蒲田耕二の発言

コメントは実名で願います。

ホトケの顔も……

2012-01-19 | 政治
ジェーン・バーキンはOLのアイドル、ぐらいにしか思ってなかったから、先日BSで見た彼女の心情には胸を打たれたね。日本の政治家なんかより、ずっと誠実に日本のことを考えてくれている。あんなに知性ある女性だとは知らなかった。

聞き役の谷村新司が涙を流していたが、分っかるなあ。オレだってもらい泣きしたもん。日本の為政者が、あんまり情けないから。

菅直人を寄ってたかって引きずり下ろしたとはいえ、民主政権には、まだいくらか未練があった。だが、昨年末ドサクサ紛れに可決した武器禁輸緩和に続いて、多数派有利の比例定数削減。原発寿命40年と言った舌の根も乾かぬうちに20年延長。

愛想が尽きた。もうアカン。菅も相当ソコツな男だったが、脱原発の理念は確かだった。野田には理念や理想すらない。菅の市民感覚などサラサラない。官僚のあやつり人形に過ぎない。

昨日の大飯原発ストレステスト意見聴取会、あれはなんだ。ヤラセ丸出しではないか。原発反対派を会議から閉め出し、それを援護射撃するかのように、反対派があたかも無法な暴徒の集団であるかのような映像と報道を大手メディアが流す。民主政権の正体見たり、だね。

枝野経産相、憤然と「平穏に開催されない状況は認められません!」この男もいまや官僚のあやつり人形に成り下がってしまった。官房長官として大震災と原発事故の対策に当たっていたころは買ってたんだが。

客観的議論とは名ばかり、御用学者ばかりで原発再開へこぎ着けるための儀式に過ぎないではないか。

日本がギリシャやイタリアのような財政危機に陥らないためには消費増税が避けられない、とだれもが分かっている。それでも増税反対が世論の50%を上回るのは、民主が官公労に支えられ、官僚に抵抗できないことをみんな知ってしまったからだ。

国政担当者が次々無能をさらけ出して民主政が機能不全に陥り、「独裁」を公言してはばからない劇場型政治屋が大衆人気を博す。いまの日本は、ヒトラー登場前夜のワイマール共和国にそっくりだ。20年後、この国がふたたび世界中から嫌われる全体主義国家に変質していなければいいが。

橋下徹には青木るえか同様、オレも嫌な予兆を感じる。政治家が教育者の思想に縛りを掛けたりテレビの演出にケチをつけたり、そういうことが始まると社会はロクな方向へ進まない。いつか来た道。第2次大戦前の日本、と言ってピンと来なければ、旧ソ連や北朝鮮のような全体主義体制へ近づいていく。
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ケレンの楽しさ

2012-01-09 | ステージ

吉祥寺の前進座で『髪飾不思議仕掛(かみかざり・はてなのからくり)』観劇。髪が宙に浮き上がる奇病に姫君が罹り、婚礼もままならぬが、原因はお家乗っ取りを謀る悪家老の陰謀だったというドラマ。

19世紀初めの古典『毛抜』の改作スピードアップ版である。勧善懲悪のストレート・プレイなんだろうけど、観てるとヒーヒー言うほどおかしいんだよね。

和式ティアラつーの? キンキラの髪飾りをつけた姫君の長い髪がネコの尻尾みたいに逆立ちして、お姫様がアレーとか言いながら身悶えすると、笑いをかみ殺すのでオレも身悶えしてしまった。だって、周りはみんな真面目くさって観てんだもん。

そのからくりは、実は天井裏に潜んだ忍者の巨大な磁石なのだが、これって、原典の40年ほど前にウィーンで初演された『コシ・ファン・トゥッテ』でニセ医者が使う磁石を思い出させるよね。当時は洋の東西で、磁力の働きが大衆の好奇心を引いていたのかも。

歌舞伎もオペラも、客席を覆うスノビズムにゲンナリさせられるが、当初は肩の凝らないエンタメだったことを改めて認識した。モーツァルトの時代、オペラはまだ完全には大衆芸能化してなかったにせよ。

前進座のステージは、時に木に竹を接ぐような現代化で白けさせもするが(たとえば去年の『明治おばけ暦』)、やはり松竹系の型偏重の思考停止型上演よりは生気がある。レパートリー劇団の強みで、端役に至るまで役者の演技力に凸凹の少ないのもいい。
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ユッスー・ンドゥール

2012-01-05 | 国際
大統領選に出馬だと。ユッスーよ、お前もか。しかし、もともとメッセージ性の強い歌をうたってきた人だから、当然の帰結かもね。セネガルは現在、国民の平均所得1日3ドル、隣国ギネアビサウとの紛争慢性化って状況だそうだから、彼の出馬は多分、真摯な決意からだろう。冷やかしちゃいかん。

でもさあ、アーティストが政治ごっこ、じゃなかった、政治活動を始めるのって、大体において本業がダメになったときなんだよなあ。過去の例で言うと、ルベーン・ブラデス、イヴ・モンタン……。ピアフとかアマリア・ロドリゲスとかエリゼッチとか、本当の名歌手は政治など見向きもしなかった。

日本じゃ、もともとダメな芸人が政治をやりたがるけどね。

ユッスーって『エジプト』以後、なんかめぼしいの出してんのかね。はっきり言って、あのアルバムさっぱり面白くなかった。だから、その後の作は聴く気がしない。レゲエ・アルバムとか出してるらしいけど。20年前、精力的に踊りまくった来日コンサートのライヴ録画は、いまでも家宝だが。

一方こっちの国では、民主政権が末期症状を呈してきたね。3年前の自民さながら、離党議員がゾロゾロ。いまのところ、小物だけだが。マニフェスト総崩れなんだから、解散総選挙がスジだよなあ。自民には死んでも投票しないけど。

ところで民主離党組が旗揚げした新党、語源が綱だから「きずな」から「きづな」に名称変更だと。いまじゃ、どんな辞書でもエントリーは「きずな」なんだよ。学校でも、そう教えてんだよ。政治家が子供たちを戸惑わせるようなマネすんな。
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