歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪イネの“ひみつ”~田中修『植物のひみつ』より≫

2022-10-31 18:56:26 | 稲作
≪イネの“ひみつ”~田中修『植物のひみつ』より≫
(2022年10月31日投稿)

【はじめに】


 ようやく、わが家の稲作も終えたので、今回のブログでは、次の稲作関連の本を紹介してみたい。
〇田中修『植物のひみつ 身近なみどりの“すごい”能力』中公新書、2018年
 この本は、目次を見てもわかるように、イネに特化した本ではない。10話のうちの一つ「第四話 イネの“ひみつ”」と題して、イネ・お米について、解説している。今回は、その第四話のみを取り上げる。著者は、プロフィールにもあるように、植物学を専門としている。

・植物は、「自分の花粉を自分のメシベについてタネをつくる」ということを望んでいないと著者は説く。そのようにして、子どもをつくると、自分と同じような性質の子どもばかりが生まれる。もしそうなら、いろいろな環境の中で生きていけないからだという。
 しかし、栽培されるイネは、「自分の花粉を自分のメシベにつけてタネをつくる」という性質をもっている。 なぜなら、人間がイネを栽培する過程で、その性質を身につけた品種を育ててきたからである、と田中氏は説明している。

・アジアを中心に、世界人口の約半数の人々が、お米を主食としている。
 2017年では、地球の総人口は国連の統計で約76億人であるから、その約半分の約38億人がお米を主食としていることになる。世界的に多くの人々を養っているお米であるが、日本のお米には、深刻な悩みがあるという。その一つは、現在栽培されているイネの品種の数が少ないことであるそうだ。おいしさを求めて、コシヒカリの性質が引き継がれた品種ばかりが栽培されている。それは、人気のあるお米の品種がコシヒカリの子孫に当たる品種である。そのため、コシヒカリと性質がよく似ている。
①同じ性質の品種ばかりが栽培されていると、もし何かの天候異変がおこり、その異変に弱い性質をもつ品種の不作がおこると、その性質をもつ品種はすべて、不作になるから。
②また、ある病気が流行り、その病気に弱い性質をもつ品種が病気にかかると、その性質をもつ品種はすべて、病気にかかる。
同じ性質をもつ品種ばかり栽培することは、そのようなリスクをはらんでいる。
日本中で、よく似た性質のお米ばかりが栽培されることは、天候異変や病気の流行の可能性を考えると、よくないと田中修氏は主張している。

・イネは、ハチやチョウなどの虫ではなく、風に花粉を運んでもらう植物なのである。そのため、ハチやチョウに目だつ必要がないので、花びらをもっていないのである、と田中氏は説明している。

植物学者らしい見解と主張が随所にみられ、教えられることが多かったので、その内容を紹介してみたい。

【田中修氏のプロフィール】
・1947年(昭和22年)、京都に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了
・スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員
・甲南大学理工学部教授などを経て、現在、同大学特別客員教授
・農学博士 専攻・植物生理学
<主な著書>
・『植物はすごい』(中公新書)
・『ふしぎの植物学』(中公新書)




【田中修『植物のひみつ』(中公新書)はこちらから】
田中修『植物のひみつ』(中公新書)






〇田中修『植物のひみつ 身近なみどりの“すごい”能力』中公新書、2018年

【目次】
はじめに
第一話 ウメの“ひみつ”
第二話 アブラナの“ひみつ”
第三話 タンポポの“ひみつ”
第四話 イネの“ひみつ”
第五話 アジサイの“ひみつ”
第六話 ヒマワリの“ひみつ”
第七話 ジャガイモの“ひみつ”
第八話 キクの“ひみつ”
第九話 イチョウの“ひみつ”
第一0話 バナナの“ひみつ”

おわりに
参考文献




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


【「第四話 イネの“ひみつ」の項目】
・ジャポニカ米とインディカ米
・なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?
・なぜ、イネは水田で育てられるのか?
・なぜ、イネの成長はそろっているのか?
・イネの花って、どんな花?
・稲刈りのあとの緑の植物は?
・おいしいお米を求めて
・品種数の減少が深刻!
・イネの悩みとは、知られていないこと!






「第四話 イネの“ひみつ」の項目


「第四話 イネの“ひみつ”」(77頁~108頁)

【「第四話 イネの“ひみつ」の項目】
・ジャポニカ米とインディカ米
・なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?
・なぜ、イネは水田で育てられるのか?
・なぜ、イネの成長はそろっているのか?
・イネの花って、どんな花?
・稲刈りのあとの緑の植物は?
・おいしいお米を求めて
・品種数の減少が深刻!
・イネの悩みとは、知られていないこと!

【「第四話 イネの“ひみつ」の項目】


【「第四話 イネの“ひみつ」の項目】
・ジャポニカ米とインディカ米
・なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?
・なぜ、イネは水田で育てられるのか?
・なぜ、イネの成長はそろっているのか?
・イネの花って、どんな花?
・稲刈りのあとの緑の植物は?
・おいしいお米を求めて
・品種数の減少が深刻!
・イネの悩みとは、知られていないこと!

上記の項目について、それぞれ簡単にその内容をまとめてみる。

ジャポニカ米とインディカ米


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「ジャポニカ米とインディカ米」には、次のような内容が述べられている。

・イネの原産地は、中国南部の雲南や東南アジアとされている。
 世界的には、約9割がアジアで栽培されている。
 人口が多い中国やインドなどが、お米の主要生産国となっている。
・日本列島には、イネは縄文時代の後期に朝鮮半島か中国から伝えられ、日本の全域で栽培されてきた。
(気温が低いために栽培が不可能と思われた北海道でも、明治時代には、栽培されるようになった)

<イネの語源について>
・イネという言葉の語源は定かではなく、いろいろな説がある。
 その中の一つに、イネは、「命の根」という語を短縮したものだというものがある。
 遠い昔から、イネがつくりだすお米が、人間の空腹を満たし、命を守り続けてきた。
 そのため、真偽は別にして、もっともふさわしい説のように思う、と田中修氏はいう。

<イネの学名について>
・イネの学名は、「オリザ・サティバ(Oryza sativa)」である。
・イネはイネ科イネ属の植物である。
 属名の「オリザ」はラテン語で、「イネ」を意味する。
 イネの種小名は「サティバ」であり、これは「栽培されている」を意味する。

<インディカ米とジャポニカ米>
〇お米には、インディカ米とジャポニカ米がよく知られている。
・インディカ米は、粒が細長く、炊いても粘り気が出ず、冷えるとパサパサになる。
 ジャポニカ米より粒が長いので、「ロング・ライス」といわれたり、タイが原産地と考えられて、「タイ米」といわれたりする。
・ジャポニカ米は、日本人がふつうに食べるお米である。
 粒がぽっくりと丸く短く、炊くと粘り気がある。
 この粘り気が、食べたときに「にちゃにちゃ」とした食感になる。
 アメリカ人は、この食感を「スティッキー(sticky)」という語で表現し、嫌うこともある。
(「スティッキー」は、「くっつく」や「べとべとする」などの意味)

・多くの日本人は、インディカ米よりジャポニカ米を好んで食べる。
 でも、ジャポニカ米がインディカ米より、お米として質的にすぐれているということはない。
 日本人がジャポニカ米をよく食べ、インディカ米をあまり食べないのは、単にお米の食感の好き嫌いによるものである、と田中修氏は説明している。

※この第四話では、イネの果実に、「お米」という語句を使う、と著者は断っている。
 多くの読者が、「この語は『米』でいいのではないか」と思われるかもしれないが、著者は、子どものころから、「お米」を「米」と呼ぶ捨てのようにしたことはないという。
 お米は、昔から、私たちの空腹を満たし、健康を守ってきてくれた。「お米」の「お」には、ただ丁寧に、あるいは、上品に表現するという意味だけでなく、お米に対する感謝の気持ちが込められ、敬いの気持ちがこもっているとする。
 そのため、穀物の名前として「コメ」を使うことがあっても、多くの場合は「お米」をつかったという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、78頁~80頁)

なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?」には、次のような内容が述べられている。

・6、70年前には、田植え前の田んぼでは、卵形の小さな葉っぱをつけた茎が地面を這うように、レンゲソウが育っていた。
 花が咲くと、畑一面が紫色に染まり、その美しさは、春の田園風景の象徴でもあった。
 
☆「なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが育っているのか」という、素朴な“ふしぎ”が抱かれることがあった。
 この“ふしぎ”を解くためには、植物たちの“ひみつ”を知らなければならないそうだ。

・レンゲソウは、タンポポのように、勝手に生える雑草ではない。
 田植えをする田んぼに、前の年の秋にタネをわざわざまかれて、栽培される植物なのである。
 育ったレンゲソウの葉っぱや茎は、田植えの前に土が耕されるとき、そのまま田んぼの中にすき込まれてしまう。
・この植物は、わざわざタネをまいて栽培され、きれいな花が咲いている時期、あるいは、そのあとにタネがつくられる時期に、土の中にすき込まれてしまう。
 それを知れば、「なぜ、せっかく育ってきたのに、土にすき込まれるのか」や、
 「レンゲソウは、何のために栽培されているのか」などの疑問が浮上する。

<レンゲソウの根粒菌>
〇実は、レンゲソウには、すばらしい“ひみつ”の性質がある、と田中氏はいう。
・元気に育つレンゲソウの根を土からそおっと引き抜くと、根に小さな粒々がたくさんついている。
 この粒々は、根にできる粒という意味で、「根粒」といわれる。
 その粒の中には、「根粒菌」という菌が住んでいる。この根粒菌が、すばらしい“ひみつ”の能力をもっている。

※植物が栽培されるときに必要とされる三大肥料は、窒素、リン酸、カリウムである。
・その中でも、窒素肥料は特に重要であるといわれる。
 窒素は、葉っぱや茎、根などを形成するために必要であり、植物が生きていくために必要なタンパク質の成分だからである。
・また、窒素は、光合成のための光を吸収する緑の色素であるクロロフィルや、親の形や性質なども子どもに伝えていくための遺伝子にも含まれる成分だからである。
⇒だから、窒素は、それらの物質をつくるのに必要なものであり、植物が成長するには、必要不可欠な物質である。
 そのため、私たちは植物を栽培するときには、窒素肥料を与えなければならない。

〇さて、レンゲソウをはじめとするマメ科植物の根に暮らす根粒菌は、空気中の窒素を窒素肥料に変える能力をもっている。
・レンゲソウは、根粒菌がつくった窒素肥料を利用する。
 そのため、土に窒素肥料が与えられなくても、レンゲソウのからだには、窒素が多く含まれる。
 空気中の窒素を窒素肥料に変える能力をもつ根粒菌を根に住まわせていることが、レンゲソウの“ひみつ”なのである。

・これが田植えの前に土の中にすき込まれると、緑の葉っぱや茎に含まれていた窒素肥料の成分が土壌に溶け込み、土壌を肥やし、緑肥となる。
 ⇒そのため、レンゲソウは、緑肥作物とよばれる。

※このように、レンゲソウは、緑肥作物として、田植えをする田んぼにタネがまかれて、栽培されていた。

<近年の傾向>
・ところが、近年、レンゲソウ畑が減ってきた。
 化学肥料が普及してきたことが一因であるが、大きな理由は、田植えの機械化が進み、小さなイネの苗を機械で植えるようになり、田植えの時期が早くなったことらしい。
・田植えが機械化される以前の田植えでは、レンゲソウの花の時期が終わるころに、大きく育ったイネの苗を手で植えていた。
 ところが、機械では、大きく育った苗は植えにくいので、小さな苗が植えられるのである。
・田植えの時期が早まると、レンゲソウが育つ期間が短くなる。
 すると、レンゲソウのからだが大きくなる前にすき込まなければならないので、栽培してもあまり役立たなくなった。

<レンゲソウ~プラスアルファの役に立つ性質>
・しかし近年、レンゲソウは、土壌を肥やすだけではなく、プラスアルファの役に立つ性質をもつことがわかりつつあるという。
・レンゲソウの葉っぱや茎が土にすき込まれて分解されると、酪酸(らくさん)やプロピオン酸などという物質が生じるそうだ。これらは、雑草の発芽や成長を抑える効果をもつとされる。
・だから、レンゲソウを緑肥とした畑や田んぼでは、化学肥料を使わずに土壌が肥沃になり、雑草が育ちにくくなるようだ。
⇒レンゲソウが春の畑に復活する日がくるかもしれないという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、80頁~84頁)

なぜ、イネは水田で育てられるのか?


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「なぜ、イネは水田で育てられるのか?」には、次のような内容が述べられている。

・春の田植えで植えられたあと、イネは水田で育てられる。
 「なぜ、イネは水の中で育てられるのか」という“ふしぎ”が興味深く抱かれる。
 イネには、水の中で育てられると、四つの“ひみつ”の恩恵があるという。

①水には、土に比べて温まりにくく、いったん温まると冷めにくいという性質があるということ。
 ⇒水田で育てば、イネは夜も温かさが保たれた中にいられる。暑い地域が原産地と考えられるイネにとって、これは望ましい環境である。

②水中で育つイネは、水の不足に悩む必要がないこと。
・ふつうの土壌に育つ植物は、常に水不足に悩んでいるらしい。
 ⇒そのために、栽培植物には「水やり」をする。そうしないとすぐに枯れてしまう。
 しかし、自然の中で、栽培されずに生きている雑草は、「水やり」をされなくても育っている。
・だから、「ふつうの土壌に育つ植物たちは、ほんとうに、水の不足に悩んでいるのか」との疑問が生じる。
 これは、容易に確かめることができる。
 雑草が育っている野原などで、日当たりのよい場所を区切り、毎日、一つの区画だけに水やりをする。すると、その区画に育つ雑草は、水をもらえない区画の雑草に比べて、成長が確実によくなる。
 
③水の中には、多くの養分が豊富に含まれていること。
・水田には、水が流れ込んでくる。その途上で、水には養分が溶け込んでいる。そのため、水田で育つイネは、流れ込んでくる水の十分な養分を吸収することができる。
⇒このように、水の中は、イネにとって、恵まれた環境である。
 
④「連作障害」が防げること。
・「連作」という語がある。これは、同じ場所に、同じ種類の作物を2年以上連続して栽培することである。多くの植物は、連作されることを嫌がる。連作すると、生育は悪く、病気にかかることが多くならからである。
・連作した場合、うまく収穫できるまでに植物が成長したとしても、収穫量は前年に比べて少なくなる。これらは、「連作障害」といわれる現象である。

<連作障害の三つの原因>
①病原菌や害虫によるもの。
・毎年、同じ場所に同じ作物を栽培していると、その種類の植物に感染する病原菌や害虫がそのあたりに集まってくる。そのため、連作される植物が、病気になりやすくなったり、害虫の被害を受けたりする。
②植物の排泄物によるもの。
・植物は、からだの中で不要になった物質を、根から排泄物として土壌に放出していることがある。連作すると、それらが土壌に蓄積してくる。すると、植物の成長に害を与えはじめる。
③土壌から同じ養分が吸収されるために、特定の養分が少なくなることによるもの。
・「三大肥料」といわれる窒素、リン酸、カリウムの他に、カルシウム、マグネシウム、鉄、硫黄などが植物の成長には必要である。
⇒これらは、肥料として与えられる場合が多い。
 しかし、これ以外に、モリブデン、マンガン、ホウ素、亜鉛、銅などが、ごく微量だが、植物の成長に必要である。

※必要な量はそれぞれの植物によって異なるが、連作すると、ある特定の養分が不足することが考えられる。
・これら三つの連作障害の原因は、水田で栽培されることで除去される。
 水が流れ込んで出ていくことで、病原菌や排泄物が流し出されたり、養分が補給されたりするからである。
 水田で育てば、こんなにすごい恩恵があるのであるから、他の植物たちも「水の中で育ちたい」と思う、と田中氏は考えている。

<水の中で育つための特別のしくみ~レンコンとイネの共通点>
※ただ、水の中で育つためには、そのための特別のしくみをもたなければならない。
・「どのような、しくみなのか」との疑問が生まれる。
⇒そのしくみをもつ代表は、レンコンであるようだ。
・レンコンは、泥水の中で育っているが、呼吸をするために穴をもっている。あの穴に、地上部の葉っぱから空気が送られている。
・実は、イネもレンコンとまったく同じしくみをもっている。
 イネの根には、顕微鏡で見なければならないが、レンコンと同じように小さな穴が開いており、隙間がある。正確には、イネは根の中に隙間をつくる能力をもっている。
というのは、イネは、水田では、その能力を発揮して、根の中に隙間をつくる。
 しかし、同じイネを水田でなく畑で育てると、その根には、水田で育つイネの根にできるような大きな隙間はつくられない。
イネは、置かれた環境に合わせて、生き方を変える能力をもっている。


<中干しが必要な理由>
☆しかし、水がいっぱい満ちている水田で育っていると、困ったこともあるそうだ。
・イネは、水を探し求める必要がないので、水を吸うための根を強く張りめぐらせない。そのため、水田で栽培されているイネの根の成長は、貧弱になる。
・根には、水が不足すると水を求めて根を張りめぐらせるという、“ハングリー精神”といえるような性質がある。
 だから、田植えのあと、水をいっぱい与えられて、ハングリー精神を刺激されずに育ったイネの根は貧弱である。
⇒もしそのままだと、秋に実る、垂れ下がるほどの重い穂を支えることができない。イネは倒れてしまう。イネは倒れると、実りも悪く、収穫もしにくくなる。

・そこで、イネの根を強くたくましくするために、イネに試練が課せられる。
 夏の水田を見てほしい。
 田んぼに張られていた水は、抜かれている。水田の水が抜かれるだけでなく、田んぼの土壌は乾燥させられている。ひどい場合には、乾燥した土壌の表面にひび割れがおこっている。
(イネは水田で育つことがよく知られているので、この様子を見て、勘違いする人がいる。
 「イネに水もやらずに、ほったらかしにしている」とか、「ひどいことをする」と腹を立てる人までいる。
 でも、それはとんでもない誤解である。)
・水田の水を抜き、田んぼの土壌を乾燥させるのは、水が不足すると水を求めて根を張りめぐらせるという、イネのハングリー精神を刺激しているのである。
⇒そうしてこそ、秋に垂れ下がる重いお米を支えられるほどに根を張り、強いからだになることができる。

・土壌の表面のひび割れも、無駄にはなっていない。ひび割れて土に隙間ができることで、この隙間から、地中の根に酸素が与えられる。それは、根が活発に伸びるのに役に立つのである。
 こうして、イネは、秋の実りを迎える。
⇒イネの栽培におけるこの過程は、「中干し」とよばれる。
 この過程を経てこそ、秋に垂れ下がるほどの重いお米を支えるからだができあがる。だから、中干しは、イネの栽培の大切な一つの過程なのである。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、84頁~89頁)

なぜ、イネの成長はそろっているのか?


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「なぜ、イネの成長はそろっているのか?」には、次のような内容が述べられている。

・日本人には、「田園風景」という言葉から思い浮かぶ景色がある。
 そこには、山や畑があり、一面の水田が広がっている。この風景の中にある水田には、イネがみごとに同じような背丈に成長している。イネは、そろって成長するように栽培されている。
・このように栽培されるためには、いろいろな工夫がなされている。
「どのような工夫がなされているのだろうか」とか、「成長をそろえることは、何の役に立つのだろうか」との“ふしぎ”が浮かんでくる。
・近年のイネの栽培では、田植えをせずに田んぼにイネのタネを直接まく「直播(じかま)き」という方法が多く試みられている。
 しかし、日本の伝統的な稲作では、苗代(なわしろ)で育てた苗を水田に植える「田植え」という方法が行われてきた。
 
<イネの苗の成長をそろえるための工夫>
①イネの苗の成長をそろえるための最初の工夫は、田植えで植える苗を育てるためのタネを選別すること。
・その方法は、少し塩を含んだ水にタネを浸すのである。栄養の詰まっていないタネは浮かぶ。
 発芽したあとの苗がよく育つタネは、栄養を十分に含んでいるので、重い。
 そのため、少し塩を含んだ水に浸すと沈む。そこで、沈んだタネだけが、苗代で苗を育てるために用いられる。
②イネの苗の成長をそろえるための2つ目の工夫は、苗代で育てること。
・発芽した芽生えは苗代で育つが、ここで芽生えの成長に差が生じることがある。
 極端に成長が遅れるような苗は、田植えには使われない。だから、田植えでは、同じように元気に成長した苗が植えられることになる。
 
<田植えをして植える理由>
☆「なぜ、わざわざ田植えをして植えるのか」との疑問がもたれる。
①これは、確実に決められた本数の苗が田んぼでそろって成長するためである。
 田植えでは、苗代で育った苗の中から、同じように成長した元気な苗を、たとえば、一箇所に3本ずつをセットにして植えられる。そうすれば、確実に3本の苗を育てることができる。
 
※もし苗を植える代わりにタネをまけば、すべてが発芽し、それらの苗が、同じように成長するとは限らない。発芽しないタネがあったり、極端に成長が遅れる苗などが混じっていたりする。田植えをすることによって、そうなることを避けている。

②もう一つ大きな理由がある。
・同じように成長した苗を選んで植えることができれば、田植えが終わったあとの水田では、苗の成長がきちんとそろう。このように成長すれば、すべての株がいっせいに花が咲き、それらはいっせいに受粉し、いっせいにイネが実る。そうすると、いっせいに株を刈り取ることができる。
・稲刈りは、一面の田んぼでいっせいに行われる。
 もし未熟なものと成熟したものが混じっていると、未熟なものは食べられないから、いっせいに刈り取ることはできない。
 稲刈りで、いっせいに成熟した穂を刈り取るためには、イネは成長をそろえることが大切。
 そのために、田植えが行われている。

※田植えでは、もう一つ、気をつけられていることがある。
・同じような間隔を置いた場所に、苗が植えられることである。
 これは、苗が成長したときに、過密にならないようにするためである。
⇒「過密にすると、何が困るのか」との疑問があるかもしれない。
・植物の栽培では、ある一定の面積では、収穫できる量に限度がある。
 多くの収穫量を得ようとして、一定の面積に多くの株を植えても、収穫量は増えないということである。
 多くの株が密に植えられると、それぞれの株が、養分や光の奪い合いの競争をしなければならない。その結果、競争に負けた株は、成長が遅れたり、成長することができずに枯れたりしてしまう。
 また、健全に育つはずの株が、無理な競争で、ヒョロヒョロと背丈が高くなりすぎたりしてしまう。
⇒だから、田植えでは、田んぼの面積に応じて適切な株数が植えられている。

<間引きについて>
・ダイコンやシュンギクなどのタネをまくとき、多すぎると思うほどのタネをまくことを知っている人もいる。
 そのようなタネのまき方をすることはあるが、その場合には、出てきた芽生えの中から、何日かごとに、成長のよくないものを抜き取っていく。
⇒これは、「間引き」とよばれる作業である。
・間引きすることで、適切な株の数に調節している。間引きされた芽生えは、食べられる。
 だから、多くのタネをまくのは、間引きして食べながら、元気な苗を選んで育てるという栽培法なのである。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、89頁~92頁)

イネの花って、どんな花?


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「イネの花って、どんな花?」には、次のような内容が述べられている。
・イネの花は、タネをつくるために咲く。イネのタネは、お米である。
 田んぼにお米が実っているのを見かけることはある。
 ところが、イネの花を見かけることはあまりない。
だから、イネの花を思い浮かべることができる人は少ない。
☆そこで、「イネの花って、どんな花なのか」という“ふしぎ”が浮かぶ。
 イネは、花の存在を“ひみつ”にしているわけではないが、なぜか、イネの花はよく知られていない。

<植物が属するグループとしての「科」>
※花を咲かせる植物には、いろいろな種類がある。
・植物は、その特徴から、よく似たもの同士として「科」という仲間のグループに分けられる。
 多くの植物が属するグループには、よく知られているものとして、バラ科、キク科、マメ科などがある。
⇒バラ科の植物には、ウメやモモ、サクラやリンゴなどがある。
 キク科の植物には、タンポポ、ヒマワリ、コスモスなどがある。
 マメ科の植物には、ダイズやエンドウ、ラッカセイやインゲンマメなどがある。
 これらの多くは、美しくきれいな、観賞できるような花を咲かせる。
※これらの花には、花びら(花弁)がある。

<バラ科などの花とイネの花の違い~イネの花には花びらがない>
・これらの花とイネの花の大きな違いは、イネの花には花びらがないことである。
 美しくきれいな花びらの役割は、花粉を運んでもらうために、ハチやチョウなどの虫を誘い込むことである。
・イネの花に花びらがないということは、ハチやチョウに花粉の移動を託さないことである。

<イネの花粉の移動>
☆では、「イネは、花粉の移動をどうするのか」との疑問が浮かぶ。
⇒イネは、ハチやチョウなどの虫ではなく、風に花粉を運んでもらう植物なのである。
 そのため、ハチやチョウに目だつ必要がないので、花びらをもっていないのである、と田中氏は説明している。

・イネでは、5ミリメートルぐらいの小さな花が穂のように密に並んで咲く。
 一つの花には、6本のオシベと1本のメシベがある。
 開花している時間は短く、多くの品種で、午前中の2時間くらいである。
 ⇒「そのような性質なら、花粉がつきにくいので、お米ができにくいのではないか」との思いが浮かぶ。
オシベにできる花粉の移動を風に託しているだけでは、イネは不安なのであろう。
 そこで、イネは風に託すだけではなく、開花するときに自分の花粉が自分のメシベについて、タネ(お米)ができるという性質をもち合わせている。

※本来、植物は、「自分の花粉を自分のメシベについてタネをつくる」ということを望んでいないらしい。
 そのようにして、子どもをつくると、自分と同じような性質の子どもばかりが生まれる。
 もしそうなら、いろいろな環境の中で生きていけない。
 しかし、栽培されるイネは、「自分の花粉を自分のメシベにつけてタネをつくる」という性質をもっている。
 なぜなら、人間がイネを栽培する過程で、その性質を身につけた品種を育ててきたからである、と田中氏は説明している。
 花が咲けば、ほぼ確実にお米が実るからである。その結果、イネは、栽培をする私たちに都合のよい作物になっているという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、92頁~95頁)

稲刈りのあとの緑の植物は?


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「稲刈りのあとの緑の植物は?」には、次のような内容が述べられている。
・秋の稲刈りでは、イネは穂とともに地上部を刈り取られる。
 刈り取られて残されたイネの切り株は、そのまま生涯を終えるような印象がある。
 しかし、稲刈りのすんだ田んぼに残されたイネの株は、多くの場合、生涯をそのまま終えるものではない。
・秋晴れの暖かい日が続けば、穂が刈り取られたイネの株から、芽が出て、葉っぱが伸びだしてくる。切り株から、再び芽が出てくる。

<ひこばえ、分けつ>
☆「いったい、これらは何だろうか」との“ふしぎ”が感じられる。
 刈り取られたイネが見せる“ひみつ”の姿かもしれない。
 これらの芽生えは、「ひこばえ」とよばれる。
 「ひこ」とは「孫」のことである。「ひこばえ」は、孫が生えてきたという意味である。
 稲刈りで刈り取られた穂が、株から出た「子ども」とみなすと、そのあとに出てきた芽生えは、「孫」ということである。秋であるから、ひこばえには、葉っぱや茎だけでなく、新しい穂ができていることもある。
・稲刈りで、刈り取られたあとに残る切り株が、芽を出してくる。
 これらの芽は、稲刈りがされるときにすでにつくられている場合もある。
 もし芽がつくられていなかったとしても、イネには、「分(ぶん)けつ」、あるいは、「分げつ」とよばれる能力がある。
 分けつは、茎の根元から新しい芽が出て、新しい茎が生まれることである。
⇒この能力は、田植えのあと、春から秋の成長の過程でも見られる。
 田植えのときに、3本の苗が植えられたとしても、秋には、株の状態になり、20本くらいの穂が出ている。これは、分けつの結果、穂が生まれたのである。
・稲刈りのすんだ田んぼに、ひこばえがきれいに生えそろうと、イネが二期作でもう一度栽培されているかのように勘違いされる場合がある。
 二期作とは、一年に同じ場所に2回、同じ作物を収穫することである。
・ひこばえとは、新しい芽から出てくるものが多いが、すでに花が咲き実る準備をしていた穂が伸びだしてくるものもある。

・イネは、私たち人間に、食糧としてのお米を収穫させてくれる。やがて、冬が来れば、イネの株は確実に枯れる。稲刈りから枯れるまでのわずかの間に、イネは、自然の中をともに生きる小鳥やシカなどの動物に食べものを賄っている。
 ひこばえは、そのための姿なのかもしれない、という。
 イネは、“生きる力”を、自然の中でともに生きる生き物に役に立つように使っていることになるようだ。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、95頁~97頁)

おいしいお米を求めて


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「おいしいお米を求めて」には、次のような内容が述べられている。
・古くから、お米は、私たちの空腹を満たしてきた。
 しかし、現在は、空腹を満たすだけでなく、おいしさが求められるようになっている。
 実際に、「おいしい」といわれるお米に人気があり、多くのおいしいお米の品種がつくられている。

☆「おいしいお米とは、どのような性質をもっているのか」との“ふしぎ”が浮かぶ。
 おいしいので人気となったお米の代表は、コシヒカリである。
 「はぜ、コシヒカリはおいしいのか」との疑問に対する“ひみつ”が明らかにされている。
・たとえば、日本穀物検定協会の食味テストは、次のような6項目で評価される。
①「香り」
②白さやつや、形などの「外観」
③甘みやうまみの「味」
④ありすぎてもなさすぎても減点になる「粘り」
⑤適度な「硬さ」
⑥全体的な印象の「総合評価」

<おいしいお米とアミロース量の関係>
※お米の味は、このような多くの項目で決まってくるものである。
 しかし、この食味テストで、特においしい「特A」という最高の評価が得られるお米に共通なのは、「アミロース」という成分の割合が低いということである。
〇お米には多くのデンプンが含まれるが、デンプンにはアミロースとアミロペクチンという2つのタイプがある。
 このアミロースの含まれる量が、お米の味に大きく影響するのである。
・日本人の多くが「おいしい」と表現するもち米は、アミロースをいっさい含んでいない。
 それに対して、25年ほど前のお米が不作だった年に、細長いインディカ米を緊急に輸入して、不足分を補う対策がとられた。
 しかし、そのときに輸入されたお米は、パサパサしていて、人気がなかった。このお米は、アミロースを約30%も含んでいたからである。
・「コシヒカリはおいしい」と人気になりはじめたころのコシヒカリ以外のお米は、アミロースを20~22%含んでいた。
 コシヒカリは、アミロースを約17%しか含んでなかった。
 このアミロース量のわずかの違いが、私たちが「おいしさ」を感じる大切な“ひみつ”になっているという。
〇だから、おいしいお米をつくるには、アミロースの少ない品種を育てることである。
 「アミロースの含まれる量が少ないお米をつくったら、ほんとうにおいしいのか」と疑問に思われるかもしれない。
 でも、実際にアミロースの含まれる量を少なくしたお米がつくられ、「おいしい」と評価されてきている。

<北海道のお米の評価>
・ひと昔前の北海道のお米は、「あまりおいしくない」といわれていた。
 日本中のお米の生産量を増やすために、北海道のような寒い地域でも栽培できるような品種が育成されてきた。そのため、味は二の次だった。
ふつう、お米が散らばって落ちていれば、鳥はそれらのお米をついばみながら歩くものである。
 ところが、当時の北海道のお米は、ばらまかれていても「鳥はそれらをついばまずに、またいで通る」と揶揄されて、「鳥またぎ米」といわれていたそうだ。
・しかし、近年は、北海道のお米は、品種改良されて、「おいしいお米」と人気がある。
 毎年、日本穀物検定協会が、お米の「食味ランキング」を発表する。
 北海道産の「ゆめぴかり」や「ななつぼし」は、5段階の最高評価である「特A」を獲得している。

<品種改良と「特A」評価>
※北海道だけでなく、各地で品種改良が進められている。
 2018年の2月に、日本穀物検定協会が、その前の年に収穫されたお米の食味調査の結果を発表した。43銘柄が「特A」という評価を受けた。
その中には、近年開発された、次のような興味深い名前のものが入っている。
・青森県の「青天の霹靂(へきれき)」
・山形県の「つや姫」
・栃木県の「とちぎの星」
・福井県の「ハナエチゼン」
・滋賀県の「みずかがみ」
・高知県の「にこまる」
・佐賀県の「夢しずく」
・熊本県の「森のくまさん」

・新しい時代を生きるお米の品種が、各都道府県で、次々に開発されている。
 この理由は、消費者においしいお米が求められているからである。同時に、将来の温暖化に耐える品種が育成されているそうだ。
 お米は、日本だけでなく、世界人口の約半数の人の主食になっている。今後、懸念される温暖化に打ち克つ品種が育成されなければならない、と田中氏は強調している。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、97頁~100頁)

品種数の減少が深刻!


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「品種数の減少が深刻!」には、次のような内容が述べられている。
・国際連合(国連)は、毎年「国際年」と称して、世界的な規模で取り組むべき課題を決め、それを解決するために、啓発活動を行っている。
 たとえば、植物に関するものでは、2010年は「国際生物多様性年」、2011年は「国際森林年」として、植物の存在の大切さを広く知らしめた。
・また、2004年は「国際コメ年」、2013年は「国際キヌア(キノア)年」、2016年は「国際マメ年」と定められた。食糧としてのコメ、キヌア、マメの啓蒙と増産を目指してのものであったそうだ。

※キヌアというのは、日本ではあまりなじみがないが、近年、知られるようになってきた。
 これは、南米アンデス山脈に生育するヒユ科の植物である。
 トウモロコシほどの背丈に育ち、先端部の穂に、直径数ミリメートルの多くの実を結実する。
 古代インカ帝国では、「母なる穀物」とよばれ、人々の健康を支えてきた。

・国連は、人口の増加を支える食糧としての植物の大切さを世界の人々に訴えてきている。
 近年、世界の人口は毎年1億人弱ほど増加している。しかし、増加する人口に見合うほど、穀物の生産量は増えない。穀物の生産に適した栽培地の面積が限られていることが大きな原因である。そのため、食糧不足はますます深刻な問題になってきている。

<2004年の「国際コメ年」>
〇国連の食糧農業機関(FAO)は、2004年を「国際コメ年」と定めた。
 お米の増産を世界的に奨励し、食糧としての重要性を啓発した。
 この年、国連の広報活動のおかげで、地球上でどのくらいの人が、お米を主食としているかが、認知された。
・アジアを中心に、世界人口の約半数の人々が、お米を主食としている。
 2017年では、地球の総人口は国連の統計で約76億人であるから、その約半分の約38億人がお米を主食としていることになる。

<日本のお米の悩み>
・世界的に多くの人々を養っているお米であるが、日本のお米には、深刻な悩みがあるという。
 その一つは、現在栽培されているイネの品種の数が少ないことである。

☆「なぜ、品種の数が少ないのか」という“ふしぎ”が浮かぶ。
⇒これは、おいしい品種が求められ、その象徴であるコシヒカリがあまりにも人気が高すぎることが原因であるようだ。
・人気の高さは、この品種が栽培される面積の大きさでわかる。
 2016年のコシヒカリの作付け面積は、全国で栽培されるすべてのイネの約36パーセントを占めた。
 2番目に多い品種が、「ひとめぼれ」。作付け面積は10パーセント以下。
 コシヒカリが、突出しての第1位である。

・コシヒカリの作付け面積が約36パーセントもあることはすごいことだが、もっとすごいのは、コシヒカリの作付け面積第1位の座が、数十年間も変わることなく維持されていることである。
イネは常に品種改良されているから、ふつうには、何年かが経過すれば、他の新しい品種が出てきて、順位が入れ替わるものらしい。ところが、コシヒカリの場合は、その人気が継続している。
・コシヒカリに次いで多く栽培されているのは、年によって変化するが、ひとめぼれ、ヒノヒカリ、あきたこまち、ななつぼしなどである。
(これらは、コシヒカリが生まれて以後に、新しく開発された品種であるが、コシヒカリを追い越すことができていない)

☆それだけではなく、これらの品種は、もう一つの深刻な問題を抱えているようだ。
 それは、これらがコシヒカリの子孫に当たる品種であるということである。
 そのため、コシヒカリと性質がよく似ている。
・おいしさを求めて、コシヒカリの性質が引き継がれた品種ばかりが栽培されているのである。
 そのために、日本で栽培されるイネの品種の数が少なくなっている。

☆ここで「なぜ品種の数が少ないことが問題なのか」という疑問がおこる。
※イネだけではないが、作物では、多くの品種が栽培されることが望まれる、と田中氏は主張している。
 その理由について、次のように述べている。
①同じ性質の品種ばかりが栽培されていると、もし何かの天候異変がおこり、その異変に弱い性質をもつ品種の不作がおこると、その性質をもつ品種はすべて、不作になるから。
②また、ある病気が流行り、その病気に弱い性質をもつ品種が病気にかかると、その性質をもつ品種はすべて、病気にかかる。
同じ性質をもつ品種ばかり栽培することは、そのようなリスクをはらんでいる。

・日本中で、よく似た性質のお米ばかりが栽培されることは、天候異変や病気の流行の可能性を考えると、よくないそうだ。
 異なった性質の品種が数多く栽培されていれば、そのようときに救われる。
 そのため、それぞれの地域の風土にあった品種が栽培され、各地域で栽培される品種が異なっていることが望まれる、と主張している。
※栽培される品種が減ってきていることに加えて、お米には、もう一つの深刻な悩みがあるそうだ。
 お米は、日本では、古くから、多くの人にほぼ毎日食べられてきている。
 だから、お米のことはよく知られているように思われがちだが、そうではないという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、100頁~104頁)

イネの悩みとは、知られていないこと!


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「イネの悩みとは、知られていないこと!」には、次のような内容が述べられている。
・お米は、長い間、私たちの食生活の中心にあり、主食として空腹を満たし、健康を守り支えてきた。
 しかし、知られていないことが多くあるらしい。
 この点で、顕著な例を2つだけ紹介している。
①お餅をつくるのに使うお米である「もち米」について
・このもち米という言葉はよく知られているが、漢字がほとんど知られていない。
 多くの場合、「餅米」という、誤った字が書かれる。
 お餅に使われる「餅」という字は、「うすくて平たい」を意味する文字である。
 ⇒だから、ついて伸ばしてお餅になったときに使われるものである。
 (お餅になる前のもち米に、「餅」を使うのは正しくない)
・すると、「もち米」は、どのような字なのか?
 正解は、「糯米」である。
⇒この「糯」という字は、「しっとりとした粘り気のある」という意味を含み、もち米の性質をそのまま表わしている。
・もち米に対し、ふつうの食事のときに食べるお米の名前は、何か?
 そのお米は、「うるち」、あるいは「うるち米」という。
 ところが、この「うるち」という漢字を書ける人は少ない。
 うるちは、「粳」と書かれる。
 この字は、「硬くてしっかりしている」という意味を含み、うるち米の性質を表している。

②お米についてよく知られていない2つ目の例は、「無洗米」について
・近年、このお米は、市販されており、利用が広がっている。
 炊く前に水で洗う必要がないので、ひと手間省ける便利なお米である。
 しかし、多くの人々には、誤解されている。
⇒その特徴から、「一人暮らしの人が、少しのお米を洗わなくても食べられるお米」とか、「冬の寒い日、冷たい水に手をつけなくてもよいお米」とか、「洗い方を知らない人でも、炊けるお米」などの印象がもたれている。
(多くの人に、「無洗米は、不精な人が手抜きのために使うお米」と考えられているようだ)
・それ以上に、「無洗米はおいしくない」という印象がある。
 無洗米は洗う必要がないために、「すでに水洗いされたお米が乾かされたものだろう」と想像される。「水を使って洗ったあとに乾かされたお米が、おいしいはずがない」という観念がその理由になっているようだ。

・ところが、そうではない。
 無洗米を試食した多くの人は、「おいしい」という感想をもつ。
 その通りで、無洗米の大きな特徴は、おいしいことであるという。なぜなら、無洗米は、水を使って洗ったあとで乾かしたお米ではないから。

☆「水を使わずに、どのようにして洗うのか」との“ふしぎ”が浮かぶ。
 これは、炊く前にお米を洗う理由を誤解していることから浮かぶ“ふしぎ”でもある
・お米を洗うのは、お米が汚れているからではない。
 お米の表面をうっすらと覆っているぬかをとるためである。
(「お米を洗う」という表現が使われるが、ぬかや汚れを洗い落とすのではなく、ぬかを取り除くために、「お米を研ぐ」というのが正しい表現といわれる)

※玄米は精米機に入れられて、ぬかや胚芽(はいが)が取り除かれ、精白米になる。 
 ところが、精白米の表面には、まだうっすらと「肌ぬか」とよばれるぬかが残っているそうだ。肌ぬかはおいしくないので、食べる前に洗い落とさなければならない。そのために、炊く前にお米をやさしくかきまぜながら、水洗いする。
・無洗米は、水を使わずに、肌ぬかの性質をたくみに利用して、この肌ぬかを取り除いたものである。
 たとえば、お米を金属製の筒に入れ、お米が壁面にぶつかるように筒内を高速で攪拌するそうだ。
 すると、お米の肌ぬかが壁面につく。その肌ぬかに次々とお米が当たり、お米の表面の肌ぬかが壁面の肌ぬかについて剝がされる。これは、肌ぬかの粘着性が高く、肌ぬか同士がくっつくという性質をたくみに利用しているそうだ。
⇒この方法でできる無洗米は、水洗いよりもきれいに肌ぬかがとれる。だから、おいしいという。
 また、精白米の表面には、おいしさのもととなる「うまみ層」がある。
 水で洗うと、このうまみ層が壊れたりするそうだ。
 粘着力で肌ぬかをとると、うまみ層が傷つかずにそのまま残る。だから、おいしくなる、と田中氏は説明している。

<お米の研ぎ汁は、富栄養化の原因に>
〇無洗米は、おいしいだけでなく、「環境にやさしい」といわれるお米である。
 なぜなら、無洗米には、水洗いの必要がないからである。お米を洗うときに(正確には、お米を研ぐときに)、多くの水が使われる。
 そのときにでる研ぎ汁は、池や沼、湖に流れ込み、富栄養化の原因となる。
 なぜなら、研ぎ汁には多くのリンが含まれるから。
 リンは、窒素、カリウムとともに、池や沼、湖の富栄養化をもたらすものである。
 だから、リンを含む水を流すことのない無洗米は、環境にやさしい、と田中氏は説く。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、104頁~108頁)



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