近ごろの日本映画は拙速が多くてつまらんと以前にボヤいたが、昨夜観た『明日の記憶』には感心したなあ。いまの映画屋さんも、撮ろうと思えばここまでしっかりした作品を撮れるんだ。何より、脚本が細部まで丁寧に書き込まれている。こんなに手間ヒマ掛けた日本映画は、久しぶりに観た。
若年性アルツハイマーを発症したエリート・ビジネスマンの物語。プロデューサーを買って出たという主演・渡辺謙の演技も気合いが入っていたが、それ以上に、妻を演じる樋口可南子の演技が見事だった。
終盤、山奥の窯場へ夫を捜しにやってきた妻が、山道でばったり夫と出会う。夫はいぶかしげに、「どうしましたか」と彼女に訊ねる。夫がとうとう自分の顔さえ認識できなくなったと悟った妻の驚愕と困惑、絶望。
数十秒間の無言の演技で、樋口可南子は妻の深い悲しみを演じ切った。誇張的な表情は一瞬もない、抑えに抑えた心の表現だった。
一縷の望みを託して彼女は昔、夫と出会ったときのセリフを口にする。「枝に実る子と書いて、枝実子」。いい名前ですね、と夫は他人行儀な言葉を返す。
救いのない内容だが、緑濃い山峡で夫婦が渡る吊り橋の遠景のエンディングに深い余韻があった。助け合いの暗喩だろうが、さり気ない表現なので嫌味はない。最近の日本映画ではきわめて珍しいことに、ここには確かに人生が描かれていた。
若年性アルツハイマーを発症したエリート・ビジネスマンの物語。プロデューサーを買って出たという主演・渡辺謙の演技も気合いが入っていたが、それ以上に、妻を演じる樋口可南子の演技が見事だった。
終盤、山奥の窯場へ夫を捜しにやってきた妻が、山道でばったり夫と出会う。夫はいぶかしげに、「どうしましたか」と彼女に訊ねる。夫がとうとう自分の顔さえ認識できなくなったと悟った妻の驚愕と困惑、絶望。
数十秒間の無言の演技で、樋口可南子は妻の深い悲しみを演じ切った。誇張的な表情は一瞬もない、抑えに抑えた心の表現だった。
一縷の望みを託して彼女は昔、夫と出会ったときのセリフを口にする。「枝に実る子と書いて、枝実子」。いい名前ですね、と夫は他人行儀な言葉を返す。
救いのない内容だが、緑濃い山峡で夫婦が渡る吊り橋の遠景のエンディングに深い余韻があった。助け合いの暗喩だろうが、さり気ない表現なので嫌味はない。最近の日本映画ではきわめて珍しいことに、ここには確かに人生が描かれていた。