ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

愛すべき「変人」になれ!

2022年03月01日 07時49分02秒 | owarai
 
創造性とは、「現在の合理性の
打破」です。つまり、非合理
性の追及です。

したがって、普通の人々から
は「アイツは調子っぱずれだ」
とか「変人だな」と言われる
ぐらいの人のほうが、

大きな創造性を持っていると
言えます。

自転車メーカーのシマノでは、
とにかく奇抜なアイデアでも、
まず試作させるそうです。

初期の試作は、とても製造担
当者には見せられないと技術
開発者は笑っています。

実際、前から足を回さないと
乗れない巨大な後輪用ブレー
キを試作した猛者もいたとの
こと。

祖父が設立したばかりの
ソニーの前身、東京通信工
業(株)の7人にお米を送っ
て支援した昭和21年、

井深社長(当時)が設計したの
が炊飯器。28台試作したが
炊きムラがあり大変だったと
か・・・、

年は流れ社内に何をやっても
構わない自由な遊びの場が部署
あったとき、

井深さんが外で音楽が聴きたい
と一言がきっかけで試作したの
が、

録音機能をはぶいた初代再生機
“ウォークマン”

再生だけのプレイヤーが売れる
訳がないと一蹴されるが爆発的
大ヒット!

個人的に驚いたのが、大叔父
の新築祝いで、井深会長が贈っ
のがJBLのオリンパスという
スピーカー。

当時ソニーはG7という名機が
あったのに、他社製の製品に自社
研究室で作らせたアンプをセッ
トにして日本家屋に合う音を造っ
ていた。

それは暗黙のうちに、まだ日本製
の音が十分でないことを意味し
研究者たちを奮起させた。

奇抜なアイデアをどう伸ばして
やり、それを新製品にどうやっ
て結びつけていくかが、

これからの企業のポイントで
はないでしょうか。
それには、奇抜なアイデアを考え
る右脳人間と、論理的に実証する
左脳人間のペアがいいといいます。
 
 
 

「幸福」

2022年03月01日 05時56分38秒 | owarai

 

言葉を友人に持ちたいと思う
ことがある。

それは、旅路の途中でじぶん
がたった一人だと気がついた
ときにである。

たしかに言葉の肩をたたくこと
はできないし、言葉と握手をす
ることもできない。

だが、言葉にも言いようのない、
旧友のなつかしさがあるもので
ある。

言葉は凶器になることがある。

ジャックナイフのように
ひらめかせて、人の胸の中を
一突きするぐらいは朝めし前
だ。だからネット世界は怖い。

だが、同時に言葉は薬にもな
る。さまざまな心の痛手を癒
すための薬に。

時には、言葉は思い出にすぎ
ない。だが、ときには言葉は
全世界全部の重さと釣合うこ
ともあるだろう

そして、そんな言葉こそが
「名言」ということになる
のである。

だが、本当はいま必要なのは
名言などではない。
むしろ、平凡な一行、一言で
ある。

まさに、ブレヒトの「英雄論」
をなぞれば
名言のない時代は不幸だが、
名言を必要とする時代は、
もっと不幸だ」からである。

そして、今こそ
そんな時代なのである。

・ ・ ・ ・ ・ ・
『あれほど多くの苦しみにさ
いなまれながら、それでもなお
かれの顔が幸福であるように
見えるのはどういうわけだろう』
アルベール・カミュ「手帖」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

https://www.youtube.com/watch?v=GHnrtqSIWjo


「言葉はハーモニー」

2022年03月01日 00時14分44秒 | owarai

「初めに言葉があった。言葉は
神とともにあった」、とは聖書
のあまりにも有名な一節です。

もし、これを信じるとしたら、
地球が誕生する前に、この宇宙
空間は聖なる言葉で満たされ、

神の愛とともに美しいハーモニ
ーを奏でていたことになります。

言葉は私たち人間にとって、大
事なコミニュケーションの手段
ですが、もしかすると、それ以
上の意味があるかも知れません。

私たちは言葉によって愛を語り
ます。また励まし合います。

そして、自己表現をします。

でも、それは単に口を動かして、
意思を伝え合うということだけ
ではなく、相寄る魂がバイブレ
ーションを重ね合わせて、

深い レベルで、心を通わせる
ための
ものだという気がします。


哀しい予感    校正後  

2022年03月01日 00時13分18秒 | owarai

 

『万葉集の愛の歌より』
“わが背子に または逢はじかと
思へばか

今朝の別れの すべなかりつる“
/高田女王(おおきみ)

今朝のあなた 別れの気配
この胸を凍らせる

哀しい予感

きっとさよならね
もう終わりなのね


◇背子(せこ)→女が恋人である
男を親しんで呼ぶ語。

◇また→再び
◇すべなかりつる→どうしようもなく
         切なかった。
作者が今城王(いまさきのおおきみ)
に贈った六首のうちの一種。作者の
心にはもう諦めの色がかなり濃く
滲んでいる。

千二百年前から恋の情感は
変わらないのですね・・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=kFquezNCnRk