オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

墓じまいより、記念碑を遺すこと

2019-12-26 12:40:01 | 銀座の周旋屋

 

 銀座は、消費を煽る広告・宣伝いがい、クリスマスも静かなものだった。

 田舎からの良いお客さんや、外国人らで相変わらずゴッタ返してる中央通り周辺だけで、それ以外はとっとと店を閉めてのんびり過ごしてる自営業者が多い。

 スポンサーのヒモ付きや、企業のやってるオママゴトや、そんな連中は時代錯誤も甚だしい。

 もうね、そんな時代ではなくなってる。

 

 与・野党の政治や役人の椅子争いなんて猿山の騒動には興味も失せて、大金持ちがどうしたこうしたの話題も、どのみち退屈で孤独で寂しい老後しかないのが見えてる訳で、どうでもいい話になってる。

 

 価値の多様化とは言うが、消費する商品の多様化のことばかりで、なんで生きるの? ナニが楽しくて生きてるの? の価値については、な~んも多様化の話は出てはこない。

 人間が生きる、この価値について、大人社会は黙り込んでしまってて、こうやって生きても良いんだぜ!! という、胸を張って変人・奇人で生きてる俺みたいな大人がどんどんいなくなってる。

 これこそ、哀しいことだろう。

 

 常識や良識、道徳に倫理、それもこれも根拠については自信などなくなってて、病的で不健康な奴らが言い合ってる光景は、もう見飽きたぜ。

 

 ・・・ということで、当社はいつものように31日まで仕事をしてる。

 頂いたお歳暮だけで贅沢な新年の食い物は揃ってるけんども、なんだかね~。

 

 十何代もの先祖の墓が並んでる俺んとこの墓は、小高い丘の上で石碑のまわりに並んでる。

 新しい年はその草刈りと掃除で始まりそうなことで、すでに考えるだけで身体が重くなってる。

 墓じまいも考えておったが、いまや管理された霊園で2~3代の骨しかない家ばかりの時代、逆に遺して置いてやろうかとも想うようになってるさ。

 あの世も霊魂もナニも信じてはおらんが、歴史と記念碑、この国の紛れもない土着の人間だという、証拠にはなるだろう。

 


カモシカの佇む、冬の広葉樹の森

2019-12-26 11:55:17 | 地球と生きる

 

 箱根だの強羅だの、石和から野辺山・小諸・軽井沢、草津に伊香保、鬼怒川から那須なんだと言われても、毎週のように山に登ってる者にとっては、泊りで呑気に出掛けるエリアではなくって、日帰りで山に登るときに用があれば立ち寄る、そんな通り抜けるだけの場所でしかない。

 良い湯もあるから、立ち寄ってるだけ。

 画面ばかり眺めて暮らしてる現代人は、その行動範囲は狭いなんてレベルではなくって、お話にならない。

 別荘を持ってたってそこばかり、都会の閉塞生活のまんま、孤立して籠っている。

 外国から遊びにやってくる人間の方が、よほどに自由自在に、この日本という風土を楽しんでる。

 

 躁だの鬱だのと言う神経・精神病も、勉強に忙しい、仕事に忙しい、朝から晩まで誰かにナニかに振り回されて、クタクタになって一日を終える生活の延長にある。

 俺なんざ、人生60年、まだまだ遊び足りないから時間が無くて困ってる。

 悩んでたり、悶々とするなんてことはまるでない。

 そうして後悔もなにもない。

 愛だの恋だのと逆上せあがって騒いでる皆さんの横で、せっせと女を口説いては子を育て、その繰り返しで生きてきてるから、ありもしない退屈で無意味な夢想すら持ってない。

 

 さて、冬の寒さが厳しい群馬の奥のほうの山では、鹿と言っても毛がふさふさのカモシカばかりになる。

 丹沢あたりをウロついてる、蛭をぶら下げてフラフラしてる痩せた鹿とは違って、良い身体をしている。

 ・・・ということで、仕事を終えて、たいして寝ないまんまで、また暗いうちに出発した。

 関越も渋沢・伊香保で降りて、草津方面を目指すつもりだったが、腰と頭が痛いのがなんだか治らないので・・・どうすんべ~か? ということで、チョイとローカルな2000m弱の山を目指した。

 スキー場には雪が足りないと言ってるが、奥山には雪が積もってるかな? 車はスタッドレスにチェーン積んであるし、アイゼンも軽アイゼンから10本爪の古いのは積んであったから、ま~ま~、のんびり行くべ・・・と、いつものように険しい山道に入って行った。

 毎週のことだから、人間に会わずに、獣たちに会えて、大絶景でも見れば、頭の痛いのも治るだろうと想っておったが、右のわき腹がなんだか痛くなっておった。

 オストメイトだからということでもなくって、腰と背中が凝っておって、氷点下の寒さのせいだったろう。

 昼には下山して、いつものファイブ・スターの良い温泉に浸かって帰るつもりだった。

 登山が目的ではなくって、帰りの温泉のために大汗かいて筋肉を使う登山をする、そういうこともある。

 日常をじゅうぶんに愉しんで生きておると、山や海ではマイペースに大いに愉しむ。

 霜柱と霧氷、山全体が凍りついている、そんな音が足元からしておった。

 コンコンと良い音がする時は、下山するときには溶けてぬかるみになっておる。

 コンコンと、可愛いキツネがついて来てる訳ではない。

 熱く良い湯に浸かるために、寒く凍えるような山を歩く。

 いつものようにいくつかのピークを越える頃には、大汗をかいておった。

 足は軽かった。

 ほとんど休むこともなく、一気に山頂まで登った。

 朝のうちはお日様も出ておったが、昼前から雲行きが怪しくなった。

 雪になるか・・・そんな強く冷たい風が吹いておった。

 燧ケ岳や至仏山に武尊、榛名に妙義、八ヶ岳にアルプス、奥秩父の山塊のあいだには富士山が見えておった。

 先週はあそこらへんで遊んでおった。

 霜柱は溶けることもなく、ますます冷え込んでいたから、一気に下山した。

 冬は、広葉樹の山しか登らない。

 葉が落ちて、眺めが抜群に良くなってる。

 明るい森になってる。

 車まで下りるといつものように外で上半身裸になって着替えたが、湯気があがっておった。

 そうそう、これから湯気の上がる良い湯に浸かるんだと想うと、笑いが込み上げてきた。

 腹のパウチを包み込む、スイムラップを忘れて来たことに気が付いたのはそん時だった。

 ・・・ま~、しょうがあんめ~

 手で腹のパウチの袋を押さえて湯に浸かるだけのこと。

 たいした問題でもなかった。

 だんだんに、オストメイトだという自意識がなくなってる。

 露天の湯に40分ばかり浸かってうつらうつら、またまた大量に汗をかいて水分を取り、美味い飯を喰って一気に雨の降る東京へと戻ってきた。

 たいして疲れてなかったので、そのまんま銀座の店に出た。

 クリスマスと、年末年始、みなド阿呆面さげて消費に大騒ぎ。

 俺にはなんということもないがな。

 

 寝る前に腹のパウチの貼り換えをして、布団に入ったら爆睡した。

 仕事終えて寝ないでこのくらいはまだ大丈夫だから、朝の勃起もカチカチだべや。

 

 さ、仕事で今日も歩くよ。