遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『枕草子REMIX』   酒井順子   新潮社

2024-10-19 15:42:49 | 諸作家作品
 地元の図書館のホームページで「リミックス」をキーワードに検索していていたら、お目当ての本の他に本書に出会った。remixという語は英語の辞書によると「・・・をミキシングしなおす」という意味なのだが、「枕草子」という語を冠している点に興味を抱き読んでみた。枕草子、清少納言とも何等かの関連がある書だろう・・・・・と。

 奥書を読むと、「波」(2002年4月号~2003年9月号)に連載された作品に加筆修正と新たな部分を加えて、2004年3月に単行本が刊行された。2007年1月に文庫化されている。
 

 著者の本を読むのは初めて。読み始めてわかったのは「枕草子」をネタにした随筆作品であること。著者は随筆家だった。
 清少納言の本名は不明。生まれは966(健保3)年頃と推定されている。没年不明。一方、本書の著者は1996年東京生まれ。1000年の時を隔てて、『枕枕草子』という随筆集を書いた清少納言の観察眼、感性に大いに著者は共鳴・共感している。己の思いをこの随筆集としてまとめている。

 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて・・・・」という第一段・冒頭と、あと数段くらいの内容にしか触れたことのない私のような者には、「かく言う私も、枕草子の全文を読んだのは、実は三十代半ばになってからです」(p10)と「はじめに」に記す著者の一文に、親近感を覚える。
 この一文のすぐ後に、著者は記す。「この本においては、枕草子の教科書に載っていた部分以外の面白さをご紹介できればと思っています。してその方法は、音楽用語で言うところの、リミックス。章段を超えて再び混ぜたり集めたりしてみることによって、清少納言の人となりも、理解できるような気がするのです」(p10)と。
 枕草子という随筆に取り上げられた内容を、本著者が随筆のネタに縦横に引用し取り混ぜて、清少納言のスタンスや考えを明らかにしつつ、その内容をいわば解説してくれるのだから読みやすい。教科書では部分的にしか触れられることのない枕草子。本書はその内容の全体像をイメージしやすくしてくれる。
 勿論、「はじめに」において、著者は清少納言及び枕草子の基礎知識について、ちゃんと解説を加えている。
 気軽に楽しみながら読み進めることのできる枕草子入門随筆集と言える。特に、現代視点を重視した随筆であるところが、おもしろい。

 目次からわかる本書の特徴は、第一部で「ものづくし」の形式をとっていること。「リミックスものづくし」と題し、、枕草子全体の内容を著者流に縦横に混ぜ合わせて、読者に示している。見出しは、”「○○」というもの”という形式。著者流のものづくし分類は、次のとおり。
  女同士、男、キャリア、待つ、イベント、下種、匂い、ブス、紙、夜、和歌、都会   老い、覗く、友達、音、おしゃれ、恋、随筆
この中で、待つと覗くの二項目だけは、”「○○」ということ”という見出しである。

 第二部は「枕草子観光」と題して、机上の想定も含めて、清少納言が訪れたであろう名所旧跡を、著者自身が訪れた体験と清少納言の思いを重ねて記した観光随筆である。
  清水寺、下鴨神社、逢坂の関、伏見稲荷大社、長谷寺、石清水八幡宮、船岡山、
  鞍馬寺、泉涌寺
が取り上げられている。地の利を生かし、全て訪れたことがあり、随筆を読んでいてイメージしやすかった。

 本書の特徴と思うところをご紹介する。
1.著者は、随筆文のなかで、①枕草子の章段の原文と著者訳の提示、②第〇段概要の提示、③特定の章段中の一部引用による提示、を使い分けながら、縦横に枕草子の内容をとりあげていく。ワンパターンではない。

2.これはという章段は、「原文で読んでみよう1」と題して、その原文と著者訳を行ごとに併記するスタイルで紹介していく方法を取り入れている。読者は枕草子のここはという段を原文と訳文を併読でき、枕草子に一歩踏み込んで読んだ気になれる。

3,清少納言がものづくしの中に取り上げた事例の現代語訳を取り上げながら、その事例を<今だったらこんな感じ?>バージョンに翻案した内容を併記で提示している箇所が幾か所も出てくる。千年前も今も同じ感覚が共有できるところがおもしろい。ああ、そういう風にとらえ直すと、身近になるなぁ・・・・という次第。このあたり、教科書的に堕さずに、工夫があって楽しめるところ。

 「心にくきもの」での事例の原文訳と、今だったらバージョンを一つご紹介しよう。
 *皆が寝静まった夜更け、誰かが外にいる殿上人なんかと話をしている声や、奥の部屋で碁石を笥(いれもの)に入れる音が度々聞こえるのは、気になる。火箸を灰にそっと突き刺す音からも、「どうも起きているらしい」とわかるのも、素敵。やっぱり寝ないでいる人には、興味津々だわー。
 <深夜、窓を開けていると外の路上で誰かが携帯で話しているのが聞こえたり、また同じマンションのどこかの部屋でコンピューターを立ち上げる音が聞こえて来るのは、気になる。どこかの部屋でティッシュペーパーを箱から引き出す音から(しかしそんな音も耳にとめてしまう自分が怖い)、「どうも起きているらしい」とわかるのも、素敵。やっぱり夜に寝ないでいる人には、仲間意識が湧くわ!>
 
 ナルホド!

4.著者流のリミックスものづくしの随筆文の各所で、その末尾に著者は清少納言との架空対談を織り込んでいく。随筆文の一つの要として、著者と清少納言の会話が織り込まれていくところがおもしろい。楽しめる会話になっている。

5.リミックスものづくしの随筆文に「清少納言おまけの一言」と題して、「~なるもの」という短文の原文と訳文がちょこっと28か所に織り込まれている。枕草子の内容にさらに一歩読者を近づける工夫だろう。枕草子をちょっと読みかじった気にさせてくれる。

 清少納言がどのような人であったのか。著者なりの捉え方を明確に各所で語っている。そして、それを架空対談の中で、清少納言にぶつけているところもあって、おもしろい。著者の清少納言像を本書でお楽しみいただきたい。
 
 『枕草子』と清少納言に気軽に一歩近づける随筆集と言える。こういうアプローチは、肩が凝らなくてよい。著者のねらいは達成されているように思った。

 最後に、著者が清少納言との架空対談で、清少納言に枕草子は女性雑誌みたいと語る印象箇所をご紹介しておこう。
「集めモノの『・・・は』は、旅ありファッションありのグラビアページみたい。「・・・もの』は、そうそう!とうなづけるコラム。で、定子様との思い出話とか、男性との話とか、得意の自慢話とかは、ゴシップ記事のようであり、時に小説のようでもあり」(p189)と。

そのうえで、清少納言にこう語らせている。「語らない方がいいことっていうのも、世の中にはたくさんありますからねぇ。つまり、私が何を集めたかだけじゃなくて、何を集めなかったかっていうところまで読んでもらえたら、私としてはさらに嬉しいのよ。・・・・って、あら私としたことが、つい語りすぎてしまったようで・・・・」(p190-191)
この落とし所がさすがに上手と思う。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
清少納言  :ウィキペディア
清少納言  平安時代の重要用語        :「刀剣ワールド」
清少納言は意地悪?性格を枕草子から読み解く  :「刀剣ワールド」
清少納言  :「NHK for School」
『枕草子』 清少納言  現代語訳  :「MAC Misawa Actors Company」
『枕草子』 清少納言  原文・現代語訳  抄録  :「学ぶ・教える.COM」
清少納言の百人一首「夜をこめてえ~」の意味や背景とは?  :「サライ」
清少納言の有名な和歌も解説【百人一首入門】
「ききょう」役のファーストサマーウイカさん 清少納言を語る YouTube
【百人一首62】清少納言を徹底解説!枕草子を書いた意図とは?したり顔の奥に潜む「推し」への愛   YouTube

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