公安外事・倉島警部補シリーズ第7弾! 「オール讀物」(2022年5月号~2023年3・4月号)に連載の後、2023年11月に単行本が刊行された。
今回も、本作がシリーズの何冊めか調べていて、前作の刊行を見過ごしていることに気づいた。速やかに読みたい本がまたできた。
さて、このシリーズもそれぞれは独立したストーリーなので、本作の読後印象をまとめてみたい。
倉島達夫警部補は警視庁公安部外事一課第五係に所属する。同じ係に所属する西本芳彦がゼロの研修を終えて戻ってきたところからこのストーりーが始まる。倉島自身もゼロの研修経験者。本作の一つのサブ・ストーリーでは、研修から帰還した西本の思考・行動の変化を、倉島が己の経験を踏まえて観察しつつ、西本が一皮むけた公安マンにステップアップできるよう、先輩として導けるかというテーマを扱っている。
西本は研修から戻ってくるなり、五係において、白崎と倉島に対して、日本の製薬会社の台湾法人がロシアのハッカー集団REvil(レビル)からサイバー攻撃を受け、ランサムウェアに汚染された事件を話題にした。倉島はその事件はロシアのFSBが14人のメンバーを逮捕したという報道で決着がついていると認識していた。だが、西本はそれは茶番劇ではないかと疑問視する。それが契機となり、倉島はレビルについて情報を収集しなおす。
そんな矢先に、倉島は公安総務課長から呼び出しを受ける。佐久良忍課長は倉島に台北の警政署への出張を命じる。公安捜査についての研修を行うにあたり教官を派遣して欲しいという要請に応じるというものだった。警察庁に来た話だが、公安の実働部隊は警視庁公安部なので、倉島にその役割が回って来たのだ。課長は「細かなことは、先方が決めます。台湾側の求めに応じてくれればけっこうです」(p25)と言う。そして、「ついでに、サイバー攻撃のことについて、様子を見てきてください」(p27)と告げたのだ。
倉島は適当な名目のもとに、西本を同行させたいという許可を得て、指示を受けた翌日、台北に飛ぶ。
このストーリー、台北への出張目的は、警政署での公安捜査に関する研修である。台北で、倉島が教官としてどのような研修を行うかのか。勿論その様子が描き込まれていく。だが、ストーリー全体から見ると、これはもう一つのサブ・ストーリーという位置づけになる。倉島がどのように研修を進めるか、この点は興味深い。それなりに面白く読める。
ならば、メイン・ストーリーは何か?
佐久良課長がついでにサイバー攻撃について・・・・と付言した副次的目的が逆にメインになっていく。
台北に着いた倉島と西本には、滞在期間中、警政署の劉(リュウ)警正と張(チャン)警佐の二人が世話係として現れる。張警佐は主に車の運転手を担当する。劉警正は日本語が堪能であり、日本・台湾の警察組織の階級を対比すると、倉島よりも上位の階級である。この設定は実に巧みに考慮されている。倉島にとっては信頼がおけ、力量を発揮する渉外係の役割を担ってくれる相手になるからだ。勿論、劉警正と張警佐が倉島・西本の監視役をも兼ねているのは当然である。
倉島は、劉警正に、日本企業の台湾法人がロシアのサイバー攻撃に遭った件を調べたいと依頼する。劉警正は警政署トップの楊警監の許可を得て、この調査の通訳兼案内役となる。
西本が疑念を抱いている日本の製薬会社の台湾法人に対するサイバー攻撃を調査するために、劉警正の案内で現地法人を訪ねる。この台湾法人では、ランサムウェアに感染したのは事実だが、自社で駆除でき、身代金などの被害もなく既に終わった話と認識されていた。ところが、そこで、倉島はニッポンLCという日本企業が最近サイバー攻撃を受けたという情報を得る。西本にはこの会社の件は初耳だった。だが、劉警正はその情報を知っていた。株式会社ニッポンLCの台湾法人が新北市に所在するという。
当然ながら、倉島はニッポンLCの台湾法人に出向き、サイバー攻撃の事実と状況の調査に踏み出す。劉警正にとっては調査のこの展開は予測済みだった。
倉島は、まず広報課の陳復国(チェンフーグウオ)と面談することに。彼が第一関門である。彼は被害届も出していないので警察に事情を聴かれる理由はないと拒否する。倉島は日本人に事情を聴きたいと語る。劉警正の通訳と彼の発言により、CTOの島津誠太郎と面談することができた。島津は8月25日にサイバー攻撃を受け、ランサムウェアに感染したと言う。経路も判明しており、既に除去してシステムを復旧させた。ランサムウェアに感染したのは本社の管理システムであり、技術情報の保持された工場のシステムには侵入されていないと回答した。それ以上は、企業秘密に関わるので話をしたくなさそうだった。
倉島は今後何かあればという時のための連絡窓口を島津に頼むと、島津は技術部の部下の一人で、秘書を兼ねている林春美(リンチュンメイ)を紹介し、彼女を窓口担当にすることが決まる。
その日の夜、林春美を介して、島津には言い忘れたことがあり直接会って話をしたい旨、連絡を取ってきた。それは、倉島が教官として担当した研修を無事終了し、楊警監の接待で食事会に臨んでいる最中だった。メイン・ストーリーはここからが始まりとなる。
一方、台湾に出張してきて以来の西本の挙動から倉島は不審な点に気づく。そのきっかけは、島津の紹介で、林春美が倉島・西本の前に現れたとき、一瞬倉島が言葉を失うほどに林春美が唖然とするほどの美貌だったことによる。この時の西本の反応に倉島は気づく。上記したサブ・ストーリーが織り込まれていくことに・・・・・。
このサブ・ストーリーの流れでは、倉島が劉警正に語る言葉が印象的である。
「どんなに優秀でも、必ず無能に見えるときがあります。ステップアップするときがそうなのです。ステージが上がれば、それまでのように活躍はできない。しかし、いずれ克服するはずです。それが成長です。」(p182)
島津の懸念は、サイバー攻撃を皮切りに産業スパイが暗躍するようなことになればという危惧だった。この点を林春美が島津に進言していたのだ。迫りくる危機への対処、リスクマネジメントの観点である。島津は警察に相談するという選択肢を取ることに踏み込んだ。倉島はまず情報収集のために、ニッポンLCの台湾法人内における関係者の枠を広げ、ヒアリングをすることから始める。
このストーリーが、俄然興味深くなるのは、ニッポンLCのエンジニア、李宗憲が殺害され、遺体がニッポンLCの本社ビルの玄関付近で発見されたことに起因する。李宗憲は工場のシステムを担当していて自信家でもあった。
なぜ興味深くなるのか?
*当然ながら、殺人事件の捜査が始まるから。新北市警察局がこの事件を扱う。刑事の鄭警正が中心となって捜査する。
警察の捜査は属地主義である。つまり、台湾において、倉島・西本には、たとえ、日系企業の敷地で発生した殺害事件と言えど、捜査権がない。
一方で、この殺害は、サイバー攻撃・産業スパイの暗躍と関係があるかもしれない。
倉島はこの視点を重視し、制約のある中で行動する決意を抱く。
*この事件を殺人事件という範疇で捜査することに鄭警正は執拗にこだわる。己の視点だけで捜査を進展させていく。
鄭警正は劉警正にライバル意識を持っていた。つまり、劉、倉島、西本の介入を徹底して排除しようというスタンスをとる。
*倉島は、サイバー攻撃に絡む調査は、劉警正を通じ、日台の共同捜査という形で臨む方針を、楊警監から承諾された。
*倉島の出張目的は、研修の教官という業務である。台湾で発生した殺人事件は枠外となる。サイバー攻撃の調査という一点での関わりで、佐久良公総課長から、台湾滞在を延長する交渉を行わなければならない立場に立つ。捜査の大義名分が立つか。認められるか。
*台湾と日本との過去の歴史的関係が各所で心理的な影響力を見せる側面が重ねられていく。親日と反日という両面で現れる。文化の中に根付いていると思われる側面もある。
つまり、日本国内での公安の捜査活動とは異なる、多面的な視点が絡み合っていくところが、本作の面白さと言える。
上記の理由に重なる部分があるが、改めて台湾という国の歴史の一端を垣間見る機会となった。鄭という姓のルーツ。鄭成功に関わる逸話。台湾に多い人名の話題。日本による台湾統治の歴史の一端とその痕跡などである。
もう一つ、台湾との警察組織の名称や階級呼称などの一端が日台対比で要所要所で出てくることが、異国情緒を感じさせる要素の一つになっている。
ストーリーの根底にあるテーマの一つと思う箇所がある。少し長いが覚書として引用しておきたい。
「差別や偏見をなくすことは不可能だ。それは、個人の感情の問題であると同時に、文化的な防衛意識でもあるからだ。
自分のテリトリーに異分子が入り込むと、人は本能的に警戒し恐れるのだ。差別の根底には恐怖がある。それが激しい嫌悪の衣を着るのだ。
自分のテリトリーを守るためには闘争が不可避で、それが差別の根源にあるのかもしれない。
だから人間は、心の奥底から差別意識を払拭することができない。それとどう付き合うのかが問題なのであり、さらに問題なのは、その気持ちを社会化するかどうか、なのだと倉島は思う。
差別との戦いには二面性がある。個人の中では自分の差別意識との戦いであり、同時に社会の中に具現化された差別との戦いなのだ」(p319-320)
ストーリー構成の巧みさとファイナル・ステージでのどんでん返しの妙味が読者を魅了することと思う。
一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
台湾 :ウィキペディア
台湾 :「外務省」
台湾の警察組織について(ちょっとマニアック) 黒木 :「カクヨム」
中華民国の警察 :ウィキペディア
ランサムウェアとは :「docomo business」
「キルネット」とは何者か? :「NHK サイカル」
鄭成功 :ウィキペディア
日本統治時代の台湾 :ウィキペディア
台湾の人々は日本統治時代をどう捉えたか 山崎雅弘 :「DIAMOND online」
ネットに情報を掲載された皆様に感謝!
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『一夜 隠蔽捜査10』 新潮社
『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『天を測る』 講談社
『署長シンドローム』 講談社
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊
今回も、本作がシリーズの何冊めか調べていて、前作の刊行を見過ごしていることに気づいた。速やかに読みたい本がまたできた。
さて、このシリーズもそれぞれは独立したストーリーなので、本作の読後印象をまとめてみたい。
倉島達夫警部補は警視庁公安部外事一課第五係に所属する。同じ係に所属する西本芳彦がゼロの研修を終えて戻ってきたところからこのストーりーが始まる。倉島自身もゼロの研修経験者。本作の一つのサブ・ストーリーでは、研修から帰還した西本の思考・行動の変化を、倉島が己の経験を踏まえて観察しつつ、西本が一皮むけた公安マンにステップアップできるよう、先輩として導けるかというテーマを扱っている。
西本は研修から戻ってくるなり、五係において、白崎と倉島に対して、日本の製薬会社の台湾法人がロシアのハッカー集団REvil(レビル)からサイバー攻撃を受け、ランサムウェアに汚染された事件を話題にした。倉島はその事件はロシアのFSBが14人のメンバーを逮捕したという報道で決着がついていると認識していた。だが、西本はそれは茶番劇ではないかと疑問視する。それが契機となり、倉島はレビルについて情報を収集しなおす。
そんな矢先に、倉島は公安総務課長から呼び出しを受ける。佐久良忍課長は倉島に台北の警政署への出張を命じる。公安捜査についての研修を行うにあたり教官を派遣して欲しいという要請に応じるというものだった。警察庁に来た話だが、公安の実働部隊は警視庁公安部なので、倉島にその役割が回って来たのだ。課長は「細かなことは、先方が決めます。台湾側の求めに応じてくれればけっこうです」(p25)と言う。そして、「ついでに、サイバー攻撃のことについて、様子を見てきてください」(p27)と告げたのだ。
倉島は適当な名目のもとに、西本を同行させたいという許可を得て、指示を受けた翌日、台北に飛ぶ。
このストーリー、台北への出張目的は、警政署での公安捜査に関する研修である。台北で、倉島が教官としてどのような研修を行うかのか。勿論その様子が描き込まれていく。だが、ストーリー全体から見ると、これはもう一つのサブ・ストーリーという位置づけになる。倉島がどのように研修を進めるか、この点は興味深い。それなりに面白く読める。
ならば、メイン・ストーリーは何か?
佐久良課長がついでにサイバー攻撃について・・・・と付言した副次的目的が逆にメインになっていく。
台北に着いた倉島と西本には、滞在期間中、警政署の劉(リュウ)警正と張(チャン)警佐の二人が世話係として現れる。張警佐は主に車の運転手を担当する。劉警正は日本語が堪能であり、日本・台湾の警察組織の階級を対比すると、倉島よりも上位の階級である。この設定は実に巧みに考慮されている。倉島にとっては信頼がおけ、力量を発揮する渉外係の役割を担ってくれる相手になるからだ。勿論、劉警正と張警佐が倉島・西本の監視役をも兼ねているのは当然である。
倉島は、劉警正に、日本企業の台湾法人がロシアのサイバー攻撃に遭った件を調べたいと依頼する。劉警正は警政署トップの楊警監の許可を得て、この調査の通訳兼案内役となる。
西本が疑念を抱いている日本の製薬会社の台湾法人に対するサイバー攻撃を調査するために、劉警正の案内で現地法人を訪ねる。この台湾法人では、ランサムウェアに感染したのは事実だが、自社で駆除でき、身代金などの被害もなく既に終わった話と認識されていた。ところが、そこで、倉島はニッポンLCという日本企業が最近サイバー攻撃を受けたという情報を得る。西本にはこの会社の件は初耳だった。だが、劉警正はその情報を知っていた。株式会社ニッポンLCの台湾法人が新北市に所在するという。
当然ながら、倉島はニッポンLCの台湾法人に出向き、サイバー攻撃の事実と状況の調査に踏み出す。劉警正にとっては調査のこの展開は予測済みだった。
倉島は、まず広報課の陳復国(チェンフーグウオ)と面談することに。彼が第一関門である。彼は被害届も出していないので警察に事情を聴かれる理由はないと拒否する。倉島は日本人に事情を聴きたいと語る。劉警正の通訳と彼の発言により、CTOの島津誠太郎と面談することができた。島津は8月25日にサイバー攻撃を受け、ランサムウェアに感染したと言う。経路も判明しており、既に除去してシステムを復旧させた。ランサムウェアに感染したのは本社の管理システムであり、技術情報の保持された工場のシステムには侵入されていないと回答した。それ以上は、企業秘密に関わるので話をしたくなさそうだった。
倉島は今後何かあればという時のための連絡窓口を島津に頼むと、島津は技術部の部下の一人で、秘書を兼ねている林春美(リンチュンメイ)を紹介し、彼女を窓口担当にすることが決まる。
その日の夜、林春美を介して、島津には言い忘れたことがあり直接会って話をしたい旨、連絡を取ってきた。それは、倉島が教官として担当した研修を無事終了し、楊警監の接待で食事会に臨んでいる最中だった。メイン・ストーリーはここからが始まりとなる。
一方、台湾に出張してきて以来の西本の挙動から倉島は不審な点に気づく。そのきっかけは、島津の紹介で、林春美が倉島・西本の前に現れたとき、一瞬倉島が言葉を失うほどに林春美が唖然とするほどの美貌だったことによる。この時の西本の反応に倉島は気づく。上記したサブ・ストーリーが織り込まれていくことに・・・・・。
このサブ・ストーリーの流れでは、倉島が劉警正に語る言葉が印象的である。
「どんなに優秀でも、必ず無能に見えるときがあります。ステップアップするときがそうなのです。ステージが上がれば、それまでのように活躍はできない。しかし、いずれ克服するはずです。それが成長です。」(p182)
島津の懸念は、サイバー攻撃を皮切りに産業スパイが暗躍するようなことになればという危惧だった。この点を林春美が島津に進言していたのだ。迫りくる危機への対処、リスクマネジメントの観点である。島津は警察に相談するという選択肢を取ることに踏み込んだ。倉島はまず情報収集のために、ニッポンLCの台湾法人内における関係者の枠を広げ、ヒアリングをすることから始める。
このストーリーが、俄然興味深くなるのは、ニッポンLCのエンジニア、李宗憲が殺害され、遺体がニッポンLCの本社ビルの玄関付近で発見されたことに起因する。李宗憲は工場のシステムを担当していて自信家でもあった。
なぜ興味深くなるのか?
*当然ながら、殺人事件の捜査が始まるから。新北市警察局がこの事件を扱う。刑事の鄭警正が中心となって捜査する。
警察の捜査は属地主義である。つまり、台湾において、倉島・西本には、たとえ、日系企業の敷地で発生した殺害事件と言えど、捜査権がない。
一方で、この殺害は、サイバー攻撃・産業スパイの暗躍と関係があるかもしれない。
倉島はこの視点を重視し、制約のある中で行動する決意を抱く。
*この事件を殺人事件という範疇で捜査することに鄭警正は執拗にこだわる。己の視点だけで捜査を進展させていく。
鄭警正は劉警正にライバル意識を持っていた。つまり、劉、倉島、西本の介入を徹底して排除しようというスタンスをとる。
*倉島は、サイバー攻撃に絡む調査は、劉警正を通じ、日台の共同捜査という形で臨む方針を、楊警監から承諾された。
*倉島の出張目的は、研修の教官という業務である。台湾で発生した殺人事件は枠外となる。サイバー攻撃の調査という一点での関わりで、佐久良公総課長から、台湾滞在を延長する交渉を行わなければならない立場に立つ。捜査の大義名分が立つか。認められるか。
*台湾と日本との過去の歴史的関係が各所で心理的な影響力を見せる側面が重ねられていく。親日と反日という両面で現れる。文化の中に根付いていると思われる側面もある。
つまり、日本国内での公安の捜査活動とは異なる、多面的な視点が絡み合っていくところが、本作の面白さと言える。
上記の理由に重なる部分があるが、改めて台湾という国の歴史の一端を垣間見る機会となった。鄭という姓のルーツ。鄭成功に関わる逸話。台湾に多い人名の話題。日本による台湾統治の歴史の一端とその痕跡などである。
もう一つ、台湾との警察組織の名称や階級呼称などの一端が日台対比で要所要所で出てくることが、異国情緒を感じさせる要素の一つになっている。
ストーリーの根底にあるテーマの一つと思う箇所がある。少し長いが覚書として引用しておきたい。
「差別や偏見をなくすことは不可能だ。それは、個人の感情の問題であると同時に、文化的な防衛意識でもあるからだ。
自分のテリトリーに異分子が入り込むと、人は本能的に警戒し恐れるのだ。差別の根底には恐怖がある。それが激しい嫌悪の衣を着るのだ。
自分のテリトリーを守るためには闘争が不可避で、それが差別の根源にあるのかもしれない。
だから人間は、心の奥底から差別意識を払拭することができない。それとどう付き合うのかが問題なのであり、さらに問題なのは、その気持ちを社会化するかどうか、なのだと倉島は思う。
差別との戦いには二面性がある。個人の中では自分の差別意識との戦いであり、同時に社会の中に具現化された差別との戦いなのだ」(p319-320)
ストーリー構成の巧みさとファイナル・ステージでのどんでん返しの妙味が読者を魅了することと思う。
一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
台湾 :ウィキペディア
台湾 :「外務省」
台湾の警察組織について(ちょっとマニアック) 黒木 :「カクヨム」
中華民国の警察 :ウィキペディア
ランサムウェアとは :「docomo business」
「キルネット」とは何者か? :「NHK サイカル」
鄭成功 :ウィキペディア
日本統治時代の台湾 :ウィキペディア
台湾の人々は日本統治時代をどう捉えたか 山崎雅弘 :「DIAMOND online」
ネットに情報を掲載された皆様に感謝!
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その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『一夜 隠蔽捜査10』 新潮社
『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『天を測る』 講談社
『署長シンドローム』 講談社
『白夜街道』 文春文庫
『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『審議官 隠蔽捜査9.5』 新潮社
『マル暴 ディーヴァ』 実業之日本社
『秋麗 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『探花 隠蔽捜査9』 新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 97冊