新聞の対談記事を読み、著者を知り本書を知った。「限界費用ゼロ社会」という言葉が大昔に学んだ限界費用という用語を思い出させ、その連想が本書を読む動機づけになった。本書は2015(平成27)年10月に翻訳書が刊行されている。
原題は、"THE ZERO MARGINAL COST SOCIETY THE INTERNET OF THINGS AND THE RISE OF THE SHARING ECONOMY" 。翻訳書のタイトルは原題そのものである。
そして、このタイトルが21世紀以降の社会・経済の姿について、著者の仮設を的確に示す表現になっている。
第1章「市場資本主義から協働型コモンズへの一大パラダイムシフト」は、著者の仮説の要約であり、著者の主張のまとめである。主張点の提示であるので、表現の抽象度が少し高まり、読みづらさを感じたが、結論を最初に要約し提示していることによる。その後で己の仮説を論証していく形の構成になっている。本文に入ると、具体的事例が次々に緻密に列挙されて論じられていくので、読みやすくなる。事例が多すぎて、若干辟易とする側面もあるが・・・。逆に実例による論証という説得力が高まる。
本文は五部構成である。
第Ⅰ部 資本主義の語られざる歴史
第Ⅱ部 限界費用がほぼゼロの社会
第Ⅲ部 協働型コモンズの台頭
第Ⅳ部 社会関係資本と共有型経済
第Ⅴ部 潤沢さの経済
著者は、19世紀初期に資本主義と社会主義が出現して以来、新たに登場してきた経済体制が共有型経済だと論ずる。協働型(コラボレーティブ)コモンズという形で展開される共有型経済だという仮説を本書で緻密に論証していく。
「資本主義はその核心に矛盾を抱えている。資本主義を絶頂へと果てしなく押し上げてきた、ほかならぬその仕組みが、今やこの体制を破滅へと急激に押しやっているのだ」(P11)と観察・分析し、資本主義の凋落の中から共有型経済が今、台頭してきているという。
著者はその論証を産業革命の段階的変遷として捉え、社会・経済体制の変化を歴史の時間軸に沿って論じていく。論じるにあたり、著者は、コミュニケーション/エネルギー/輸送という3つの観点をマトリックスの相互関係にある必須のフレームワークとして論じていく。この視点は、私には新鮮であり、実にわかりやすかった。産業革命の段階的発展を著者は具体的に論じている。その論証で使われるキーワード、キーフレーズを、荒っぽく次のようにまとめてみた。
原初的産業革命 16世紀後期 水車・風車の利用 小規模製造業者
資本に対する生産の従属の始まり。資本家と賃金労働者の発生。
第1次産業革命 19世紀後半 石炭を燃料とする蒸気機関 鉄道の利用と時間短縮
高速で安価な印刷と識字能力向上のための公立学校制度・義務教育
株式会社というビジネスモデルの発展 投資と経営の分離
垂直統合型の大企業の出現、
中央集中化されたトップダウンの指揮・統制メカニズム
第2次産業革命 19世紀末~20世紀初期 石油の発見と内燃機関の発明 電気が動力
電話の発明 自動車の登場と道路網の整備・拡大
垂直統合型の巨大企業中心。企業ピラミッドの形成
→サプライチェーンと生産過程と流通経路の集中管理
これらの産業革命段階を経て、社会・経済の在り方が変貌を遂げてきた。そのうえで、著者は現在、第3次産業革命が進行していると、論理を展開していく。
著者は、インターネット技術の驚異的な発展を踏まえて、第3次産業革命を本書で論証している。ⅠoT(モノのインターネット)を史上初のスマートインフラ革命ととらえ、「あらゆる機械、企業、住宅、乗り物がつながれ、単一の稼働システムに組み込まれたコミュニケーション・インターネット、エネルギー・インターネット、輸送インターネットから成るインテリジェント・ネットワークを形成する」(p112)と予測する。
著者は、無料のエネルギーである再生可能エネルギーが発展し、需要電力を満たし、デジタル・スマートメーターで個々人が電力使用についてリアルタイムで情報を得られる状況を語る。3Dプリンティングの普及が、モノのインターネットを介して、消費者が自らの製品を製造する生産消費者(プロシューマー)に変わりつつある側面を論じる。3Dプリンターが低コストで生産されるに至れば、効率と生産性の面で断然有利という。自動車については、所有するという価値観から、自動車へのアクセスを重視し、自動車をインターネットを介して、仲間となる人々とシェアする形が拡大している側面を例証していく。
数多くの実例を挙げながらの近未来予測は、現代の社会・経済の捉え方に一石を投じている。今まで断片的に見聞してきた事象が、壮大な仮説にまとめあげられていくプロセスは、エキサイティングですらある。
「人間の活動をすべて、インテリジェントなグローバル・ネットワークでつなぐことにより、私たちはまったく新しい経済体制を生み出そうとしている」(p344)と予測する。金融資本よりも社会関係資本が必要とされ、分散型・協働型でネットワークした形態、水平方向に活動が展開され、コモンズ方式の管理、つまり共有されて共同管理されている方式が最もうまく機能する経済体制だと説く。
この新しい経済体制について、「慎重に見守る必要はあるが、限界費用がほぼゼロの社会は、21世紀なかばまでに、希少性の経済から持続可能な潤沢さの経済へと人類を導くことができるのではないか、と私は期待している」(p461)と述べている。
経済社会は、狩猟採集社会から始まり、灌漑農業社会、原初・第一次・第二次の産業革命という形で経済のパラダイムが変化してきたが、それに伴い人間の意識も転換してきたと著者は分析する。その意識は、神話的意識、神学的意識、イデオロギー的意識と転換し、今や心理的意識が加わってきたとする。勿論、それぞれの意識はそれぞれの文化ごとに、それぞれの人の心の中に特有の異なる比率で併存するとみる。新しい経済体制の中では、心理的意識が重視される方向に向かっていて、共感の拡大が共有型経済と不可分の関係にあると論じている。
協働型の利益追求の魅力は、持続可能な生活の質という新たな夢を共有し活動するという共感にある。
著者はミレニアル世代に着目し、調査データを踏まえて次のように記す。
「若い世代は世界中で、自転車や自動車、住まい、衣服をはじめとする無数の品をシェアし、所有よりもアクセスを選ぶようになっている。デザイナーブランドを避け、ノーブランドや理念を重視するブランドを好み、モノの交換価値やステイタスよりも、使用価値にはるかに大きな関心を向けるミレニアル世代が増えている。協働型のプロシューマーから成る共有型経済は、まさにその本質上、より共感性が高く、物質志向が弱いのだ」と。(p419)
コモンズの歴史と概念、管理について、本書は詳細に論じている。「第10章 コモンズの喜劇」という一章が設けられている。コモンズには、7つの不可欠と思われる「設計原理」が見い出されたという点も述べられている。本書をお読みいただきたい。
共有型経済を推進する協働主義者の文化の根底には、「あらゆるものの大衆化」というテーマがあると著者は語る。
「アメリカでもヨーロッパでも、第1次・第2次産業革命のどちらのときも、インフラは初期の整備に30年、成熟にさらに20年を要している」(p462)という。ワールドワイドウェブが実用化したのは1990年。著者は2014年のは早くも成熟してきているとみている。つまり、今、私たちは第3次産業革命の最中にいるということだ。
本書には、「特別章 岐路に立つ日本」という章が末尾に設けられている。そこには、第3次産業革命について、ドイツと日本のスタンスの違いが対比的に分析されている。この分析もまた、一読の価値がある。現在の日本の問題点が指摘されているのだから。「岐路に立つ」という意味を実感する。日本、危うしである。
ご一読ありがとうございます。
原題は、"THE ZERO MARGINAL COST SOCIETY THE INTERNET OF THINGS AND THE RISE OF THE SHARING ECONOMY" 。翻訳書のタイトルは原題そのものである。
そして、このタイトルが21世紀以降の社会・経済の姿について、著者の仮設を的確に示す表現になっている。
第1章「市場資本主義から協働型コモンズへの一大パラダイムシフト」は、著者の仮説の要約であり、著者の主張のまとめである。主張点の提示であるので、表現の抽象度が少し高まり、読みづらさを感じたが、結論を最初に要約し提示していることによる。その後で己の仮説を論証していく形の構成になっている。本文に入ると、具体的事例が次々に緻密に列挙されて論じられていくので、読みやすくなる。事例が多すぎて、若干辟易とする側面もあるが・・・。逆に実例による論証という説得力が高まる。
本文は五部構成である。
第Ⅰ部 資本主義の語られざる歴史
第Ⅱ部 限界費用がほぼゼロの社会
第Ⅲ部 協働型コモンズの台頭
第Ⅳ部 社会関係資本と共有型経済
第Ⅴ部 潤沢さの経済
著者は、19世紀初期に資本主義と社会主義が出現して以来、新たに登場してきた経済体制が共有型経済だと論ずる。協働型(コラボレーティブ)コモンズという形で展開される共有型経済だという仮説を本書で緻密に論証していく。
「資本主義はその核心に矛盾を抱えている。資本主義を絶頂へと果てしなく押し上げてきた、ほかならぬその仕組みが、今やこの体制を破滅へと急激に押しやっているのだ」(P11)と観察・分析し、資本主義の凋落の中から共有型経済が今、台頭してきているという。
著者はその論証を産業革命の段階的変遷として捉え、社会・経済体制の変化を歴史の時間軸に沿って論じていく。論じるにあたり、著者は、コミュニケーション/エネルギー/輸送という3つの観点をマトリックスの相互関係にある必須のフレームワークとして論じていく。この視点は、私には新鮮であり、実にわかりやすかった。産業革命の段階的発展を著者は具体的に論じている。その論証で使われるキーワード、キーフレーズを、荒っぽく次のようにまとめてみた。
原初的産業革命 16世紀後期 水車・風車の利用 小規模製造業者
資本に対する生産の従属の始まり。資本家と賃金労働者の発生。
第1次産業革命 19世紀後半 石炭を燃料とする蒸気機関 鉄道の利用と時間短縮
高速で安価な印刷と識字能力向上のための公立学校制度・義務教育
株式会社というビジネスモデルの発展 投資と経営の分離
垂直統合型の大企業の出現、
中央集中化されたトップダウンの指揮・統制メカニズム
第2次産業革命 19世紀末~20世紀初期 石油の発見と内燃機関の発明 電気が動力
電話の発明 自動車の登場と道路網の整備・拡大
垂直統合型の巨大企業中心。企業ピラミッドの形成
→サプライチェーンと生産過程と流通経路の集中管理
これらの産業革命段階を経て、社会・経済の在り方が変貌を遂げてきた。そのうえで、著者は現在、第3次産業革命が進行していると、論理を展開していく。
著者は、インターネット技術の驚異的な発展を踏まえて、第3次産業革命を本書で論証している。ⅠoT(モノのインターネット)を史上初のスマートインフラ革命ととらえ、「あらゆる機械、企業、住宅、乗り物がつながれ、単一の稼働システムに組み込まれたコミュニケーション・インターネット、エネルギー・インターネット、輸送インターネットから成るインテリジェント・ネットワークを形成する」(p112)と予測する。
著者は、無料のエネルギーである再生可能エネルギーが発展し、需要電力を満たし、デジタル・スマートメーターで個々人が電力使用についてリアルタイムで情報を得られる状況を語る。3Dプリンティングの普及が、モノのインターネットを介して、消費者が自らの製品を製造する生産消費者(プロシューマー)に変わりつつある側面を論じる。3Dプリンターが低コストで生産されるに至れば、効率と生産性の面で断然有利という。自動車については、所有するという価値観から、自動車へのアクセスを重視し、自動車をインターネットを介して、仲間となる人々とシェアする形が拡大している側面を例証していく。
数多くの実例を挙げながらの近未来予測は、現代の社会・経済の捉え方に一石を投じている。今まで断片的に見聞してきた事象が、壮大な仮説にまとめあげられていくプロセスは、エキサイティングですらある。
「人間の活動をすべて、インテリジェントなグローバル・ネットワークでつなぐことにより、私たちはまったく新しい経済体制を生み出そうとしている」(p344)と予測する。金融資本よりも社会関係資本が必要とされ、分散型・協働型でネットワークした形態、水平方向に活動が展開され、コモンズ方式の管理、つまり共有されて共同管理されている方式が最もうまく機能する経済体制だと説く。
この新しい経済体制について、「慎重に見守る必要はあるが、限界費用がほぼゼロの社会は、21世紀なかばまでに、希少性の経済から持続可能な潤沢さの経済へと人類を導くことができるのではないか、と私は期待している」(p461)と述べている。
経済社会は、狩猟採集社会から始まり、灌漑農業社会、原初・第一次・第二次の産業革命という形で経済のパラダイムが変化してきたが、それに伴い人間の意識も転換してきたと著者は分析する。その意識は、神話的意識、神学的意識、イデオロギー的意識と転換し、今や心理的意識が加わってきたとする。勿論、それぞれの意識はそれぞれの文化ごとに、それぞれの人の心の中に特有の異なる比率で併存するとみる。新しい経済体制の中では、心理的意識が重視される方向に向かっていて、共感の拡大が共有型経済と不可分の関係にあると論じている。
協働型の利益追求の魅力は、持続可能な生活の質という新たな夢を共有し活動するという共感にある。
著者はミレニアル世代に着目し、調査データを踏まえて次のように記す。
「若い世代は世界中で、自転車や自動車、住まい、衣服をはじめとする無数の品をシェアし、所有よりもアクセスを選ぶようになっている。デザイナーブランドを避け、ノーブランドや理念を重視するブランドを好み、モノの交換価値やステイタスよりも、使用価値にはるかに大きな関心を向けるミレニアル世代が増えている。協働型のプロシューマーから成る共有型経済は、まさにその本質上、より共感性が高く、物質志向が弱いのだ」と。(p419)
コモンズの歴史と概念、管理について、本書は詳細に論じている。「第10章 コモンズの喜劇」という一章が設けられている。コモンズには、7つの不可欠と思われる「設計原理」が見い出されたという点も述べられている。本書をお読みいただきたい。
共有型経済を推進する協働主義者の文化の根底には、「あらゆるものの大衆化」というテーマがあると著者は語る。
「アメリカでもヨーロッパでも、第1次・第2次産業革命のどちらのときも、インフラは初期の整備に30年、成熟にさらに20年を要している」(p462)という。ワールドワイドウェブが実用化したのは1990年。著者は2014年のは早くも成熟してきているとみている。つまり、今、私たちは第3次産業革命の最中にいるということだ。
本書には、「特別章 岐路に立つ日本」という章が末尾に設けられている。そこには、第3次産業革命について、ドイツと日本のスタンスの違いが対比的に分析されている。この分析もまた、一読の価値がある。現在の日本の問題点が指摘されているのだから。「岐路に立つ」という意味を実感する。日本、危うしである。
ご一読ありがとうございます。