満員電車の中、人は生ける
屍だ。
身動きできず、声もだせない
霊柩車。
死ねない人は、ウォークマン
で音楽を聴きながら心でリズ
ムをとっている。
満員電車の中、人は生ける
屍だ。
身動きできず、声もだせない
霊柩車。
死ねない人は、ウォークマン
で音楽を聴きながら心でリズ
ムをとっている。
火のないところに煙は
立たず、人の口に戸は
立てられない。
でも誰かに何か言われる
からと他人の目を気にし
ていたら何もできない。
あの料理の味を知らな
ければ、私は彼女の料
理で満足していた。
この靴の履きごこち
を知らなければ、あの
靴で満足していた。
恋、洋服、車、
そういうこと、沢山
あります。
アガバンサスは、ギリシャ語で
「愛」を意味する「アカベ」と、
「花」を意味する「アンサス」
をつないだ言葉。だから
この花は、
―――愛の花なんだよ。
と教えてくれた人の声が、そよ風に
乗って、耳もとまで届いた気がした。
耳上がりの森のように、たっぷり
湿った、柔らかい低い声。
あ、彼だ。
と、思った。彼が飛んできた。
たった今、彼の魂の粒子が宇宙の
彼方から飛んできて、わたしの心
の扉をノックした。
―――知ってる?この花の別名は
ね、リリー・オブ・ナイルってい
うだ。むかしむかし、あるところ
に、ひとりの旅人がいました。
男は旅の途中で、ナイル河のほ
とりにひっそりと咲いているこ
の花を見つけて、愛する妻のた
めに持ち帰ろうと、一輪だけ、
摘み取りました。
ところが、あとほんの少しで
家にだどりつけるというところ
まで来て、男は醜い戦争に巻き
込まれ、大怪我を負って、死ん
でしまったのです。
血だらけの手に、しっかりと花を
握ったまま・・・・。男は息絶え
ましたが、花はなぜだか、枯れま
せんでした。
それから花はすべての蕾を開き、
実をつけ、種をつくっていったの
です。やがて、はらはらと大地に
零れ落ちた種から、新しい芽が
出て、根を張り、葉を広げ、いつ
のまにか、
戦場跡にはこの美しい愛の花
が毎年、そこら中に、咲き乱れ
るようになりました。それまで
戦いに明け暮れていた人々は、
この可憐な花の姿に胸を打た
れて、無意味な争いをやめる
ことにしたのです・・・・と、
まあ、そんな謂(いわ)れの
ある花なんだ。
――きっと、愛が在ったから、
花は枯れなかったのね。
――その通り。植物って、偉大だ
よね。蘇生することを知って
るから。
――でも、さっきのは、彼の創り
話しでしょ。
――そうだよ。文句ある?
――ない。
――この話し、信じる?
――もちろん、信じる。
傷つきやすい人間ほど、複雑な
鎧帷子(よろいかたびら)を
身につけるものだ。
そして往々
この鎧帷子が、
自分の肌を傷つけてしまう。
時間をください
力をください
気持ちをください
終わりのない歌をください
私を包んで
抱きしめてくれる人をください
何にもまどわされないように
強く思いつめたまま生きて
いけるように
心がひきあっているなら
どんな障害があっても
自然とあゆみよっていくもの
です
そこには
内気さや躊躇や策略は
はいりこむスキがないのです
どうしてもすれちがってしま
うとか
相手を思いやるばかりに強気
にでれないというのなら
それはやはりお互いに
それほど求めあっているのでは
ないのでしょう
恋する少女を力づけるどんな
言葉もありません
彼があなたを心の底からほし
がっているなら
あなたがあれこれ考えるヒマ
もないほど
あっというまにさらわれてい
るはずなのです