■強者にすり寄らず弱者によって立った角栄
週刊ポスト2012年12月21・28日号 2012.12.13
https://www.news-postseven.com/archives/20121213_159689.html?DETAIL
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衆院選投票日を目前に控え、「週刊ポスト」では各界の識者に日本史上最高のリーダーというテーマで緊急アンケートをとった。
経済アナリストで獨協大学教授の森永卓郎氏は、今から約40年前、「今太閤」と呼ばれブームを巻き起こした田中角栄を選んだ理由を語った。
金権政治批判がつきまとった田中角栄元首相ですが、私は、「格差を縮めて、日本の平等主義の原点をつくった政治家」として高く評価しています。
むしろ田中角栄のような政治家がいないことを嘆いているほどです。
田中角栄は29歳で衆院選に初当選し、39歳での郵政相(現総務相)を皮切りに、出世の階段を昇っていきました。
首相に就任したのは、54歳の時です。
田中角栄という政治家は、実は、政治家になって以来、その信念が首尾一貫しているんですね。
それは、年寄りから赤ちゃんまで、等しく幸せな社会をつくる、ということです。
これは出身地の新潟という環境が影響しています。
当時の新潟は雪深く閉ざされ、冬になると一家の大黒柱は都会に出稼ぎに出ました。
当然、家族はバラバラです。
何とか、家族一緒に幸せに暮らせないものか。
そう考えた田中角栄は、全国に高速道路を通したのです。
これによって、全国の物流が完成しました。
著書『日本列島改造論』にはこうあります。
<工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる“地方分散”を推進することにした>
公共事業は、何かと批判される対象ですが、田中角栄は公共事業によるお金のバラマキを目的にしていたわけじゃないんですね。
目線の先には、「地方の福祉」があったのです。
これで、冬の出稼ぎはなくなっていきました。
年金もそうです。
田中内閣の時代に「福祉元年」と銘打って、今まで支払っていない人にも年金を支給するようになりました。
彼のお陰で、今の年金のカタチがある。
政策への批判はありますが、年金のない日本、高速道路のない日本を、想像できませんよね?
だって私たちの生活は、そこに支えられているんですから。
田中角栄がよって立ったのは、「地方」のような、常に社会的弱者でした。
弱者の立場から、すべてを発想したのです。
このあたりが、今の政治家にはない発想です。
橋下徹さんも大都市大阪、石原慎太郎さんも東京、安倍晋三さんも選挙区は山口ですが、生まれも育ちも東京です。
小泉純一郎元首相も野田首相も首都圏の出身。
彼らは、大都市――強者の立場から政治を発想しているんですね。
外交でもそうです。
田中角栄はアメリカという強者にすり寄ろうとせず、例えば日中国交回復など、他の国に目を配りました。
これも平等思想のなせるわざでしょう。
※週刊ポスト2012年12月21・28日号
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強者にすり寄らず弱者によって立った角栄
週刊ポスト2012年12月21・28日号 2012.12.13
https://www.news-postseven.com/archives/20121213_159689.html?DETAIL
■庶民の顔を立てる「天才」だった田中角栄
産経新聞(iRONNA)岩田温
https://www.sankei.com/article/20160618-5WSTDXYMV5LBVDWTNJHPCKSYIA/3/
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田中角栄といえば、金権政治の象徴のような人物で、私はほとんど興味を持てなかった。
積極的に田中角栄から学ぼうという気持ちになれなかったからだ。
そんな私が田中角栄に興味を持ったのは、ある先輩との出会いからだ。
大学生だったか大学院生の頃だったか、判然としないのだが、今から10年ほど前に、静岡県のある勉強会に講師として招かれた。
その講演会で司会を務めていたのが早稲田大学のOBの中小企業の社長だった。
講演会では「岩田先生」と持ち上げてくれたが、二次会では「岩田君」と呼ばれ、色々とお話を伺った。
「中小企業がこの国を支えてるんだ。大企業なんて入れるのは本当にごく少数。中小企業が元気にならなければ、日本は元気にならない」
中小企業の社長の悲哀について語ることが多かったが、その夜、私に厳しい指摘をしてくれたことが心に残ってる。
「岩田君の話は、ほとんど賛成だけど、難しすぎる。憲法、大東亜戦争、保守主義も、普通の人には難しいんだ。『普通の人』っていったときに、岩田君は自分の友達を想定するだろう。それがインテリの悪い癖なんだ。中小企業で働いてるおじさん、パートに出てるおばさんが、普通の人なんだ。大学なんかいってないし、本なんて読まない。新聞も社説を読むのは難しい。それが普通の人なんだ。こういう人たちがほとんどなんだ」
確かに指摘された通りなのだが、それでは学問は成り立たないではないか、と反論すると、先輩は問いかけてきた。
「田中角栄、どう思う?」
私は、正直に、そんなに興味がないと答えると先輩はつづけた。
「そうだろう。だから、まだ未熟なんだ。多くの国民が角さん、角さんと慕う理由を考えたことあるか。まずは、田中角栄について勉強しろ」
先輩の話も一理あると納得する部分もあったし、そこまでいうなら、次回は田中角栄論でも戦わせてやろうと考えて、その日以来、田中角栄に関する本を本格的に読み始めた。
多くの角栄論があったが、一番興味深かったのは、やはり早坂茂三の角栄論だった。
もちろん、側近であった早坂が書くのだから、美化している部分も多いだろうし、負の側面については触れていないものも多いだろう。
だが、私は田中角栄を断罪しようと本を読み始めたのではなく、何故、多くの国民が田中角栄が好きだったのかを考察しようとしていたので、俗にいう「金権政治」の部分に関してはそれほど神経質にならずに読み進めた。
多くの国民が、田中角栄のことを愛したのは、庶民の心、弱者の心を読み解く天才だったからに他ならない。
思想やイデオロギーではなく、庶民の「生活」を重視し、一人一人の顔を立てる天才だった。
早坂の著作から、幾つかの象徴的な逸話を引用しておこう。
まずは、選挙の際に、全国の候補者に現金を配るときの心構えについての指導だ。
「この金は、心して渡せ。ほら、くれてやる。ポン。なんていう気持ちが、お前に露かけらほどもあれば、相手もすぐわかる。それでは百万円の金を渡しても、一銭の値打ちもない。届けるお前が土下座しろ」(『駕籠に乗る人担ぐ人』詳伝社、70頁)
「届けるお前が土下座しろ」
常識では考えられない指導だが、確かに、政治家はプライドが高い。
そうしたプライドの高い政治家に高飛車な態度で金を配れば、面従腹背というような事態になることも予想されよう。
一見突拍子もないような指導だが、田中角栄の指導は恐ろしいまでに具体的だ。
角栄に対する報告の仕方についても早坂に指導している。
「角栄は私に対してオレに言うことがあれば、初めに結論を言えと命じた。そして、理由は三つに限定しろ。それは口で言うな。口で言っても、ほかに仕事が多いから忘れる。メモしろ。便箋用紙一枚に大きめの字で書け。」(『捨てる神に拾う神』詳伝社 57頁)
また、初めて新潟三区の選挙応援に入る際には、次のような指導をしたという。
「ウソをつくな。すぐばれる。気が利いたことを言おうとするな。後が続かない。若い君が本当に思っていることを話せ。自分の言葉で喋りなさい。借りものは駄目だ。大声を出し、汗まみれでやれ。お百姓衆を侮って手抜きをするな。火の玉になることだ。それで他人様が燃えてくれる。小理屈で人間は動かない」(『鈍牛にも角がある』光文社、145頁)
「小理屈で人間は動かない」。
人間を動かすのは理性ではなく、情熱であり、飾らない姿勢だということだろう。
つくづく思うのは、田中角栄という人物は「世知」に長けた人物であったということだ。
全てが計算されているが、その計算は、「普通の人」を大切にしようとする温かさから生まれた計算で、決して冷たい計算ではない。
愛情と知性というものが、必ずしも相反する存在ではないということを証明したのが田中角栄の人心掌握術というものだろう。
日本人、若い人々に対する愛情を感じさせる逸話も紹介しておこう。
ある日、フランスの高級紙『ル・モンド』の極東総局長ロベール・ギランが、角栄と会っている際、自民党の党本部前を「アンポ、反対」の叫び声をあげながら、デモ行進する若者たちがいた。
ロベール・ギランが、角栄に、その若者たちの評価を問うた際、角栄は次のように答えたという。
「彼らは日本の大事な息子たちです。いま、ハシカにかかっているが、間もなく直る。学窓を出て、社会人になり、世帯を持って、子どもができ、父親になれば、世の中が理想や理屈どおりにいかない、それがわかってくる。大学でろくに勉強もせず、マージャンだこを作り、女の子の尻を追いかけ、外車の名前ばかり覚えてくる者に比べて、連中のほうが、はるかにみこみがあります。バカとハサミは使いようである。使うほうさえ、しっかりしていれば、将来、あの学生たちは世の中の役に立つ」(『駕籠に乗る人 担ぐ人』138-139頁)
愛情をもって一人ひとりに気を配りながら、「普通の人」の「生活」を第一にという政策を掲げたのが田中角栄だった。
・岩田温
昭和58(1983)年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。専攻は政治哲学。著作は『逆説の政治哲学』(ベスト新書)、『政治とはなにか』(総和社)、『日本人の歴史哲学』(展転社)、『人種差別から読み解く大東亜戦争』(彩図社)など。
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庶民の顔を立てる「天才」だった田中角栄
産経新聞(iRONNA)岩田温
https://www.sankei.com/article/20160618-5WSTDXYMV5LBVDWTNJHPCKSYIA/3/
■【最後の秘書が語る】田中角栄は、結局何が凄かったのか?
『角栄の「遺言」 「田中軍団」最後の秘書 朝賀昭』(著:中澤雄大)2016.06.07 講談社BOOK倶楽部
https://news.kodansha.co.jp/20160607_b01
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“コンピュータ付きブルドーザー”“今太閤”“金権政治家”“巨悪”“闇将軍”、はては“永田町のカサノバ”までさまざまな異名(あだ名)で呼ばれた田中角栄、戦後最大の政治家として今でもことあるごとに名前がとりざたされています。
彼についての書籍も批判的なもの、肯定的=待望論、評価の見直しを迫るものなど数多く出版されています。
最近でも石原慎太郎の『天才』が話題になりました。
石原慎太郎といえばロッキード事件のあと、金権政治家・田中角栄を批判し青嵐会を立ち上げた一人です。
その人であっても、年月がたって田中角栄の見直しがあったのでしょうか。
その『天才』のもと(参考)になったのがこの本です。
田中角栄の元秘書の話というと、角栄贔屓の話とか政界の裏話が書かれているように思われがちですが、この本はそのようなワイドショー=ゴシップのたぐいではありません。
政治家として、それ以上に人間としてどのように田中角栄が生きてきたかを実にビビッドに描いています。
田中角栄の肉声が聞こえてくるようです。
──オマエと二人三脚でとうとうここまで来たなぁ。(略)大臣には誰だってなれる。党三役はそうはいかない。ましてや、総理総裁はなろうと思ってもなれるものではない。明日車にはねられるかもしれないし、天の味方も必要だ。なりたくないと思ってもならなければならないこともある。──
ポスト佐藤栄作をうけて福田赳夫と総裁の座を争っていた時、角栄が“越山会の女王”とよばれた佐藤昭と交わした言葉です。
ここにあるのは自分の使命と天命の自覚、そしてそれを目指す努力と克己であり、ともに歩むものへの感謝と励ましがあふれています。
この本が一貫して追っているのは田中角栄の“心情”です。
それがどのように現れているのか……、
──私が田中角栄だ。小学校高等科卒業である。諸君は日本中の秀才代表であり、財政金融の専門家ぞろいだ。かくゆう小生は素人だが、トゲのある門松は、諸君よりいささか多くくぐってきている。いささか仕事のコツは心得ているつもりである。私はできることはやる、できないことは約束しない。これから一緒に国家のために仕事をしていくことになるが、お互いが信頼し合うことが大切である。従って今日ただ今から大臣室の扉はいつでも開けておく。事務次官ばかりでなく、今年入省した若手諸君も、誰でも我と思わんものはなんでも言ってきてくれ。上司の許可を取る必要はない。思い切り仕事をしてくれ。しかし責任のすべてはワシが背負う。以上。──
これは大蔵大臣(現財務大臣)就任時に大蔵官僚を前にした着任演説の一節です。
角栄の本領が遺憾なく発揮されています。
人心掌握は文字通り“心”をもって相手の“心”をつかむことなのでしょう。
相手を利用するというせこい了見ではなく、相手の心をつかみ、自ずから力を出すようにさせるということが、実は相手をよく使うことになるということがみてとれます。
と同時に“情の人”という側面を見せることで、相手を引きつけるという角栄の魅力があることがわかります。
これと対極にあった人物が“バルカン政治家”と呼ばれた三木武夫でした。
三木元首相はどのような政治家だったのか。
あとがきで安倍晋三首相との類似性に触れてこう語っています。
──使っちゃいけない最高権力者の“クスリ”を三木が使い、安倍も使った。三権の上を行く最高権力者の意志でどうにでもなるんだと。ある意味、まやかしをやったんだよ。──
三木武夫はロッキード事件で「政権延命」のために「日本の刑事訴訟法にない嘱託尋問という禁じ手」を使って角栄の追い落としをはかり、また安倍総理もまた「政権延命」のために「最高権力者の意志でどうにでもなる」という“クスリ”を使ったのです。
それは政治的な暴走です。
それはともあれ、この本の強い魅力は田中角栄の“心と情”をはっきりと打ち出したところにあると思います。
他の角栄本と一線を画しているところです。
佐藤昭とのこと、その家族に向けられた角栄の“心と情”は胸に迫るものがあります。
佐藤昭へあてた短い“ラブレター”を始め、娘を気づかう親としての角栄の気持ちが胸を打ちます。
もちろんそれだけにとどまらず、角栄が引き上げた政治家、小沢一郎、後藤田正晴たち、秘書たちに対しても、時には政敵にすら“情”をかけてきた姿がこの本ではいたるところに描かれています。
だみ声の裏に、細やかな神経を持っていた希有の政治家でした。
その一方で、政治家の決断の勇も感じさせる人でした。
それまでの佐藤栄作の“待ちの政治”に倦(う)んだ国民に“決断と実行”をとなえる角栄の姿勢は国民にきわめて新鮮に受け止められたのです。
これも角栄ブームを作った一因となりました。
実行された政策は、国内では列島改造、外交では日中国交正常化、独自な“資源外交”と目まぐるしいものでした。
けれど、日本の地方の発展を意図したであろう列島改造は狂乱物価を生み、資源外交はアメリカの強い反発を招いてしまいます。(このアメリカの反発がのちのロッキード事件につながっているという説があります)
読んでいるとふと思います、ブームを巻き起こした1972年7月の総理就任から1974年12月の退陣までの2年半の在任期間のうち角栄の真価が発揮できたのは一体どれくらいあったのだろうかと。
1973年には物価が急上昇し、1974年には『文藝春秋』に「田中角栄研究」「淋しき越山会の女王」が掲載され、反角栄の動きが顕在化するようになりました。
この本の後半は角栄の無念の胸の内、それを支えた佐藤昭たちのことが語られています。
追い打ちをかけるように現れたロッキード事件……。
無罪判決を勝ち取るべく奮闘する角栄ファミリー。
そしてお膝元の田中派内部での二階堂進擁立騒動、さらには竹下登(もはやDAIGOのおじいちゃんと言ったほうがわかりやすいかもしれません)の造反劇と追い詰められた角栄は後退戦を戦う中、病に倒れます。
田中ファミリーもその終焉へと向かっていきます。
岸信介、池田勇人、福田赳夫、三木武夫、大平正芳、中曽根康弘、宮沢喜一、竹下登、小沢一郎、羽田孜等々多くの政治家がこの本に登場しますが、その誰もが角栄とのスケールの差を感じさせます。
それは決して朝賀さんの身びいきではないと思います。
その解く鍵は、やはり佐藤昭、その娘に向けられた角栄のあまりにも人間的すぎる情愛にあるのではないかと思います。
政治家であると同様に人であろうとし、故郷への思いを忘れずに政治家となった原点を失っていなかった、そう思える個所がこの本のいたるところにあります。
こんな言葉が残っています。
──経済成長があまりに高いときには、力のあるものがますます伸び、格差が拡大する傾向にあり、逆に景気が後退するときには、これまた優勝劣敗が顕著に現れ、格差が拡大するものであります。──
1962年の代表質問での言葉です。
高度成長期のまっただ中でこの見識を有していた政治家はほかにはいませんでした。
田中角栄が戦後最大の政治家と目されるゆえんです。
その等身大の姿を知るうえでも今読まれるべきものだと思います。
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【最後の秘書が語る】田中角栄は、結局何が凄かったのか?
『角栄の「遺言」 「田中軍団」最後の秘書 朝賀昭』(著:中澤雄大)2016.06.07 講談社BOOK倶楽部
https://news.kodansha.co.jp/20160607_b01
■東京地検とは?
・特別捜査部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%8D%9C%E6%9F%BB%E9%83%A8
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【東京地方検察庁特別捜査部】通称「東京地検特捜部」。
東京地検特捜部が連合国軍による占領下で、旧日本軍が貯蔵していた隠退蔵物資を摘発してGHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」としてスタートした経緯や特捜部エリートに駐米大使館の一等書記官経験者が多いことから、「アメリカの影響を受けている」とする見方がある。
また、捜査対象が歴史的に木曜クラブの流れを汲む平成研究会系列(田中派―竹下(登)派―小渕派―橋本派―津島派―額賀派―竹下(亘)派―茂木派)の政治家に集中する一方で、党風刷新連盟を興りとする清和政策研究会系列(福田派―安倍(晋太郎)派―森派―町村派―細田派―安倍(晋三)派)の政治家は多くが免れていることから、「捜査対象が偏っているのではないか?」という主張がある。
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特別捜査部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%8D%9C%E6%9F%BB%E9%83%A8
■CIAに支配され続けた日本政治の基本構造
「摘発される人・されない人」
植草一秀(2010年1月21日)
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/cia-a85b.html
■孫崎享。戦後史の正体。東京地検特捜部とCIAの工作。小林興起。
孫崎享氏と小林興起氏のトーク
youtube
https://www.youtube.com/watch?v=3zTtb1pe8-4
■なぜ日本は壊れていったのか…「ロッキード・リクルート事件」の真相
現代ビジネス(講談社)2021.03.23
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81104
■冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相
「この事件には陰謀が絡まっている。底が深すぎるし、奇々怪々だ」
産経ニュース 2016/7/25 石井一
https://www.sankei.com/premium/news/160723/prm1607230016-n1.html
■安倍晋三首相が愛してやまない祖父、岸信介がA級戦犯を逃れるため米国と交わした裏取引きが!
「岸がアメリカから言われた最大のミッション」「アメリカの資金でつくられた首相」
exciteニュース 2015年8月17日 野尻民夫
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_1400/
■「アメリカによる支配」はなぜつづくのか?
原因は、安倍元首相祖父の岸信介がアメリカと結んだ3つの密約にあった!
PR TIMES 2018年12月26日 株式会社旭屋書店 矢部宏治
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000105.000013301.html
■「田中角栄に今の日本を任せたい」
角川SSC新書 (角川新書)大下英治
2011年11月10日
https://www.kadokawa.co.jp/product/201105000506/