6/5/2020 #318 4,700円
清水寺に至る坂道の突端にある新しい宿。ホームページも、なんだか外国人向けといった雰囲気がした。嵐山のあたりまでは快適だったが、数日で急に蒸し暑くなり、遠回りしていくバスに乗った為、換気の窓から入ってくる熱気でクーラーが効いてない。感染予防と熱中症対策とどっちが急務だろう。早めに着いてドアに(張り紙)「予約した人しか泊まれません。玄関も開いてません。」なんか厳しい。書いてある番号に電話したら、出てきて入れてくれた。
よそんちのお母さんのような風情の受付の人が、一人でやってるらしい。ウェルカムドリンクを飲み一息つく。入浴剤などを勧められたので「椿のなんたら」と書いたやつをもらった。ロビーに座って窓から外を眺めていると、ちらほらと清水寺の方に人が歩いていく。
チェックインは宿帳記入のみ。渡航歴はありません。早めに部屋に入れてくれたので早速探検に。カップルらしき滞在客とすれちがった。エレベーターはカードをかざさないと開かない。有名観光地だと、次々に通りがかりの人が入ってきて大変なんだろうな。名前にもなってる屋上のテラスが開放感があって良い。ソファーもある。以前に住もうと思って狙っていたシャトー清水という古いマンションが、隣に立っているのを感慨深く眺める。
テラスの端にランドリーがある。見に行ってみよう~っと。おっと荷物を忘れずに。この行為が後で功を奏する。洗濯機の向こうには下りの階段がある。もしかして部屋までここから降りて行けばいいのでは?降りてみると部屋の階の扉は閉まってる。引き返しても洗濯室へ続くドアが開かない。また戻って一番下のドアも開かない。今日は曇り空で蒸し暑い。他に客はいない。このままずっと出れなかったら!?恐ろしくなりスマホの履歴をたどって電話をして(きの)「先ほどチェックインした者です。度々すみませんが、洗濯機のとこから降りられると思ったらドアが開かない。助けてぇぇ」今忙しいんだからといった風情で、苦笑いで開けてもらってすごすごと部屋へ。お母さんありがとう。
とにかく嫌な汗で汗だくになってしまい、部屋の風呂に入り落ち着く。家に伝わる昔話の中に「東山椿木」というおばけが出てくるので、椿の入浴剤はちょうどいい。粉を入れると(湯)「真っ赤!」なぜ!?一瞬びっくりしたが、これは椿の花の色らしい。ボルシチになった気分で赤いお湯につかる。もうちょっとマシそうな若竹のなんちゃらの方を選んでおけば、無難だったかもしれない。ドキドキ。
広い部屋だが眺望が悪い。隣のシャトー清水の部屋が丸見えで、別に住人の私生活を覗きに来たわけではないのでカーテンを閉めて過ごす。デスクの上に直筆のメモ。これをすると部屋を汚すことに抵抗が生まれるからなのか、なんて下世話な計算はしないようにして素直にありがたくいただいておく。用事を済ませ夜になってなじみのコンビニへ。(張り紙)「今トイレは貸していません」きびしい。晩飯に冷やしうどんを買って帰る。こんな湿気でなければ屋上テラスでシャトー清水を見ながら食べてやるのに。くそっ。
部屋に帰ってもTVは変なBSしかやってない。NHKもやってない。これが今流行りのNHKが映らないTVなのか?小さい頃、東京から地方に帰省するとテレビ番組が違うので、それに少し怯えていた記憶がある。同じ日本語で、四角い箱の見た目も同じなのに、少しだけ違う内容をやっている。チャンネルも違うし違うチャンネル同士で同じ番組を放送している。東京でそんなことになったら、テレビが壊れたと思う。なんとなくパラレルワールドに来たみたいで怖かった。
外国人が多いからかBBCのようなものばかりだ。民放もやってない。ローカルテレビには誰も見知った芸能人もいない。知らない国の知らないテレビみたいだ。その中で唯一芸人のヒロシに見覚えがあったので、外国の食堂を食べ歩きしている番組を見た。BSだからか民放のバラエティーみたいに何かハプニングを起こそうという気もなく、本人は言葉も通じないのに、あまり苦にせず入って行こうという姿勢はえらい。ワインで有名な駅で降りておいて堂々と(ヒロシ)「酒が好きではない」やレストランで「おいしいけど、何の肉ですか?」というコメントは、もはや暴言ではないのかと思うが、自然体でこのキャスティングよく発掘したなと思った。
見ていると画面に(表示)「お休み3分前です。」テレビの音声が消えた。何だろうと思っていると10時ちょうどに(TV)「ブツッ」画面が消えた。場所がら外国人旅行客が多く近隣への配慮もあってホテル側がそういうプログラムにしたのかもしれないが、こんな窮屈な刑務所みたいな施設はいやだ。
だいたい、洋室の部屋の入り口で靴を脱げ?みたいな造りは珍しい。その代わりスリッパあげるよと書いてあった。折りたたみのようなスリッパは便利かもしれない。前に出かけた途中で突然ゾウリのヒモが切れ、不吉な予感というか、もうその時点で歩けないのでそれが最大の不幸という大変な目に遭ったことがある。何しろ大阪の金融街のようなところで、裸足で代わりの靴を買いに行く店もない(なぜ金融街にゾウリで行った!)。
呆然としていると、ビルのテナントに東レのショールームが入っていて、なぜか新開発の素材で作った靴をサンプルで売っていた。右足を極力自然に地面に着けながら近づいて行き、いいですねぇと言いながら買って裸足で履いて帰った。その靴はその後何年も経ったが今でも壊れていない。確かにすばらしい素材だ。東レよ、ありがとう。
そのようなことになった時に、カバンからスッとそのスリッパを出してきて履けば、そんなに焦らずに帰れるのではないか。というか壊れそうな靴を履いて出かけるからではないのか。とにかく、旅先で困ったことがあっても、忍者の七つ道具のように鞄からいろいろ出してきて危機を乗り切ればいいのではないか。ということで旅行鞄の底に凸レンズや各種ドライバー、ヒモ、ハサミなどを忍ばせているが、そこにこのスリッパも加えてみよう。いいことを思いついた時はいつも晴れ晴れとした気分がする。
思いついただけでそれをベッドの上に放り出してすっかり忘れ、寝たら夜中にカサカサ音がして恐怖で目が覚めた。何かいる!断続的ではないこの数十分に1回ほどランダムで動く有機的な音は虫だ!人が寝静まると動き出すところなど、いかにも虫らしい狡猾さだ。もし呼んだらあのフロントのお母さんは一緒に朝まで起きててくれるだろうか。寝てるのをずっとそばで見守ってほしい(迷惑だ)。そうこうしている間も、清水寺の裏の鳥辺山の墓地から湧き出してきた由緒ある個体群がうようよ迫ってくる。う゛~~ん。
しばらく苦しみ、起きてゴミ箱やその他のビニールを抜き打ちでチェックしてみたがいない。しかし寝るとカサカサ言う。寝ぼけた頭で考えた結果、あのスリッパの包装ではないのかという結論に達して布団の端にからまっていた袋を見つけ出して部屋の隅に放り投げて寝たら静かになった。全部自分のせいだった。
早朝に目が覚め、ロビーに降りて行ったがあのお母さんはいなかった。シフトが終わったのか。コーヒーをもらってあたりを見回すと、代わりにお爺さんのような人が掃き掃除をしていたので聞いてみた(きの)「あの、有名な・・・その、ベランダのような部分はどこにあるのでしょうか」(爺)「え?ベランダ?八坂神社の方?」清水の舞台のことを言いたかったのだが、説明がうまくなかった。
清水寺は中学の修学旅行で来た。そして滝が3本流れているところで、級友たちが願いをかなえようと選びに選んで並んでいる浅ましい姿を見て、アホらしくなって一番空いてる列のあたりによけていたら、どんどん押されて出たところが「美人の水」。他の人から見たら自分で並んでここまで来ておいて(きの)「いらん」と言うのも変な話だろうから、しょうがないと思って厳かにヒシャクを頂戴したが、嫌味な女の担任に遠くから発見され(藤野)「あなたには必要ないんじゃな~い?クスクス」などと大声で笑われ、学年中が注目する中飲むという難行を果たした。
しかも、2種類飲んだら効果は相殺されるらしく、もう他のは飲めない。いや、いっそのこと全部飲んでクリアーにして、その呪縛から解き放たれたらどうか。あとは何だっけ、金と頭脳だっけ。超能力とか霊力が授かる水とかないのか。
6時半になり、飲料水を携えて茶わん坂を駆け上がり、清水寺に行ってみた。門は開いていたがロープが張られていたりして、早すぎたのかいまいちやってなかった。恨みがましく眼下に広がる墓地をながめる。飴を買う幽霊が埋葬されたのがこの鳥辺山だ。坂の手前にある飴屋から買って、ここまで歩いて来たんだな。今同じ地面に立ってるぞ!やったー!ついに来た!そして次は、近所の小野の篁が地獄と行き来したといふ冥界の井戸を訪れ、あとはその飴の店(未だに飴を売ってる)に寄ってから帰る。忙しい。