鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第53話(その4) 道を踏み外した姫様のこと

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

  --- 第53話に関する画像と特集記事 ---

第53話PR登場キャラ緊急座談会? | 中盤のカギを握る美少女?

 


第53話 その4


 
「やぁ、久しぶり……。レオーネおばさん」
 気恥しそうに頭をかきながら、ブレンネルが挨拶をした。背は高めだが華奢であり、隠れ場所としては必ずしも適当ではない、彼の背中に――それでもルキアンが身体をできる限り隠そうとして、右に左に、もじもじと足踏みをしている。
 彼らの間の抜けた姿に、取り立てて何か感ずるところもなさそうに、一人の老婦人が黙々と編み物をしていた。ブレンネルの声が聞こえていなかったわけでも、耳が遠いわけでもないようだが、彼女、レオーネ・デン・ヘルマレイアからは、しばらく何の反応も帰ってこない。
 ブレンネルが困った様子でルキアンと顔を見合わせ、二人して微妙な苦笑いを浮かべている。やがてレオーネは、針仕事をする自らの手元を見続けながら、ほとんど背を向けたまま返事をした。
「ブレンネル坊やも大きくなった、いや、すっかり一人前のおじさんになったね。前に会ったのは、いつだった?」
 すぐには思い出せないのか、わざとらしく首を上げ下げしては考え込むブレンネル。
「お茶でも飲みながら、話を聞こうかね。何しろ……」
 顔を上げ、レオーネがルキアンに送った視線。
「アルマ・ヴィオで乗りつけるなんて、ただ事じゃないだろうし」
 見るものを射すくめるような鋭利な光が、彼女の目に宿った。それに呼応するかのごとく、ルキアンは、自身の胸がひときわ大きく鼓動を打ったのを感じ、同時に後ろに押し戻されたような気分にもなった。
「す、すいません」
 ルキアンが思わず頭を下げる。目の前の老女が、かつてミルファーン屈指の機装騎士と恐れられた人物であるとは信じられなかったところ、彼は一瞬にして、見方を改めるのだった。
 もっとも、歴戦の勇士の気でもってルキアンを瞬時に威圧したレオーネは、その直後に彼と再び目を合わせたときには、落ち着いた老婦人に戻っていた。
「いいんだよ。まだ若いのにエクターなんて、因果な商売を。見た感じ、軍人でも傭兵でもないようだけど」
「ご挨拶が遅れました。エクター・ギルドのルキアン・ディ・シーマーと申します。御無礼をお詫びします」
「ふぅん、やっぱり貴族なんだね。で、ギルドのエクター。私はレオーネ・デン・ヘルマレイア。レオーネでいいよ」
 ――あの人と同じだ。ミルファーンの貴族。
 ルキアンは、デン・フレデリキアのことを、すなわちシェフィーアのことを反射的に思い浮かべた。レオーネも本来はミルファーン人であるという点を意識すると、彼女のいくつかの言葉に自分たちとは違ったアクセントや発音が混じっていることに、ルキアンは改めて気づくのだった。だが全体としてみれば、生粋のオーリウム人と何ら変わらない話しぶりからは、レオーネのオーリウムでの暮らしが相当長きにわたっていることがうかがえた。
「長旅、疲れたろ。まず座っておくれ」
 レオーネに促され、ルキアンとブレンネルは、部屋の隅に半ば転がすように置かれている椅子をそれぞれ起こし、床のきしむ音をさせながら腰を落ち着けた。
 一息ついたルキアンがふと顔を上げると、向こうからお茶とお菓子を運んでくる少年と視線がぶつかった。少し年下だろうか、あるいは同じくらいの年でも見た目が若干幼いのだろうかと、ルキアンは他愛のないことを思いつつ、自らと似た銀色の髪をもつ少年に親しみを覚える。
 そんなルキアンに、にっこり笑いかけ、銀髪の少年は思ったより高い声で言った。
「こんにちは、おにいさん。僕、エレオン・デン・ヘルマレイアです」
 彼の名前を聞いて頷いたルキアン。その表情を見て、エレオン少年は首を振った。
「あ、ヘルマレイアといっても、僕、レオーネ先生の本当の子供じゃないですよ。先生の弟子です。でも僕は、先生をお母さんだと思っています」
 師と呼ぶ者と共に暮らす銀髪の少年――ルキアンは、胸の奥で何か遠くのものが呼び起こされるような、不思議に懐かしい気分になって少年の顔をしげしげと眺めた。まず惹きつけられたのは、不自然なほどに鮮やかな、澄んだ青い瞳。それは天空を象徴する宝石を、たとえば選りすぐりのサファイアを想起させつつ、そういった高雅な一面と同時に、彼の眼差しには愛嬌や親しみやすさもあり、好奇心の赴くままによく動く。そして、ふっくらと柔らかそうな唇は薄桃の色、さらに薄桜の花さながらに、ほのかに色づいた頬。
 
「おにいさん」
「あの。おにい、さん」
 エレオンが仕方なさそうな笑みを浮かべ、何度もルキアンのことを呼んでいる。
「あ、ごめんなさい。ちょっと……」
 ルキアンは我に返った。また得意の妄想が顔を出していたようだ。
 ――あ、あれ? いま、男の子に、見とれてしまった、ような……。何やってるんだろ。でも、さっきからずっと僕の方ばかり見ているような。いや、そうだったとしても、それは別に……。
 小声で何かぶつぶつと言い、ひとりで顔を赤くしているルキアン。彼のそんな様子をエレオンは微笑ましく感じたらしく、細めた横目でルキアンの方を曖昧に見続けながら、お茶を入れている。二人暮らしには幾分大きめの白磁のポットは、花や葉を記号化したような紺色の紋様でシンプルに彩られている。そういえばミルファーンの王立の大規模な陶磁器工房が、この種の白と紺の器で知られていることを、ルキアンはどこかで聞いたような気がした。
 レオーネがわざとらしく大きな咳払いをした。初対面にしては奇妙な、ぎこちなくも、変にお互いを意識したルキアンとエレオンのやり取りに、呆れたような表情をしている。
「若いお二人は、話したいことがあれば、あとで沢山語り合ってくれたまえ。それより、何か頼みごとがあって、あたしのところに来たんだろ、ブレンネル?」
 
 ◇
 
 ルキアンの抱えるひと通りの事情を、ブレンネルから聞いたレオーネ。その都度、彼女は頷きながら、比較的好意のある様子で受け止めていたようだった。それにもかかわらず、ブレンネルが喋り終わった後、しばらく彼女は一言も発しようとはしなかった。
 必要以上に長く感じられる沈黙を気まずく思ったのか、ブレンネルは、ルキアンに昨晩語った話を繰り返す。
「昨日も言ったように、俺の親父は、ミルファーンの王都でカフェをやってたんだ。レオーネおばさんは、そのときの常連さ。都の市壁内と郊外との間、中途半端な場所にあるいまいち売れない店に、いつの頃から機装騎士が一人、立ち寄るようになった」
「その中途半端な場所が、あたしには穴場というのか、いわば隠れ家として都合良かったんだよ。王宮の連中ともあまり顔を合わさずに済んだし、街から遠く離れた街道沿いの店よりは多少なりとも洗練……いや、少なくとも酔って暴れる冒険者やら、女が一人とみれば無作法に絡んでくるゴロツキなんかは、あまりみなかったしね」
 レオーネがようやく口を開き、言葉を継いだ。懐かしそうに相槌を打つブレンネル。
「でも結局、都での商売は上手くいかなくて、親父の故郷のオーリウム王国に戻り、ノルスハファーンで店をやり直すことになった。で、二代目店主が俺ってわけだ」
「あの頃は、あたしも殺伐とした仕事に手を染めていたけど、まだ人生に多少の先が、夢があって、何かと楽しかったよ。でも、思い出話に花を咲かせるために来たわけじゃないんだろ。それでルキアン、ケンゲリックハヴンに行きたいんだって?」
 昔語りを楽しむ流れを断ち切るように、レオーネがルキアンに話を振った。
「はい。会いたい人が、います」
「会いたい人、ねぇ……」
 レオーネは深く長く、これ見よがしに溜息をついた。
「あんたは、あの子のことを、どのくらい知っているんだい? あの《鏡のシェフィーア》、シェフィーア・リルガ・デン・フレデリキアのことを」
 シェフィーアの名を聞いた途端、これまでには無かった想いの輝きがルキアンの目に浮かんだことを、レオーネは見逃さなかった。そして彼女の予想通り、少年の口数がにわかに増えていく。
「いえ、ほとんど、どういう人かは知りません。でも、あのときシェフィーアさんがいなかったら、僕は、今ここにいなかったと思います。はっきり言うと、敵に殺されていたでしょう。シェフィーアさんは、僕の孤独な居場所を、空想の世界を、それでいいって……向き合って、手を差し伸べてくれた。すべて肯定してくれた人です。その、僕の中の、暗くて、醜くて、気持ち悪いところまで、全部」
 己の神を讃える信者を連想させる、滔々と紡がれていくルキアンの言葉に対し、レオーネは僅かに顔をしかめ、途中からはむしろ笑いをこらえるような様子で聞いていた。
「あのね、ルキアン。あんたはシェフィーアのことを、魂の師か、聖女様か何かのように言うけれど、あれはそんな人間じゃない。あれは……」
 レオーネの声が一段、低くなった。
「あの子は《化け物》です、と。そう言わざるを得ない」
 シェフィーアのことを化け物呼ばわりされ、露骨に納得しかねるという顔になったルキアンを前にして、レオーネは淡々と語り続ける。
「もし何度生まれ変わったとしても、不老不死になって修行を何百年続けたとしても、あたしには、あの子に届く気がしない」
 そう言ってレオーネは立ち上がると、ゆっくりと窓際に向かい、濁りのある分厚くて小さめの硝子窓のところで、レースのカーテンを無造作に降ろした。老いてなお筋の一本通った彼女の背中を見つめながら、ルキアンは言葉に聞き入った。
「むかし、互いにアルマ・ヴィオに乗って、まだ小娘だったあの子と初めて向かい合ったとき、あたしは抗い難い恐怖を感じた。こう、体の芯から、理屈じゃなく、ただ怖かったのさ。仮にも《灰の旅団》随一、《剛壁》と呼ばれていた機装騎士がね。おかしいだろ。だけど、あれは違う。あの子とひとつになったアルマ・ヴィオは、もう、あたしたち人間の扱うものとは……絶望的なまでに、次元が違うんだよ」
 ミト―ニア市街でシェフィーアの操る重装型のティグラーと対峙したときのことを、ルキアンは思い出した。ほんの些細な挙動ひとつをとっても、獣同様に驚くほど自然で、事前の気配すら悟らせない動きを。あのときは、ただ驚嘆するばかりであった。しかしそれは、単なる驚きの域を出るものではない。優れた繰士と戦った経験のまだ少ないルキアンは、シェフィーアの強さを正しく測れる段階にさえ至っていないのだ。
「もう、あたしが、いい年をして敢えて機装騎士を続けている意味など、無いんじゃないかって。このあたりが引き際かと考えるようになったのは、あの子と出会ったことがきっかけさ」
 レオーネは、若干の自嘲を感じさせる語り口で、力なく笑った。だが、続く彼女の言葉は、一転して暗く、淀んでいた。
「あの子は強い。国造りの英雄やおとぎ話の勇者、いや、それ以上かもしれない。だったらミルファーンは安泰? いいえ、違う。あれは、この世で平凡な民と共に生きるには、人としての何かが欠けている、本質が違い過ぎる……。だから《化け物》なんだよ」
 レオーネはルキアンに歩み寄り、左右の手で、彼の肩をしっかり掴んだ。その感覚に、ルキアンはなぜか師のカルバのことを想い出す。もはや記憶していないはずの、ワールトーアの礼拝堂での出来事を。そんなルキアンのことなど気にする様子もなく、老婦人は長い独り言のようにいう。
「昔、ミルファーンの王族に一人の娘が生まれた。当時はまだ適切な世継ぎの無かった国王は、ひとまず安堵して喜んだ。ところが、その姫は美しく成長するも、次第に理解し難い面を露わにしていった。彼女は狩りに異様な執着をもち、野獣どころか巨大な魔物にさえも、嬉々として、執拗に、手槍一本で襲いかかった。顔も体も獲物の血まみれになって、周囲が寒気を催すような恍惚の表情を浮かべて……。そうかと思えば、お気に入りの女官たちの血を、特に美しい生娘の血を好んで差し出させ、夜な夜なすすっているという噂も出始めた」
 ――何で急にそんな変な話を。いや、それって、まさかあの人の……。
 「姫」という言葉にルキアンは反応する。シェフィーアのまとった飄々として得体の知れない雰囲気の中に、ときおり近寄り難いほどの気品も感じられたことは、その王家の血筋ゆえであるとすれば合点がいく。
 ――だけど、まるで戦闘狂や、吸血鬼みたいじゃないか。
 ルキアンが心の中で驚いたことを読み取ったかのように、レオーネが頷いた。
「いや、それどころか、あの様子じゃ、実際に人の命さえ奪っていたかもしれない。機装騎士として戦場で敵を倒した結果ではなく、ただの人殺しとして、自らの快楽のためだけに。いや、それだけは無かっただろうと思いたいが、どうだかね」
 信じ難い内容であったにせよ、レオーネの話が概ね真実であることは彼女の目が確かに語っている。ルキアンの方も、彼女の言ったことを何故か否定できなかった。目を見開いたまま何も言えなくなったルキアンに、レオーネは口調を若干やわらげ、道を踏み外したお姫様の物語について、その結末を付け加えた。
「やがて王家も、姫の倒錯した姿をもはや隠しきれなくなった。王は仕方なく、彼女をその高貴な血から切り離し、今後、王位継承とは一切かかわりの無い存在として、臣下であるデン・フレデリキアの家に、つまりは《灰の旅団》の団長のところに預けた。とても厄介だが無双の切れ味の剣として、勿体ぶって押し付けたんだよ。あの団なら、そんな危ない連中、居たって別に構わないからね」
 レオーネは、諦念を有り有りと浮かべた、それでいて悔しそうな涙をほんのわずか、その目に溜めて、一言ひとこと絞り出すようにルキアンに告げる。
「あんたのような、そんな信じ切った目で、あの子が他人から頼られるなんてね。ねぇ、ルキアン君、あの子のことを、シェフィーアを、頼みます……。あの子には、あれ自身が認めた仲間が必要なんだよ。人らしい暖かな想いを知ることのできるような。それが、できるかどうかは、とても疑わしいけどね。でも、あんたは何かを変える。一目見たときから、そんな気がする」
 レオーネからの思いもよらぬ言葉に、ルキアンは何といってよいのか分からず、恥ずかしそうに下を向いて口ごもっている。
 
「大丈夫、おにいさんならできます!」
 自身は部外者であるといわんばかりに今まで会話に加わっていなかったエレオンが、急に割って入ってきた。そして一言。
「だって、おにいさんは《御子》ですから」
 思わずルキアンは、飲みかけていた茶を口から吹いてしまった。高価な白磁のカップも無意識に手放してしまい、床に落ちていくぎりぎりのところで、彼は慌てて受け止めることができた。だが、手元も膝も床も、水浸しならぬお茶浸しの様相である。
 詳しい事情については理解していないにせよ、ルキアンの突然の動揺があまりにも本気のものだったので、ブレンネルが笑い転げている。いや、笑いの声さえ出ず、苦しそうに腹を抱えているのだが。
「な、な、何を……。エレオン? 《御子》って、君は、なぜそれを。いや、すみません、品の無いことを」
 レオーネに平謝りしつつ、ルキアンは懐からチーフを取り出して、こぼれた茶を拭こうとしている。だが、彼はすっかり上の空で、ただ床をこすり続けながらも、まったく拭き取れていない。
 右往左往するルキアンのことなど意に介さない調子で、エレオンがさらに言った。
「僕は、すべて知っているのです。おにいさん」
 エレオンがいつの間にか隣に座っており、ルキアンとの間で互いの二の腕をすり合わせ、無邪気に頬まで寄せてこようとしている。
 ――エ、エレオン、ちょっと変わった距離感の子だな。近い、近いよ、何これ!?
 ルキアンは、音が出そうなほど首を振って、目を閉じ、エレオンを押し戻した。
 それでもエレオンは笑みを崩さず、逆にルキアンの手首を掴むのだった。
「あ、レオーネ先生、そういえば今日はお客さんが来たので、お魚をまだ獲りに出かけていなかったです。今から二人で川に行ってきます。おにいさんにも手伝ってもらいますね。いいですよね?」
 何とも突飛な話のようだが、その言葉を待っていたかのようにレオーネは即座に答えた。
「あぁ、行っておいで。沢山釣ってきてよ。あたしはブレンネル坊と大事な話があるから。今晩は、久々に賑やかな、立派な食事にしたいね」
「はい、先生。それではご案内しますね。おにい……さん!」
 訳が分からないまま、ルキアンはエレオンに腕を取られて引き立てられていく。ひょっとすると、エレオンはレオーネから捕り手向きの体術でも習っているのだろうか、それともルキアンの頭の中が真っ白になっているだけなのだろうか、いずれにせよルキアンはまったく抵抗できないままに。
 庵から出ていく二人の後ろ姿を見ながら、何度か頷くレオーネ。
 そして、レオーネの横顔とルキアンたちの背中との間で視線を行ったり来たりさせている、怪訝そうな表情のブレンネルであった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( )