ここまでのあらすじ・・・
浜奈高校の歴史教師・三津林慶大は、同校生徒の本河田愛美と史跡見学に行き、山の中の洞穴で地震に遭い、戦国時代にタイムスリップしてしまった。
そこで、同じ境遇の渡名部清志と巡り合い、戦国武将・家康の家臣の足軽となる。
早速、戦に出ることになった三津林は、足軽仲間によって、三津林を慕っていた愛美と夫婦になった。しかし三津林は、敗走となった家康を助けるため、身代わりとなり敵に追われ崖から落ちてしまう。
しかし、そこでまたタイムスリップして現代へ・・・。だが愛美の誘拐犯に誤解されていた三津林は、ひょんなことから愛美の友人・大庭さゆみと再び戦国時代へ戻り、仲間が増えることに。
再び戦に借り出された三津林と渡名部は、作久間隊と共に敵軍を偵察。その留守中、お良と言う足軽大将の妻に逆恨みされた愛美が、毒茸を食べさせられ昏睡状態に陥る。
それを知った三津林だったが、渡名部達作久間隊を助けた後、敵に討たれ崖下へ落下。
しかし再びタイムスリップした三津林は、現代で薬を手に入れ、看護師・安達久留美と戦国時代に戻る。それによって回復した愛美。そして三津林は、家康から屋敷を拝領、家臣も得る。
しかし、そんな三津林達の幸せな時も長くはなかった。敵方に寝返った悪女・お良達の策略で久留美、渡名部、そして愛美までも殺されてしまう。
その傷も癒えないうちに、三津林は次の戦へ・・・。
戦の前に美有と言う、愛美に瓜二つの姫を家康から授かるが、三津林は、最後の戦として出陣。
そしてついに戦の最中に、三津林は敵の矢を胸に受け、櫓から崖へと落ちて行った・・・・。
最終話 絆 <前編>
鷹天神山の崖の下に青い光が現れ、やがて光は小さくなり消えた。
しばらくすると、うっそうと茂る木々の中から男が這い出して来た。
「生きてるじゃないか!」
男は、林の中から道へ出ると大の字になって倒れた。その男は三津林だった。
「俺、生きてるんだ・・・。」
ふと気付くと、自分が鎧兜ではなく、ポロシャツにジーパンであることが判った。
「どうしてなんだ?ここはいったいどこなんだ?」
三津林は、起き上がって辺りを見回した。・・・鷹天神山のようではあるが、櫓も塀も見えない。そして胸に刺さったはずの矢も見当たらない。
「またタイムスリップしたんだ!」
あの青い光で三津林は、タイムスリップして再び元の時代に戻って来たのだ。
三津林は、山道を下ってみた。しばらくすると駐車場があり、見覚えのある車が目に入った。
「あれは・・・!」
その車は、三津林の車だった。しかし愛美と双俣へ史跡巡りに行った時のものではなく、それよりおよそ三年前、一人でこの鷹天神山へ城跡調査に来た時に乗って来た車だった。
「青い光のせいなのか?・・・ずれてしまったのか・・・?」
三津林は、車に乗って考えていた。
「今までのは、・・・夢だったのかな?」
しかし、そうだとするとこれからの三年と愛美と戦国時代に行ったのも、愛美達が死んでしまったのも夢になる。
「そんなことはない!」
三津林は、自問自答する。確かにこの時からの三年間の思い出は、現実にあったことに間違いない。
「もし三年前に戻ったのなら、・・今から愛美に会わなければ、・・会ったとしても三年後に愛美と一緒に双股へ行かなければ、・・・愛美は死なないで済むんだ。」
愛美とのほんの少しの幸せに辿り着かなくても、愛美を死なせない方法を選びたい。いや、好きだったからこそ、愛したからこそ、愛美を死なせたくない。
そう思って三津林は、車を走らせた。
二年後。
「ねえ愛美、2Cの担任の三津林って愛美に気があるんじゃない?」
「何言ってるのよ、あの先生、戦国時代の歴史ばっかり一生懸命で、生徒にセンミツって呼ばれてるのよ。・・・女の子になんか興味は無いでしょ。」
体育祭の行なわれている校庭の隅で、愛美とさゆみが話していた。
「私、三年になっても、歴史は絶対選択しないから・・・。」
「さゆみったら、そんなに嫌わなくてもいいじゃない。」
「そういえば愛美は、歴史がけっこう好きだったわね。・・案外あんなのがタイプだったりして?」
「馬鹿言わないで、そろそろ出番よ。」
「わかったわよ、でも言っとくよ。私頼まれても一緒に歴史を選択しないからね。」
そう言ってさゆみは、自分の出場する長距離走の準備に向かった。
一人になって座っている愛美を、三津林は見ていた。
去年、愛美が入学して来たのもすぐに判った。前の時は、三年生になって歴史を選考して自分の授業を受けに来るまで、その存在を気にすることは無かった。
その後、愛美は学園祭でミス浜奈高になった。三津林は、審査員の一人として愛美に一票を入れていたが、それが無くてもダントツの一位だった。
「この子とあの時夫婦になったんだ・・。」
そう思いながら三津林は、表彰を受ける愛美を見つめていた。
そして数ヵ月後、愛美は三年生になり、歴史を選択して三津林の授業を受けることになった。愛美を目当てに男子生徒の割合がいつもより多かった。
三津林は、出来る限り愛美との接触を避けた。
夏は、一人で小田原城へ行ったり、名古屋城へ行ったりしていた。
そして、秋の中間テスト後のあの時がやって来た。
「先生・・・。」
「ほ、本河田、どうした?」
「先生、それ・・・。」
「あっ、これ今丁度お前のを見始めていたところなんだ。」
「どうですか?」
「あ、ああ、あっお前歴史が好きなのか?解答が素晴らしい。」
「はい、好きです。それに・・。」
「そうだった。すまない明日名古屋に出張なんだ、もう準備しないと・・・。じゃ、また今度歴史の話をしよう。」
三津林は、嘘をついて教室を出て行った。
愛美は、去って行く三津林の後ろ姿を淋しそうに眺めていた。
三津林と愛美は、一緒に史跡巡りをすることもなく、卒業式の日を迎えた。
「三津林先生・・・。」
体育館での卒業式が終わった後、校舎の廊下を歩く三津林を愛美が呼び止めた。
「ほ、本河田・・・。」
「私、もっと先生と歴史の話をしたかったんですよ。」
「そうか、いつか史跡巡りでも出来たらいいな。東京の大学へ行くんだろ、元気で勉強しろよ。」
「はい、帰って来たら史跡巡りに付き合って下さい。・・・あの、これ・・・。」
愛美は、ポケットから可愛い柄の封筒を取り出し、三津林に渡した。
「帰ったら、読んで下さい。・・・じゃ、さようなら・・・。」
愛美は、廊下を戻って行く。そして途中で振り返って手を振った。三津林も手を振った。
「幸せになれよ・・・。」
三津林は、心の中で囁いた。淋しかったがとにかく無事で卒業して行く愛美に別れを告げた。
その夜、三津林は愛美から渡された手紙を開いた。
「先生へ・・・
私の所へ帰って来て下さいませ。庭の桜と一緒にお待ちしております。」
手紙を持った手が震えた。
この言葉は、愛美のものなのか?それともあの時愛美と思って夜を過ごした美有の言ったものなのか?判らずとも脳裏には、はっきりと残っていた。
愛美そして美有。瓜二つの二人は、別人なのか、それとも同じ人物だったのか?
頭に思い浮かべる三津林だったが、一人の顔、愛美の顔しか思い浮かばなかった。
そして涙が流れた。
<後編>
それから四年・・・。
「先生!」
桜の花の舞う頃、三津林は、校庭で呼び止められた。
愛美との思い出を忘れるため、浜奈高校を離れ、田舎町の小さな高校へ転勤していた三津林だったが、愛美のことを忘れることはなかった。
そんな三津林を呼び止めたのは、少し大人びてはいたが間違いなく愛美だった。
「ほ、本河田!」
忘れることの出来なかった笑顔。本当は一番会いたかった愛しい人。
「先生、新任の歴史教師の本河田愛美です。よろしくお願いします。」
「こ、この高校に勤めるのか!?」
驚きで三津林の胸の鼓動が高鳴った。
「よ、よろしく・・・。」
愛美は、三津林と再び会うために教員免許を取り、大学卒業に当たって三津林の居場所を調べ、この高校にやって来たのだ。
「先生、会いたかった・・・。」
愛美は、涙を流していた。
二人は、三年後に結婚。後に二人の子供を儲け、幸せに暮らした。
やがて二人の子供も大人になり、それぞれの家庭を持ち巣立って行った。
そして三津林が、定年間近になっていたある日の夜のこと・・・。
二人は、夕食後にソファでくつろいでいた。
「なあ愛美、聞きたいことがあるんだけど・・・。」
「なあに?改まって・・・。」
愛美は、三津林の顔を見た。
「お前が高校を卒業する時、手紙をくれたじゃないか・・・。」
「まあ、そんな昔の話?」
「あれって、お前が書いたんだよなあ・・・?」
愛美は、しばらく黙っていた。
「あの言葉、別の所で聞いたことがあったような・・・気がして・・・。」
「私が言ったんですよ。・・・書いたのも私、言ったのも私・・・。」
三津林は、愛美の言っていることを理解出来ないでいた。
「あなたは、私をあの時代に行かないようにしてくれて、こうして幸せな生活を送らせてくれたの。・・・でももう一人の私は、私と一心同体の美有の記憶と共にあなたとこの時代に戻って来ていたの・・・。」
三津林は、呆然としていた。そしてあの時の手紙の言葉が、今やっと三津林の中で繋がった。
「お前と美有は、同一人物だったっていうことなのか?」
「いいえ、別人です。・・・でも私は、彼女の中にいたんです。そして彼女も私の中にいるんです。」
訳が判らない。三津林の素直な気持ちだ。
「先生、戻ってみませんか?・・・あの時代に・・・。」
久し振りに愛美から先生と言われ、頭にあの時のことが甦り、しばらく沈黙が続いた。
「行ってみたい気がするけど、そんなことが今できるだろうか?」
「あの時のことが事実だったとしたら、私達タイムスリップするかもしれないわよ・・・。」
この言葉がきっかけとなった。
翌日、三津林と愛美は、町外れの山に登っていた。趣味で揃えていた鎧兜や小袖を抱えて二人は崖の上に立った。
「もしタイムスリップしなければ、二人とも死んでしまうぞ、いいのか?」
「もうあなたとこの時代で十分幸せになれたわ。たとえ死んでしまっても、何処の世界に行ったとしても、あなたと一緒ならそれでいいの・・・。」
「俺もだ・・・。」
二人は、抱き合った。そして二人の身体は、谷に向かって傾いた。
そして二人は、風と共に舞うように谷へ落ちて行った。
白い光と共に現れた二人は、谷を伝って里へ出た。そこから半日ほど南へ下って行くと丘の上の城が見えた。
そしてその城に向かって歩んでいる大行列が二人の目に入った。
二人は、先に城下に入り、行列を待った。やがて二人の前を大行列が進んだ。
しばらくすると、馬に跨った一人の武将が、二人の前で止まった。
「そなた、顔を上げよ・・。」
すぐにその武将は、顔を上げた男を見て驚いた。
「も、もしや、三津林殿では!?」
男は、返事をしなかった。すると武将は、馬の向きを変え走らせた。
しばらくすると、行列の進行が早くなり、再び先ほどの武将が別の武将達を連れて走って来た。
武将達は、馬から降り二人の前に立った。
「私は土田弘江門と申す、こちらは家康様です。お顔を上げて下され・・。」
男は、ゆっくりと顔を上げた。
「三津林!生きておったのか!」
「家康様・・・。」
家康も年を取り、頭髪も髭も白髪交じりだった。
「生きておったのなら、なぜわしの前に現われなんだ・・・。」
「あの戦で生きてはいたのですが、記憶を失い山奥の村に辿り着き、この者と農民として生きてまいりました。しかしこの年になって崖から落ち、頭を打ったおかげで記憶が戻り、家康様のもとにやっと参上してまいりました。」
「そうであったか、三津林の言うとおりに天下を取る時がやって来たぞ。」
何十年も前の関わりが、お互いに今甦って来ている。
「三津林、この者を見よ。」
家康が指差した先に、三十歳前後の武者の姿が・・・。
「三津林慶市朗と申します、父上様!」
三津林と愛美は、顔を合わせて再び武者の顔を見た。
数百年の時空を旅した三津林と愛美。関わった人々の記憶は、複雑に消えたり現れたりしたものの、人間関係の強い絆は、切っても切れないものになっていたのだった。
「三津林、わしの天下取りに付き合ってくれるか?」
「勿論です。そのために参上したのですから・・・。」
「よし!参るぞ・・・。」
家康は馬に乗り、三津林と愛美は行列の中に混じり、駆川城へと入った。
「また戦に行くことになるけど、待っていてくれるかい?」
三津林は愛美に尋ねた。
「大丈夫です。あなたは不死身だし、待つことを辛く思わないで、帰って来る喜びに変えて持ちます。」
二人は、向き合いそっと口づけをした・・・。
戦国に散るのは、花びらだけで済むように、二人は願いを込めて強く抱き締め合った。
おわり
この物語は、すべてフィクションです。
長い間、未熟な小説にお付き合いくださり、ありがとうございました。