられる。
ここで改めて確認しておくべきなのは「誰が受益者か」という論点である。
携帯電話におけるネットワーク効果の説明からわかるように、ネットワークのメリットを享受するのは、第一義的には末端のユーザーだ。携帯電話で、いつでも・誰とでも、連絡が取れるようになったことの利便性は、多くの方が実感しているとおりである。
これと同じことが鉄道網についても言える。鉄道網にアクセスできる地域企業等は、ネットワーク効果を通じて低コストで輸送サービスを利用でき、その経済的メリットを享受しているのだ。
地域産業が鉄道網から恩恵を受けている一例が、東北における自動車産業だ。岩手県を中心とした東北地方には自動車関連工場が多数立地しており、地域の基幹産業となっているが、実はその輸送の3割程度を鉄道が担っているのである(全国平均の6倍に相当する割合)。
自動車産業は裾野の広い産業であるため、サプライチェーンは愛知県を中心に全国に広がっている。そのような遠隔地から低コストで輸送することができているのは、鉄道網が利用できるおかげだ。
逆に、鉄道貨物輸送の利便性を享受しにくい地域もある。例えば九州南部や四国が代表的だが、これら地域の主要産業である農産物の輸送は、現在のところトラック頼りだ。昨今の運賃上昇によって、これら遠隔産地は輸送コストの増大に苦しんでいるのだが、もし大都市圏まで鉄道で安価に運べるなら、地域の農業生産にプラスに働くはずである。
⚫︎国土形成のあるべき姿とセットで議論を
もちろん、国鉄民営化に至る経緯を踏まえると採算性を重視した経営や、公費に頼らない経営が志向されるのは必然だとも言える。
一方で、国全体として見た場合には、輸送網の利便性低下により地域経済を疲弊させるリスクも、無視できないほど重要だ。
古来より都市や産業の隆盛は大量輸送網の確立とセットであり、これは世界史の常識と言ってもよい。その意味で鉄道網の整備をマクロ的効果と切り離して単独で議論するのは不可能であり、国土形成のビジョンと一体となって、あるべき姿を議論することが期待される。