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西郷隆盛と「明治維新の輸出」

2018年06月08日 | 歴史
西郷隆盛。

日本では昭和ぐらいまでは人気がありました。

今は、あまり人気はないですね。とにかく人気なのは坂本龍馬で、西郷はその人気の影に隠れてしまっています。最近は「坂本龍馬を謀殺したのは西郷だ」なんて黒幕論も出ていて、そうなると西郷は日本でも悪人扱いです。

さて、西郷ですが。

彼は大きな器の人間でしたが、「近代国家に対するビジョン」というものがありませんでした。明治維新は達成したものの、その結果できた国家に彼は大いに不満だったのです。

彼は儒教的道徳心をもった武士で、いわゆる「ぎょうしゅんの世」のようなものを考えていました。アジアの教養人の限界を超えることはなかったのです。素晴らしい君主と素晴らしい人民。そんなものを夢想していましたが、明治維新の結果できた「近代国家」は全く別のものでした。

ただし「近代国家」そのものは彼の師匠(島津斉彬)が目指していたものです。生理的には不満でしたが、頭では、近代化しなければ列強によって植民地化される危険がある、ということは理解していました。汚職や金権のはびこりには我慢ができなかったのですが、兵制改革という「最も重要な国家の近代化政策」を担う山県有朋が汚職で危機に陥った時、彼は山県を助けたりもしました。かれは大きな矛盾の中で生きていて、そして死にたかったのです。

もう名前を出しましたが、彼には大いなる師匠がいます。殿様の島津斉彬という人です。この人は欧米列強のアジア進出に危機感を持ち、日本、清国、朝鮮国が近代国家となって列強に立ち向かう、というビジョンを持っていました。

西郷は江戸末期にこの殿様が死んだ時、殉死しようとしたのです。しかしこの師匠が抱いたビジョンを実現せずに死ぬことは不忠だと言われ、殉死をあきらめます。でもいつも「死に場所」を探していて、実際自殺未遂なども起こしています。

西郷はどうして朝鮮国に行きたかったのか。朝鮮国の無礼をたしなめるためでしょうか。私の理解では、彼は開国と近代化を朝鮮国に求めたかったのです、そしてそれが無理なら「殺されたかった」のです。自分が殺されれば、朝鮮と日本の間に戦争が起きる。後の日本と違い、この明治6年当時の日本には強大な力はありません。軍隊だってまったく整っていませんでした。朝鮮国だってそう簡単に負けることはない、日本との戦争が現実のものとして迫れば、朝鮮国も近代化せざるえない、つまりは「明治維新が朝鮮でも起きる」、西郷はそう考えていました。

朝鮮国にとっては、迷惑な話です。「明治維新を朝鮮国に輸出する」、西郷にとってはそれが死んだ師匠に報いる道に思えたのです。感情的には近代国家を嫌いながら、頭では列強に立ち向かうにはそれしかない、と分かっていたのです。西郷は愚人のふりをしていましたが(薩摩の伝統です)、若い頃から聡い男でした。

本当に迷惑な話です。しかし、この迷惑なおしつけをしないと、日本が危ないという危機意識は、同時代の勝海舟なども持っていました。元寇の時、日本をまず攻撃したのは高麗です。ご存知のように、元に強要されて仕方なく日本を攻めました。日本を列強が攻撃する時の通り道は朝鮮国。だから朝鮮国に近代化してもらわないといけない。こういう思いをもった人間が日本には多くいました。朝鮮国を支配しようという人間ばかりではなかったのです。

しかしながら、結局西郷は朝鮮国に行きませんでした。朝鮮国と日本が戦争などすれば、列強が介入してきて、両国とも植民地にされてしまう。そうしたリアルな危機感をもった人間たちとの政争に負け、政府を去りました。

西郷を負かしたのは、大久保利通だということになっています。最後の最後の段階ではそうでした。しかし大久保は実は親友である西郷と政治的に争いたくはなかったのです。西郷つぶし、に動いたのは、もう少し年の若い政治家たちでした。これも嘘のような話ですが、その政治家の代表格は伊藤博文です。韓国では西郷より悪人扱いである伊藤博文が、この明治6年の段階においては「征韓論をつぶし」たのです。もっとも西郷は「征韓」という言葉は嫌いで、もっぱら「遣韓」(けんかん)という言葉を使っていました。

嘘ばかり書いている。例えば韓国の人の立場になれば、そう思うのは当然です。が私には「偽りを書いている」という意識はありません。「西郷への認識を改めて欲しい」なんて傲慢な意識もありません。歴史は、人間おのおのが「自分の目」で見定めるものですからね。ただ、こういう見方もある、というだけのお話です。

韓国の方には失礼ですが、あの時西郷が行って殺されても、朝鮮では「維新は起きなかった」と私は思っています。イバンオンから続く朝鮮王朝は強固な伝統を持った国で、文治主義的です。両班、良民、という階級制は、日本のいわゆる「士農工商」よりずっと強固でした。いまだに韓国でも北朝鮮でも「特権階級」が厳然として存在することを考えれば、そう簡単に「維新」など起きるわけもないのです。韓国の産業的近代化は1970年代後半からで、21世紀には急速に発展。今や世界企業であるサムスンやLGが存在しますが、社会経済面ではまだ「特権階級」が残存し、「ナッツ姫事件」等の問題が生じています。(徐々に改善されつつあるということですが)。

北朝鮮では、見方にもよりますが、まだ朝鮮王朝が続いている、と言ってもいいような気がします。

さて、

西郷は逆徒です。日本最後の内乱を起こしました。天皇に逆らった逆賊ですね。そういう逆賊の銅像が、どうして上野のお山に堂々と立っているのか。

これにはまた日本特有の事情があるのですが、機会があれば。