夜明けは やわからに 残酷
小さな時の積み重ねも
消えていきそうな朝がある
愛して刹那(せつな)
一晩が終わる刹那
そして一日が始まる刹那
悲しみ凝縮して そして拡散する
幸福感は 不幸と不幸のはざまに
一瞬よぎり
瞬間 しっかり握らないと
てのひらから逃げていく
そこはかと ままらない想い
かかえても
愛が そのはざまから 見えたなら
それでいい
クールなのかウエットなのか
わからないままで
夢と区別のつかない恋もあるのだと
短くも はかなくも 美しく
蝶の ひとひらの 羽のように
夜明けは やわからに 残酷
小さな時の積み重ねも
消えていきそうな朝がある
愛して刹那(せつな)
一晩が終わる刹那
そして一日が始まる刹那
悲しみ凝縮して そして拡散する
幸福感は 不幸と不幸のはざまに
一瞬よぎり
瞬間 しっかり握らないと
てのひらから逃げていく
そこはかと ままらない想い
かかえても
愛が そのはざまから 見えたなら
それでいい
クールなのかウエットなのか
わからないままで
夢と区別のつかない恋もあるのだと
短くも はかなくも 美しく
蝶の ひとひらの 羽のように
グルマンと称するオジさん、
オバさんよりも、
漁師の夫婦がずっと舌が
肥えていたりする。
経験に勝るものなし、
なにごとも。
真っ白な扉―――
その向こうにあった、彼の
部屋。
ドアをあけると、小さな書斎が
あった。書斎には、デスクとラ
ジオが置かれていた。
寝室の奥に、広い部屋がふたつ、
直角に折れ曲がるような形で
つながっていた。
手前の部屋は、アトリエ。その
続きには、彼の作品や画材や
画集がところ狭しと並べられ
ていた。
絵具のにおいがした。
窓の外にも、うちにも、広がって
いた、サムシング・ブルー。
幾度、訪ねたことだろう。はち
切れそうな情熱と、あふれる愛
の言葉を抱えて。
わたしはいつも、大きく広げら
れた彼の腕の中に、飛び込んで
いった。
あの部屋で、交われさた会話、
抱擁、口づけ。流れていた時間、
空気、風、季節。結ばれた約束。
聞かさえれた旅の計画。ふたり
で見つめた、ひとつの未来。
ふたつの心の映った鏡。
それらは今、どこにあるの。
どこへ行ってしまったの?
あなたは、わたしを置いて・・・
今、どこにいる?
どんな空のもとで、誰のこと
を思っている?
お正月、帰省して、ある時、
ふっと気づく。父と母の顔
を見て、
しみじみと「老けたなぁ」と
思う。
苦労かけたら、いかんよね。
潰し潰され、のこの社会。
だまされて潰された人も、
たくましくさえあれば必ず
立ち直れるのです。
運とその冷や飯を上手に
食べた人が社長になっている。
両親の離婚は―――
ちっとも悲しくなかった、と
言えば、それは嘘になる。
けれど、悲しくて悲しくて
毎日泣き暮らしていたのか
というと、そうでもなかった。
ただ、一度だけ、全身がばら
ばらになるほど激しく、泣いて
しまったことがある。
母が家を出ていってから、二、
三ヶ月が過ぎていた、ある日
曜の朝だった。
騒々しい物音で目が覚めて、
部屋のカーテンをあけたわた
しの目に飛び込んできた風景。
狭い裏庭いっぱいに積み上げ
られていた、鏡台、本棚、書
物用の机と椅子、洋服、バック、
靴、オルゴール、時計・・・
それらはすべて、母の持ち物
だった。
母は家を出ていく時、ほんの
僅かな荷物しか持って出なか
った。
だから、母がいなくなったあ
とも、家の中には母の所有物
が多く残されていた。きっと
そのせいで、わたしはまだ
「母がここにいる」と、感じる
ことができていたのだろう。そ
して、喪失感や寂しさから、救
われていたに違いない。
ねえ、お母さん。いつか、ここ
に戻ってくるよね?わたし、待
ってるよ。
ところがその朝、そんな期待は
木っ端微塵に打ち砕かれた。
母が愛し、慈しみ、使い込んで
きたもの。育ててきたもの。
何もかもがごっちゃにされて、
見るも無残な瓦礫の山と化し
ていた。翌朝、ごみとして
捨てられてしまうために。
それはまるで生きている者
たちのように、悲鳴をあげて
いた。わたしに向かって、
叫んでいた。
「助けて」
「捨てないで」
「連れていって」
「お願い」
その光景を目にした時、全身
から、悲しみが吹き出してきた。
心と同じように物も、痛みを
感じているのだと思った。
捨てられた痛み。愛する人と
離れ離れになった痛み。おそ
らく、わたしはその時初めて、
別れというものを、形あるも
のとして、見ていたのではな
いかと思う。
わたしは泣きながら、パジャマ
姿のまま庭に飛び出して、母
の持ち物の前まで駆け寄って
いった。
何かひとつ、たったひとつ
だけでもいから、救い上げたい。
でも、いったいどれを救えば
いい?
どうやって選べばいい?
これもあれも、母に大切に
していたものばかりなのに。
迷いながらも、手をのばして、
拾い上げて、抱きしめた。
茶色の熊のぬいぐるみ。
胸に赤いボタンがついて
いる――――
それは、幼かったわたしが、
眠る時も、ごはんを食べてい
る時も、テレビを見ている時
も、片時も離さなかった。
まるで友だちのような熊だった。
やがて成長したわたしが手放
したあとも、母は大切にしま
っておいたのだ。自分の宝物
として。
そのぬいぐるみを、わたしは
今も持っている。両腕で、か
ばい続けている。母とわたし
の傷痕の象徴として、
とどどき取り出して、赤いボ
タンに触れてみる。
「また会えたね」
と、呟きながら。