201129_「ばっぱさん」と「うるち」
私の生まれたところは東北地方の太平洋岸の農村だった。
その農村は、海の近くにあり、田んぼは干拓によって造りだされた土地で、海面よりも低かった。
ここにいた時期は私が三歳の頃までで、幼児の頃の記憶はあまり残っていない。
四歳の頃、小さい町に引っ越した。
私の生まれた村は、父と母の実家のある場所であり、正月、彼岸、夏休みと年に決まった時期に親に連れられ遊びにいった。
実家では、祖母は孫たちから「ばっぱさん」と呼ばれていた。
「ばっぱ」では呼び捨てで失礼だから後ろに「さん」をつけたのだろう。
いまは「ばあば」というらしい。
その当時の話だが、祖母の会話の中に「うるち」ということばが何度も出てくる。
祖母が近所の人と話しているのを聞くと、何度も「うるち」ということばを聞く。
「うるち」というものは、祖母の話相手の人にとっては、「空」とか「海」とか「山」とかと同じように生まれたときから知っているもののようだ。
子供が「『うるち』って何?」と質問できる雰囲気ではなかった。
その後、大きくなってからは田舎に行くことも少なくなり、たまに田舎に行っても、もう「うるち」なんていうことばは聞かなくなった。
「うるち」とは、我々が日常食べている「米」のことだった。
「もち」を作る粘り気の強い品種に対し、普通の常食の米を「うるち」と言っていたのだ。
米を「こめ」といわず、「うるち」と呼んでいたのでは、子供には分からないわけだ。
ばっぱさんの時代には、「うるち(米)」と「もち米」を、正確に区別して話さないと会話が成り立たなかったのだろう。
私の生まれたところは東北地方の太平洋岸の農村だった。
その農村は、海の近くにあり、田んぼは干拓によって造りだされた土地で、海面よりも低かった。
ここにいた時期は私が三歳の頃までで、幼児の頃の記憶はあまり残っていない。
四歳の頃、小さい町に引っ越した。
私の生まれた村は、父と母の実家のある場所であり、正月、彼岸、夏休みと年に決まった時期に親に連れられ遊びにいった。
実家では、祖母は孫たちから「ばっぱさん」と呼ばれていた。
「ばっぱ」では呼び捨てで失礼だから後ろに「さん」をつけたのだろう。
いまは「ばあば」というらしい。
その当時の話だが、祖母の会話の中に「うるち」ということばが何度も出てくる。
祖母が近所の人と話しているのを聞くと、何度も「うるち」ということばを聞く。
「うるち」というものは、祖母の話相手の人にとっては、「空」とか「海」とか「山」とかと同じように生まれたときから知っているもののようだ。
子供が「『うるち』って何?」と質問できる雰囲気ではなかった。
その後、大きくなってからは田舎に行くことも少なくなり、たまに田舎に行っても、もう「うるち」なんていうことばは聞かなくなった。
「うるち」とは、我々が日常食べている「米」のことだった。
「もち」を作る粘り気の強い品種に対し、普通の常食の米を「うるち」と言っていたのだ。
米を「こめ」といわず、「うるち」と呼んでいたのでは、子供には分からないわけだ。
ばっぱさんの時代には、「うるち(米)」と「もち米」を、正確に区別して話さないと会話が成り立たなかったのだろう。