≪近正宏光『コメの嘘と真実』を読んで≫
(2022年7月10日投稿)
今回のブログでは、次の本を参照して、再び、おコメについて考えてみたい。
〇近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年
本書は、ある農業生産法人が新規就農するに際して、いかなる過程を経て、経営を安定させるに至ったかを克明に記録した書である。それとともに、日本のコメ作りの現状と問題点を浮き彫りにした書であるともいえる。
著者の近正宏光氏は、コメの付加価値を高めることが大切だと力説している。
そのために、越後ファームという農業生産法人は、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図ったという。同時に、今摺り米や雪室米など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んできたそうだ(108頁)。
とりわけ、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、農学博士の西村和雄先生(京都大学フィールド科学研究センター)に有機栽培の指導を仰ぎ、真摯に取り組んでいる姿勢は、尊敬に値する(45頁、74頁など)。
私のような兼業農家で、慣行栽培(もしくは特別栽培)をし続けた者には、とても想定しえなかった問題点をあぶり出したという意味において、本書は学ぶところの多い書であった。
(ただ、TPP(環太平洋経済連携協定)問題に関して、章立てを見てもわかるように、著者は賛成の立場を明確にしているなど、私と意見を異にする主張も、随所に見られる)
例によって、私の関心にそって、本書の内容を紹介してみたい。
【近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)はこちらから】
近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
「はじめに」(3頁~5頁)によれば、著者・近正宏光氏が農業に従事するきっかけとなったのは、勤務先の不動産会社の社長から、2004年に言い渡されたことによるそうだ。
(不動産会社は、日廣商事といい、新宿を拠点に貸しビル・別荘地開発といった事業を展開する)その社長は、経済評論家の講演に参加して、「これからは『食糧安保』の時代だ」との言説に共感した。
・そこで、新潟出身の著者にコメを作ることを命じ、近正氏が農業生産法人・越後ファームを立ち上げた。その道のりはとても険しく、茨の道だった。コメ作りに関して、ずぶの素人であった著者は、それでも、2012年には、有機JAS認証を受け、“期待のルーキー”として理想を高く持っている。
近正氏の主張は次のようなものである。
・戦後、日本のコメを守るために構築されてきたルールやシステムは、消費者を守るシステムではなく、「おいしくて安全なコメを食べる」ことの阻害要件でしかないとする。
・TPP交渉参加問題で、格別に高い関税がかけられる保護すべきコメにスポットを当てる。
・農業従事者、消費者、農協、お役所が、「コメのいま」を見つめ直し、やり直さなければ、「日本のコメ」は終わってしまうという危機感を持っている。
“コメ作り”の当事者となったからこそ知り得た、嘘と真実を、一人でも多くに伝えたくて、著者は筆をとったという。21世紀のコメ作り、さらにはこれからの日本農業の進むべき道を考え、日本の「誇るべきコメ」再生のきっかけになれば幸いとする。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、3頁~5頁)
・農業生産法人・越後ファームは、新潟県の阿賀町に農場と加工施設を持ち、営業・販売の拠点を置く会社である。
・2004年、日廣商事の社長から、「コメを自分たちで作り自力で売る」ようにとの指令のもとに、2006年に立ち上げた会社。
・伊勢丹新宿本店をはじめ全国の百貨店で商品を販売しており、2013年には、米穀販売の直営店を日本橋三越本店に出店。
・京都大学農学博士の西村和雄先生に技術指導を仰ぐ。
・新潟県東蒲原(かんばら)郡阿賀(あが)町は、日本の中山間地(ちゅうさんかんち、平野の外縁部から山間地を指す農業用語)に位置する。
・法人として新規就農する際、立ちはだかるのが、「農地法」と「農業委員会」
⇒農地の売買、贈与、貸借などには農地法第3条に基づき、「農業委員会」の許可が必要になる。
※農業委員会とは、各市町村に置かれている行政委員会。委員は農家から選出された人などを中心に構成。
※農地法第3条により、農地の売買や貸し借りを行う場合は、農業委員会または県知事の許可が必要となる。
・農業生産法人・越後ファームは、最初、農政局の担当者にかけ合い、阿賀町農業委員会、新潟県庁、農政局の各担当者と、話し合いの場を設け、農業生産法人設立へ向けた申請案を提示。
⇒2006年、新規就農が公的に承認。農業生産法人として名乗ることが可能になる。
・2006年3月、「農業生産法人・越後ファーム」を設立したが、村社会の閉鎖性に苦しめられ、借り受けたのは3反の中山間地域の田んぼ
(ちなみに1反は約0.1ヘクタール(1000㎡)、10反で1町歩(1ヘクタール)となる)
それでも2年目には1町歩(10反)、3年目には2町歩と、年を重ねるごとに、農地面積は1年ごとにほぼ倍増するペースで拡大。
☆【中山間地域の苦労】
・棚田ばかりの中山間地域は、平地に比べ、作物を育てるのに倍以上の労力が必要とされる。
⇒例えば、あぜの雑草除去にしても、平地であれば機械で難なく刈り取ることができる。
しかし、隣接する田んぼと高低差のある棚田のあぜは、急斜面のいわゆる“のり面”である。
(阿賀町では、大人の背丈を軽く超えるのり面も珍しくない)
急斜面の雑草除去だけでも大変な作業
・山の斜面に作られた田んぼが点在している中山間地域では、移動にも時間がかかる。
※高齢化の進んだ中山間地域では、耕作放棄地が増える一方
・越後ファームは、「非効率」を絵に描いたような土地に就農。裏を返せば、新参者が就農するには、そのような中山間地域しかなかった。
・最初、3反の田んぼから20俵のコメを収穫。
収穫期に合わせ、精米もできる乾燥工場も造る。しかし、コメを売る販路が見つからず、余ったコメは本社の社員に配るしかなかったようだ。
・2年目の2007年、作地面積は1町歩に増え、70俵のコメを収穫。農協に卸すことをしない選択肢をとったため、作ったコメを泣く泣く白鳥のエサにすることに。
(葛藤の末、阿賀野市の瓢湖に飛来する白鳥の飼料に寄付)
※中山間地でコメ農業を営んでいくためには、高付加価値の付いた競争力のあるコメを売っていかなければ、農業経営など覚束ないこと、そして販路を開拓しなければ越後ファームの未来はないことを、認識し直す。
☆【中山間地のデメリットは実は武器になる】
・越後ファームの究極の目標は、「越後ファームをブランド」にすることだという。
・ただ、営農において、効率的なコメ作りが可能な平地には到底かなわない。
⇒日本の農産地は、「平地農業地域」と「中山間農業地域」の2つに大別される。
・中山間農業地域とは、平野の外縁部から山間地を指す。
・山地の多い日本では、このような中山間地域が国土面積の65%を占めている。
しかも、中山間農業地域は、日本全体の耕地面積の43%、総農家数の43%、農業産出額の39%、農業集落数の52%を占める。
※平地に比べ効率の悪さなど不利な点が多いにもかかわらず、食糧需給に多大な貢献を果たしている。
※「顧客満足」を考えた場合、「平地」と同じ手法で争っても、価格競争で勝てるわけもない。
だから、「中山間地」のデメリットをメリットに変えるような工夫が必要。
⇒・おいしいコメ作りには冷たく、澄んだ水が欠かせない。
・幸いにして越後ファームのある阿賀町には、きれいな雪解け水、湧き水に恵まれている。
・さらに阿賀町には、スギのような針葉樹ではなく、ブナの原生林など広葉樹の多い山地である。
(土壌には、散った落葉によって栄養が蓄えられている)
※冷たくきれいな水と自然のままに豊かな土壌という、この2つは、平地にはない中山間地域ならではのメリットといえる。
⇒このメリットを生かしたコメは顧客満足につながる。
(価格が少々高くなっても、消費者は「安全でおいしいコメ」を選んでくれるはず)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、12頁~30頁、48頁~51頁、83頁~85頁)
西村和雄先生
・京都大学農学博士、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、京都大学フィールド科学研究センター
・越後ファームが有機栽培の指導を仰いでいる
・「慣行栽培から有機栽培に転換すれば少なくとも2割から3割、収量が落ちる
つまり、減反をするくらいなら、日本の農家すべてを有機栽培すればいい。
そうすれば自然に収量は落ちるし、おいしい米が増える。
そのうえ、化学肥料や農薬も減るので環境にもいい
⇒近正宏光氏も、西村和雄先生の意見にまったく賛成であるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、45頁)
「第一章 まともに作るほどバカを見る農業の実態」の「減反政策が日本のコメをダメにした」(42頁~46頁)には、次のようなことが述べられている。
・一般的に水田1反当たりから収穫できるコメの量は9俵程度(1俵60kg)と言われている
・ただ、これはあくまでも平均値
同じ1反でも10俵とれるところもあれば、7俵しかとれないところもある。
⇒減反と言われたコメ農家はどうするか。
当然、10俵とれる田んぼは温存。7俵しかとれない田んぼを減反分に回す。
⇒当時の政治家や官僚は、「1反減らせばこれくらい減るだろう」という目算を立てていたが、机上の空論。
耕地面積は予定どおり減っても、蓋を開けたら収穫量は計算より多かった。
(このような矛盾をはらんだまま、国の減反政策は続いてきた)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、42頁~43頁)
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「世界との経営規模の違いをどう克服していくか?」(105頁~108頁)には次のようなことが述べられている。
・世界のコメの生産量は約4億5000万トンあるといわれている。
そのうちタイ米のような長粒種(インディカタイプ)の占める割合は9割に及ぶ。
日本米のような短粒種(ジャポニカタイプ)は1割しかない。
・これから先、世界市場でも注目されていくのは、中国のコメになることは間違いないらしい。
現在、中国のコメ生産量は世界第1位で、全世界の3割にあたる量のコメを生産している。
(そのほとんどを自国で消費している)
・日本のコメが生き残るためには、他国には作れないようなコメ、質の高いコメを作っていくほかない。
・日本の農家1戸当たりの経営農地面積の平均は、1.4ヘクタールといわれている。
農地の多い北海道は平均20ヘクタールと全国平均を大きく上回っている。
しかし、アメリカは170ヘクタール、オーストラリアの3000ヘクタールと比べると、さすがの北海道も足元にも及ばない。
・農地の大きさ、規模の面で考えれば、国土の狭い日本が広大な農地を持つ海外と渡り合うのは不可能である。
(日本の平均農業地域の農地をいくら集約・大型化しても、アメリカやオーストラリアには勝てない)
しかし、戦い方がある。これはマーケティング論の問題だという。
つまり、顧客が何を望んでいるのかを徹底的に考え、自分のできることをそこに当てはめていく。
(顧客のことも考えず、殻に閉じこもった商売や好き勝手な商売をしているようでは、お客は離れていくだけ)
・大量生産と渡り合っていくためには、オリジナリティの創出が最も重要なポイントとなる。
小さいものは小さいなりの、かゆいところに手の届く付加価値を付けていけばいい。
作り方、売り方に個性を際立たせていくことで、大手や大量生産に負けない商品を生み出していくことはできる。
例えば、有機栽培を手取りの除草で付加価値を付ける。
(これはとても大変な作業であるが、手取りで除草するなど、アメリカやオーストラリアの広大な農地では到底できない)
・どんな農地であろうとも、どんな環境にあろうとも、打つ手はきっとある。
非効率きわまりない中山間地域での営農を続けている越後ファームは、コメの付加価値を高めるために、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図っている。
それと同時に、今摺り米や雪室米(後述)など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んでいる。
〇この先、コメ農家に必要とされるのは、その付加価値をしっかりと説明できる営業力を持つことが大切だと、近正宏光氏は主張している。
付加価値と営業力の2つがそろわないと大手に太刀打ちできない。少数精鋭で営業力を高めていけば、きっと道は開けるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、104頁~108頁)
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「知恵と工夫を取り戻せ!」(109頁~111頁)には次のようなことが述べられている。
・かつて化学肥料や農薬がなかった時代、日本の農業は各農家の知恵と工夫によって害虫や病気と闘ってきた。
ところが農業技術の進歩と機械化によって、化学肥料や農薬、機械に頼る人が増えた。
(だから、先人たちの血と汗の結晶である貴重な知恵は過去の異物として葬り去られた)
・化学肥料や農薬に依存した慣行栽培は、作り手が楽をしようと思えば、いくらでも楽のできる栽培法だといわれる。
⇒そんな楽な環境が整ったために、週末だけ農業に携わるような兼業農家が増えていき、また農村の高齢化を招いた。
その一方で、有機栽培は、先人たちの知恵がなければやっていけない農法である。
〇全国各地の有機篤農家のなかには、卓越した知恵と技術でコメを育てている人たちがいる。
たとえば、千葉のある篤農家がコナギという雑草をどのように除草しているかを紹介している。
つまり農薬はもちろん、機械も使わず、手もほとんど使わないようだ。
・コナギとは水田に生える雑草の一種で、5月くらいに発芽する
コナギは水温が17℃前後になると発芽するそうだ
⇒千葉の篤農家はその性質を逆手に取った農法を実践
・代掻き(田植えの前に水を入れて、塊になった土を砕く作業)したのち、水田の水温が17℃前後になると、コナギがむくむくと発芽を始める
⇒すると、この篤農家は、そこでいったん水田の水をすべて抜く
発芽しかけのコナギも一緒に流してしまう
・水が抜けたら再び水を張り、また水を抜く
・こういった作業を3回ほど繰り返すと、コナギの多くは除去できるそうだ
(残ったわずかな量のコナギは、機械除草や手作業で抜いていく)
※これは代掻きの時期に水温がちょうど17℃くらいになる千葉だからできる農法である
(他の地域ではなかなかこの方法は実践できない)
こういった手法をそれぞれの地域が自然環境に合った形で見いだすことこそ、農家の生きる知恵と言えると、近光氏は捉えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、109頁~111頁)
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「デメリットをメリットに変える」(111頁~115頁)には次のようなことが述べられている。
・「デメリットをメリットに変える」、これこそ、越後ファームが創立からずっとテーマにしてきたことそうだ。
(越後ファームには、TPPは逆境ではなく、またとない“チャンス”と思っている)
越後ファームは中山間地域という非効率な環境を嘆き苦しみ絶望したからこそ、そのデメリットを逆手にとって、中山間地域だからできる有機栽培に挑戦してきたという。
有機栽培だからといって必ずしもおいしいコメができるとは限らない。
だからこそ、「おいしい有機米にするにはどうしたらいいのか」を顧問の西村和雄先生の指示を仰ぎながら、そのやり方を追求してきた。
・越後ファームがやってきたのは「問題→工夫→結果→改善」の繰り返しであるという。
ビジネスの世界でよく言われる「PDCA」のサイクルにも似ている。
つまり、
●予定を立て(Plan)
●実行し(Do)
●振り返り(Check)
●改善する(Action)
・小さな目標の積み重ねが大きな目標の達成につながる。PDCAのサイクルをスパイラルアップしていくことが全体のスキルアップにつながる。それはビジネスも農業も同じだという。
〇越後ファームが中山間地である阿賀町で有機農法を続けることのメリットは「おいしいコメができる」だけではないと主張している。
・西村和雄先生によれば、1反の田んぼに1cmの水を張ると、それは期間内に100トンの水を保水したのと同様の効果があるそうだ。
⇒越後ファームが中山間地域で営農し、棚田を維持し続けることによって、川の氾濫や土壌の浸食、崩壊を未然に防ぎ、上流から下流まですべての自然の生態系を守っていることになる。
つまり、過疎化が進んでいる日本の中山間地域は日本の生態系を守る重要な存在だとする。
〇さらに中山間地域で有機農法に取り組む環境的利点はもう一つあるという。
それは、農薬や化学肥料を使わないので、きれいな水がそのまま下流に送れるということである。上流で農薬を使わなければ、それは下流域の農作物を守ることにもなり、川そのものの生態系を守ることにもつながる。
(農薬の空中散布などで慣行栽培農家と有機栽培農家がぶつかり合うのはよく聞く話であるが、水田に引く水自体が農薬に汚染されていたら有機栽培農家は他から水を引くしかなくなる)
※生活排水に汚染されていない雪解け水、湧き水の豊富な阿賀町は、平地農業地域よりも有機栽培に適している。
中山間地域はデメリットばかりでなく、多くのメリットも秘めている。
・TPP参加となった場合、中山間農業地域は有機栽培などの高度な栽培技術と高付加価値化を推進していけばよいし、平地農業地域は農地集約による大規模化、さらにそのための法整備を進めて行けばいいとする。
どんな土地でも、適地適作、知恵と工夫を凝らせばおいしいコメは作ることができるので、TPPを恐れることはないという。地形や気象の変化に富んだ日本は、その特色を生かした農業をしていけばいいと近正氏は主張している。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、111頁~115頁)
「第六章 惑わされないための「コメ用語」」には、次のような用語が解説されている。
慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/森のくまさん/ゆめぴりか/つや姫
玄米/金芽米/今摺り米/雪室米/天日干し米/
米・食味鑑定士、お米マイスター、ごはんソムリエ
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、137頁~172頁)
このうち、慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米/魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/玄米/今摺り米/雪室米について、要約しておこう。
・一般的に出回っているコメは、ほぼこのカテゴリーに属する。
都道府県ごとに行政によって決められた基準に準じて、農薬を散布し化学肥料を投与する栽培法。
・都道府県の農林水産部管轄である「農業技術改良センター」より栽培暦という冊子を渡され、農薬の散布時期や回数、肥料の投与回数・時期の指導も行われる。
これと農協の指導を遵守すれば、原則として県の求める線は満たす食味と安全性を実現したコメができ上がる。そしてコメは農協が買い取る。
※すべてガイドラインがあるわけで、差異化を求めて深く考え人と違うコメを作る、ということが次第にできなくなっていく
※もちろん慣行栽培米にもおいしいものはある。
コメ作りに適した自然環境に恵まれているのは必須条件であるが、水質と水管理に配慮し、かつ稲の状態をきちんと観察し、窒素過多を避けながら栽培するような、良心的な農家もいる
(窒素過多の稲は葉の色が収穫時期にもまだ鮮やかな緑色のままになる)
ただ、兼業農家が主流の現状では、毎日の観察・管理は難しいと近正氏はいう。
・また、窒素過多(化学肥料大量投入)の理由は減反政策にもあるようだ。
米の供給過剰を抑制すべく1970年に政府が施行した制度で、耕作面積削減(3割減目標)と補助金をセットにしたものであるが、これが災いを招いた。
多くの農家は耕作面積の削減に応じたが、収穫量は現状維持を目指した。狭くなった耕作面積あたりの収穫量を向上しようとするため、肥料を大量投入するようになってしまった。
・余談だが、化学肥料には亜硝酸態窒素(硝酸態窒素)がとりわけ多く含まれると言われている。これは動物に毒性を持つ成分で、コメにはその影響はないと言われているが、野菜や果物はそうではないそうだ。
(海外ではこれに対する規制があるが、日本には取り締まるものがまだないという)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、139頁~142頁)
・慣行栽培における農薬・化学肥料の投与量を共に50%以下に抑えて栽培したコメを指す。
・2001年に農林水産省のガイドラインが改訂され、表示販売できるようになったカテゴリー。
慣行栽培と有機栽培の中間に位置するものと考えて差し支えない。
コメ農家は田んぼに特別栽培である看板を出し、また「使用農薬名」「農薬使用量」「農薬使用回数」といった栽培履歴のチェックを受ける。
※越後ファームが米作農業に携わって、どうしても有機化できない場所というものもあるそうだ。 どれだけ丁寧に接してもどうしても虫がわく、雑草を取り除けない場所がある。
ただ、そうした場所でも特別栽培なら可能だったりするという。ベストではないがベター、それが特別栽培である。
越後ファームでは、特別栽培を3カテゴリーに分類している。
①農業・化学肥料の使用量を慣行栽培の50%以下に抑えたもの
②農薬8割減・化学肥料不使用
③農薬・化学肥料不使用(※有機JAS認証を受けるには2年間の転換期間が必要)
百貨店などの現在の主力は①の、通常の特別栽培米であるそうだ。
(手間や技能は慣行栽培より要するが、収量は落ちず、より安全で手間がかかっている分おいしいという付加価値が生じる)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、142頁~145頁)
・農薬・化学肥料不使用・有機肥料投与が有機栽培の定義
・有機栽培は真面目に取り組むほどに手間がかかり、収量も落ちる、難度の高い栽培法
(越後ファームの実績では慣行栽培の約50%まで収量が落ちるという)
・コメ農家全体の0.2%しか有機栽培に取り組んでいないというのが現状
・だから、一般的な家庭で買い求めるコメの価格が1kg当たり400円程度と仮定した場合、有機栽培米は、その2~3倍以上である。
・雑草対策として、種籾を撒く前に田んぼに深めに水を張る。これを「深水」という。
光を遮断し光合成を妨げることで雑草、特にヒエの芽が出ないようにする。
米作における主な雑草はヒエやコナギになるが、ヒエはこれでほぼシャットアウトできる。
コナギに関しては新潟県の気候条件だと、深水くらいでは排除できない。ひたすら手と機械で除草するという。
・肥料に関しては有機肥料といえど最小限しか与えない。
肥料には窒素分が多く存在し、これが投与過多になるとタンパク質含量が上がってしまい、コメがまずくなる。
・有機栽培には肥料の投与量には規制がない。
越後ファームは篤農家と意見交換を行うと、肥料過多の田んぼがあるという。
アイガモ農法や鯉農法のようにそもそも栽培法に問題が生じやすい場合、単純に肥料を与えすぎている場合などがあるが、共通するのは窒素過多らしい。
また、肥料に問題がある場合というのは、肥料が「完熟」していないケースがある。有機肥料の多くは牛糞、豚糞、鶏糞などであるが、いずれも取り扱いが難しいようだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、145頁~148頁)
・肥料も農薬も一切使用しないコメの栽培法。有機栽培のカテゴリーで最高難易度のもの。
・越後ファームは、顧問の西村和雄先生の指導のもとに自然農法に適した場所探しから始めたそうだ。
〇「東南に開けていて日照時間が長いこと」
〇「山の湧き水がそのまま引き込め、掛け流しができること」
〇「花崗岩質の風化土壌」
(土に関しては、ようは痩せた劣悪な土であることらしい。そのような環境だからこそ、稲は必死になって養分を吸おうとし、たくましく育つという)
・稲の植え方は「尺角植(しゃっかくうえ)」を行う。
通常21cm間隔の株間を30cmに広げて手植えをする。
1本1本の稲に養分が行きわたるようになることはもちろんだが、こうすることで稲に変化が起きてくるようだ。
通常の稲は直立しているが(多収量型:穂数型)、自然農法を続けると開帳してくる(少収量型:穂重型)
⇒これはより多くの太陽光を得て、同じく養分である窒素を雷や生物窒素固定(生物が空気中の遊離窒素を取り込み、窒素化合物を作る現象)から得るための、稲本来のたくましい姿だという。茎も当然太くなる。
・雑草と虫対策が有機栽培と同様に重要であるが、やはり深水にし光合成遮断と虫の排除を行う。そして水量の安定を図る。
この自然農法では水の掛け流しが原則で、この安定化がなかなか骨の折れる作業とのこと。
(植物の生育上どうしても発生するガスや汚れを常に流し出し、同時に養分に満ちた水を常に流し入れる)
・その後はひたすら雑草を手で排除していく。
稲が雑草より背が高くなるまで、その田んぼで稲が支配的な存在になるまではこの作業を怠ると、栄養不足のまずいコメになってしまうらしい。
※稲が十分育つ8月になると、根を切ることを避けて、もう雑草を取りに田んぼに入ることもなくなる。
※自然農法は、「誰がどのようにどれだけ手をかけて育てたか」が重要になる。
ちなみにこの栽培法だと、慣行栽培と比べて、収穫量が50%以下にまで落ちる。
上手に育てれば格別な味わいと安全性を実現するが、その膨大な手間と技能習熟、そして生産性の面から、自然農法米が市場に多く出回ることは現実的ではないと、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、148頁~150頁)
・有機栽培の一つの方法で、アイガモの愛らしさや自然の摂理に則った印象もあって一時期注目と人気を集めた。しかし、この農法にも注意点がある。
〇アイガモ農法は次のようなものである。
・田んぼに苗を植え水を張る。
そこでコガモを放す。アイガモは稲を食べる習性がない。
稲の間をヨチヨチと泳ぎ回ることで水がにごり、まだ芽を出していない雑草の光合成を妨げる。そしてアイガモは虫をついばむので、稲作の大敵である除草・虫対策(もっとも益虫も食べてしまうが)を人間に成り代わって行ってくれる。
※この際、農家が注力するのが、野犬やイタチ、カラスやトンビといったアイガモにとっての天敵からアイガモを守ること。防護ネットを使ったり、工夫と設備投資を行う。
・肝心のコメはどうか。
食物としてのコメにとって窒素過多はご法度。当たり前だが、アイガモは田んぼの中で糞をする。これは「未完熟の肥料」。彼らは自然の行為として排泄を行い、タイミングも自然に任せて行う。結果、気を抜くと、肥料の投与量も時期もコントロールを失った、窒素過多のコメが実る場合もあり得る。
※同様の理論で、鯉などを使った栽培法もあるが、消費者がこうむるデメリットも同様。有機米にイメージとしての付加価値ではなく、「おいしさ」「安全性」を求めるのであれば、他の選択肢も検討しなければならない場合があると、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、151頁~152頁)
・魚沼産コシヒカリは日本で一番有名な「産地ブランド」になっている。
・魚沼は、かつて旧・塩沢町を本拠に隣接する旧・六日町・大和町などをいわゆる「南魚沼」、旧・十日町・川西町などを「中魚沼」、それより北を「北魚沼」と呼んでいた。
塩沢を中心とした南魚沼で高い評価を得た「コシヒカリ」。次いで追随した中魚沼を含め「魚沼」の名と「コシヒカリ」の名を一気に最高位に高めた。
(北魚沼についても「魚沼」の名で呼ぶ場合はその一角に数えられている)
・かつての「南魚沼」は、典型的なすり鉢状の盆地で、昼夜の温度差が10℃以上あり、冬は豪雪、そしてピュアな伏流水に恵まれた、コシヒカリ栽培に最適な自然環境を誇っていた。
(ただ、現在の「魚沼」は市町村合併が進み、すべてがそのような環境下にあるわけではないようだ)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、152頁~154頁)
・『農業共済新聞』によれば、株式会社さくらファーム湯沢は、新潟県湯沢町土樽で、水稲「コシヒカリ」12ヘクタールを経営。
・直販する米の5割ほどを、毎月定量を配送する「魚沼産コシヒカリ定期便」として、個人向けに出荷している。
価格は精米1キロ680円を基本とする
(契約期間や支払い方法に応じた割引を設定)
・中山間地に位置するさくらファーム湯沢が管理する水田は、1筆5~20アールの区画が基本で、最大でも30アール規模。
大半が10アールほどの大きさの水田で、54馬力のトラクターでの作業が限界という。
※ふぞろいな区画や傾斜地が多く、合筆できない圃場が多い。
(ここ数年の圃場の筆数は、230~250筆で推移)
・近年は新潟県でも高温の影響が出ているが、湯沢町は高冷地で暑さの影響を受けにくく、1等米の割合が高いそうだ。
・ただ、作業性などの条件が劣るため、平野部と比べ、10アール当たりの平均収量は60キロ以上の開きがある。
(単価は一律のため、JAへの系統出荷は生産量の半分に抑え、直販を収益拡大の軸に据える考えらしい)
(『農業共済新聞』2022年7月6日付 第3416号より)
・島根県仁多(にた)郡で作られているコシヒカリ。
・1998年の全国米食味ランキング(日本穀物検定協会主催)で特Aに選ばれる。
「西の魚沼」と呼ばれるまでの産地ブランド化を達成。
・標高300~500mの中山間地にある。
昼夜の温度差(日較差といい登熟期にこれが大きいほどよい)は魚沼以上。
冬には雪が降り積もり、斐伊(ひい)川という素晴らしい川が流れ、環境面ではコシヒカリ栽培に最も適した条件を備える場所。
・さらに仁多牛というブランド牛の飼育がそもそも米作りとセットで行われていた。牛糞を肥料に米を育て、牛は稲藁(いねわら)を食べ育つ、という循環が成立していた。
・行政と農協がリーダーシップをとり全体のレベル向上を図っている産地。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、155頁~156頁)
・『農業共済新聞』によれば、島根県安来市宇賀荘地区にある農業組合法人ファーム宇賀荘は、水稲117ヘクタール、大豆75ヘクタールを栽培。
⇒法人設立当初から環境にやさしい農法に取り組む。
・水稲は、ドジョウを放流し、化学農薬と化学肥料を使わない「どじょう米」を栽培。
⇒本年度(2022年度)の出荷時期までに有機JAS認証取得を目指す。
※どじょう米の有機JAS認証取得は以前から目指していたが、乾燥調製が外部委託で、ほかの米と交ざるため認証は取得できなかったようだ。
⇒ところが、今年の春、念願だった有機JAS認証に適した乾燥調製施設が、県の補助を受け完成。
(施設は、鉄骨平屋で400平方メートル、乾燥機は4基で、最大40トンの玄米を貯蔵できる)
※現在、有機JAS米として「きぬむすめ」「ヒノヒカリ」の2品種を10ヘクタール栽培しているという。
⇒今後は農薬・化学肥料を慣行の5割減にする特別栽培米を有機JAS米に順次変更し、将来は栽培面積を25ヘクタールまで拡大する予定。
(『農業共済新聞』2022年7月6日付、第3416号より)
・白米とは、コメの組織の「胚乳」の部分を指し、その表面に残存する肌糠が残るコメが普通の精白米。コメを研ぐのは肌糠を落とすためである。
・無洗米は、その肌糠までをあらかじめ除去し、コメを研ぐ(洗米する)必要のないコメ
・胚芽米は、その胚乳に「胚芽」が付いた状態のコメ
・「玄米」は、胚芽米の表面の糠層を取らずにおいた状態のコメ
〇玄米食は、昨今の健康ブームもあり、広く一般に浸透している。
白米より栄養素が豊富で歯ざわりも変化に富み、また味わいも複雑である
※近正氏は、おかずを受け止め、口中調味を促進する白米を好むという。栄養素はおかずからとれるし、玄米は消化が悪いので、より咀嚼しなくてはならないかららしい。時には玄米を食べたくなるときもあるが、その際は有機栽培か自然農法のコメだそうだ)
・糠層や胚芽に残留農薬が含まれやすいと言われるなか、検査を行いクリアしているといえども、田んぼに立つ人間としては、稲の病気や虫に対する絶大な効果を目の当たりにしている以上、検査結果をどうしても信用できないという。
成人はともかく、子供には食べさせたくないと、近正氏は思っている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、160頁~161頁)
・今摺り米とは、玄米で保管・流通されるコメと異なり、籾のままで保管し、受注時に籾摺り・検査・精米を瞬時に行う方法で、鮮度管理に最適な方法と言われている。
・JAS法(日本農林規格)では、農産物検査によるコメの等級検査を受けなければ、産地や年産、品種を表示して販売してはならないという規定がある。
一般的に農家は農協に集荷してもらう時点で検査を受け、等級に見合う価格で集荷してもらう。この等級検査は玄米の状態でしかできないことから、農家は収穫したコメ全量を籾を外し、玄米にして乾燥した状態で農協に出す。従って、農協など一般のコメは、この農産物検査を収穫時期に一括して受ける習慣にあるため、そこから1年間のコメの流通は、玄米で行われる。
・越後ファームは、百貨店などから受注する日まで籾で保管し、受注後に籾摺り・検査・精米を一括して実施し、出荷するそうだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、163頁~165頁)
・コメは生きている。特に籾は来年用の種籾として使用できるもの。それゆえ呼吸する籾を元気なまま貯蔵するには、その呼吸数を抑制する効果の高い低温貯蔵は有効である。
・機械低温貯蔵は、確かに効果を発揮するが、貯蔵庫内部を、例えば15℃に設定しても、実際には14℃に下がったり、16℃に上昇したりと、ある範囲で乱高下を繰り返す。
また、8m前後もある背丈の高い貯蔵庫では、床付近と天井付近で若干の温度差が発生してしまう。冷たい空気は下へ、温かい空気は上へと進む摂理によるものである。
⇒そこで雪室貯蔵庫に変えることで、そうした温度ムラはほとんど防止できる。
・越後ファームは、2012年から、この雪室貯蔵庫に取り組んでいるという。
最もコメの劣化が進む2月から7月の間を雪室に貯蔵することで、今摺り貯蔵に加え、さらに鮮度管理効果を高めることに挑戦している。
・雪室は、2月、大量に降り積もった汚れのない雪を雪貯蔵庫に入れ、そこの貯蔵庫で冷やされた冷たい空気をコメ貯蔵庫に送り込みコメを低温貯蔵しようとするシステム。
特殊な設計で建てられた貯蔵庫は、雪も半年以上溶けず、コメの低温貯蔵も完璧に担保されるに日本が誇る技術である。
・雪室貯蔵庫は、自然エネルギーの有効活用事例である。
コメどころに豪雪地帯はたくさんある。雪国で暮らす人々にとって、雪は生活の敵でもある。
しかし発想の逆転が重要で、中越地震時の危機管理対策への反省からも、鮮度管理可能な利雪事業の根幹をなす雪室貯蔵は、豪雪地帯のコメ農業者の知恵であり、新しい付加価値への挑戦でもあると、近正氏は考えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、165頁~167頁)
(2022年7月10日投稿)
【はじめに】
今回のブログでは、次の本を参照して、再び、おコメについて考えてみたい。
〇近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年
本書は、ある農業生産法人が新規就農するに際して、いかなる過程を経て、経営を安定させるに至ったかを克明に記録した書である。それとともに、日本のコメ作りの現状と問題点を浮き彫りにした書であるともいえる。
著者の近正宏光氏は、コメの付加価値を高めることが大切だと力説している。
そのために、越後ファームという農業生産法人は、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図ったという。同時に、今摺り米や雪室米など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んできたそうだ(108頁)。
とりわけ、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、農学博士の西村和雄先生(京都大学フィールド科学研究センター)に有機栽培の指導を仰ぎ、真摯に取り組んでいる姿勢は、尊敬に値する(45頁、74頁など)。
私のような兼業農家で、慣行栽培(もしくは特別栽培)をし続けた者には、とても想定しえなかった問題点をあぶり出したという意味において、本書は学ぶところの多い書であった。
(ただ、TPP(環太平洋経済連携協定)問題に関して、章立てを見てもわかるように、著者は賛成の立場を明確にしているなど、私と意見を異にする主張も、随所に見られる)
例によって、私の関心にそって、本書の内容を紹介してみたい。
【近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)はこちらから】
近正宏光『コメの嘘と真実』(角川SSC新書)
〇近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年
【目次】
はじめに
序章 新規就農に2年、就農したらもっと大変!
第一章 まともに作るほどバカを見る農業の実態
第二章 農業政策を転換しないととんでもないことになる!
第三章 “売れる”農家にならなければ生き残れない
第四章 私たちはTPPに賛成です!!
第五章 日本農業の道しるべ~明日への打開策~
第六章 惑わされないための「コメ用語」
慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/森のくまさん/ゆめぴりか/つや姫
玄米/金芽米/今摺り米/雪室米/天日干し米/
米・食味鑑定士、お米マイスター、ごはんソムリエ
おわりに
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・「はじめに」
・農業生産法人・越後ファームについて
・減反政策と日本のコメ
・TPP問題に関連して
・日本の農業の知恵と工夫~雑草対策の一例
・有機栽培について
・「コメ用語」の解説~第六章
慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/
玄米/今摺り米/雪室米
「はじめに」
「はじめに」(3頁~5頁)によれば、著者・近正宏光氏が農業に従事するきっかけとなったのは、勤務先の不動産会社の社長から、2004年に言い渡されたことによるそうだ。
(不動産会社は、日廣商事といい、新宿を拠点に貸しビル・別荘地開発といった事業を展開する)その社長は、経済評論家の講演に参加して、「これからは『食糧安保』の時代だ」との言説に共感した。
・そこで、新潟出身の著者にコメを作ることを命じ、近正氏が農業生産法人・越後ファームを立ち上げた。その道のりはとても険しく、茨の道だった。コメ作りに関して、ずぶの素人であった著者は、それでも、2012年には、有機JAS認証を受け、“期待のルーキー”として理想を高く持っている。
近正氏の主張は次のようなものである。
・戦後、日本のコメを守るために構築されてきたルールやシステムは、消費者を守るシステムではなく、「おいしくて安全なコメを食べる」ことの阻害要件でしかないとする。
・TPP交渉参加問題で、格別に高い関税がかけられる保護すべきコメにスポットを当てる。
・農業従事者、消費者、農協、お役所が、「コメのいま」を見つめ直し、やり直さなければ、「日本のコメ」は終わってしまうという危機感を持っている。
“コメ作り”の当事者となったからこそ知り得た、嘘と真実を、一人でも多くに伝えたくて、著者は筆をとったという。21世紀のコメ作り、さらにはこれからの日本農業の進むべき道を考え、日本の「誇るべきコメ」再生のきっかけになれば幸いとする。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、3頁~5頁)
農業生産法人・越後ファームについて
・農業生産法人・越後ファームは、新潟県の阿賀町に農場と加工施設を持ち、営業・販売の拠点を置く会社である。
・2004年、日廣商事の社長から、「コメを自分たちで作り自力で売る」ようにとの指令のもとに、2006年に立ち上げた会社。
・伊勢丹新宿本店をはじめ全国の百貨店で商品を販売しており、2013年には、米穀販売の直営店を日本橋三越本店に出店。
・京都大学農学博士の西村和雄先生に技術指導を仰ぐ。
・新潟県東蒲原(かんばら)郡阿賀(あが)町は、日本の中山間地(ちゅうさんかんち、平野の外縁部から山間地を指す農業用語)に位置する。
・法人として新規就農する際、立ちはだかるのが、「農地法」と「農業委員会」
⇒農地の売買、贈与、貸借などには農地法第3条に基づき、「農業委員会」の許可が必要になる。
※農業委員会とは、各市町村に置かれている行政委員会。委員は農家から選出された人などを中心に構成。
※農地法第3条により、農地の売買や貸し借りを行う場合は、農業委員会または県知事の許可が必要となる。
・農業生産法人・越後ファームは、最初、農政局の担当者にかけ合い、阿賀町農業委員会、新潟県庁、農政局の各担当者と、話し合いの場を設け、農業生産法人設立へ向けた申請案を提示。
⇒2006年、新規就農が公的に承認。農業生産法人として名乗ることが可能になる。
・2006年3月、「農業生産法人・越後ファーム」を設立したが、村社会の閉鎖性に苦しめられ、借り受けたのは3反の中山間地域の田んぼ
(ちなみに1反は約0.1ヘクタール(1000㎡)、10反で1町歩(1ヘクタール)となる)
それでも2年目には1町歩(10反)、3年目には2町歩と、年を重ねるごとに、農地面積は1年ごとにほぼ倍増するペースで拡大。
☆【中山間地域の苦労】
・棚田ばかりの中山間地域は、平地に比べ、作物を育てるのに倍以上の労力が必要とされる。
⇒例えば、あぜの雑草除去にしても、平地であれば機械で難なく刈り取ることができる。
しかし、隣接する田んぼと高低差のある棚田のあぜは、急斜面のいわゆる“のり面”である。
(阿賀町では、大人の背丈を軽く超えるのり面も珍しくない)
急斜面の雑草除去だけでも大変な作業
・山の斜面に作られた田んぼが点在している中山間地域では、移動にも時間がかかる。
※高齢化の進んだ中山間地域では、耕作放棄地が増える一方
・越後ファームは、「非効率」を絵に描いたような土地に就農。裏を返せば、新参者が就農するには、そのような中山間地域しかなかった。
・最初、3反の田んぼから20俵のコメを収穫。
収穫期に合わせ、精米もできる乾燥工場も造る。しかし、コメを売る販路が見つからず、余ったコメは本社の社員に配るしかなかったようだ。
・2年目の2007年、作地面積は1町歩に増え、70俵のコメを収穫。農協に卸すことをしない選択肢をとったため、作ったコメを泣く泣く白鳥のエサにすることに。
(葛藤の末、阿賀野市の瓢湖に飛来する白鳥の飼料に寄付)
※中山間地でコメ農業を営んでいくためには、高付加価値の付いた競争力のあるコメを売っていかなければ、農業経営など覚束ないこと、そして販路を開拓しなければ越後ファームの未来はないことを、認識し直す。
☆【中山間地のデメリットは実は武器になる】
・越後ファームの究極の目標は、「越後ファームをブランド」にすることだという。
・ただ、営農において、効率的なコメ作りが可能な平地には到底かなわない。
⇒日本の農産地は、「平地農業地域」と「中山間農業地域」の2つに大別される。
・中山間農業地域とは、平野の外縁部から山間地を指す。
・山地の多い日本では、このような中山間地域が国土面積の65%を占めている。
しかも、中山間農業地域は、日本全体の耕地面積の43%、総農家数の43%、農業産出額の39%、農業集落数の52%を占める。
※平地に比べ効率の悪さなど不利な点が多いにもかかわらず、食糧需給に多大な貢献を果たしている。
※「顧客満足」を考えた場合、「平地」と同じ手法で争っても、価格競争で勝てるわけもない。
だから、「中山間地」のデメリットをメリットに変えるような工夫が必要。
⇒・おいしいコメ作りには冷たく、澄んだ水が欠かせない。
・幸いにして越後ファームのある阿賀町には、きれいな雪解け水、湧き水に恵まれている。
・さらに阿賀町には、スギのような針葉樹ではなく、ブナの原生林など広葉樹の多い山地である。
(土壌には、散った落葉によって栄養が蓄えられている)
※冷たくきれいな水と自然のままに豊かな土壌という、この2つは、平地にはない中山間地域ならではのメリットといえる。
⇒このメリットを生かしたコメは顧客満足につながる。
(価格が少々高くなっても、消費者は「安全でおいしいコメ」を選んでくれるはず)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、12頁~30頁、48頁~51頁、83頁~85頁)
西村和雄先生
西村和雄先生
・京都大学農学博士、日本の有機農業研究の第一人者と言われる、京都大学フィールド科学研究センター
・越後ファームが有機栽培の指導を仰いでいる
・「慣行栽培から有機栽培に転換すれば少なくとも2割から3割、収量が落ちる
つまり、減反をするくらいなら、日本の農家すべてを有機栽培すればいい。
そうすれば自然に収量は落ちるし、おいしい米が増える。
そのうえ、化学肥料や農薬も減るので環境にもいい
⇒近正宏光氏も、西村和雄先生の意見にまったく賛成であるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、45頁)
減反政策と日本のコメ
「第一章 まともに作るほどバカを見る農業の実態」の「減反政策が日本のコメをダメにした」(42頁~46頁)には、次のようなことが述べられている。
・一般的に水田1反当たりから収穫できるコメの量は9俵程度(1俵60kg)と言われている
・ただ、これはあくまでも平均値
同じ1反でも10俵とれるところもあれば、7俵しかとれないところもある。
⇒減反と言われたコメ農家はどうするか。
当然、10俵とれる田んぼは温存。7俵しかとれない田んぼを減反分に回す。
⇒当時の政治家や官僚は、「1反減らせばこれくらい減るだろう」という目算を立てていたが、机上の空論。
耕地面積は予定どおり減っても、蓋を開けたら収穫量は計算より多かった。
(このような矛盾をはらんだまま、国の減反政策は続いてきた)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、42頁~43頁)
TPP問題に関連して
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「世界との経営規模の違いをどう克服していくか?」(105頁~108頁)には次のようなことが述べられている。
・世界のコメの生産量は約4億5000万トンあるといわれている。
そのうちタイ米のような長粒種(インディカタイプ)の占める割合は9割に及ぶ。
日本米のような短粒種(ジャポニカタイプ)は1割しかない。
・これから先、世界市場でも注目されていくのは、中国のコメになることは間違いないらしい。
現在、中国のコメ生産量は世界第1位で、全世界の3割にあたる量のコメを生産している。
(そのほとんどを自国で消費している)
・日本のコメが生き残るためには、他国には作れないようなコメ、質の高いコメを作っていくほかない。
・日本の農家1戸当たりの経営農地面積の平均は、1.4ヘクタールといわれている。
農地の多い北海道は平均20ヘクタールと全国平均を大きく上回っている。
しかし、アメリカは170ヘクタール、オーストラリアの3000ヘクタールと比べると、さすがの北海道も足元にも及ばない。
・農地の大きさ、規模の面で考えれば、国土の狭い日本が広大な農地を持つ海外と渡り合うのは不可能である。
(日本の平均農業地域の農地をいくら集約・大型化しても、アメリカやオーストラリアには勝てない)
しかし、戦い方がある。これはマーケティング論の問題だという。
つまり、顧客が何を望んでいるのかを徹底的に考え、自分のできることをそこに当てはめていく。
(顧客のことも考えず、殻に閉じこもった商売や好き勝手な商売をしているようでは、お客は離れていくだけ)
・大量生産と渡り合っていくためには、オリジナリティの創出が最も重要なポイントとなる。
小さいものは小さいなりの、かゆいところに手の届く付加価値を付けていけばいい。
作り方、売り方に個性を際立たせていくことで、大手や大量生産に負けない商品を生み出していくことはできる。
例えば、有機栽培を手取りの除草で付加価値を付ける。
(これはとても大変な作業であるが、手取りで除草するなど、アメリカやオーストラリアの広大な農地では到底できない)
・どんな農地であろうとも、どんな環境にあろうとも、打つ手はきっとある。
非効率きわまりない中山間地域での営農を続けている越後ファームは、コメの付加価値を高めるために、慣行栽培から特別栽培、さらに有機栽培へとステップアップを図っている。
それと同時に、今摺り米や雪室米(後述)など、鮮度にこだわったコメの販売にも取り組んでいる。
〇この先、コメ農家に必要とされるのは、その付加価値をしっかりと説明できる営業力を持つことが大切だと、近正宏光氏は主張している。
付加価値と営業力の2つがそろわないと大手に太刀打ちできない。少数精鋭で営業力を高めていけば、きっと道は開けるという。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、104頁~108頁)
日本の農業の知恵と工夫~雑草対策の一例
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「知恵と工夫を取り戻せ!」(109頁~111頁)には次のようなことが述べられている。
・かつて化学肥料や農薬がなかった時代、日本の農業は各農家の知恵と工夫によって害虫や病気と闘ってきた。
ところが農業技術の進歩と機械化によって、化学肥料や農薬、機械に頼る人が増えた。
(だから、先人たちの血と汗の結晶である貴重な知恵は過去の異物として葬り去られた)
・化学肥料や農薬に依存した慣行栽培は、作り手が楽をしようと思えば、いくらでも楽のできる栽培法だといわれる。
⇒そんな楽な環境が整ったために、週末だけ農業に携わるような兼業農家が増えていき、また農村の高齢化を招いた。
その一方で、有機栽培は、先人たちの知恵がなければやっていけない農法である。
〇全国各地の有機篤農家のなかには、卓越した知恵と技術でコメを育てている人たちがいる。
たとえば、千葉のある篤農家がコナギという雑草をどのように除草しているかを紹介している。
つまり農薬はもちろん、機械も使わず、手もほとんど使わないようだ。
・コナギとは水田に生える雑草の一種で、5月くらいに発芽する
コナギは水温が17℃前後になると発芽するそうだ
⇒千葉の篤農家はその性質を逆手に取った農法を実践
・代掻き(田植えの前に水を入れて、塊になった土を砕く作業)したのち、水田の水温が17℃前後になると、コナギがむくむくと発芽を始める
⇒すると、この篤農家は、そこでいったん水田の水をすべて抜く
発芽しかけのコナギも一緒に流してしまう
・水が抜けたら再び水を張り、また水を抜く
・こういった作業を3回ほど繰り返すと、コナギの多くは除去できるそうだ
(残ったわずかな量のコナギは、機械除草や手作業で抜いていく)
※これは代掻きの時期に水温がちょうど17℃くらいになる千葉だからできる農法である
(他の地域ではなかなかこの方法は実践できない)
こういった手法をそれぞれの地域が自然環境に合った形で見いだすことこそ、農家の生きる知恵と言えると、近光氏は捉えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、109頁~111頁)
有機栽培について
「第四章 私たちはTPPに賛成です!!」の「デメリットをメリットに変える」(111頁~115頁)には次のようなことが述べられている。
・「デメリットをメリットに変える」、これこそ、越後ファームが創立からずっとテーマにしてきたことそうだ。
(越後ファームには、TPPは逆境ではなく、またとない“チャンス”と思っている)
越後ファームは中山間地域という非効率な環境を嘆き苦しみ絶望したからこそ、そのデメリットを逆手にとって、中山間地域だからできる有機栽培に挑戦してきたという。
有機栽培だからといって必ずしもおいしいコメができるとは限らない。
だからこそ、「おいしい有機米にするにはどうしたらいいのか」を顧問の西村和雄先生の指示を仰ぎながら、そのやり方を追求してきた。
・越後ファームがやってきたのは「問題→工夫→結果→改善」の繰り返しであるという。
ビジネスの世界でよく言われる「PDCA」のサイクルにも似ている。
つまり、
●予定を立て(Plan)
●実行し(Do)
●振り返り(Check)
●改善する(Action)
・小さな目標の積み重ねが大きな目標の達成につながる。PDCAのサイクルをスパイラルアップしていくことが全体のスキルアップにつながる。それはビジネスも農業も同じだという。
〇越後ファームが中山間地である阿賀町で有機農法を続けることのメリットは「おいしいコメができる」だけではないと主張している。
・西村和雄先生によれば、1反の田んぼに1cmの水を張ると、それは期間内に100トンの水を保水したのと同様の効果があるそうだ。
⇒越後ファームが中山間地域で営農し、棚田を維持し続けることによって、川の氾濫や土壌の浸食、崩壊を未然に防ぎ、上流から下流まですべての自然の生態系を守っていることになる。
つまり、過疎化が進んでいる日本の中山間地域は日本の生態系を守る重要な存在だとする。
〇さらに中山間地域で有機農法に取り組む環境的利点はもう一つあるという。
それは、農薬や化学肥料を使わないので、きれいな水がそのまま下流に送れるということである。上流で農薬を使わなければ、それは下流域の農作物を守ることにもなり、川そのものの生態系を守ることにもつながる。
(農薬の空中散布などで慣行栽培農家と有機栽培農家がぶつかり合うのはよく聞く話であるが、水田に引く水自体が農薬に汚染されていたら有機栽培農家は他から水を引くしかなくなる)
※生活排水に汚染されていない雪解け水、湧き水の豊富な阿賀町は、平地農業地域よりも有機栽培に適している。
中山間地域はデメリットばかりでなく、多くのメリットも秘めている。
・TPP参加となった場合、中山間農業地域は有機栽培などの高度な栽培技術と高付加価値化を推進していけばよいし、平地農業地域は農地集約による大規模化、さらにそのための法整備を進めて行けばいいとする。
どんな土地でも、適地適作、知恵と工夫を凝らせばおいしいコメは作ることができるので、TPPを恐れることはないという。地形や気象の変化に富んだ日本は、その特色を生かした農業をしていけばいいと近正氏は主張している。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、111頁~115頁)
「コメ用語」の解説~第六章
「第六章 惑わされないための「コメ用語」」には、次のような用語が解説されている。
慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米
魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/森のくまさん/ゆめぴりか/つや姫
玄米/金芽米/今摺り米/雪室米/天日干し米/
米・食味鑑定士、お米マイスター、ごはんソムリエ
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、137頁~172頁)
このうち、慣行栽培米/特別栽培米/有機栽培米/自然農法米/アイガモ農法米/魚沼(新潟県)産コシヒカリ/仁多米/玄米/今摺り米/雪室米について、要約しておこう。
慣行栽培米
・一般的に出回っているコメは、ほぼこのカテゴリーに属する。
都道府県ごとに行政によって決められた基準に準じて、農薬を散布し化学肥料を投与する栽培法。
・都道府県の農林水産部管轄である「農業技術改良センター」より栽培暦という冊子を渡され、農薬の散布時期や回数、肥料の投与回数・時期の指導も行われる。
これと農協の指導を遵守すれば、原則として県の求める線は満たす食味と安全性を実現したコメができ上がる。そしてコメは農協が買い取る。
※すべてガイドラインがあるわけで、差異化を求めて深く考え人と違うコメを作る、ということが次第にできなくなっていく
※もちろん慣行栽培米にもおいしいものはある。
コメ作りに適した自然環境に恵まれているのは必須条件であるが、水質と水管理に配慮し、かつ稲の状態をきちんと観察し、窒素過多を避けながら栽培するような、良心的な農家もいる
(窒素過多の稲は葉の色が収穫時期にもまだ鮮やかな緑色のままになる)
ただ、兼業農家が主流の現状では、毎日の観察・管理は難しいと近正氏はいう。
・また、窒素過多(化学肥料大量投入)の理由は減反政策にもあるようだ。
米の供給過剰を抑制すべく1970年に政府が施行した制度で、耕作面積削減(3割減目標)と補助金をセットにしたものであるが、これが災いを招いた。
多くの農家は耕作面積の削減に応じたが、収穫量は現状維持を目指した。狭くなった耕作面積あたりの収穫量を向上しようとするため、肥料を大量投入するようになってしまった。
・余談だが、化学肥料には亜硝酸態窒素(硝酸態窒素)がとりわけ多く含まれると言われている。これは動物に毒性を持つ成分で、コメにはその影響はないと言われているが、野菜や果物はそうではないそうだ。
(海外ではこれに対する規制があるが、日本には取り締まるものがまだないという)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、139頁~142頁)
特別栽培米
・慣行栽培における農薬・化学肥料の投与量を共に50%以下に抑えて栽培したコメを指す。
・2001年に農林水産省のガイドラインが改訂され、表示販売できるようになったカテゴリー。
慣行栽培と有機栽培の中間に位置するものと考えて差し支えない。
コメ農家は田んぼに特別栽培である看板を出し、また「使用農薬名」「農薬使用量」「農薬使用回数」といった栽培履歴のチェックを受ける。
※越後ファームが米作農業に携わって、どうしても有機化できない場所というものもあるそうだ。 どれだけ丁寧に接してもどうしても虫がわく、雑草を取り除けない場所がある。
ただ、そうした場所でも特別栽培なら可能だったりするという。ベストではないがベター、それが特別栽培である。
越後ファームでは、特別栽培を3カテゴリーに分類している。
①農業・化学肥料の使用量を慣行栽培の50%以下に抑えたもの
②農薬8割減・化学肥料不使用
③農薬・化学肥料不使用(※有機JAS認証を受けるには2年間の転換期間が必要)
百貨店などの現在の主力は①の、通常の特別栽培米であるそうだ。
(手間や技能は慣行栽培より要するが、収量は落ちず、より安全で手間がかかっている分おいしいという付加価値が生じる)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、142頁~145頁)
有機栽培米
・農薬・化学肥料不使用・有機肥料投与が有機栽培の定義
・有機栽培は真面目に取り組むほどに手間がかかり、収量も落ちる、難度の高い栽培法
(越後ファームの実績では慣行栽培の約50%まで収量が落ちるという)
・コメ農家全体の0.2%しか有機栽培に取り組んでいないというのが現状
・だから、一般的な家庭で買い求めるコメの価格が1kg当たり400円程度と仮定した場合、有機栽培米は、その2~3倍以上である。
・雑草対策として、種籾を撒く前に田んぼに深めに水を張る。これを「深水」という。
光を遮断し光合成を妨げることで雑草、特にヒエの芽が出ないようにする。
米作における主な雑草はヒエやコナギになるが、ヒエはこれでほぼシャットアウトできる。
コナギに関しては新潟県の気候条件だと、深水くらいでは排除できない。ひたすら手と機械で除草するという。
・肥料に関しては有機肥料といえど最小限しか与えない。
肥料には窒素分が多く存在し、これが投与過多になるとタンパク質含量が上がってしまい、コメがまずくなる。
・有機栽培には肥料の投与量には規制がない。
越後ファームは篤農家と意見交換を行うと、肥料過多の田んぼがあるという。
アイガモ農法や鯉農法のようにそもそも栽培法に問題が生じやすい場合、単純に肥料を与えすぎている場合などがあるが、共通するのは窒素過多らしい。
また、肥料に問題がある場合というのは、肥料が「完熟」していないケースがある。有機肥料の多くは牛糞、豚糞、鶏糞などであるが、いずれも取り扱いが難しいようだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、145頁~148頁)
自然農法米
・肥料も農薬も一切使用しないコメの栽培法。有機栽培のカテゴリーで最高難易度のもの。
・越後ファームは、顧問の西村和雄先生の指導のもとに自然農法に適した場所探しから始めたそうだ。
〇「東南に開けていて日照時間が長いこと」
〇「山の湧き水がそのまま引き込め、掛け流しができること」
〇「花崗岩質の風化土壌」
(土に関しては、ようは痩せた劣悪な土であることらしい。そのような環境だからこそ、稲は必死になって養分を吸おうとし、たくましく育つという)
・稲の植え方は「尺角植(しゃっかくうえ)」を行う。
通常21cm間隔の株間を30cmに広げて手植えをする。
1本1本の稲に養分が行きわたるようになることはもちろんだが、こうすることで稲に変化が起きてくるようだ。
通常の稲は直立しているが(多収量型:穂数型)、自然農法を続けると開帳してくる(少収量型:穂重型)
⇒これはより多くの太陽光を得て、同じく養分である窒素を雷や生物窒素固定(生物が空気中の遊離窒素を取り込み、窒素化合物を作る現象)から得るための、稲本来のたくましい姿だという。茎も当然太くなる。
・雑草と虫対策が有機栽培と同様に重要であるが、やはり深水にし光合成遮断と虫の排除を行う。そして水量の安定を図る。
この自然農法では水の掛け流しが原則で、この安定化がなかなか骨の折れる作業とのこと。
(植物の生育上どうしても発生するガスや汚れを常に流し出し、同時に養分に満ちた水を常に流し入れる)
・その後はひたすら雑草を手で排除していく。
稲が雑草より背が高くなるまで、その田んぼで稲が支配的な存在になるまではこの作業を怠ると、栄養不足のまずいコメになってしまうらしい。
※稲が十分育つ8月になると、根を切ることを避けて、もう雑草を取りに田んぼに入ることもなくなる。
※自然農法は、「誰がどのようにどれだけ手をかけて育てたか」が重要になる。
ちなみにこの栽培法だと、慣行栽培と比べて、収穫量が50%以下にまで落ちる。
上手に育てれば格別な味わいと安全性を実現するが、その膨大な手間と技能習熟、そして生産性の面から、自然農法米が市場に多く出回ることは現実的ではないと、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、148頁~150頁)
アイガモ農法米
・有機栽培の一つの方法で、アイガモの愛らしさや自然の摂理に則った印象もあって一時期注目と人気を集めた。しかし、この農法にも注意点がある。
〇アイガモ農法は次のようなものである。
・田んぼに苗を植え水を張る。
そこでコガモを放す。アイガモは稲を食べる習性がない。
稲の間をヨチヨチと泳ぎ回ることで水がにごり、まだ芽を出していない雑草の光合成を妨げる。そしてアイガモは虫をついばむので、稲作の大敵である除草・虫対策(もっとも益虫も食べてしまうが)を人間に成り代わって行ってくれる。
※この際、農家が注力するのが、野犬やイタチ、カラスやトンビといったアイガモにとっての天敵からアイガモを守ること。防護ネットを使ったり、工夫と設備投資を行う。
・肝心のコメはどうか。
食物としてのコメにとって窒素過多はご法度。当たり前だが、アイガモは田んぼの中で糞をする。これは「未完熟の肥料」。彼らは自然の行為として排泄を行い、タイミングも自然に任せて行う。結果、気を抜くと、肥料の投与量も時期もコントロールを失った、窒素過多のコメが実る場合もあり得る。
※同様の理論で、鯉などを使った栽培法もあるが、消費者がこうむるデメリットも同様。有機米にイメージとしての付加価値ではなく、「おいしさ」「安全性」を求めるのであれば、他の選択肢も検討しなければならない場合があると、近正氏はコメントしている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、151頁~152頁)
魚沼(新潟県)産コシヒカリ
・魚沼産コシヒカリは日本で一番有名な「産地ブランド」になっている。
・魚沼は、かつて旧・塩沢町を本拠に隣接する旧・六日町・大和町などをいわゆる「南魚沼」、旧・十日町・川西町などを「中魚沼」、それより北を「北魚沼」と呼んでいた。
塩沢を中心とした南魚沼で高い評価を得た「コシヒカリ」。次いで追随した中魚沼を含め「魚沼」の名と「コシヒカリ」の名を一気に最高位に高めた。
(北魚沼についても「魚沼」の名で呼ぶ場合はその一角に数えられている)
・かつての「南魚沼」は、典型的なすり鉢状の盆地で、昼夜の温度差が10℃以上あり、冬は豪雪、そしてピュアな伏流水に恵まれた、コシヒカリ栽培に最適な自然環境を誇っていた。
(ただ、現在の「魚沼」は市町村合併が進み、すべてがそのような環境下にあるわけではないようだ)
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、152頁~154頁)
【補足】:「魚沼産コシヒカリ定期便」
・『農業共済新聞』によれば、株式会社さくらファーム湯沢は、新潟県湯沢町土樽で、水稲「コシヒカリ」12ヘクタールを経営。
・直販する米の5割ほどを、毎月定量を配送する「魚沼産コシヒカリ定期便」として、個人向けに出荷している。
価格は精米1キロ680円を基本とする
(契約期間や支払い方法に応じた割引を設定)
・中山間地に位置するさくらファーム湯沢が管理する水田は、1筆5~20アールの区画が基本で、最大でも30アール規模。
大半が10アールほどの大きさの水田で、54馬力のトラクターでの作業が限界という。
※ふぞろいな区画や傾斜地が多く、合筆できない圃場が多い。
(ここ数年の圃場の筆数は、230~250筆で推移)
・近年は新潟県でも高温の影響が出ているが、湯沢町は高冷地で暑さの影響を受けにくく、1等米の割合が高いそうだ。
・ただ、作業性などの条件が劣るため、平野部と比べ、10アール当たりの平均収量は60キロ以上の開きがある。
(単価は一律のため、JAへの系統出荷は生産量の半分に抑え、直販を収益拡大の軸に据える考えらしい)
(『農業共済新聞』2022年7月6日付 第3416号より)
仁多米
・島根県仁多(にた)郡で作られているコシヒカリ。
・1998年の全国米食味ランキング(日本穀物検定協会主催)で特Aに選ばれる。
「西の魚沼」と呼ばれるまでの産地ブランド化を達成。
・標高300~500mの中山間地にある。
昼夜の温度差(日較差といい登熟期にこれが大きいほどよい)は魚沼以上。
冬には雪が降り積もり、斐伊(ひい)川という素晴らしい川が流れ、環境面ではコシヒカリ栽培に最も適した条件を備える場所。
・さらに仁多牛というブランド牛の飼育がそもそも米作りとセットで行われていた。牛糞を肥料に米を育て、牛は稲藁(いねわら)を食べ育つ、という循環が成立していた。
・行政と農協がリーダーシップをとり全体のレベル向上を図っている産地。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、155頁~156頁)
【補足】:島根県安来市のどじょう米
・『農業共済新聞』によれば、島根県安来市宇賀荘地区にある農業組合法人ファーム宇賀荘は、水稲117ヘクタール、大豆75ヘクタールを栽培。
⇒法人設立当初から環境にやさしい農法に取り組む。
・水稲は、ドジョウを放流し、化学農薬と化学肥料を使わない「どじょう米」を栽培。
⇒本年度(2022年度)の出荷時期までに有機JAS認証取得を目指す。
※どじょう米の有機JAS認証取得は以前から目指していたが、乾燥調製が外部委託で、ほかの米と交ざるため認証は取得できなかったようだ。
⇒ところが、今年の春、念願だった有機JAS認証に適した乾燥調製施設が、県の補助を受け完成。
(施設は、鉄骨平屋で400平方メートル、乾燥機は4基で、最大40トンの玄米を貯蔵できる)
※現在、有機JAS米として「きぬむすめ」「ヒノヒカリ」の2品種を10ヘクタール栽培しているという。
⇒今後は農薬・化学肥料を慣行の5割減にする特別栽培米を有機JAS米に順次変更し、将来は栽培面積を25ヘクタールまで拡大する予定。
(『農業共済新聞』2022年7月6日付、第3416号より)
玄米
・白米とは、コメの組織の「胚乳」の部分を指し、その表面に残存する肌糠が残るコメが普通の精白米。コメを研ぐのは肌糠を落とすためである。
・無洗米は、その肌糠までをあらかじめ除去し、コメを研ぐ(洗米する)必要のないコメ
・胚芽米は、その胚乳に「胚芽」が付いた状態のコメ
・「玄米」は、胚芽米の表面の糠層を取らずにおいた状態のコメ
〇玄米食は、昨今の健康ブームもあり、広く一般に浸透している。
白米より栄養素が豊富で歯ざわりも変化に富み、また味わいも複雑である
※近正氏は、おかずを受け止め、口中調味を促進する白米を好むという。栄養素はおかずからとれるし、玄米は消化が悪いので、より咀嚼しなくてはならないかららしい。時には玄米を食べたくなるときもあるが、その際は有機栽培か自然農法のコメだそうだ)
・糠層や胚芽に残留農薬が含まれやすいと言われるなか、検査を行いクリアしているといえども、田んぼに立つ人間としては、稲の病気や虫に対する絶大な効果を目の当たりにしている以上、検査結果をどうしても信用できないという。
成人はともかく、子供には食べさせたくないと、近正氏は思っている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、160頁~161頁)
今摺り米
・今摺り米とは、玄米で保管・流通されるコメと異なり、籾のままで保管し、受注時に籾摺り・検査・精米を瞬時に行う方法で、鮮度管理に最適な方法と言われている。
・JAS法(日本農林規格)では、農産物検査によるコメの等級検査を受けなければ、産地や年産、品種を表示して販売してはならないという規定がある。
一般的に農家は農協に集荷してもらう時点で検査を受け、等級に見合う価格で集荷してもらう。この等級検査は玄米の状態でしかできないことから、農家は収穫したコメ全量を籾を外し、玄米にして乾燥した状態で農協に出す。従って、農協など一般のコメは、この農産物検査を収穫時期に一括して受ける習慣にあるため、そこから1年間のコメの流通は、玄米で行われる。
・越後ファームは、百貨店などから受注する日まで籾で保管し、受注後に籾摺り・検査・精米を一括して実施し、出荷するそうだ。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、163頁~165頁)
雪室米
・コメは生きている。特に籾は来年用の種籾として使用できるもの。それゆえ呼吸する籾を元気なまま貯蔵するには、その呼吸数を抑制する効果の高い低温貯蔵は有効である。
・機械低温貯蔵は、確かに効果を発揮するが、貯蔵庫内部を、例えば15℃に設定しても、実際には14℃に下がったり、16℃に上昇したりと、ある範囲で乱高下を繰り返す。
また、8m前後もある背丈の高い貯蔵庫では、床付近と天井付近で若干の温度差が発生してしまう。冷たい空気は下へ、温かい空気は上へと進む摂理によるものである。
⇒そこで雪室貯蔵庫に変えることで、そうした温度ムラはほとんど防止できる。
・越後ファームは、2012年から、この雪室貯蔵庫に取り組んでいるという。
最もコメの劣化が進む2月から7月の間を雪室に貯蔵することで、今摺り貯蔵に加え、さらに鮮度管理効果を高めることに挑戦している。
・雪室は、2月、大量に降り積もった汚れのない雪を雪貯蔵庫に入れ、そこの貯蔵庫で冷やされた冷たい空気をコメ貯蔵庫に送り込みコメを低温貯蔵しようとするシステム。
特殊な設計で建てられた貯蔵庫は、雪も半年以上溶けず、コメの低温貯蔵も完璧に担保されるに日本が誇る技術である。
・雪室貯蔵庫は、自然エネルギーの有効活用事例である。
コメどころに豪雪地帯はたくさんある。雪国で暮らす人々にとって、雪は生活の敵でもある。
しかし発想の逆転が重要で、中越地震時の危機管理対策への反省からも、鮮度管理可能な利雪事業の根幹をなす雪室貯蔵は、豪雪地帯のコメ農業者の知恵であり、新しい付加価値への挑戦でもあると、近正氏は考えている。
(近正宏光『コメの嘘と真実』角川SSC新書、2013年、165頁~167頁)
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