今日は、滑川町にある山田城について書きたいと思います。
今回は、主に空堀の中を歩いたあと、郭内を探索する方針を立てました。
調査日は、2018年08月18日です。
山田城は滑川町の国営武蔵丘陵森林公園内にある城跡で、森林公園内には他に山崎城もあります。
まず、森林公園内南口に向います。
山田城跡・山崎城跡を見学したい方に申上げておかなければならないのは、
森林公園に車で向かう際には、駐車場料金と入場料金を用意しておいていただきたいということです。
森林公園の付属駐車場の方が高く、公園外の民営駐車場の方が安いです。
コストパフォーマンス的には、日本一コストの高い城にならないように、
一生懸命、歩き回ることをお勧めいたします。
山田城は松山城の支城の一つとされえう、楕円形の小規模な城です。
南口をはいると、案内板がありますので、その案内に沿って進むと、
5分も歩かないうちに、山田城跡の入り口にたどり着きます。

ここから坂を歩いて丘に登ります。
わたしは、これまで3回、山田城に来たことがあります。
きれいな芝生の城跡です。



意外なことに、山田城跡の中は、すっかり荒廃し、草ぼうぼうの状態でした。
とりあえず、城跡の説明板を撮影します。

これだけは以前と変わりがないように見えます。
既定方針通り、入り口に戻って空堀内に降ります。


山田城は斜面に空堀を掘っているために、本郭との落差がかなり大きく見えます。










空堀内は意外に歩く人が多いのか、足場がしっかりしています。
とにかく楕円形の城郭の空堀内を延々と歩くのですから、
ほとんど同じような写真ばかりです。時々、土塁の位置関係が逆転するものがありますが、
それは、わたしが降り却って撮影したものです。









ここに虎口がありました。





この虎口付近が、山田城の構造の中で一つのポイントになる部分のようです。
虎口の右手(西側)の部分が二重の空堀になっているようです。


この部分ですね。
高低差があるので、かなり攻めにくい構造です。


ここで、空堀が大きくカーブします。
また、ここの部分が城跡の南斜面東端にあたります。
人も出入りしないのか、空堀内もやぶになっています。
このやぶを突破すると、また足元は安定しますが、堀は深く、中は薄暗いです。
















あるき続けて、城跡を4分の3周ほど来たところに、階段があります。

ここから、城跡内に入ります。



城址内の踏み跡を歩くと、中央部にある土塁があります。


土塁の背後には空堀があるのが確認できますが、土塁そのものは、郭内部を区切るものではなく、
実は、櫓台のようなものではないかという気もします。



郭内の土塁周りを歩いてみます。









土塁周りの空堀状構造は、必ずしも強固な意志をもって城の防御施設として掘られたものではないのか、
いつの間にか、消滅してしまいます。
郭内部も東端がかなり低くなっているので、東端の低い部分に合わせるように構築物周囲を掘り下げて、
櫓台のような土塁のような構築物の高さを際立たせようとしたのかもしれません。
芝生時代の方が、遺構の意味が分かりやすかったと思います。
昔は、シートを敷いて弁当を食べるような広場だったんですから。
今回は、主に空堀の中を歩いたあと、郭内を探索する方針を立てました。
調査日は、2018年08月18日です。
山田城は滑川町の国営武蔵丘陵森林公園内にある城跡で、森林公園内には他に山崎城もあります。
まず、森林公園内南口に向います。
山田城跡・山崎城跡を見学したい方に申上げておかなければならないのは、
森林公園に車で向かう際には、駐車場料金と入場料金を用意しておいていただきたいということです。
森林公園の付属駐車場の方が高く、公園外の民営駐車場の方が安いです。
コストパフォーマンス的には、日本一コストの高い城にならないように、
一生懸命、歩き回ることをお勧めいたします。
山田城は松山城の支城の一つとされえう、楕円形の小規模な城です。
南口をはいると、案内板がありますので、その案内に沿って進むと、
5分も歩かないうちに、山田城跡の入り口にたどり着きます。

ここから坂を歩いて丘に登ります。
わたしは、これまで3回、山田城に来たことがあります。
きれいな芝生の城跡です。



意外なことに、山田城跡の中は、すっかり荒廃し、草ぼうぼうの状態でした。
とりあえず、城跡の説明板を撮影します。

これだけは以前と変わりがないように見えます。
既定方針通り、入り口に戻って空堀内に降ります。


山田城は斜面に空堀を掘っているために、本郭との落差がかなり大きく見えます。










空堀内は意外に歩く人が多いのか、足場がしっかりしています。
とにかく楕円形の城郭の空堀内を延々と歩くのですから、
ほとんど同じような写真ばかりです。時々、土塁の位置関係が逆転するものがありますが、
それは、わたしが降り却って撮影したものです。









ここに虎口がありました。





この虎口付近が、山田城の構造の中で一つのポイントになる部分のようです。
虎口の右手(西側)の部分が二重の空堀になっているようです。


この部分ですね。
高低差があるので、かなり攻めにくい構造です。


ここで、空堀が大きくカーブします。
また、ここの部分が城跡の南斜面東端にあたります。
人も出入りしないのか、空堀内もやぶになっています。
このやぶを突破すると、また足元は安定しますが、堀は深く、中は薄暗いです。
















あるき続けて、城跡を4分の3周ほど来たところに、階段があります。

ここから、城跡内に入ります。



城址内の踏み跡を歩くと、中央部にある土塁があります。


土塁の背後には空堀があるのが確認できますが、土塁そのものは、郭内部を区切るものではなく、
実は、櫓台のようなものではないかという気もします。



郭内の土塁周りを歩いてみます。









土塁周りの空堀状構造は、必ずしも強固な意志をもって城の防御施設として掘られたものではないのか、
いつの間にか、消滅してしまいます。
郭内部も東端がかなり低くなっているので、東端の低い部分に合わせるように構築物周囲を掘り下げて、
櫓台のような土塁のような構築物の高さを際立たせようとしたのかもしれません。
芝生時代の方が、遺構の意味が分かりやすかったと思います。
昔は、シートを敷いて弁当を食べるような広場だったんですから。