190602_ソークラテースの思い出
クセノフォーン『ソークラテースの思い出』岩波書店 1953年
クセノフォーンは、今から2400年ほど前のギリシア人だ。
最近、この人の書いた『アナバシス』(小アジアで、1万人のギリシア人傭兵がペルシアから逃げる話)を読んだ。
この人は、ソークラテースの友人で『ソークラテースの思い出』という本も残している。
これを読んでみよう
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p.21
「ソクラテスは、国の認める神を信奉せず、かつ、別の神を導入した罪を犯した。また、青年を腐敗させている」という罪で死刑を宣告された。
私(クセノフォーン)は、ソクラテスのことをよく知っている。
私はソクラテスの友人で、彼とはよく話した仲だ。
彼が、私に語ったことをここに記載し、ソクラテスは無実だということ証明したい。
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p.34
ソクラテスはこう言った。
「もし牛飼いが、牛の数を減らせば、それは良くない牛飼いだ。
もし、国の指導者が市民の数を減らし、質を低下させたら、それは指導者がよくないからだ」
これを聞いた指導者はソクラテスを呼び出し、こう言った。
「おまえは、若い者と話してはならない」
ソクラテス「若いものとは、何歳までの人間か?」
「30歳までのものをいう」
「もし、買い物をするとき店員が30歳以下であったら、話してはいけないのか?」
「ソクラテス、君は、分かり切っていることをたずねる癖がある。そんなことはかまわない」
「では、若い者に道を尋ねられたら、返事をしてはいけないのかね」
「そんなことはいい。しかし、だめなのは、牛飼いの話だ。牛飼いの話をしてはいけない」
ということだったので、指導者が牛飼いの話に怒っているのが分かった。
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p.47
〔日本の戦国時代のように、古代ギリシアでは少年愛というものが普通に行われていた〕
ソクラテスは、クリトーンの息子のクリトブーロスが、アルキビアデースの美しい息子に接吻したということを聞いて、クリトブーロスのいる前で、クセノフォーンにこうたずねた。
「クセノフォーン、君はクリトブーロスが思慮深い人間と思っていたかね」
「思っていました」
「では、これからは、そう考えるのはやめたまえ。快楽に時間を費やし、有益なことに使うべき時間を失うということは、正気とは思えない」
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p.161
アテナイに、テオドテーという美しい女がいた。
承知させることができれば誰とでもつきあう女だった。
ソクラテスの弟子の一人が「言葉を絶した美人だ」というと、ソクラテスは「それでは実際に見学するしかない」といった。
テオドテーは、絵描きのモデルになっていることろであった。
ソクラテスは弟子たちに言った。
「諸君、彼女が彼女の美しさを見せてくれたことに対し、我々が彼女に礼をいうべきであろうか?
それとも、見せることが、彼女の利益を増やすならば、彼女が我々に礼をいうべきであろうか?。彼女は、我々の称賛を獲得し、我々は煩悩の虜になり彼女の崇拝者となった」
テオドテー「まあ、そうであれば、私のほうが、皆さんに見ていただいたお礼をしなくてはなりませんね」
ソクラテス「テオドテー、お前は地所をもっているかね?」
「もっていません」
「それでは、家作(収入のあて)はあるのだろうね」
「ありません」
「それでは生活の資をどこから手にいれているのかね」
「世間の方で私のお友達になって、よくしてくださろうという方があれば、それが私のくらしの道なのです」
「それはすばらしい財産だ。
ところで、おまえさんはお友達が蠅のように飛んでくるのをただ待っているだけなのかね。それとも、何か工夫をするのかね」
「どうして、良い工夫が、見つけられますか?」
「それは女郎蜘蛛なんかより、容易にできるよ」
「それでは私に、何か罠(わな)をはるようにすすめるのですか」
「そんな簡単な方法で獲物を捕らえられるとは考えてはいけない。
兎狩りをるときでも犬が必要だ」
「では私はどうしたらいいのでしょう」
「犬のかわりになる人間を一人、手に入れればよろしい。
その人が、美人の味のわかる人間どもを嗅ぎまわって探し出し、お前さんの網の中に追い込むだろう」
「それなら、あなたが協力者となって、友だちを捕らえさせてくれないんですか?」
「もちろんそうするよ。お前さんが、私を説き伏せられるならば、の話だが」
「ではどうしたら、私は、あなたを説きふせられましょうか」
「それは、自分で探して、自分で工夫することだ」
「それなら、それを教えていただくために、ときどき家に来てください」
「だがね、テオドテー、私には暇がないのだ。
可愛い娘(弟子たちのこと)がたくさんいて、私を離さないのだ。
こういうことは、たくさんの惚れ薬や糸車がなくてはできないことだよ」
「その糸車を貸してください。最初にあなたを引き寄せますから」
「実のところ、私はおまえさんに引き寄せられるつもりはなんだ。
おまえさんが私のほうに来るのを望むよ」
「行きますわ」
「歓迎するとも。
但し、私の家に、お前さんより好きな娘(弟子のこと)がいなければ、の話だがな」
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ソクラテスは、難しい話ばかりをしていたわけではなく、くだけた話もしていたのだ。