息絶えた久留美を抱いている三津林に渡名部が言う。
「茂助を呼んで来るから抱いていてやれ。」
二人とも腕に怪我をしたために久留美をまともに運べない。渡名部が屋敷に戻って茂助を呼んで来ることにした。
しばらくして、土田と川越が戻って来た。
「あの二人は?」
「面目ない、逃してしまった。」
「そうですか・・・。」
「そのお方は?」
「薬師の久留美さんです。先ほど息を引き取りました。」
二人は手を合わせた。
「じゃあ、我らが屋敷までお運びしましょう。」
土田と川越が久留美を抱え、三津林が先に屋敷へ向かった。
「三津林!」
屋敷の中から渡名部の呼ぶ声が聞こえた。異変を感じた三津林が屋敷の門を入ろうとした時、茂助が走って来た。
「お屋形様!」
「茂助さん、外にいたんですか?」
「ええ、とにかく中の様子が気になります、行きましょう。」
三津林と茂助が中に入るといきなり斬りつけられた。
「何者だ!」
茂助が三津林と男の間に割って入り、男と対峙した。
「お屋形様、奥へ行って下さい。」
そう言われて、三津林は屋敷の中へ入って行った。
「渡名部さん!」
廊下を走り、襖を開けて回ったが渡名部達の姿がない。
「きゃあ!」
さゆみの叫び声だった。
三津林が次の部屋の前にたどり着くと、四人の雑兵が渡名部とさゆみを囲んでいた。
「渡名部さん!」
見ると渡名部の額が斬られていた。
「貴様ら!」
三津林が雑兵達に斬りかかったが、腕に傷を負っていた三津林の剣は弾き返され、襖諸とも廊下まで倒れ込んだ。
「おのれ!」
渡名部が怪我を負いながらも、雑兵の一人を切り倒した。しかしその時もう一人の雑兵の刀が渡名部の腹を突き刺した。
「いやあ!」
さゆみが、刀を引き抜かれ倒れ掛かった渡名部の身体を抱き寄せた。
「やめてえ!」
その時、さゆみの背中を目掛けて別の刀が振り下ろされた。
「さゆみ!」
三津林の目の前で、さゆみと渡名部は、重なり合って倒れた。
「三津林どの!」
そこへ土田と川越、茂助がやって来て、雑兵達と争いながら外へ出た。
「さゆみ、・・渡名部さん。」
三津林が、二人の所へ歩み寄って声を掛けた。
「面目ない、・・さゆみも、・・守れなかった。」
渡名部は、血まみれの顔で済まなそうに言って、目を閉じた。
「渡名部さん・・・。」
渡名部は、そのまま息絶えた。
「先生・・・。」
さゆみが小さな声で呼ぶ。三津林は、さゆみを抱き起こした。
「大丈夫だ、死ぬな!」
「私のことはいいから、愛美の所へ行って。」
「さゆみ・・・。」
「先生、死んじゃ、駄目だよ。・・愛美と、・・幸せに、・・生き・・て、・・・。」
三津林の腕を握っていた手が、ぱたりと床に落ち、さゆみもそのまま息を引き取った。
「さゆみ!」
三津林は、泣いた。
「何で、何で死んじゃうんだ!」
三津林は、唇を噛んで涙を流した。そしてさゆみをそっと渡名部の胸の上に寝かせた。
「愛美!」
三津林は、二人の死を背に部屋を出た。
一番奥の部屋に、愛美の姿はあった。部屋の隅で短刀を持つお良に詰め寄られている。
「お分かり、お前のような小娘が、私より目立っちゃいけなかったんだよ。皆私の前でひれ伏して、お良様と崇めなくちゃいけないんだよ。」
お良は、短刀を愛美の頬に当てた。
「やめて下さい、お良様!」
傷を負ったおよねが叫んだ。お良が刀を持った阿下隆作に顎で合図をした。
「ぎゃあ!」
およねは、無残にも隆作の剣の一撃で絶命してしまった。
「およねさん!」
愛美は、思わずお良の腕を掴んだ。弾みで愛美の頬が切れ、血が流れた。
「何で、およねさんまで!殺すんなら私だけにして!」
愛美とお良は、短刀を持つ手を掴み合い揉み合った。
「あっ!」
愛美が短刀を奪い取った勢いで、振った短刀の刃先でお良の顔が切れた。
お良が痛みで押さえた手を見ると、べっとり血がついていた。
「何をするの!私の大事な顔が・・・。」
お良は、慌てふためきながらも、短刀を両手で握って立ち尽くす愛美を見て、仰向けのまま後ずさりした。
「あなた!何をしてるの!今すぐ殺して!この女を殺して!」
その言葉に隆作は、愛美の前に立ちはだかった。
愛美は、震える手で短刀を隆作に向けた。しかし隆作の振った剣ですぐに愛美の持つ短刀は弾かれて床に落ちてしまった。
「早く殺して!」
それが合図となった。隆作の剣は容赦なく愛美の胸に振り下ろされた。
「うっ!」
愛美の身体から血が噴きだし、ゆっくりと倒れていった。それを見てお良は短刀を拾い愛美に近寄った。
「私をこんな目に合わせて、今すぐ死んでおしまい!」
お良は、魔物だ。短刀を振りかざし、愛美の胸に突き刺した。
「愛美!」
襖を開けた三津林の目に、信じられない光景が映った。胸に剣が刺さり血まみれになって倒れている愛美の姿が映っているのだ。
「愛美!」
三津林は、剣を持つ隆作には目もくれずに愛美の所へ走った。そしてお良を突き飛ばし愛美を抱き上げた。
「愛美!・・愛美!」
そんな三津林の姿を呆然と見ていたお良だったが、気を取り直して隆作に言った。
「何してるの、この男も殺して!」
その時だった。
「三津林!」
榊原を初め、家康の家臣達が部屋に入って来た。
「おのれ阿下!」
榊原は、一撃で阿下を斬り倒した。
「あっ、あなた!あなた!」
お良が絶命した隆作の身体を揺すった。
「遅かったか・・・。」
家康だった。
「そやつの首を跳ねよ!」
家康の命を受けた榊原は、家臣にお良を外へ連れ出させた。
「いや、いやあ、私は何もしてないのよ!」
お良は、叫び続けていた。しかしその声も、ドッと音がして止んだ。
「愛美!愛美!」
三津林は、泣き叫んだ。
「せ、ん、せ、い・・・。」
微かに愛美の唇が動いた。そしてゆっくりと細くだが瞼が開き、現れた瞳が三津林の顔を見つめた。
「愛美・・・。」
愛美の唇が、弱いが必死に言葉を発するために動く。
「私は、・・・先生の、・・・お嫁・・さんに、・・なれて、・・・しあ・・わせだった・・よ。・・・だから・・私が、・・・遠くへ、・・・・行っても・・泣か・ないで、・・笑って・・さよなら、・・・したい・・・。」
「愛美・・・。」
「せん・・せい、・・私の分まで、・・・し、・・しあ・・・わ・・せ・・に、・・・・・・。」
言葉が途切れて、愛美の瞼がゆっくりと閉じた。
「愛美・・・。」
三津林は、強く抱き締めた。そして乱れた髪に手櫛をし、愛美の唇にそっと口付けをした。
・・・愛美の顔に三津林の涙が零れ落ちた。
つづく
※ この物語は、すべてフィクションです。
「茂助を呼んで来るから抱いていてやれ。」
二人とも腕に怪我をしたために久留美をまともに運べない。渡名部が屋敷に戻って茂助を呼んで来ることにした。
しばらくして、土田と川越が戻って来た。
「あの二人は?」
「面目ない、逃してしまった。」
「そうですか・・・。」
「そのお方は?」
「薬師の久留美さんです。先ほど息を引き取りました。」
二人は手を合わせた。
「じゃあ、我らが屋敷までお運びしましょう。」
土田と川越が久留美を抱え、三津林が先に屋敷へ向かった。
「三津林!」
屋敷の中から渡名部の呼ぶ声が聞こえた。異変を感じた三津林が屋敷の門を入ろうとした時、茂助が走って来た。
「お屋形様!」
「茂助さん、外にいたんですか?」
「ええ、とにかく中の様子が気になります、行きましょう。」
三津林と茂助が中に入るといきなり斬りつけられた。
「何者だ!」
茂助が三津林と男の間に割って入り、男と対峙した。
「お屋形様、奥へ行って下さい。」
そう言われて、三津林は屋敷の中へ入って行った。
「渡名部さん!」
廊下を走り、襖を開けて回ったが渡名部達の姿がない。
「きゃあ!」
さゆみの叫び声だった。
三津林が次の部屋の前にたどり着くと、四人の雑兵が渡名部とさゆみを囲んでいた。
「渡名部さん!」
見ると渡名部の額が斬られていた。
「貴様ら!」
三津林が雑兵達に斬りかかったが、腕に傷を負っていた三津林の剣は弾き返され、襖諸とも廊下まで倒れ込んだ。
「おのれ!」
渡名部が怪我を負いながらも、雑兵の一人を切り倒した。しかしその時もう一人の雑兵の刀が渡名部の腹を突き刺した。
「いやあ!」
さゆみが、刀を引き抜かれ倒れ掛かった渡名部の身体を抱き寄せた。
「やめてえ!」
その時、さゆみの背中を目掛けて別の刀が振り下ろされた。
「さゆみ!」
三津林の目の前で、さゆみと渡名部は、重なり合って倒れた。
「三津林どの!」
そこへ土田と川越、茂助がやって来て、雑兵達と争いながら外へ出た。
「さゆみ、・・渡名部さん。」
三津林が、二人の所へ歩み寄って声を掛けた。
「面目ない、・・さゆみも、・・守れなかった。」
渡名部は、血まみれの顔で済まなそうに言って、目を閉じた。
「渡名部さん・・・。」
渡名部は、そのまま息絶えた。
「先生・・・。」
さゆみが小さな声で呼ぶ。三津林は、さゆみを抱き起こした。
「大丈夫だ、死ぬな!」
「私のことはいいから、愛美の所へ行って。」
「さゆみ・・・。」
「先生、死んじゃ、駄目だよ。・・愛美と、・・幸せに、・・生き・・て、・・・。」
三津林の腕を握っていた手が、ぱたりと床に落ち、さゆみもそのまま息を引き取った。
「さゆみ!」
三津林は、泣いた。
「何で、何で死んじゃうんだ!」
三津林は、唇を噛んで涙を流した。そしてさゆみをそっと渡名部の胸の上に寝かせた。
「愛美!」
三津林は、二人の死を背に部屋を出た。
一番奥の部屋に、愛美の姿はあった。部屋の隅で短刀を持つお良に詰め寄られている。
「お分かり、お前のような小娘が、私より目立っちゃいけなかったんだよ。皆私の前でひれ伏して、お良様と崇めなくちゃいけないんだよ。」
お良は、短刀を愛美の頬に当てた。
「やめて下さい、お良様!」
傷を負ったおよねが叫んだ。お良が刀を持った阿下隆作に顎で合図をした。
「ぎゃあ!」
およねは、無残にも隆作の剣の一撃で絶命してしまった。
「およねさん!」
愛美は、思わずお良の腕を掴んだ。弾みで愛美の頬が切れ、血が流れた。
「何で、およねさんまで!殺すんなら私だけにして!」
愛美とお良は、短刀を持つ手を掴み合い揉み合った。
「あっ!」
愛美が短刀を奪い取った勢いで、振った短刀の刃先でお良の顔が切れた。
お良が痛みで押さえた手を見ると、べっとり血がついていた。
「何をするの!私の大事な顔が・・・。」
お良は、慌てふためきながらも、短刀を両手で握って立ち尽くす愛美を見て、仰向けのまま後ずさりした。
「あなた!何をしてるの!今すぐ殺して!この女を殺して!」
その言葉に隆作は、愛美の前に立ちはだかった。
愛美は、震える手で短刀を隆作に向けた。しかし隆作の振った剣ですぐに愛美の持つ短刀は弾かれて床に落ちてしまった。
「早く殺して!」
それが合図となった。隆作の剣は容赦なく愛美の胸に振り下ろされた。
「うっ!」
愛美の身体から血が噴きだし、ゆっくりと倒れていった。それを見てお良は短刀を拾い愛美に近寄った。
「私をこんな目に合わせて、今すぐ死んでおしまい!」
お良は、魔物だ。短刀を振りかざし、愛美の胸に突き刺した。
「愛美!」
襖を開けた三津林の目に、信じられない光景が映った。胸に剣が刺さり血まみれになって倒れている愛美の姿が映っているのだ。
「愛美!」
三津林は、剣を持つ隆作には目もくれずに愛美の所へ走った。そしてお良を突き飛ばし愛美を抱き上げた。
「愛美!・・愛美!」
そんな三津林の姿を呆然と見ていたお良だったが、気を取り直して隆作に言った。
「何してるの、この男も殺して!」
その時だった。
「三津林!」
榊原を初め、家康の家臣達が部屋に入って来た。
「おのれ阿下!」
榊原は、一撃で阿下を斬り倒した。
「あっ、あなた!あなた!」
お良が絶命した隆作の身体を揺すった。
「遅かったか・・・。」
家康だった。
「そやつの首を跳ねよ!」
家康の命を受けた榊原は、家臣にお良を外へ連れ出させた。
「いや、いやあ、私は何もしてないのよ!」
お良は、叫び続けていた。しかしその声も、ドッと音がして止んだ。
「愛美!愛美!」
三津林は、泣き叫んだ。
「せ、ん、せ、い・・・。」
微かに愛美の唇が動いた。そしてゆっくりと細くだが瞼が開き、現れた瞳が三津林の顔を見つめた。
「愛美・・・。」
愛美の唇が、弱いが必死に言葉を発するために動く。
「私は、・・・先生の、・・・お嫁・・さんに、・・なれて、・・・しあ・・わせだった・・よ。・・・だから・・私が、・・・遠くへ、・・・・行っても・・泣か・ないで、・・笑って・・さよなら、・・・したい・・・。」
「愛美・・・。」
「せん・・せい、・・私の分まで、・・・し、・・しあ・・・わ・・せ・・に、・・・・・・。」
言葉が途切れて、愛美の瞼がゆっくりと閉じた。
「愛美・・・。」
三津林は、強く抱き締めた。そして乱れた髪に手櫛をし、愛美の唇にそっと口付けをした。
・・・愛美の顔に三津林の涙が零れ落ちた。
つづく
※ この物語は、すべてフィクションです。