地上では必ずしも正義が勝つとはかぎりません。
なぜなら因果律は必ずしも地上生活中に成就されるとはかぎらないからです。
ですが地上生活を超えた長い目で見れば、因果律は一分の狂いもなく働き、天秤は必ず平衝を取り戻します。
霊的に見て、あなたにとって何がいちばん望ましいかは、あなた自身には分かりません。
もしかしたら、あなたにとっていちばん嫌なことが実は、あなたの祈りに対する最適の回答であることも有り得るのです。
ですから、なかなか難しいことではありますが、物事は物的尺度では無く霊的尺度で判断するように努めることです。
というのは、あなた方にとって悲劇と思えることが、私どもから見れば幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸福と思えることが、私どもから見れば不幸だと思えることもあるのです。
祈りにはそれなりの回答が与えられます。
しかしそれは必ずしもあなたが望んでいるとおりの形ではなく、その時のあなたの霊的成長にとっていちばん望ましい形で与えられます。
神は決して我が子を見捨てるようなことは致しません。しかし神が施されることを地上的なモノサシで批判することはやめなくてはいけません。
絶対に誤まることのない霊的真理が幾つかありますが、そのうちから二つだけ紹介してみましょう。
一つは、動機が純粋であれば、どんなことをしても決して被害をこうむることはないということ。
もう一つは、人のためという熱意に燃える者には必ずそのチャンスが与えられるということ。
この二つです。焦ってはいけません。
何事も気長に構えることです。
何しろこの地上に意識をもった生命が誕生するのに何百万年もの歳月を要したのです。
さらに人間という形態が今日のごとき組織体を具(そな)えるに至るのに何百万年もかかりました。
その中からあなた方のように霊的真理を理解する人が出るのにどれほどの年数がかかったことでしょう。
その力、宇宙を動かすその無窮の力に身を任せましょう。誤まることのないその力を信じることです。
解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。
悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」─こうおっしゃる方があるかもしれません。
しかし私は実際にそれを体験してきたのです。
何百年でなく何千年という歳月を生きてきたのです。
その長い旅路を振り返った時、私はただただ、宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。
一つとして偶然というものが無いのです。
偶発事故というものが無いのです。
すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。
霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分かるようになります。
私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。
なぜなら因果律は必ずしも地上生活中に成就されるとはかぎらないからです。
ですが地上生活を超えた長い目で見れば、因果律は一分の狂いもなく働き、天秤は必ず平衝を取り戻します。
霊的に見て、あなたにとって何がいちばん望ましいかは、あなた自身には分かりません。
もしかしたら、あなたにとっていちばん嫌なことが実は、あなたの祈りに対する最適の回答であることも有り得るのです。
ですから、なかなか難しいことではありますが、物事は物的尺度では無く霊的尺度で判断するように努めることです。
というのは、あなた方にとって悲劇と思えることが、私どもから見れば幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸福と思えることが、私どもから見れば不幸だと思えることもあるのです。
祈りにはそれなりの回答が与えられます。
しかしそれは必ずしもあなたが望んでいるとおりの形ではなく、その時のあなたの霊的成長にとっていちばん望ましい形で与えられます。
神は決して我が子を見捨てるようなことは致しません。しかし神が施されることを地上的なモノサシで批判することはやめなくてはいけません。
絶対に誤まることのない霊的真理が幾つかありますが、そのうちから二つだけ紹介してみましょう。
一つは、動機が純粋であれば、どんなことをしても決して被害をこうむることはないということ。
もう一つは、人のためという熱意に燃える者には必ずそのチャンスが与えられるということ。
この二つです。焦ってはいけません。
何事も気長に構えることです。
何しろこの地上に意識をもった生命が誕生するのに何百万年もの歳月を要したのです。
さらに人間という形態が今日のごとき組織体を具(そな)えるに至るのに何百万年もかかりました。
その中からあなた方のように霊的真理を理解する人が出るのにどれほどの年数がかかったことでしょう。
その力、宇宙を動かすその無窮の力に身を任せましょう。誤まることのないその力を信じることです。
解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。
悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」─こうおっしゃる方があるかもしれません。
しかし私は実際にそれを体験してきたのです。
何百年でなく何千年という歳月を生きてきたのです。
その長い旅路を振り返った時、私はただただ、宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。
一つとして偶然というものが無いのです。
偶発事故というものが無いのです。
すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。
霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分かるようになります。
私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。