ミクロもマクロも

心理カウンセラーが気ままに書き続ける当たり前

ボク、嬉しいけど、振るシッポがないの・・・・

2005-09-12 00:19:02 | Weblog
 いくつかあるお散歩コース。その一つで会う、朝6時前のコーギー君。
女王陛下のワンちゃんは、と言うより、白人達の改造趣味は、少し怖いわね。
コーギーの顔は、キツネよ。
「この顔は犬じゃあないな」
って、飼主さんもおっしゃるご面相よ。
でも、いくら改造が好きでも、種も族も違う生き物を掛け合わすなんては
しない、できないわよね。犬とキツネなんて。
いくらキツネ狩りを、貴族のお遊びにしているイギリス人だからってね。
動物愛護団体から、槍玉にはあがっているらしい狩猟お遊びらしいけれど。

そのコーギー君。尻尾が見えないのよ。
「ほら、このへんのあたりにあったんだよ」
「この犬も、生まれて尻尾を切るのかしら?生まれつきじゃないのですよね」
「そうだよ」
「なんてことをするのかしらねえ。尻尾で感情を表すのに、可哀想」
「うん、だから、ホラ、このへんの筋肉が動くんだよ」

こういうのが嫌いな私なのです。
な~んという傲慢さ。神の領域に、ジャンジャカジャンジャカ手をつける人間。
交配相手を、同じ生き物間で、っていうのはどうにか我慢できるわ。
「よくやるわよ」で、あきれてるけど。
ウチのシーズーだって、中国犬間で改良(悪)されたものらしいけど、ドーベ
ルマン、ボクサー犬達も、す~ぐ尻尾を短く切るのよね。
耳を切られるのもいるわ、可哀想~~~。

本人(犬)達が文句を言わない、訴訟にはならないことをいいことに、もう
好き勝手の改造。コーギーに限って言えば、胴体は中型犬で、足は細く短い。
10年もしたら、下半身に不具合が出るって、飼主さんはおっしゃるのよ。
私には、そんな犬達が痛々しい。

セニョール・ダンは、犬・猫・土等は買うものじゃないって。
ええ、私も基本的に同じ意見よ。ウチの犬・猫は、戴いたものよ。息子達が
もらってくる、これが我が家の動物達の出所。 コマーシャルに出た犬種が、
ウン十万円。これを狂気の沙汰といわずに何と言う?なのよ、私から見たら。

犬達が、飼主のステータスになる?
もうもう、勘弁してで、なるべくそんな人達には近づかないようにするのよ。
犬達は大好きだけど、飼主がねえ。犬は犬でしかないって、人間だからね私は。
ご挨拶はするけれど、犬の自慢話が始まる気配がしたら、さっさと立ち去るこ
とにしてるわ。その時は、日系人のフリをして、スペイン語でマリリンに話し
掛けるの。そうしたら、犬も飼主も「?」なのよ。その隙に「アディオス!」

 何かで差別化を図りたい。
気持ちはわかるわ。手っ取り早い「モノ」の提示。
ブランド品なんか持つ人を見ると、「バカ!」って、思うのよ。よくそんな事が
できるわねって。恥ずかしい恥ずかしい。そのモノの値段が、ウン十万円あたり
ってわかるのがメチャメチャ恥ずかしいってね。人の目に触れる事を恥ずかしが
らなきゃいけないのよ。それは、育ちに関わる事だから。

大きなお世話? ええ、そうかもしれないわね。けれども、そういうことを教え
るのが親の務めってものなんじゃない。かつて、私達は、何が「恥ずかしい」の
か知ってる国民だったはずですもの。必要以上のモノを欲しがる事は、卑しい事
なんだから、人に知られないようにしましょうね、なのよ。
私はそう思うのです。私が私であることが、もう立派な差別化をしているという
事なのですもの。何もモノなんか持たなくても臆する事もないのです。

かなり昔、母はかの有名なムツゴロー氏と知り合いで、ある時に犬の話になって、
犬好きの母に、彼が1匹あげましょうって言って下さって、思わず
「可愛い顔の犬がいいわ」
と言った母に、彼は
「飼う資格がありません」って。
軽く言ったのよ、可愛い云々は。けれども、軽い気持ちが、軽く飼って、軽く捨て
る、そんな飼主がいるのに通じているのも事実ですものね。
生き物と暮らすということがどんなことか、示唆に富んだ資格云々。

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