<前回のつづき>
[1-12] 日本と有色人種 P147 【新 親日派のための弁明】 第1部 目覚めるアジア tag :日露戦争
16世紀以降ヨーロッパの白人たちは全世界を侵略し自分たちの植民地とした。20世紀初めになると白人統治地域は地球上の90%以上におよんだ。ヨーロッパ地域の植民地ではない地域は中国と日本、タイ、エチオピア程度に過ぎない状態だった。この時期に白人たちが持っていた人種的優越感は現在では想像もつかないほどの確固たるものであった。白人は世界各地を手当たり次第に侵略し植民地ではない地域の運命を破壊し有色人種たちを抹殺した。
ヨーロッパ人たちは有色人種を殺害し奴隷にしこき使いながら何の罪の意識も感じていなかったし多くの場合原住民に対する殺害行為は殺人として扱われなかった。この時期にヨーロッパ人たちは良心の呵責を避けるため「有色人種」という概念を作り出し自分たちと同じ人間であるとは考えようとしなかった。彼らは有色人種を動物と人間の中間程度の存在であると考え各地の未開な原住民にキリスト教を伝え人間として教化することが自分たちに与えられた使命だと思っていた。
帝国主義時代のヨーロッパ人たちはアフリカ、アジア、アメリカ大陸の有色人種たちに比べはるかに優越した武器と国家力、学問と芸術が発達した状態であったので有色人種たちは白人たちの侵略に対して抵抗できなかった。このとき、ヨーロッパ人たちがアフリカ黒人とアメリカインディアン、アジアの黄色人種に対する態度を見れば有色人種であっても皮膚の色の黒さに応じて差を設けて対処したようだ。すなはちアフリカの黒人たちに対しては何の罪責感もなしに家畜のように飼育しこき使い殺しもしたが皮膚の色が白により近い東アジア黄色人種に対しては黒人たちのようには対応しなかった。ともかくこの時期の有色人種の運命とはほとんど似かよったものであり、神は人間を白人と彼らの奴隷である有色人種の二種類に分けていたようだ。
1904年日本が戦争を通じてユーラシア大陸の覇者であるロシア帝国に勝利した歴史的意味を評価するためには当時のこのような時代背景を理解する必要がある。この戦争は確かに日本という国家が世界の列強クラブに正会員として受け入れられる契機になったものである。有色人種が圧倒的な白人国家を相手にした戦争で成し遂げた最初の勝利であるという点からして少なからぬ意味を持った。
日露戦争と以後の日本の急速な成長と急浮上によりヨーロッパ人たちが持っていた有色人種に対するすべての固定観念は根元から揺さぶられた。このような点から見ると1904年を契機としてアジアアフリカには新たな黎明が輝いたというのは決して誇張された話だとは言えない。日本によって有色人種世界では新しい歴史が開いたのだ。
ハンチントンというアメリカの学者は1993年夏 'Foreign Affairs' という雑誌に載った「文明の衝突?」という論文ひとつで一躍世界的スターになった。このころ日系米人学者の福山は「歴史の証言」という著書を通じ冷戦以降の世界には西欧の価値が普遍化するだろうと予見したのである。ハンチントンは福山の西欧中心説にかえ8個の互いに異なる文明圏が衝突しながら西欧の影響力は日ごと縮小するだろうと異論を唱えていた。
ハンチントンの8個の文明圏は西ヨーロッパとスラブ、イスラム、アフリカ、あ天アメリカ、インド、中国、日本文明圏をいう。おもに宗教と人種によって分類されたのではあるが、同じ白人地域でキリスト教を信じる西ヨーロッパとギリシャ正教を信じるスラブ地域、カトリックを信じる西ヨーカトリックを信じつつスペイン語を話すラテンアメリカは信じつつスペイン語を話すラテンアメリカはさほど大きな違いがあるようには思えない。さらに中国と東南アジア、朝鮮半島、日本の黄色人種地域は一つの文明圏だとみてもいいようだ。
<つづく>