ブラックペアンの作者は海堂尊さんです。「社会派」の方ですね。チームバチスタの栄光では「麻酔医の残酷すぎる実態」に目を向けました。そして「ジャネラルルージュの凱旋」では「救命医療の問題」をとりあげます。
ブラックペアンでは、手術における「機械と人間の問題」「医療過誤の問題」に焦点をあてています。また、私たちにはどうでもいいことですが「論文主義」にも一石を投げています。
そういう「社会性」を比較的深く有しているという点において、「ドクターX」とは本質的に違う作品だと思います。もっともこれは人それぞれでありましょう。全く同じと感じる人がいても、別にそれを否定する気持ちはありません。
さて、機械と人間の問題です。
1980年頃、イエローマジックオーケストラが登場した時、坂本龍一が「楽器の音と電子音の戦いが生じることになる」と予言しました。実態はというと、戦いはあまり生じることなく、むしろ「融合」が生じたような気もします。
ブラックペアンにおいても、前回までは、機械と人間、手術機械とゴッドハンドの「対立」が話題とされていました。
でもこの九回をみるかぎり、それは音楽と同じように、「融合」したように見えます。簡単に書くと、手術機械である「カエサル」を、ゴットハンドである渡海(二宮)が操作するのです。一流の機械を一流の医者が操作し、「超一流の手術が実現された」と、ドラマの中ではそう指摘されています。指摘したのは極楽とんぼの加藤さんです。役者として出演しています。
もちろん「ドラマの流れ」は不自然極まりないものです。教授(内野聖陽)の命を救うなら、渡海が最初からメスを握ればいいだけの話です。でもそういう風に自然には流れません。
最終的にはそういう不自然な流れにも意味があることが判明します。渡海がカエサルを操作したことによって、「高階」は論文を完成させ、それが教授の学会での地位を高めることにつながります。
もっとも、よく分からないのは、内野も猿之助も、何故理事長になりたいのか。日本外科学会理事長。理事長になって何を「達成」したいかがあまり描かれないので、単なる出世競争に見えてしまいます。そこはこのドラマのマイナス面だと思います。
「感想」だから「感じたこと」を書けばいいのですが、どうも「理屈っぽく」なっています。
猿之助、というより市川亀治郎、昔から好きなんですが、このドラマでは唯一といっていい「カタキ役」です。ちょっと損してるように思います。
「高階」、小泉孝太郎、演技がうまいとはとても言えませんが、頑張っていることは分かります。話ズレますが「た・か・し・な」または「たかしな!」を脚本家はひそかに流行させたいのかと思います。
でも実際は「ジャマ」の方が受けているようです。
来週は最終回みたいです。ブラックペアンがなぜブラックなのか。それは原作を読んでいない私でも、ちょっとウィキペディアを調べればすぐわかります。でも脚本家は「多少のひねり」を加えてくるに違いありません。ひねってくれないと困ります。ひねってくれないとつまらない。佐伯の体にブラックペアンを仕込んだ感じもしますが、それぐらいではつまらないかな。
「社会派ドラマ?」の割りには「荒唐無稽」ですが、それでも海外ドラマばかり見ている私にとって、日本の最近のドラマの中では、とびぬけて面白い作品だと思えます。
ブラックペアンでは、手術における「機械と人間の問題」「医療過誤の問題」に焦点をあてています。また、私たちにはどうでもいいことですが「論文主義」にも一石を投げています。
そういう「社会性」を比較的深く有しているという点において、「ドクターX」とは本質的に違う作品だと思います。もっともこれは人それぞれでありましょう。全く同じと感じる人がいても、別にそれを否定する気持ちはありません。
さて、機械と人間の問題です。
1980年頃、イエローマジックオーケストラが登場した時、坂本龍一が「楽器の音と電子音の戦いが生じることになる」と予言しました。実態はというと、戦いはあまり生じることなく、むしろ「融合」が生じたような気もします。
ブラックペアンにおいても、前回までは、機械と人間、手術機械とゴッドハンドの「対立」が話題とされていました。
でもこの九回をみるかぎり、それは音楽と同じように、「融合」したように見えます。簡単に書くと、手術機械である「カエサル」を、ゴットハンドである渡海(二宮)が操作するのです。一流の機械を一流の医者が操作し、「超一流の手術が実現された」と、ドラマの中ではそう指摘されています。指摘したのは極楽とんぼの加藤さんです。役者として出演しています。
もちろん「ドラマの流れ」は不自然極まりないものです。教授(内野聖陽)の命を救うなら、渡海が最初からメスを握ればいいだけの話です。でもそういう風に自然には流れません。
最終的にはそういう不自然な流れにも意味があることが判明します。渡海がカエサルを操作したことによって、「高階」は論文を完成させ、それが教授の学会での地位を高めることにつながります。
もっとも、よく分からないのは、内野も猿之助も、何故理事長になりたいのか。日本外科学会理事長。理事長になって何を「達成」したいかがあまり描かれないので、単なる出世競争に見えてしまいます。そこはこのドラマのマイナス面だと思います。
「感想」だから「感じたこと」を書けばいいのですが、どうも「理屈っぽく」なっています。
猿之助、というより市川亀治郎、昔から好きなんですが、このドラマでは唯一といっていい「カタキ役」です。ちょっと損してるように思います。
「高階」、小泉孝太郎、演技がうまいとはとても言えませんが、頑張っていることは分かります。話ズレますが「た・か・し・な」または「たかしな!」を脚本家はひそかに流行させたいのかと思います。
でも実際は「ジャマ」の方が受けているようです。
来週は最終回みたいです。ブラックペアンがなぜブラックなのか。それは原作を読んでいない私でも、ちょっとウィキペディアを調べればすぐわかります。でも脚本家は「多少のひねり」を加えてくるに違いありません。ひねってくれないと困ります。ひねってくれないとつまらない。佐伯の体にブラックペアンを仕込んだ感じもしますが、それぐらいではつまらないかな。
「社会派ドラマ?」の割りには「荒唐無稽」ですが、それでも海外ドラマばかり見ている私にとって、日本の最近のドラマの中では、とびぬけて面白い作品だと思えます。