か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

中韓人 中韓製品

2021年02月13日 | 技術

ジッパーの開閉タグがちぎれた。径2㎜の銅線で工夫した。どのジッパーも日本製ならロック機構が組み込まれていて、タグを下に引っ張らない限りずるずる開くことのないようにロックがかかっている。

タグを下に引くとロックが解除され、ジッパーは開く。この仕組みはほとんど完成形に近い。

機械は単純になって完成する。複雑化はその場しのぎのまやかしだ。

 

 

単純複雑を問わず機械は人間のためにある。人間が優先であり人を不幸にする機械はいらない。決して機械と共存してはいけない。機械はしもべである。

 

機械は本来的に人間のための黒子に徹しなければならない。

 

その点このジッパーのロック機構はその存在をアピールすることなくその機能を立派に果たしている。

中国製ジッパーだが、最初の発想は日本だ。だが真似事であっても、あるいは技術移転であっても作れるようになったことは素晴らしい。

 

 

 

日本の自動車はその仕組みにおいて日本人の名前があることはほとんどない。自動車の仕組みには西洋人の名前があふれている。

日本に限らず工業化とはコピー製品の量産技術を指してきた。

 

いま、量産小型車の世界において日本車は圧倒的にリードしている。

 

現実には中韓製品はお粗末、コピーすらできていないがらくたがおおい。

きょうamazonから、ボコボコのアルコンが送ってきた。QCなんて段階の話ではない。商道徳の基本がなってないのだ。

 

↓右が僕の自作アルコン、左が中華。

右。 ビールの空き缶を利用しさらに強度を増すように工夫したもの。やけど防止のマスキングテープ。芸が細かくはるかに完成度が高い。made in japanというか、made by karaken。

左。 この後踏みつぶした。返品する価値もない。中国製造。

 

 

我ながら素晴らしい性能の自作品。かつ、美しい。既製品のほうが頑丈だというのがいた。比較のため一つ買ってみたが、中国のマニファクチャリングは比較の段階ではない。

 

ところが、まさにこここそ頭の使いどころ。

中華お粗末は確かに現実だが、ずっと将来まで現実ではありえない。

 

 

僕は韓国の教育機関で教えてずっと恐ろしさを感じ続けていた。廊下に並んで質問する学生など日本ではありえない。零下10度の校庭で執拗に食い下がり質問する生徒は絶対にいない。

目が違うのだ。学校の勉強すらまともにできていない日本のネトウヨは、脳の引き出しが少ないので一つの解法にこだわることが多い。日本製が素晴らしいとなぜか自分がすぐれていると思い込む。なんという能天気だ。

 

自分の学校の成績を思い出せ。

 

あ、その前に理系でありながら因数分解ができない。

 

日本が高度成長をして世界に冠たるmade in japanを生み出したのに、中韓にそれができないとほざく馬鹿が後を絶たないのはなぜだろう。

 

韓国製品しかり。韓国にいたころミレニアムの祝典で記念にタオルをもらった。ひょっこり押し入れの奥から出てきたのでキャンプのメスティンでも包もうとしたが、洗うと絵の具を溶いたように色がにじんだ。一緒に洗った洗濯機の中身がみなくすんだ色になった。

ところがそれから20年後、今や韓国では、5G,4Kは当然でそんな言葉自体話題にもならない。

 

ぼくには世界一のスマホ代、電気代、交通料金・・・を払う国には工業力のファンダメンタルズが欠如していると思える。工場やりにくいだろ?電気代いくらなんだよ?

高速道路が有料でしかも高い。車検代は韓国の20倍だ。こんな国で流通が円滑に行われるだろうか。遅く固まるスマホ。そのくせ不満を言わない従順な国民に誰がえさを与えよう。

 

それでも日本万歳を叫び続けるのは頭が悪いからだ。置き換えて考えることができない。日本がそうであったように中韓もスタートは真似事から。

 

そのうち真似事段階は乗り越える。

 

成り行きやしがらみ、ことなかれ、前例セクト主義、規格の世界標準化を経費と考える視野の狭さ。貧弱な基礎研究体制。乱立しただ遊び惚けるうんこ大学・・・に対し、

 

一方で、どこまでもハングリーに食いついて向上心にあふれる技術者の卵たち。能力さえあれば一流理系はタダだ。

 

カネコネ、有名人があほ文系に押し寄せる日本に何のイノベーションを期待できようか。Japan vaccineはどうなった。

 

ぼくは韓国の図書館で「どうして俺はこれがわからないんだ」と涙を流し問題に取り組む学生を見た。

 

今年購買力平価による一人当たり国民所得は韓国が日本を追い越す。東大はアジアで30位の大学に転落した。

針の先のようなごく一部の学生たち同士は、国による差がない。が、そのうち雲霞のごとく優れた学生が日本に押し寄せる。既得権に胡坐をかくぐうたら養成所日本列島に明日はない。

 

ぼくは日本の学生たちの濁った眼とあほ面と低能に絶望する。


包接水和物(ほうせつすいわぶつ)

2017年05月05日 | 技術

画像はWiki

 

ハイドレート(hydrate)というものがあることは、戦前から知られていた。水のシャボン玉のなかにメタンガスが閉じ込められていると考えて差し支えない。

一定の水圧と温度と材料たる水とガスがそろうと、メタンは水分子に囲まれてじっとそのシャボンの中でおとなしくしている。

これを取り出して利用しようという考えがあり、一見よさそうだ。

メタン(methane) 正四面体

科学者、技術者は一流にならない限り、本来人間として持つべき常識や教養を犠牲にして、すべての能力を研究に注がないとついていけない激しい競争の中にいる。

ものにならない研究でも予算が取れそうなものが優先され、地味な基礎研究は、はやらない。

研究がさほど細分化される前は、そういうウソ研究は見抜かれていたが文科省のアホな審査、忙殺される財務省の下ではいわゆる派手さがないと相手にされない。さらには、東大か、京都か、クローンか、リニアコライダーか、宇宙か、環境か、資源か・・・ ま、やっと原子力は日陰になったけど。

百年の大計はそこにはなく、目立つかどうかでカネが決まる。

メタンハイドレートには500億が消えた。

金額の絶対額の問題ではなく、カネを捨てたことが問題だ。環境だ、資源だとうるさい時世では、日本に無限の資源があるかも、という話は日の目を見にくい。

そういううさん臭いのに乗っかって国民は痛い目に会ってきた。

CO2の数十倍の温室効果があるメタンをそのまま放出せずにCO2にして、すなはち燃焼させて、すなはち産業に利用して、地球を守ろう。とか言ったバカの叫びが聞こえる。

CO2の温室効果自体は確かだが、その定量的数値は確定していない。メタンより大きいという説もある。100年の技術の蓄積がある海底油田ですらせいぜい海面から1000メートル。メタンが掘れるはずない。どこにあるのか分かってないのになぜか国は埋蔵量が分かるという。

しかも、かかわりたい一心で埋蔵量を大目に算定する。なあ、国土交通省。そんなの得意だろ。

原子力船「むつ」。文科省の空想「もんじゅ」。それぞれ2兆円を捨てた。

科学は何が出るかわからないパンドラの箱を開ける行為だ。だからといって決して消極的になるのを進めるのではない。むしろ、たじろいではいけない。しかし、絶対何も出ないこと、何も起こらない価値のないものに金を捨ててもいけないのだ。サイコロを振り続けて7の目を出そうとしてきた

例えばリニアコライダー。これは完成するまでには2兆円かかる。しかも何が出るかわからず、仮にすごいことが分かったとしても、低能たちには興味もわかない宇宙の起源のホンの一端が分かるに過ぎない。

しかし核融合に道を開くかも知れない。5年かかってデーターを集めていたのが一週間でできる。計算の精度が二けたも上がる。これらは確かに可能性の話だがほぼ実現性のある可能性だ。

これはとても安い2兆円なのである。そこらの野蛮国は日本に不法入国・就労するのが精いっぱいだ。そんな下品な国を出し抜いてほしいものだ。

世界の笑いもの「むつ」を意地で続け、文科省の高給失対事業「もんじゅ」を惰性で続けた醜態はもう見たくない。

100年前、石炭液化ができてアメリカのような資源国になるため満州進出するんだと文科省は叫んでいた。その石炭液化は明日にも可能だと言いつつ、100年たってもできてないぞ。

 

 

 

 

 

 


庸箕(とうみ)

2016年08月03日 | 技術

 

文字通り、唐から伝わったものだ。機能は後述するとして、大事なことは機能ではなく、これは何かとじいちゃんに聞いてみてほしい。

百姓なら知らない人はいない。1000年間使われた木製の農業用具。僕のムラではこれをもっている人はあまりいなく、大勢はカネを払って借りていた。

赤いハンドルを回すと木箱の中には団扇のでかいのが入っていて風を起こす。上から籾殻とか藁クズが混ざった籾を入れると、風の勢いで不要なものは飛ばされ籾が下の出口から出てくる。

米とその他の選別機だ。いまや、どこの農家も処分に困っていて、歴史資料館まがいが出来ると、このときとばかり寄付をし、資料館は木製農機具であふれた。

僕はこの唐箕の裏側にまわり、面白いものを発見した。「サトウ式」と朝鮮語で書いてあった。島根県で出来たようでおそらく一部は米子から輸出されていたに違いない。

悪い日本、犠牲になる韓国、戦争に韓国を利用する日本、・・・と物事を単純化できたら学問はいらない。ある会合に出たらこんなババアが多く、僕は誰のためにかの地で孤軍奮闘したのだろうと思うと情けない。

半島では政府の手先だと弾劾され、こちらでは幻の悪玉日本説が横行する。

1910、併合が完成する。勝った勝ったロシアに勝った、と、チンピラ右翼の感情論も日本の邪魔だ。

たしかに総督府は上層部にいくにしたがって、日本人の意見しか通らないような仕組みになっていた。一番わかりやすい例が、朝鮮人が総督になったか、ということだ。

ただ、現象というものは、例外に例外を重ねて混沌としていく。その中で本質を探し出すのが歴史の面白みであり、ヒステリーにはヒストリーが分からない。

たとえば、例外の例外。朝鮮人でも帝国の国会議員になった人が数名いる。軍で言えば陸軍中将まで昇進した人がいる。利用するだけならこんなことはしない。

1000年前の農機具を使い、2000年前の炊事道具でめしを炊き、小作料が払えず娘は売られていく。そんな日本の実情を無視して従軍慰安婦問題を捏造してはならない。借金のカタに女衒がさらっていった娘はおよそ帝国の旗が立つところではどこにでもいた。

「からさお」これでWW2の食糧を生産した

 

国民は金属をよく知らなかった。自転車も無い冷蔵庫も無い。風呂釜が金属か、めし釜が金属か。ちがう。それはiron。日本人 は、ironとsteelの区別すら出来ない原始人だった。

ラジオも自転車も金持ちの家だけに一台。そんな国が、高校生がクルマでポニーテールを乗せて学校に行く国と戦争をした。

 

 

 

 

 


波斯絨毯(Persia carpet)

2015年09月18日 | 技術

 

日本のどこにでもある寒村のひとつに過ぎなかった村。福岡県、飯塚。ここは石炭とともに栄え石炭とともに滅んだ。長崎にある世界遺産の軍艦島、それに比すればこの町はまさに陸の軍艦島だ。

街が栄えればその活気はあらゆる産業に波及する。炭塵で真っ黒になりながら炭鉱夫は炭を掘った。そしてその炭鉱夫は、日本中、朝鮮からも台湾からも中国本土からも集まった。

ここで昔の社会党、あるいは今の共産党は大きなウソをつき国民をだます。

炭鉱夫は気絶するほどの高給取りだった。炭鉱住宅(炭住)は家賃はもちろん電気もガスも石炭も風呂もタダだった。インチキサヨクは、仕事に関しても誤ったイメージを流布した。

鶴嘴(つるはし)で掘るのは明治時代の話だ。昭和初期から機械掘りのみである。

こんな街に流れ者が集まらないわけはない。「花と龍」の世界だ。高倉健さんの家も近い。一晩で給料をすべて使う、すなはち、宵越しのカネは持たない。これは筑豊のヤマ(鉱山)の男の流儀だ。

ここに君臨したのが麻生家だ。百姓は麻生の車を見ると土下座したとの伝説がある。きっと助手席には、お坊ちゃま麻生太郎がいたはずだ。

つまり、上から下までチンピラなのだ。食いっぱぐれ、流れ者、借金取りに追われる者。運と才覚と度胸のあるものは財閥と呼ばれ、争って皇室と姻戚関係を持とうとした。

今は石炭の火が消えたとはいえその気質は残っている。暴力はすべてを解決する。この地方の真理である。

僕は飯塚が好きだ。ところが、すべての人にとって居心地のよいところではない。しつこくうごめく偽物人道主義、よいこのフリをした偽物人格者。そんな奴らは飯塚に来てみろ。5分で死ぬぞ。

 

こちらでは川筋気質と呼ばれる。高倉健の世界は、かっこよさの真髄だ。デレデレ細やかな気配りで母親化した父親は飯塚には一人もいない。「せからしか。表に出んか。(めんどくさい。表に出ろ)」

大事なことはそれが今も残っていることだ。人は去っても気風は残る。

 

 

その飯塚で絨(毯)宝展があった。carpet と Jewelry。ヤマの男たちはケンカばかりしていたのではない。最初は無知蒙昧であろうと、知らずと学習していく。見栄を張った散財であろうと「よいものを見分ける力」は着実に育った。そして、そのよいものが飯塚に集まるルートが定着し、今もある。

 

 

飯塚音楽祭を見よ。「ひよこ」のお菓子、伝統のさかえ屋、・・・福岡は150万も人がいてみるべき料亭はない。15万に減った飯塚の人口だが、世界レベルのものがいくつもある。それは、たとえば、音楽祭。音楽がいかに人を豊かにするか知っている人達が、福岡市より多いことを意味している。

 

 

イランは豊かな国だ。ガソリン1リットルが1円の国だ。経済封鎖で呻吟していることはない。スタンドプレーの同情は犯罪である。

5歳から50歳まで女たちは絨毯をつむぐ。10時間/日。よそ者が偉そうに判断してはならぬ。児童労働、幼児労働であっても。児童労働が禁止されたらその一家は餓死する。

少女が部族の衣装を着て、会場でデモンストレーションとして絨毯を編んでいた。

「将来は何になりたいですか。」

「このままが一番いいです。」

 

 

 

 


キャンバー角と列車車輪幅の関係をはっきりさせようじゃないか。

2014年11月10日 | 技術

まずタイヤのキャンバー角から。

上の車のタイヤが写っている写真。前輪の左タイヤを車の正面から見た場合と考えてほしい。写真左は通常の走行をする場合だ。つまりタイヤは少し外側に傾いて取り付けられている。

屁理屈好きは、レースカーは、とか戦車は、とか装甲車は、とか言うが、最初に「通常の」と書いた。

で、外側に傾いている(プラスキャンバー)のが、車の走行にとってきわめて重要な鍵を握っていることを言いたい。しかし、こんなことだったら一部のバカを除いて誰でも知っていることだ。

問題はカーブを切ったとき、(この場合、この車は、運転手からして右に曲がると考えよう)この左タイヤは車に押されてガッシリ車に食い込もうとする。

つまりタイヤが外れる可能性が下がるのだ。写真左のアホ車のタイヤはどうだろう。今は早々簡単にタイヤは外れないから、マイナスキャンバーでもいいだろうというのがいるが、バカを誇示したいならどうぞ。ただし何の利点もないぞ。

もっと重要な点はこれだ。2台のスケボーにそれぞれ右足左足を乗せて坂をゆっくり下る。わずかに内股にしたときと、わずかに蟹股にしたときと、方向転換のしやすさはどっちに分(ぶ)があるかな。

これは実際やったらいけない。いずれの場合もコケる。

こたえは蟹股だろ。プラス(Positiveともいう)キャンバーはステアリングに負担をかけないのだ。だから、わずかのパワーでハンドルを回せるので、逆に言うと路面の状態をハンドルを通して運転手にリアルに伝える。

強引にオイルやモーターを回し舵を切っていくのはあまり美しくない。

ところで車軸。車輪。

車輪がレールと接するところの断面は、車輪の外側に向かってカーブを切ってある。外側がわずかに細くなる。

今、レールの上にドラム缶を乗せて転がしたと想像しよう。直線はいいがカーブにさしかかるとドラム缶はまっすぐ転がって脱線する。

ところがここにウィスキーの樽(たる)を乗せたとしよう。遠心力で樽は外側に押される。カーブの外側に接する部分は先ほどの遠心力により樽のより中心付近のおおきく膨らんだ部分が接する。つまり同じ回転数でも長い距離を走る。

内側はその逆。車軸は大きな樽の曲線を切り取って、左右の車輪に使っている。

カーブに勾配をつけて回る方法もとられている。しかしこれでは左右の車輪の回転数の差までは解消できない。車軸は通常ダイレクトに連接している。

材質がよくなったからとか、道路がよくなったからとか、タイヤがよくなったからとか・・・どんなにグダグダ抜かしても、矛盾や不具合を力ずくで押さえつける機械は美しくない。

先人の絶妙な工夫に敬意を払うべきだ。



 

 


 


宇宙船の中でも日記を書こう

2014年11月01日 | 技術

小さいころ、じいちゃんが教えてくれた。ボールペンというのはペン先のボールを伝ってインクが紙につくのではない。それなら書かないときでもインクは出つづけ、紙はインクでベトベトになるだろう。

ペン先を持ち上げ紙から離すとボールはわずかに前進しカシメられたノズルに密着する、それが弁として機能しインクを止める。

機械とは、より単純に、しかもより多機能に、という要求をつねに受けている。この矛盾する要求に応えていくのが技術者の使命だ。じいちゃんは続けて、

再び紙の上に書き始めるとき、ボールは回転し、その回転によりインクを紙に運ぶ。

Bicボールペンは弾丸の先につけて撃ち込んでもまだ字が書ける。CMでそれを見た僕らは実験した。当時は、火薬銃ぐらい誰でも作る能力があった。ブロックに撃ち込まれたBicをほじりだし、“Bic”と書いたときは、CMに出演している気分だった。

じつにすばらしいこのボールペンにも欠点があった。

天井にはかけない。インクが重力によって下がり、ボールのインク側が負圧になりボールは回転しても肝心のインクがつかない。

壁に書くときも同様だ。僕は仕事をしていたときはノートを立てて、それに書きながら説明することもあったので困ったことがある。

NASAはこれを解決するため膨大な予算をかけた。初期の宇宙船には日記をかけるほどのメモリーの余裕はない。とりわけプライバシーという権利意識の強いアメリカ人は、privateな空間を欲した。

苦心惨憺どこにでもかけるボールペンができた。今、「パワータンク」として市販されているものと同一の機能だ。ぼくは愛用している。

話はここからだ。僕の話はいつも後半の1/5からが重要で面白い。

NASAは本当の目的を忘れていた。ペンがどの角度であっても書ける。これが目的であった。

当時世界の金の4/5を持っていたアメ公は、すべてカネで買えると信じ、すべてカネで解決できると信じた。USAに出来ないことはない、と。

愚か者。金や権力では手にいらないことがある。むしろそれら汚いものを凌駕する能力を人は持っている。発想力だ。

バイコヌールのソ連人は大笑いをした。

鉛筆を使えよ。

 

 

 

 

 


山崎金属工業株式会社

2014年10月15日 | 技術

ナイフ・フォークを中心にCutlery(カトラリー、食卓用の金物類)を作ってきた会社だ。伊勢神宮式年遷宮を奉祝して奉納された「瑞音」というカトラリーは世界最高だと思う。

ノーベル賞の授賞式がまもなくある。小学生の作文を書く村上春樹が選ばれなくて、胸をなでおろしている。

授賞式のあとは会食だ。むしゃむしゃ、ガチャガチャの汚い音はまったくしない。佐賀県のファミレスは、席ががら空きでも造船工場の中にいるようだ。

受賞者たちが使うカトラリーは、本場ヨーロッパのものではなくこの山崎金属工業株式会社製のカトラリーだ。日本の田舎、新潟県のさらに田舎の燕市のはずれに、この会社はある。赤坂離宮の食事にもここの製品を使うことがある。

銀を磨くだけ磨いて輝きを出したようだ。18-8もここまで美しくなるのか。絶妙なカーブをカットできる人がまだ日本にはいたのか。スプーンの中にもうひとつの世界があるようだ。

100年近く前、この山崎が見よう見まねでカトラリーセットを造った。製品のレベルは欧米にとおく及ばないが一生懸命作った。

人口のほとんどが農民であった頃、その農民たちは木を彫って器にし竹を削って箸にした。山崎が食事用ナイフを作ったのはそのときだ。

このごろは、中華ナイフが100円Shopで売られている。スパーンと打ち抜いただけの非人間的給餌補助具。バリ(型抜きをしたときの材料の尖り)を取ってない、重心がこれでもかというほど悪い、全体に軽い、小さい、押さえる人差し指が痛い、押さえると曲がる、柄がほそい。

どんなに100年前で、国民がナイフフォークを知らない時代であろうとも、山崎には信念があった。

「いまにみていろ」

中華ナイフは今から100年たっても100円Shopにそのままあるだろう。バリで人のくちびるをチクッとさせ続ける。

考え抜かれたデザインと実用性。僕は山崎に惚れ込んでいる。刃にギザギザをつけ、スジばかりの安売り輸入肉を切りやすくした類のものではない。機能美は手抜きした中華のものには宿らない。

山崎は、あと100年たとうと僕の家にあるだろう。

写真、握り手の模様に注目してほしい。どう見てもモスクにある細密画の一片だ。

ここまで読む人はかなり教養のある人だ。たいていひがんで止めている。カトラリーには、アラベスク、もう少し言うと細密画(ミニアチュール)の雰囲気を感じることができる。

実はポイントはここからにある。15世紀までヨーロッパは、手掴みで食事をしていた。食事は冷えていることが多く、感染症(とくにペスト、黒死病)が蔓延し人口は下降線をたどった。風呂に入らないから香水が発達したのだ。パリにすら下水はなく汚物は窓から捨てた。

戦と疫病で絶滅の危機にあったヨーロッパは、死中活を求める気持ちでバグダッドの先進衛生知識、医療技術、を求めた。

何とそのころまでヨーロッパには麻酔がなかったのだ。消毒の概念も。つまり、兵士の治療とは切断のみだった。せいぜいあったのは病人を囲んで祈ること。それがまた感染を広めた。

こうして、世界の半分、バグダッドに留学したヨーロッパの医者が持ち帰った手術道具、食事道具が広まり、人々は、つかみ食い、犬食いの必要がなくなった。カトラリー。アラビアがヨーロッパにナイフフォークをもたらして、感染症は激減した。それからまだ500年も経っていないのだ。

よくみると、「メス」や「セッシ」、「鉗子(カンシ)」はアラビアンカーブをしている。

今日、遅れたアラブが石油の金で盗賊集団を作ったと考えるのは低脳だ。

関連情報URL : http://yamacoltd.jp/
 
 
 
 
 
 

テスターのない電機屋

2014年09月18日 | 技術

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家電量販トップ、ヤマダ電機の新任フロア長だったAさん(仮名、当時23歳)が2007年9月、昇進から約1カ月後に過労自殺した問題をめぐり昨年末、損害賠償などの支払いを求める遺族が会社を訴え、前橋地裁高崎支部で係属〔争?〕中だ(8月10日付当サイト記事『ヤマダ電機、過労自殺社員の遺族が提訴 週間残業47時間、精神障害を発症か』)。責任を認めないヤマダ電機は全面的に争う姿勢。
           (Business Journal 8月25日(月)6時0分配信 一部略、〔 〕内はからけん記す)

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会社には開発、生産、流通、販売を問わず匂いというものがある。で、その匂いが悪かった場合、ほどなくその会社は滅びる。NHKはせっせと飲み屋チェーン会社の社長を持ち上げて理想の経営者とたたえた。だが理性的な嗅覚を持っていたら、最初っからその異様な匂いに気がついたはずだ。

ヤマダも週47時間の残業をさせたことは認めつつ過労死は否定している。

葬式で従業員たちが号泣したことに良く現れている。従業員は、明日はわが身であることを感じ取っていたのだ。それは従業員、出入り業者、客の態度、表情を通じていわゆる会社の匂いを作る。

マクドナルドの引きつった、追い込まれた、作り笑顔から出る大声はごめんだ。が、世の中はバカをはした金で使うセコい所ばかりではない。会社に入ったとたん、従業員の笑顔や数人で駆け寄ってくれ、あったかい雰囲気で迎えてくれるところがありそこは、必ず栄える。

科学的根拠はないが、不思議と、どこかにトラブルを抱える会社には、運が向かない。

近所のヤマダに行った。どこかのおっさんが怒っていた。電球がほしいのだが、家の電球が切れているかどうか分からないので持ってきていた。

すまんがテスターで測ってくれ、とおじさん。テスターとは何ですか、と店員。さらに重ねて、当店にはテスターとかありません、とぬかした。

まあ、ここでキレなかったら神だな。

これもその電気屋の匂いのひとつだ。



 


SAGA Light Sourse

2014年05月04日 | 技術

僕が大好きな「見学」に行った。今回は研究所だ。こういう異なる分野の見学に行くことは頭の鍛錬になる。

ネット、ネット。ネットに何でもある。と、言う人もいる。そういう人は深く人生を省察してこなかったため世の中をなめている。本人はそのことに気づいてすらいない。

人はそれほど頭はよくない。現物を見て現場と議論をして推考し計算しまた議論をする。循環小数のような気がめいる作業をこつこつ続けている人たちがいた。

実はまったく期待していなかった。佐賀県が作ったからだ。リニアコライダーを逃したのは悔やまれる。古川知事は何の勝算もなくベルギーまで物見遊山に行き、ついでに佐賀をアピールした。そういう遊び半分では誘致できない。

SAGA  Light  Source は小さい規模だが可能性の大きい施設だ。Synchrotron  Light というのが世に知られている。

シンクロトロン光は、電子加速蓄積リングと呼ばれる加速器 (シンクロトロン) を用いて、電子をできるだけ光速に近い速度まで加速し、強力な電磁石で電子の進行方向を曲げることで発生させる。

このシンクロトロン光は、物質の分析、反応、解析などのための手段として、超微細加工、材料工学、地球科学、生命科学等の幅広い分野の研究に利用されている。

研究所というのはどこもそうだが、一見、だらだらしていて、だべったりジョギングしたり、とにかくサボっているように見える。真実は逆で、そうでもしないことには頭が持たないほど物事を考えているのだ。

小保方論文もそうだ。誰でも本質に関係ないところでは実にいい加減な処理をする。人の資料や写真を借りたりするのは日常だ。バカは自分が分かるところでのみ人を攻撃する。世紀の発見であればあるほど、ポイントになるところは隠蔽する。当たり前だ。

おまいらが青色ダイオードを発見したらそのレシピを明らかにするか。そんな馬鹿にはそもそも発見などできない。何十年の努力の結晶をそこらにちんたら生きる低脳に、なんで無償で贈呈しなくちゃいかんか。

京セラは、朝礼がすんだら持ち場につくまでの時間が惜しいので従業員を走らせた。経営者はどうでもいいことに目を奪われ本質を見落とす。

シンクロトロン光研究センターにはゆったりした時間が流れ頭のいい人たちが働いていた。バカも低脳もいた。だが、それが何だ。バカでない公務員がどこにいるか。ポイントはそこではない。

99匹のはたらかない蜂達を無駄に食わせる社会でなければならない。ここがおつむが弱いのには分からない。

残りの1匹が一万匹でもできないことをするんだ。

「秘密保持条項  研究センターは秘密情報を厳重に保持し、書面による事前の同意なしにこれを第三者へ開示又は漏洩しません。」

ので、画像は乗せられません。概要は下記関連情報。





  



Coriolis force(コリオリの力)

2014年03月14日 | 技術

日本では、大塩平八郎の乱が起き足元に火がついた幕府はやっと情勢の急変を自覚した。飼い犬が手を咬んだのである。

欧州では、ナポレオンの熱狂のほとぼりも冷めぬころ、国民はルイ=ナポレオンに夢を見た。彼は果敢にも再び寒い国の熊に戦いを挑んだ。国民は、クリミア半島、とくにセバストポリの攻防に一喜一憂した。

200年後、この寒い国の半島が再び熱くなろうとはだれが想像しただろう。

そのころ、ある弱兵がいた。前線はおろか通常軍務も果たせぬ彼は、ほどなく除隊する。ここからだ。彼が本領を発揮するのは。兵隊というのは数にすぎない。一騎当千とはたとえの話だ。それどころか10人力も現実にはない。

しかし頭は違う。バカが一億十億いようと烏合の衆であり、頭というものは、一騎当千どころか百万にも一億にも相当する働きをする。

石原慎太郎は、小説家らしく豊富な語彙で適切に意見を表明するが、肝心の教養がない。フランス人がいつから数学が不得意になったんだ。逆だ。近代の、及び現代の数学を支えているのはフランス、ロシア、アメリカだ。

クルマに関係のない話をしているとかいって泣きじゃくっている人がいるだろ。あほ。当初述べた病弱の青年の名はコリオリだ。彼が、明確に、正確に、単純に、「仕事」と運動を区別したことから世界の物理は統合された。今高校で習う物理の概念をつくった人だ。

なぜガソリンという液体がクルマの運動に代わるか。そのことをエネルギーで考ると、燃焼という化学エネルギーが上下運動、回転運動に代わって運動エネルギーに変わって行くのだが、そこには、一定の方程式で結ばれる法則があるということ。これが分かってなかったらクルマは誕生していない。同じ質量なのになぜ遠心力は角速度の2乗に比例するのか。衝撃はなぜ速度の2乗に比例するのか。そのまま正比例じゃいかんのか。

残念なことにコリオリは別のことで有名だ。コリオリの力。これは、とても面白く応用が広い。数式は使いませんのでもう少し頑張りましょう。

北極から南極に向かってボールを投げた。ボールが空中にある間も地球は動くので、かならず狙ったところより右側に落ちる。これはあたかもボールが力をうけて右にずらされたようだ。というのも、地球が止まっていたらそのまま狙いのところに落ちるからだ。実は力をうけて曲がったのではない。

ここからが頭を使うところ。

北極は西も東もない。ので、日本みたいなところに立ち、こんどは東へ投げたらどうだろう。あるいは西へ。安易に答えを書いちゃあいかんが、ボールはずれない。

じゃあ斜めに、たとえば赤道に向かって左45度にボールを投げたらどうだろう。その次は、その投げ出す角度、と、ずれかたを一般式にしたらどうなるだろうか。

戦艦大和の主砲は、一発今のおカネで五千万。通常9門の斉射を行うので約五億/一回。外せません。計算室の歯車が何百個もまわりだし計算を始めるとき、ひそかにコリオリの力を組み込んだ歯車があった。





Shim(シム)

2014年02月14日 | 技術

スペーサーともいう。しかし、クルマをがに股にして喜ぶための円盤とは違う。踏切を渡るたび腹をこすり、泥の飛沫をクルマの側面に播き散らす。

日本は豊かになりすぎたかな。アホが人類の英知の結晶で遊んでいる。おれのカネだとか言ってよく狂いだすが、そのアホ車が年間5000人以上殺しているのを理解できるか。

日本の道路は左側が下がっている。あるいは右側だけに人が乗ることが多い。体重が全く同じ二人が完全に水平な道路を選んで走ることはできない。左カーブより右カーブが緩やかだ。それを同じ速度で同じ曲率で同じ回数、走ることはできない。

つまりどんなに正確につくったクルマもひずんでくる。いわゆる癖が出てくる。人のクルマを運転してみるとよく分かる。こんなにくせのあるのをよく運転しているなと思う。たまには浮気も必要だ。

人間の場合は、いろんな運転癖があるのに乗るのもまた楽しい。クルマに乗る場合、癖はあってはならない。車台といろんなロッドとの間にスペーサーすなはちシムを咬ませる必要が出てくる。例えば、何らかの異常な力で車台の位置が変わった場合、車台との間にシムをはさんでロッドが無理にタイヤにストレスをかけないようにする。

車の運転癖は楽しくない。

結局、クルマも人間も慣らし運転が過ぎたころの状態が一番よい。その状態に戻すのがシムだ。

フロントホイルアライメントの調整は、フレームがないクルマに関してはよく分からない。だが、人任せにしないで苦労するのは実に楽しい。とことん困れば何とか道はあるもんだ。

コペンの屋根のひずみがひどくなったのでシムを買いに行った。これが商業都市の悲しさで、シムを売ってくれる専門店がない。トヨタ部品に行った。2枚で150円もした。ホントは20円だろうけど仕方あるまい。トヨタ部品であってシム屋ではない。

ダイハツはシムを4枚も5枚も使っていた。いい加減なもんだ。ところがどっこい、それぞれ厚みが違う。しかも測ると0.25ミリづつ厚みが違う。だがその厚みの種類は、順に0.25、0.5、0.75、1・・・となっているのではない。

話がしやすいように4倍すると、1、2、3、4、の厚みではなく、3の次は5、その次は7となっていた。こういう基礎工業製品は本当に頭のいい人がつくる。互いに素なのだ。

こうすると3、4種類のシムの組み合わせでどんな厚みも作れる。素晴らしいじゃないか。がに股のタコ車に乗る能天気たち。互いに素、互いに素なのだ。僕とおまいらのよう。


ロッキング(バイス)プライヤーと鉗子(かんし)

2013年09月15日 | 技術

アメリカ人はうまいものを考える。ナットに傷がつくことをこらえれば、工芸品のような値段のペンチよりはるかに使える。人により「コツ」の習得とか「飲み込み」に多少の差があっても、ちょうどクルマのATのようだ。バカでもチョンでも使いこなせる。バイス。

工具がかたづいている修理屋は、上手な修理をする。この工具でどんな修理ができるのかと思うほど工具が少ない。逆にアマチュアは実に立派な工具を持っている。

工芸に凝りたがるのは日本人の特性か。だが10倍もするフジヤのペンチより300円の中華バイスがはるかに有効だ。

ただし、そのペンチを毎日使うとなると話は違う。一回も失敗できないとなるとやはりフジヤしかない。中華バイスを使った後の吐きそうになる不愉快感は世界最高のものだ。フジヤを使いカッチリ決まった時の快感もまた世界最高のものだ。中華なバイスは5年使えたら驚く。フジヤは50年で壊れたら驚く。

医療の世界でもこのバイスのようなものは活躍している。鉗子。ハサミみたいな形をしているが組織を切ることはなく、バイスで言えば歯に当たるところで、塞いだり、保持したり、20本ぐらい挟みこんで広げ内部の施術をしやすくするための道具だ。

指で締めるのだが、その二つの指が入る輪からはラチェットが伸びており、バイスのように一度締めると鉗子をこじらない限り緩まないようになっている。

しかし、鉗子が挟んだ組織は血液やリンパが抜けていくため部位によっては、クルマで言うところの増す締めが必要になる。また、クルマで言うところのオイルでスリップすることもある。

親が医者だと入学しやすいのが久留米大だ。1500万の授業料とは貧乏人は来るなということだ。いや、医学部はカネがかかるんだとかバカは必ず屁理屈を言う。話をそらすな痴呆。

どんなに不器用でもコネがありカネさえ積めば合格して医者になれる。するとそいつらはそのカネを取り戻そうと儲かる医術に専念する。しかも医師免許は更新がない。世の貧乏人どもはカネ持ちの言うことには這いつくばって同意する。

片腕になったら車の免許は条件付きになる。外科医はそのまま外科医だ。教師は1年目、3年目、5年目、に試験があり10年目の更新で一定数は不合格になる。

こう言う「何ちゃって医師」が鉗子の使い方を誤り密室の手術室で医療過誤をおかしたとき、もみ消してはいけない。なあ、そうだろ。カネとコネ大医学部。

  Posted at 2013/09/10

危ないロケットあそび。よい子は真似しないでね。

2013年09月08日 | 技術

HⅡAや今度失敗したイプシロンを見ると、何度失敗すればわかるのか、このあほ。と思う。僕は決してバカとまでは言ってない。あほ。

面白い仕事だ。東大からも最高に優秀な人間がいった。それは原子力関連とは全然違う。行き場のない低脳が、最も人気(にんき)のないところなら合格できようかと、就職していくところより若干ましだろう。しかも悪夢の民主党時代が終わりカネは湯水のように使える時代が再来した。

たかがロケットの5,6本作ればいいのだ。材料はほとんど使い捨て状態になる。

液体ロケットに信頼性がないことを自ら認めるあほたちはHⅡAないしHⅡBのブースターを切り取って固形ロケットでの推進を考えた(イプシロン)。これは新型ロケットではない。

幼稚なことに制御パソコンにはウィルスが入り込み情報は垂れ流しになった。主として一台のパソコンでロケットを飛ばす。常識的にバックアップがいるだろ。

めったにパンクなんてこの時代ありませんよ、と言ってスペアなしで走りだしパンクした。クルマですらそんなアホは少ない。ハヤブサについても書いたのでよかったらユーザー内検索してほしい。

国民は、ハヤブサに酔っているからこの際飛ばしてバカの目をお空に向けようというわけだ。

① 内之浦と種子島と2か所の発射台を持つ必要はない。
② 一回飛べば数百万円が消える小型ジェット飛行機は必要ない。
③ docomo の社長が10年近く理事長を務めた。JR東海も同様。新日鉄も同様。何の知識も職見もない人間を高給を垂れ流すためにおいていては、職員のモラールが下がる。
④ 固形ロケットの姿勢制御が特に困難なのは戦前からの常識だ。不都合の出るたび、あれこれ付けて見苦しいし、複雑になるだけ所期の目的からかい離する。
⑤ 強力なモーター、安定したモーターの開発というロケット事業の王道を忘れ、ただ国民ウケしようと成果を急ぐ。まことに哀れな醜態だ。
⑥ いまだJAXA内部にある派閥により情報が共有されず、逆に情報漏れも共有されない。
⑦ HⅡAにもアメリカのブラックボックスが入っている。これを国産と強弁するなら北朝鮮に頼め。安いぞ。


80年前の団扇

2013年06月19日 | 技術

                

先日、知人にピアノ曲をプレゼントしようと思った。僕は下手なのでそんな僕でも弾ける坂本龍一のBTTBをMDに入れて渡そうとした。

そしたら、MDプレーヤーは捨てたといわれてしまった。僕は、ピアノを少し弾くその友人には練習曲にいいかな、と思ってサプライズのようにMDを渡したんだが。どうもうれしくなかったみたい。

だが大人ならここで作り笑いでもしてうれしいふりをして、相手の気持ちを壊さないようにする。少なくとも日本人ならそうする。知人は受け取りを拒否した。僕は気持ち悪くなったのでそのMDを捨てた。もちろん今後その人と会うこともない。

そんなにちゃんと作動するプレーヤーを捨てる時代なのか。たしかに僕はMDディスクをバカを見た悔しさに捨てた。からかわれた悔しさを今後忘れることはない。だが、知人がプレーヤーを捨てたのとは全然意味が違う。

確かに作っては捨て、を繰り返しその回転を上げることはGDPアップには貢献するだろう。昨年の政権も今年の政権もそのための方法論において競っているにすぎない。違うというなら自民党はGDPの増大を二の次におくと言えるか。

交通事故をどんどん起こし、死者を増やし、公害を増やし、原発を爆発させればそのための対策はGDPを押し上げる。ストックを減らせフローを増やせというわけか。

うちの扇風機のファンは金属だ。スウィッチ類はストロークが深く押しがいがある。スウィッチを切っても相当長い間止まらない。その余韻がこれまたよろしい。残心というのかもしれない。

とてもではないけどエアコンとか使えない。40年頑張ってくれた。メインテナンスをするたびスウィッチ類の良心的な作りに驚く。中華扇風機をお使いの諸兄、あなた方がこの喜びを知る日は来ない。

今日、熊本県山鹿市来民(くたみ)に行って団扇を買った。工程の多さ、集中力のいる作業、気の遠くなるような我慢を強いる作業。工場見学をさせてもらい僕は迂闊にも目頭を熱くした。

そして僕は見た。昨日作ったような団扇。「あ、これ。もう80年になります。」


如何(どんな)日も 一人はさみし 青芒(ススキ)      中村汀女


僕は一人のさみしさを嘆いてばかりいる句ではないと思います。


Cool Japan(かっこいい日本)

2013年03月07日 | 技術

YouTube - Ice Ball Mold - Japanese Bartending Magic

毎日大勢の人間が、朝はクルマの霜を落としまだ明けきらぬ街を後に職場へ向かう。帰りは毎日夜になり日曜は疲れて寝ている。太陽を拝むことのない生活をしている。

悔しいじゃないか。疲労に耐え、部下の勝手な言い訳に耐え、上司の不当な罵倒に耐え、こんなに長時間働いている。ところが僕らはそこら周辺国の犬を食う原始人に負けることが増えている。だけどこの映像を見てほしい。Cool Japanがそこにはある。

技術者は元来口下手だ。べらべらしゃべるのが得意なら営業をしている。寡黙な技術者は無理な要求もうつむいて聞く。そして日本の技術者は成し遂げ、誇らない。ただ彼らの背中に見えない勲章があるだけだ。

その勲章が集まって僕らは世界一の国をつくった。

けっして応援する側に回ってはいけない。僕ら一人ひとりが自分の勲章を獲得しなければならない。そうすることによって僕らは一番であり続けることができるんだ。幸せになろう。けっして原始人たちと同一の生活を送る義務はない。

日本の技術を泥棒したり、我がものだと言い張ったり、日本の裏切り者から企業秘密を聞き出したりするのは犬を食う原始人の得意技だ。

原始人よ、まともにやってできるものがあるならやってみろ。500年早いぞ。

Posted at 2013/02/18