世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

スピカが主な管理人です。時々留守にしているときは、ほかのものが管理します。コメントは月の裏側をご利用ください。

ファンゴーの猿・1

2017-08-08 04:17:23 | 月夜の考古学・第3館
まえがき

これは、1988年、かのじょが個人誌ここりに発表した作品である。かのじょの20代のころの初期の作品である。それがゆえに未熟な点が多く、本人は発表することを控えていたのだが、われわれはこれには重要な意味が生じていると評価するので、今日から何日かに分けて発表する。

猿が何を意味するのか、それがなぜ猿なのかは、考えているうちにわかるはずである。

なお、読みやすくするため、段落ごとに行間をおいた。段落の頭の一字空白も省略した。あきらかな変換の間違いなども修正した。ほかは原文に忠実である。







昔々、といっても、それほど昔でもない昔、ある古いレンガで作られた町に、一人の若者が住んでいた。若者の名は、ファンゴーといって、パン屋の下働きだった。小さい頃良心を失った彼には、身寄りはいず、毎日毎日、厳しいパン屋の親方に鞭打たれながら、こき使われていた。

「さっさとやれ! この馬鹿! そんなこっちゃ今晩の飯はなしだぞ!」
「なんだなんだ! 天火が消えちまうぞ、しっかりしろ、馬鹿野郎!」

親方が、あんまりファンゴーにつらく当たるので、お客の中にはファンゴーに同情する人もいた。向かいの酒場を営んでいる、猫姉さんと呼ばれているおばさんだ。

「ちょっとあんた、ちょっとくらいやさしくしておやりよ。それじゃあ、あんまりかわいそうだよ」
「馬鹿いうんじゃねえ、こんな物分かりの悪い馬鹿には、これくらい言ってちょうどいいんだ」
「馬鹿馬鹿って、始終いってりゃいやだって馬鹿になっちまうってんだよ! この馬鹿おやじ!」
「なんだと!」

こんなふうに、親方と猫姉さんがけんかを始めると、ファンゴーはいつも、つらくてやり切れなくなって、ぺこぺことあやまり出すのだった。
「すいません、すいません、おれが悪いんです。けんかしないでください、お願いします」

ファンゴーは、不器用な方ではあったが、仕事ができないわけではなかった。ただ、人よりていねいに、ゆっくりと満足がいくように仕事に取り組む方だったので、何事もすばやくてきぱきとやるのが本当だと思っていた親方には、ファンゴーのやり方がまだるっこしかったんだろう。親方は、ファンゴーを、自分の好きなように変えたがった。でも、ファンゴーには、親方の言うように、物事をすばやくやることはできなかった。はやくやろうとすればするほど、何かをとりこぼしているような気がしてならず、そっちのほうに気をとられて、いつも失敗を繰り返していた。

「ほんとに、頭の硬いおやじだよ。ファンゴーも、あんまりあんなやつの言うことを聞かなくってもいいんだよ。人のことを馬鹿馬鹿言えるほど、自分はかしこいってのかい、全く!」
いつか、親方のいないとき、猫姉さんが店に来てファンゴーに言った。でも、ファンゴーは、もじもじとしながらこう言うのだった。
「でも、おれ、親方のこと尊敬してますから。身寄りのないおれを子供の時から育ててくれたんだし、それに、もしかしたらおれって、ほんとに馬鹿かもしれないもの」

それを聞いた猫ねえさんは、あわれむような目付きで、まじまじとファンゴーを見つめるのだった。

(つづく)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする