今夜は転勤のお話を・・。
私は約28年間ほどサラリーマンをしていましたが、 その間に2回転勤の経験がございます。
転勤って、人によってまちまちですよね・・。
多い人は何度も転勤をさせられちゃうし、 又、何十年も一度も転勤したことが無い人もいますしね・・。w
私は、27歳の時、東京から広島へ初めて転勤しました。
ずっと東京で育ち、親兄弟から友達まで全て東京にいますから、 上司から広島支店へ転勤を命じられた時は、もの凄~く ショックを受けたものでございます。エッ(゜Д゜≡゜Д゜)マジ?
「何で俺が広島へ行かなきゃならないんだよ~?」って・・。w
自分の生活基盤が東京にあるので、転勤したら生活パターンが まるっきり変わっちゃうワケですから、凄く悩みましたね・・。w
まぁ、転勤する理由は何となく納得出来るものでしたから、 結局はゴネずに転勤したんですけどね・・。w
ナゼ、急に転勤の話を持ち出したかと言いますと、 例の選挙戦で落下傘部隊と云われた人たちが、 何の縁も無い土地に舞い降りて、選挙を戦う姿を 見ているうちに思い出したのでございます。w
知ってる人が誰もいない土地に行って、生活するのって、 人によっては大変なエネルギーを必要とするんですよね・・?
私の場合は、会社が同じってことで、同年代の同僚達が 歓迎してくれて、すぐ馴染めたんですがね・・。w
私は広島支店の古い建物の単身者寮へ入寮したんですが、 それまで東京のアパートで独り暮らしの家具やら生活用品を 一式持っていましたから、転勤の為に捨てるワケにもいかず、 4畳半の寮に全部持ち込んだのでございます。w (1DKに入っていた家財道具ですから何とかなると思って・・w)
その頃の広島支店の単身者寮は、4畳半程度の個室が 15室ぐらいのモルタル木造の2階建でございました。
転勤して3日目に東京から引越しの荷物が届いたのですが、 寮から会社の総務部へ電話が掛かって来ました・・。
総務部から私の部署へ確認の電話があったのですが、 寮の管理人から私がピアノを寮へ持ち込んで来たようだが、 寮に入れて良いのか?と聞いて来たそうでございます。w
もちろん、私はピアノを持っていませんし、 ピアノを弾くことすら出来ません・・。w
どうやら、管理人のオジサンが黒い木製のベッドをピアノと 勘違いしたようでございます・・。w
その一件があってから、しばらくの間、管理人のオジサンと私は いきなり冷戦状態となってしまったのでございます。w
オジサンの言い分は、こんな小さな寮に家財道具をあんなに 持ち込むなんて、非常識だと・・。(一理あるけど・・。w)
私は、社命で転勤して来ているのですから、今までの家財道具を 捨てるなり処分するつもりは全くありません・・。ヽ(`Д´)ノプンプン
そして冷蔵庫も部屋へ置いたのですが、管理人のオジサンは、 寮生が不在の昼間は電気製品のコンセントは抜くようにと 消防署から厳重に言われているからと言って、 冷蔵庫のコンセントを毎日引き抜くのでございます・・。w
私は、管理人のオジサンに猛抗議いたしまして、
「じゃぁ、保健所に確認してみてくれと・・。」ヽ(`Д´)ノプンプン
食べ物を冷蔵庫に保管してあるのに、冷蔵庫の電源を 勝手に抜いて、食中毒になったら、誰の責任なのか?と・・。
そんなことが1ヶ月ぐらい続きましたが、結局、寮の設備の修繕の 相談窓口は私が仕事柄、担当者でもあったので、いつまでも いがみ合っても仕方ないので和解したのでございます・・。w
それからは、頑固な管理人のオジサンもオバサンも私に対して、 とっても親切に接してくれまして、部屋に散らかしてある下着や 作業服を洗濯までしてくれるようになったのでございます・・。w
広島で初めて東京以外で生活をしたのでございますが、 私は地方都市の素晴らしさや人の温かさを感じまして、 広島に永住しても良いと考えるようになったのでございます。
しかし、1年で又、他へ転勤することになってしまったのですが、 広島での1年間は貴重な経験をさせてもらったと会社に対しても、 感謝する気持ちにもなったのでございます・・。w
会社から転勤命令が出なければ、地方で生活するなんて、 絶対にないですからね・・。w
広島時代のお話は、又、いつか書きたいと思っています・・。