「何者だ!」
武者の一人が茂助に言った。
「敵方の者だな!」
別の武者が刀を抜いた。
「お待ち下され。このおなごが城の抜け道を知っておると言うので、お屋形様の所へ連れていく所でござる・・・。」
茂助は、とっさに嘘をついた。
「内藤様の所か?」
「あ、いや・・・。」
茂助は、言葉に詰まってしまった。
「じゃ、原様の所か?」
「そ、そうでござる・・・。」
茂助は、武田の武将をあまり知らないのだ。しかたなく話に乗った。
「敵方が来る前に、早く連れて行きたいので、これにて・・・。」
「じゃ早く行け。」
茂助は、女の手を引いて何食わぬ顔をしながらも早足で男達の前から立ち去った。
二人の姿を見送った男達だが、一人の男が腕を組みながら言った。
「おい、原様の砦は反対側だぞ。なのになぜこんな所を通るんだ?」
「そうだ、反対方向の方が近いはずだ。」
「怪しいな・・・?」
「もう一度、聞いてみようか!」
「おお!」
男達は、茂助と女の後を追った。
茂助は、とにかく久留美の手を引いて走った。出来る限りあの男達から遠ざかるのに必死だった。
「と、止まって下さい!も、もう駄目!」
久留美は、力尽きてしゃがみ込んだ。
「ここは敵だらけなんだ、急がないとまた出くわしてしまう。」
「て、敵って?誰ですか?」
「知ってるだろ、長信濃にいたなら・・・。」
久留美は、肩で息をしながら考えたが、状況が掴めない。
「さっ、行くぞ!」
「行くって言っても、私、もう歩けない!」
茂助は、仕方なく久留美の前で背中を向けて膝をついた。
「さ、早く!」
久留美は、仕方なく茂助の背中におぶさった。
茂助は、再び走った。
「すみません、あなたの名前は?」
揺れる背中にしがみつきながら久留美は聞いた。
「茂助と申す・・・。」
茂助は、走りながら答える。
「も・す・け?」
珍しい名前だと思った。しかし状況を考えると、まさかと思う名前でもある。
「私、違う時代に来ちゃったのかも・・・・。」
あり得ないことだが、そうとしか思えない。でもそんな状況を以前夢で見たような気もする。
・・・また夢か?
「あっ!」
茂助がつまづいて久留美もろとも倒れた。
「あ、いたっ!」
打ちつけた手の痛みに、現実だと久留美は思った。
「夢じゃないみたい・・・。」
「大丈夫か?すまない・・・少し休もう・・・。」
さすがの茂助も久留美を背負っての走りに、足がついてこなくなってしまったようだ。
「あの、三津林様って誰かの家来ですか?」
「家康様だ、知らぬか?」
家康、知っている。
「それで、敵は・・・?」
「武田じゃ!」
やっぱり、戦国時代に来てしまっている。・・・久留美はそう思った。
「あ、あの・・・!!」
急に茂助が久留美を抱えて倒し、口をふさいだ。
ガサガサと人が走る音が聞こえて来た。茂助達は抱き合うようにして茂みの中に隠れていた。
「見当たらないな。」
「もう遠くへ行ってしまったようだ。」
「もし敵だとして、取り逃がしたともなれば、おとがめがあるやもしれん!このことはふせておこう。」
「そうだな、そうしよう、じゃ戻ろう・・・。」
先程の男達、つまり武田方の兵たちは、茂助達には気づかず戻っていった。
しばらく茂助達は、敵の気配がなくなるまで動かなかった。
口をふさがれ、茂助に上から覆い被さられたまま動けない久留美だったが、その状態に、心臓がドキドキして身体に熱が出て来たような気がしていた。
「・・・」
そして何だか恥ずかしくなって、抵抗することも出来ず、思わず茂助の温もりの中でじっとしていた。
「もう、いいだろう・・・。」
茂助が起き上って、辺りを見回した。
「もう大丈夫だ、さあ行くぞ・・・。」
と言って久留美を見たが、自分が覆い被さったために、衣服も乱れて横たわる久留美の姿を見て、茂助は慌てた。
「す、すまない!敵が来たのが判ったから、身を伏せただけなんだ・・。」
久留美は起き上って、服の乱れを直した。
「大丈夫です、判ってますから・・・。」
とは言うものの、とても恥ずかしかった。
二人は、再び先へ進んだ。
どれくらい歩いただろうか、少し小山の川の見える所で休憩ししていた。
「ほら、あそこに長信濃城が見えるだろう・・・。」
指さされた方向に櫓が見えた。
「川を挟んで、あそことあそこ、そして向こうに二つ敵の砦がある・・・。」
久留美にも少し判った。
「お城のこっち側の河原に人がいる・・・。」
久留美が見つけた光景を二人で見た。
「御屋形様!、河原で升衛門がはりつけにされております・・・。」
「何!」
家臣の知らせで、城主の天尾田家富は、櫓の窓から瓦を見た。
「おのれ、武田め!」
「もはや、これまででしょうか?」
「援軍が来なければ、明け渡すしかあるまい・・・。」
その時だった。
「御屋形様!援軍はすぐ来るだに!もう少しの辛抱だで!」
はりつけにされた升衛門の覚悟の叫びだった。
「おのれ!黙らせろ!」
升衛門は、両の脇腹に槍を突き立てられた。
「升衛門!」
家富も家臣たちも拳を握りしめた。
「皆の者!援軍が来るまで城を守り抜くぞ!」
「おーっ!」
籠城している兵達が雄たけびをあげた。
「あの人、殺されちゃったの?」
久留美は、遠くではあるが、升衛門の最後を見ていた。
「見事な最後だ・・・。」
「何が見事ですか!ただの殺し合いじゃないですか!あのお城の人達もみんな殺されちゃうんじゃないんですか?」
「いや、明日には家康様や尾田様の援軍がやってくるんだ。そうなれば武田軍も敗走するだろう!」
「やっぱり、殺し合いじゃない。この時代の人はみんな馬鹿よ!」
久留美は、涙を流した。
茂助は、そんな久留美をどうしてやればいいのか判らなかった。
「心配いらぬ、そなたは、わしが守る!」
茂助は、久留美の肩を抱いた。
「さあ行こう!」
二人は、茂みの中に消えていった。