蒲田耕二の発言

コメントは実名で願います。

毒舌の楽しさ

2025-02-04 | 文化
遠藤周作という作家は、悪口の名人だった。文春か何かに連載していた『狐狸庵閑話』なるコラムは毎回悪口満載で、その主たるターゲットはたいてい友人の北杜夫だった。懸賞のビールを進呈するという遠藤のニセ電話に杜が引っかかって間抜けヅラを晒しただの、正月になるとおせちを食い荒らしにやってくるだのと他愛ない悪口を綴っていて、それがなぜかハラが痛くなるほどおかしかった。

遠藤周作とは、悪口で人を笑わせることのできる名人だった。その名人芸を、久々に味わった。

もちろん遠藤はとっくに鬼籍に入っているから最近の話ではない。河出文庫で出た『狐狸庵交友録』の読者が紹介したエピソードが、またたく間にネットで拡散されたのだ。

遠藤は息子の結婚の仲人を作家仲間の三浦朱門に頼んだ。事前に資料を渡しておいたのに三浦は一瞥もくれず、披露宴の当日、アドリブでスピーチを始めた。作家は空虚な美辞麗句を極度に嫌うから、アドリブで口にするのはたいてい悪口である。で、三浦は開口一番、「新郎の父、周作はクワセものであります」とやった。この程度なら遠藤も驚かなかった。しかし、次の言葉がまずかった。

「新婦は〇〇学院の卒業生で、この学校はうちの女房も出た学校ですから、よく知っていますが……この学校の卒業生にはバカが多いのです」

三浦も言ってしまってから飛んでもないことを口走ったと気づき、頭にカッと血がのぼって後はあらぬことばかり言い続けたそうだ。

次いでスピーチに立った阿川弘之は、この日のために原稿をひと月ほども推敲したと聞いていたので、三浦の名誉挽回をしてくれるものと遠藤は期待した。ところが、いざ喋りだすと、それは三浦に輪をかけたひどさだった。

阿川はまず、遠藤からあれを喋れ、これを喋れと注文をつけられたと文句を言い、結婚式にはカネがかかると遠藤が愚痴ったとばらし、あげくに遠藤はアルツハイマーの兆候がある、こういう半狂人の義父に仕える嫁が気の毒だと嫌味を言って話を結んだ。

これにはさすがの遠藤も口あんぐり。「真面目な嫁側の招待客のなかには『あんな家に嫁にやって大丈夫でしょうか』と思った方もおられたときいた」

後日、遠藤は三浦家を訪れる。

「あんなひどい仲人には仲人料は払う必要がないと私は言い張ったが、嫁側の御両親に説得され、仕方なく両家で仲人料を三浦家に持っていった。
『とんでもない。主人があんな御挨拶をして』
 と言って返してもらえると思っていたのに、曾野綾子夫人は、『まあ、こんなお心づかいをしてくださって』と巻きあげてしまった」

「返してもらえると思っていたのに、」のくだりでオレは爆笑したのだが、リンクを貼ったブログの筆者は、どうも全体としてネガティブなニュアンスで読んだようだ。遠藤の悪口を本気の恨みつらみと捉えているらしい。

毒舌をユーモアとして楽しむ余裕は、いまの日本にはもはや求められないのかもね。
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町田康訳『コブ取り爺さん』

2025-02-02 | 文化
町田康の奔放な口語訳は数年前にネットで公開されて評判になり、当時天声人語で紹介されたりしたが、文庫本になったせいか、最近また話題になっている。で、改めて読んでみた。何度読んでもおかしい。

特に、前半のスピード感ある鬼の群れの描写が秀逸。オレにとってとりわけ印象的なのが「かと思うと目が二十四もあって、おまえは二十四の瞳か、みたいな奴もおり、」という、一見ナイーブなフレーズだ。

日本語の文章は通常、同語反復を嫌うから、センスの悪いライターだとここのところ、間違いなく「目が十二対もあって、」と書く。すると文章は途端に理屈に落ち、ナイーブなフレーズが持つおおらかなおかしみが失われてしまう。町田康とは、そういう微妙な感覚を知っているライターだと思う。

編集者も同じレベルで鋭い文章センスを持っているかと言うと、これがはなはだ心許ない。河出クラスの文芸出版ならまず問題はないだろうが、オレがかつて仕事の場にしていた音楽関係の出版社やレコード会社の文芸部はほとんど絶望的に無神経だった。いちいち具体例を挙げたら愚痴になるからやめておくが、無知なヤツほど意味なく人の文章をいじりたがる。いじった結果、すべて悪くなる。どころか、間違っていたりする。

いつだったか、宮藤官九郎が皮肉っぽく言っていた⎯ ⎯ NHKには優秀なスタッフがいて、あらゆる台本をNHKで放送するに相応しい状態にする。そのおかげで、歴代の大河ドラマ中、視聴率最低を記録した『いだてん』はオリジナルをズタズタに改変されてしまったらしい。それでもなお、あれは傑作だったと言う意見もあるが、作者のクドカンとしてはよほど口惜しかったのであろう。気持ち、分かるなあ。
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『ナイジェリアン・ギター・ルーツ』

2024-06-27 | 文化

アフリカ音楽の泰斗、深沢美樹氏によるパームワイン・ミュージック3部作、完結。第1集の『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』が出たのが2017年、足掛け8年かかっている。各巻2枚組で、いずれも50曲以上収録。音源を集めるだけでも大変だ。ほかに類を見ない労作である。

押さえておきたいのは、これらが民謡・民族音楽の類ではなく、アフリカのポピュラー音楽であることだ。つまりこれは大昔の文化の遺品・出土品ではなく(第2次大戦前の録音も入ってはいるけど)、我々の時代とも断絶していない生きた音楽なのだ。

そらまあ民謡も、生まれた当時は人々の息吹を載せたポピュラー音楽だったんだろうけどね。

ま、門外漢のオレがあんまり知ったかぶりをやるとボロを出すからこの辺でやめとくが、ともかく世界を見渡してもこんなに突っ込んだ、筋の通ったアフリカ音楽のコンピレーションてないと思う。聴いて楽しむとともに資料として記録として、稀な永久保存盤の一つであろう。

いつもながら森田潤さんのマスタリングが素晴らしく、古い音源が生き生きと精彩に富んだ音でよみがえっている。戦前の録音も、聴く上で何の不都合もない。

去る6月23日、このアルバムの発売記念に渋谷のLi-Poでレコード・コンサートが開かれた。いつものように満席の店内は、なごやかな笑いに満ちて和気あいあいムード。ワールド・ミュージックの集いって、なぜか見知らぬ者同士の垣根が低くなるんだよね。ロックやポップスでは、ギスギスしてるけどね。

しかし残念ながら、Li-Poは今月限りで閉店。ナイジェリアン・ギターが最後のイベントになってしまった。Madam Lipoの伊藤さん、お疲れ様でした。そして我々ワールド・ミュージック・ファンに憩いの場を提供してくださって、本当にありがとうございました。
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伝統行事

2024-01-22 | 文化
三重県の尾鷲市にヤーヤ祭りというのがあるそうだ。記事になるまで存在すら知らなかったが、300年前から伝わる伝統行事だという。参加する男たちがハダカになって海や川で水垢離を取る。

それが今年から全裸禁止、下帯や水着着用ということになった。インスタやTikTokで男たちの丸出し姿が拡散されては風紀上まずい、との判断なのだろう。いまじゃスマホのカメラも性能アップして、だれでも高精細な映像が撮れるもんね。

伝統も時代に合わせて、ってことにオレは必ずしも頭から反対するものではないが、しかし300年続いた伝統だよ。それを一時の価値観で改変するってのは、どんなもんかねえ。

そう言えば、福岡の沖合にある沖ノ島も島全体が神社なので、上陸する男たちは一糸まとわぬ姿になって水垢離を取ると聞いた。いつだったか、この島を訪ねたテレ朝のアナウンサーが神妙な顔で海に浸かっていた。

こうした伝統は文化の一つなんだから、ちょっとは大事にした方がいいのではなかろうか。だいたい、水垢離姿をワイセツなんて思うとしたら、そっちの方がおかしいんだし。

フンドシはともかく、海パンを穿いた男たちが水垢離を取る姿って、想像するとなんか滑稽。

そらまあ、タリバンが1500年前の磨崖仏を爆破したような、人類にとっての大罪ではないけどね。
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2024初笑い

2024-01-19 | 文化
新年早々、大地震が発生したりトランプが予備選で大勝したり、不吉な未来を予感させるニュースばかりだが、久しぶりにハラの底から笑わせてもらった。

イエね、朝日デジタルに載った福島県二本松市のニュースなんですけど、同市に伝わる鬼婆伝説をモチーフにしたレストランのメニューが秀逸なんです。ドクロラーメン、おにばばソフト等々、いろいろある中でとりわけ傑作なのが、その名も凄まじい「鬼婆血の池カレー」。血走った目を表現する赤く着色したウズラの卵が恐ろしくも愛らしい。その目の大きさ、灰色のマッシュポテト製頭髪とのカラーバランス、トマトの血に染まったカレースープへの顔の沈み具合、どれを取っても飛び抜けて洒落たギャグセンスである。

こういうセンスのいい人がいるうちは、日本の未来に希望が持てる。

有料記事だが、写真は全部無料で見れます。ぜひご一見を。
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