(安達太良連峰と裾野に広がる美しい村のビューポイント:安達郡大玉村玉井)
いつも通り過ぎるだけだった大玉村の「小姓内ポケットパーク」に立ち寄って見ました。
以前から安達太良の絶景ポイントのひとつとして認識のあった場所ですが、駐車スペースと四阿(あずまや)が設けられています。
四阿のベンチに腰を下ろし景色を見渡すと、今までは安達太良にしか目が行かなかったのですが、裾に広がる大玉村の美しさにあらためて気づかされました。
なるほどそう思ったのは、広場の一角に立てられたこの看板が一役買っていたのかも知れません。
(大きい画像)
“大いなる田舎”大玉村。
そうそう、大玉村はインカの古代空中都市のあるマチュピチュ村と友好都市になっているのです。
(2014ふるさとCM大賞出品作品「いぐねのある風景」)
(大きい画像)
どうです、いいところでしょう。わが家から見える安達太良もいいですが、大玉村から見る安達太良は裾野が広がっていて一段と高く雄大に見えています。
(大きい画像)“Google map”より
近くの「蛇ノ鼻遊楽園」などにお立ち寄りの際には、ぜひこの場所から安達太良とその裾に広がる美しい村をご覧になってみて下さい。
いつも通り過ぎるだけだった大玉村の「小姓内ポケットパーク」に立ち寄って見ました。
以前から安達太良の絶景ポイントのひとつとして認識のあった場所ですが、駐車スペースと四阿(あずまや)が設けられています。
四阿のベンチに腰を下ろし景色を見渡すと、今までは安達太良にしか目が行かなかったのですが、裾に広がる大玉村の美しさにあらためて気づかされました。
なるほどそう思ったのは、広場の一角に立てられたこの看板が一役買っていたのかも知れません。
(大きい画像)
“大いなる田舎”大玉村。
そうそう、大玉村はインカの古代空中都市のあるマチュピチュ村と友好都市になっているのです。
(2014ふるさとCM大賞出品作品「いぐねのある風景」)
(大きい画像)
どうです、いいところでしょう。わが家から見える安達太良もいいですが、大玉村から見る安達太良は裾野が広がっていて一段と高く雄大に見えています。
(大きい画像)“Google map”より
近くの「蛇ノ鼻遊楽園」などにお立ち寄りの際には、ぜひこの場所から安達太良とその裾に広がる美しい村をご覧になってみて下さい。
大玉村と玉川村を混同することがよくあって,..。蛇ノ鼻遊楽園は,以前レースに行くときに何度か脇を通ったことが,..。変な名前のところだなぁと思ったものです。まだ,立ち寄ったことはないのですが。
こういう広々したところの庭先にテーブルとイスを持ち出して安達太良山を眺めつつビールなどを飲んだら最高ですね。^^;
蛇ノ鼻遊楽園も知っておいででしたか、「蛇の目」というのはありますが、「蛇ノ鼻」というのは面白いですよね。
おっしゃるように、BBQをしながら『安達太良山を眺めつつビール』なんていうのは最高ですね。こんないいところですから、いま大玉村は人口も増えているはずですよ。
ここは出来る前からよく車道の南側に停車して写真を撮っていたのですが、自分の為にあるのでは(笑)と思ってしまいました。
停めやすくなったのでもっと多くの人に見て欲しいですね。
新しい方の道を通っている方には、入り口が旧道側になってしまいますが、交差点ですから致し方ないですね。
車を駐めて、大いなる田舎と安達太良を眺めながらリフレッシュして、安全運転でまたドライブして欲しいですね。
いつできたのでしょうか?今度寄ってみますね。
最近はよく猪苗代湖周辺を走ってまして、安達太良山よりも磐梯山の写真を撮っています。
安達太良山も美しいですね。年内に一度登りたいと思っています。
今回、こうして実際にその場所からじっくり雄大な安達太良や緑の美しい大玉村を見てみると、改めてその素晴らしさが心に染み渡るのでした。
“ボギーさん”もぜひこの場所を訪ねてみて下さい。
どこかの政治家じゃないですが(笑)
土地は仰る通り、3年以上前から整地され‘広場’として存在し、マチュピチュ村との友好協定を説明する看板が設置されました。
ポケットパーク計画>
2016年8月に決定。東屋建設など本格整備が開始され同年に完成。
但し、名称は「ポケットパーク」のままだった。
名称とその看板設置>
2018年。さらに駐車場の線引きも完成。
名称の由来>
この場所の住所は「玉ノ井字矢ノ花(やのはな)」と言うところだが、この地区は昔から「小姓内屋敷(こしょううちやしき)」と呼ばれているため、その名をとったものである。(屋敷(やしき)とは「集落」を意味する方言)
東屋の豆知識>
この東屋は担当した工務店が苦労して古式建設方を再現した建物で、天井をよく見ると釘が一本も使われていないことが判るはずである。
ちなみに、近くにある蛇ノ鼻公園の住所も昔は「矢ノ花」だったが、名倉山の大蛇伝説から「蛇の鼻」に改正されたものです。
この地は昔、源氏軍が攻め入ったときに大量の矢が放たれ、そのあまりにも多い矢が「花」のようだったことに由来します。
漢字は、仙台では「居久根」と書くようですが、わたしは「居垣(い・くね)」だと思っています。
“ポケットパーク”の存在には気づいていながら、いつもはただ通り過ぎるだけでした。今回立ち寄ってみて、大玉村と安達太良の素晴らしさをあらためて感じることができてほんとうによかったと思いました。
本宮市の下町、東邦銀行のはす向かいには「まるよ」という小さな用品店が有りますが、この店名の「まるよ」の「よ」はこの店舗の創業者である野内与四郎(よしろう)氏の「与」にちなんで自らが命名したものですが、その野内与四郎氏は、マチュピチュの野内与吉氏の実弟で、兄弟の中でも最も仲が良く頼りにした人物でした。(現在の店主はその孫)
そのためでしょうか(?)、ポケットパークにある看板で野内与吉氏の写真を胸に抱いた人はその孫で名は「セサル・ヨシロウ」というのですが、その実弟の名が入っているのです。
ここだけの話しでした