石造美術紀行

石造美術の探訪記

奈良県 桜井市多武峰 談山神社摩尼輪塔

2009-05-10 23:31:41 | 奈良県

奈良県 桜井市多武峰 談山神社摩尼輪塔

大織冠藤原鎌足を祭る多武峰談山神社は明治の神仏分離までは妙楽寺と称した有力寺院であり、古来藤原氏を中心に幅広い層からの信仰を集める一方、平安時代に増賀上人が入山して以来、北嶺比叡山の影響下にあった関係からか南都興福寺との抗争を繰り返したことでも知られる。01して、しばしば武力衝突を引き起こし、何度も焼き討ちに遭っている。木造建築の十三重塔が残ることでも著名だが、境内と周辺には見るべき石造美術が多い。今回紹介するのは摩尼輪塔(妙覚究竟摩尼輪塔)と呼ばれる笠塔婆である。03東惣門から爪先上がりに旧参道の坂道を登っていくと参道と谷川の間の狭いスペースに一際目を引くこの塔が立つ。ここから西に100m足らずの河畔にある元徳3年(1321年)銘の石灯籠もそうだが、水害等で流出しないで幾百年の歳月を耐えてよく立っているものと感心する。良質の花崗岩製。不整形な大きい黒い斑紋が混ざる点は近くに立つ淡海公塔とされる十三重塔などと共通の地元産の石材であろう。一般に摩尼輪(まにりん)塔と呼ばれるが、石造美術としての分類には諸説ある。いちおう笠塔婆であるが、石幢のようでもある。石造塔婆の一種であることは間違いないが、機能としては町石の役目も持っていると考えられている。05すなわち「菩薩瓔珞本業経」(通称:「瓔珞経」)に説かれる信心から始まる全52の修業のステージのうち52番目、つまり至極の境地である「妙覚」(=正覚)位は全ての煩悩を滅し尽くした悟り境地、即ち仏の境地を示しており、究竟摩尼輪とはその直前の「等覚」位を示すものとされ、菩薩の境地である。02妙覚究竟摩尼輪とは要するに終極の修業ステージを意味し、山裾にある一の鳥居がある場所の初町石を修業の起点になぞらえ52番目の最後に当たるのがこの妙覚究竟摩尼輪塔であると考えられている。なお、傍らには江戸時代の町石がある。失われたものも少なくないようだが同様のものが点々と今も道路脇などに残っている。しかしながら、これら町石には鎌倉時代に遡るものはなく、多武峰の町石のあり方と摩尼輪塔との関係についてはなお一考を要するものと思われる。さて当の摩尼輪塔であるが、八角柱の塔身と笠からなり、現高3m余り。笠上に露盤部と宝珠を各々別石で載せている。八角柱の幅は下方で約76cm、上方で約68cm、正面北側上方に横径約76cm、縦径約78cm、厚さ約12cmの円板を同石でつくり付け中央に胎蔵界大日如来の種子「アーク」を面いっぱいに大きく雄渾なタッチで薬研彫している。06円板と書いたがよくみると上端を少し尖らせており円形に近い宝珠形というのが正しい。笠は間口、奥行きとも軒幅約118.5cmの平面方形の平らな宝形造で、垂直に切った軒口の厚みは中央で約11.5cm、隅で約13.5cmとさほど分厚いというほどではないが、隅に行くに従って徐々に反転の度合いを強める手法にはやはり鎌倉時代の特長が出ている。笠裏は軒から約4.5cm入って高さ約1cmの段、つまり垂木型を設けている。笠頂部は平らにして別石の露盤を載せる。04露盤を除く笠の高さはおおよそ35㎝程度である。露盤部は方形の台の上端に平らな伏鉢を削りだし、宝珠部を恐らく枘で差込式としていると思われる。宝珠部は短い首部と請花、宝珠からなり、形態的には石灯篭のものと通有する。請花は小花付素弁、宝珠は重心が低く小さく先端に尖りを持たせる。曲線はスムーズでかつ全体に安定感がある。露盤部の幅はおおよそ40cm程度、露盤と宝珠をあわせた高さはおおよそ45cm程度(※)。北側の石柱部平面に達筆な草書体で大書した「妙覚究竟摩尼輪」の文字を陰刻している。その下に乾元二年(1303年)癸卯/五月日立之を2行に刻するとされるが、現状では下方が埋まり妙覚究竟摩尼…までしか確認できない。下端は確認できないが、かなりの傾斜地にまっすぐ立っていることから相当深く埋け込まれているものと思われる。単純な構造ながら規模が大きく伸びやかな笠、薬研彫の種子に雄大な気宇を示し、宝珠のバランスも絶妙。紀年銘とあわせてまさに重要文化財にふさわしい優品である。

参考:川勝政太郎 新装版「日本石造美術辞典」170ページ

     〃   新版「石造美術」187ページ

   清水俊明 「奈良県史」第7巻石造美術245~246ページ

※文中法量値はコンベクスによる略側ですので若干の誤差はご容赦ください。特に笠上には手が届きませんので「おおよそ○○㎝程度」とある数値は目測値ですのでご注意ください。

写真左中:妙覚究竟摩尼…の文字、達筆です。写真右中:露盤と宝珠が別石になっているのがわかると思います。写真下右:「アーク」です。雄渾なタッチの薬研彫刷毛書梵字はこうでなければと思います。美しいですね。それと種子のある円板状の部分は、一見円形に見えても上端をほんの少し尖らせ宝珠形というかアーモンド形というか、そういう形になっています。写真ではちょっと判りづらいですがよく見てくださいね。写真下左:種子のある円板と八角柱の接合部分の上の方です。切り合いはこういう具合になっています。単純な構造と書きましたが、こういう細かい部分は割と複雑というか念が入っています。それにしても素晴らしい出来映え、完璧です完璧。いつまでも立ち去り難い気分にさせてくれます、ハイ。


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