暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

箱田氏館と三郎塚 

2018-08-23 22:05:34 | 城館跡探訪
本日より、ブログを再開いたします。何十回続くかわかりませんが、ネタが続く限り、書きたいと思います。


今夏、埼玉県は大変暑かったです。

熊谷では、最高記録を更新したということで、日本で最も住みにくい町の名を不動のものに致しました。


私は、今年の冬からしつこく箱田氏関連の遺跡を追いかけておりますが、箱田氏館付近は都市再開発に

直撃されるような格好で付近に昔から住んでいた住民がいなくなり、館跡にまつわる伝承もほとんど絶えました。

館跡碑の立っていた公民館が取り壊されまして、今後どうなるのかわからなくなった次第です。


さて、今回は、箱田三郎の墓所と伝えられる、三郎塚をはじめ、箱田神社にあるとされる、箱田三郎をまつった三郎社

について、調べてみました。調査日は、2018年07月09日および07月22日です。

三郎塚は熊谷西小学校の傍にある積水ハウスの東側の空き地です。

冬の調査では、ものの見事に間違えて、積水ハウス展示場東側の隅の空き地を撮影してしまいました。

しかし、冷静になってみて、間違いに気づきました。

積水ハウス展示場東側の駐車場があるのです。それが東側の空き地のようです。

空き地にはちょっとした木立があり、その中に三郎塚がありました。








中には「三郎」と刻まれた石柱、



そして「箱田霊神」の碑があります。







石碑の裏に回ってみると、



裏側にはその由緒が刻まれていますが、堀が浅くて思うように読み取れません。







三郎塚は、開発によって棄損され、柄の体をなしていませんが、近くには別の塚が残されていました。




箱田霊神の文字にかなりインパクトを感じました。

当時、塚を崩したことを恐れ、祀り直したのかもしれません。


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