久しぶりのブログアップ!
1年経った気の緩みとデジカメをとあるお店に忘れてきた事もあってだいぶ間があきました・・・
5月30日相馬市から国道6号線を南下、南相馬に向かった。
南相馬市は警戒区域・緊急時避難準備地域・計画的避難区域と3通りの指示が出されている。
海岸近くの民家。建物は辛うじて残っているが1階部分は柱のみ。
原町区萱浜地区 ご遺体の捜索は終了したようだが、復旧には程遠い。
被災地に建てられた応援メッセージの看板。
最後まで避難誘導されてたであろう消防団の車両も津波の被害に・・
津波被害後の霊園。墓石は悉く押し流され跡形もない。
国道6号線を更に南下すると立ち入り禁止に・・ この先は原発から20キロ圏内で許可を受けた車両以外入れない。出入りしているのは、ほとんどが自衛隊の車両。車内の隊員は防護服にガスマスク。緊張感が伝わってくる。
Uターンして引き返すことに・・・ 川俣町に住む次兄宅に向かった。次兄宅までは南相馬から30キロ程度。道路は飯舘村を通り川俣に向かうのが最短。
飯舘村は計画的避難区域に指定され全村民避難の指示が出ている。数十年かけて築きあげた飯舘牛ブランドも犠牲に・・
村内は誰一人会うことなく静まり返っている。作付けも出来ず本来なら田植えも終わりみずみずしく輝いている田んぼも見ることが出来ない。
誰一人会うこともなく飯舘村を通過。川俣町に入った。
川俣町も一部が計画的避難区域に指定されている。次兄の住む川俣町飯坂地区は飯舘村のすぐとなり。飯舘村にいた小中学生はほとんどが川俣町に避難し町内の学校校舎を借りて通学しているようだ。
積算線量計 線量計
次兄は役場関係、甥は町役場職員として仕事をしているため、線量計を持ち歩いていた。
次兄の線量計を拝借して測定してみると、屋内は0.08ミリシーベルトだったのが、屋外の地表に近づけるとたちまちご覧の数値に上昇。
放射線対策は早急の課題。せめて放射線測定器が一人一人あるいは各家庭に配布されるとせめてもの安心や判断材料になるのだが・・・
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