Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

笑顔のキューピッド

2008-10-02 02:01:54 | 文学
ヴィクトル・スリペンチュック『笑顔のキューピッド』を読了。
作家は1941年生まれの、現代ロシア文学。「現代ロシア文学」などと言うとなんだか重々しいですが、実際は軽やかな短編集です。

表題作「笑顔のキューピッド」は高校生くらいの少年少女の恋を描いた青春小説。
「戦勝記念日」は孤児を引き取ろうとする村長と孤児の少女との触れ合いを描く。
「甘いシャンパンの味」は水難した小さな子どもとその父親の姿を描く。

いずれも感触は児童文学。子どもが重要な位置を占めていて、その心理を浮き上がらせてゆきます。最後の「甘いシャンパンの味」は悲しい話ですが、いちばん児童向きかもしれません。

ただ、この本には脱字が散見され、そこは残念です。また、内容が児童向けなので、ルビを振るなりした方がいいのではないか、と思います。子どもが読めるように。それと、翻訳に問題があって、「私」と「僕」とが混用されているように見受けられたのですが、どういうことでしょう。使い分ける必要のないところで、混ざっている。それで混乱してしまいます。

この作品集が文壇でどのような評価を受けているのか、文学史にどういうふうに位置付けられているのか、といった疑問は、解消されません。というのも、この本には解説がないので。訳者の黒田有里佳という人がどのような経歴なのかも分かりません。そのかわり、この本にはロシア語の原文がそのまま付いています。本の前半分が日本語、後ろ半分がロシア語です。詩だったら対訳というのがありますが、小説で原文を全て載せてしまうというのは珍しいですね。誰に必要なんでしょうか…

表題作「笑顔のキューピッド」は一番楽しめました。短い中に色々な要素を詰め込んでいて(恋愛、喧嘩、事故、冒険、詩と死、教師との対立…)、それらが十全に描かれていないためにやや掘り下げ不足な印象を与えます。加えて話の展開に目まぐるしさを感じてしまい、作品としてはたぶん優れた出来ではないと思いますが、どこか青春の多幸感があり、心を慰められます。

「戦勝記念日」を読んでいるときは集中力が欠けてしまっていて、ぼんやり字面を追っていたので、あんまり印象に残りませんでした…

「甘いシャンパンの味」は会話が多用されていてとてもおもしろかったです。ただ、海の中での父親と子どもの位置関係がいまいちよくつかめませんでいた。子どもを支えながら立ち泳ぎをするなんて芸当は無理だと思うので、父親はボートの残骸に片手でつかまっていたんでしょうか?どこかに描写があったのなら、見落としていたようです。
悲しいラストですが、ちょっとお決まりのような気がしないでもありません。

総じて、小学校の図書館などで借りて読みたい小説ですね。ルビさえ振られていれば…