越畑城跡と同じ山塊に、隣接するような近い距離で存在しているのが、
杉山城跡です。
杉山城跡は、小規模ながらも模範的な縄張りに基づいて築城されているところから、
「城の教科書」の異名をとっています。
私が杉山城を訪問したのは、越畑城跡と同年、1983年(昭和58年)頃のことです。
初めて訪ねた杉山城は、曇り空の初秋の午後でした。
現在の杉山城は、整備が進み、非常に見学しやすくなっていると聞いていますが、
当時は篠竹や樹木の生い茂った不気味な場所でした
搦め手口から進入したのですが、やぶの中にのびる細い道に、それ以上足が進みませんでした。
そこで、2度目は時期を晩秋にずらし、天気の良い午前中を選びました。

晴天なのに城址の中は薄暗く、他の時期ではとても進入できないと思いました。
腰郭を伝って歩くと空堀、土塁がしっかりと残っています。

本当に薄暗くて気味が悪かったのですが、あっけなく本丸に到着です。

本丸はいかにも狭かったです。
枯草や雑木をよけて歩くと、狭苦しい教室の机の間を歩いているような気分になりました。

これは、井戸跡ですね。
私は、城館跡遺構の中で最も好きなのは、井戸跡です。
埼玉県内の城館跡では、遺構に石を使っているところは少ないのですが、井戸跡は石を使ってることが多い。
本当にくだらない理由ですが、山城で井戸跡を見つけると、うれしさ倍増なのでした。
杉山城跡です。
杉山城跡は、小規模ながらも模範的な縄張りに基づいて築城されているところから、
「城の教科書」の異名をとっています。
私が杉山城を訪問したのは、越畑城跡と同年、1983年(昭和58年)頃のことです。
初めて訪ねた杉山城は、曇り空の初秋の午後でした。
現在の杉山城は、整備が進み、非常に見学しやすくなっていると聞いていますが、
当時は篠竹や樹木の生い茂った不気味な場所でした
搦め手口から進入したのですが、やぶの中にのびる細い道に、それ以上足が進みませんでした。
そこで、2度目は時期を晩秋にずらし、天気の良い午前中を選びました。

晴天なのに城址の中は薄暗く、他の時期ではとても進入できないと思いました。
腰郭を伝って歩くと空堀、土塁がしっかりと残っています。

本当に薄暗くて気味が悪かったのですが、あっけなく本丸に到着です。

本丸はいかにも狭かったです。
枯草や雑木をよけて歩くと、狭苦しい教室の机の間を歩いているような気分になりました。

これは、井戸跡ですね。
私は、城館跡遺構の中で最も好きなのは、井戸跡です。
埼玉県内の城館跡では、遺構に石を使っているところは少ないのですが、井戸跡は石を使ってることが多い。
本当にくだらない理由ですが、山城で井戸跡を見つけると、うれしさ倍増なのでした。