歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪田中修『植物のひみつ』(中公新書)を読んで≫

2022-11-03 19:00:19 | ガーデニング
≪田中修『植物のひみつ』(中公新書)を読んで≫
(2022年11月3日投稿)
 

【はじめに】


 今日は、文化の日である。
 私は文系の人間だったので、理系、自然系の本を普段はあまり読まない。
 ただ、稲作に携わり、庭木の剪定には興味があるので、最近、植物の本を読むことがある。
 例えば、稲作日誌で紹介した田中修氏の本がそれである。
〇田中修『植物のひみつ 身近なみどりの“すごい”能力』中公新書、2018年
〇田中修『雑草のはなし』中公新書、2007年[2018年版]

 また、庭木の剪定などに興味があるので、次の本に目を通した。
〇辻井達一『日本の樹木』中公新書、1995年[2003年版]

 前回のブログでは、田中修『植物のひみつ 身近なみどりの“すごい”能力』(中公新書、2018年)の「第四話 イネの“ひみつ”」を紹介したので、今回は、それ以外の話で、私の興味をひいた話を記してみたい。
 なお、田中修氏のプロフィールは次のようにある。
【田中修氏のプロフィール】
・1947年(昭和22年)、京都に生まれる。京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了
・スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員
・甲南大学理工学部教授などを経て、現在、同大学特別客員教授
・農学博士 専攻・植物生理学
<主な著書>
・『植物はすごい』(中公新書)
・『ふしぎの植物学』(中公新書)




【田中修『植物のひみつ』(中公新書)はこちらから】
田中修『植物のひみつ』(中公新書)






〇田中修『植物のひみつ 身近なみどりの“すごい”能力』中公新書、2018年

【目次】
はじめに
第一話 ウメの“ひみつ”
第二話 アブラナの“ひみつ”
第三話 タンポポの“ひみつ”
第四話 イネの“ひみつ”
第五話 アジサイの“ひみつ”
第六話 ヒマワリの“ひみつ”
第七話 ジャガイモの“ひみつ”
第八話 キクの“ひみつ”
第九話 イチョウの“ひみつ”
第一0話 バナナの“ひみつ”

おわりに
参考文献




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・緑肥作物(アブラナ・レンゲソウ・ヒマワリ)
・カリウムの王様・バナナとジャガイモ
・ヒマワリにまつわる俗説について
・ジャガイモは「大地のリンゴ」
・なぜ、キクは『万葉集』に詠まれていないのか?
・イチョウにまつわる面白い話






緑肥作物(アブラナ・レンゲソウ・ヒマワリ)


〇緑肥作物として、アブラナ、レンゲソウ、ヒマワリについて、解説してみたい。

緑肥作物としてのアブラナ


・アブラナについては、「なぜ、トラクターですき込まれてしまうのか?」(37頁~39頁)が興味深い。
・アブラナは、4月初旬までに大きく成長し、花を咲かせる。
 田や畑ではそのあと、田植えの前や、別の作物が植えられる前に、葉っぱや茎が土にすき込まれる。
 「なぜ、せっかく成長した植物が、土にすき込まれるのか」との素朴な“ふしぎ”が浮かんでくる。
 これに対する答えは、アブラナの“ひみつ”の性質にあるそうだ。

・大きく成長したアブラナの葉っぱや茎が、田植え前の田んぼや畑の土にすき込まれると、土の中にいる微生物により分解される。
 分解されてできた物質は、田んぼや畑で栽培される作物の養分となる。
 また、葉っぱや茎に含まれていたデンプンやタンパク質などは、土の中の微生物の数を増やし、それらの活動を促す。
 その結果、土壌の肥沃度(ひよくど)が高められる。

<緑肥作物について>
・このように、植物の緑の葉っぱや茎を構成する成分が、畑にすき込まれると、肥料となって土地を肥沃なものにする。
 化学肥料に頼らずに土地を肥やすために、土にすき込まれる緑の葉っぱや茎などは、「緑肥」とよばれる。緑肥となる植物は、「緑肥作物」とよばれる。

・アブラナは、開花する時期が春の早くなので、田植えの前に、あるいは、畑の作物が栽培されはじめる前に、大きく成長する。
 それらの葉っぱや茎が緑肥として役に立つので、アブラナは「緑肥作物の代表」とよばれることがある。
・アブラナ科のシロガラシも、春早くに成長し、畑一面を黄色い花で覆う。
 そのため、この植物も、アブラナと同じように、緑肥作物として栽培される。

※「シロガラシの『シロ』は、白い花を咲かせるからではないのか」と思われることがあるが、そうではないらしい。
 クロガラシという植物があり、そのタネの色が黒い。それに比べて、シロガラシのタネは白っぽくてうすい茶色をしていることが名前のゆえんであるという。

・「アブラナを栽培したあとの畑に、たとえばサツマイモを栽培すると、そのサツマイモは病気にかかりにくくなる」といわれる。
 実際に、サツマイモを栽培する農家には、この方法が取り入れられていることがある。
 「どうしてなのだろうか」との“ふしぎ”が浮上する。
・アブラナが緑肥作物の代表といわれるのには、もう一つの理由があるようだ。
 緑肥作物では、その葉っぱや茎を構成する成分が、肥料となり、土を肥沃なものにする。
 だから、どのような植物でも緑肥となることができる。しかし、緑肥作物として栽培されるものは、別の役に立つ性質をもっている。
 たとえば、アブラナは、「グルコシノレート」という物質を含んでいるそうだ。
 これが土壌中で「イソチオシアネート」という物質に変わる。この物質には、土壌にいてサツマイモなどに有害なセンチュウや病原菌の増殖を抑える効果があるという。

 だから、アブラナは、緑肥作物として役に立つだけでなく、次に栽培される作物の病気を防ぐ役割ももっている。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、37頁~39頁)

緑肥作物としてのレンゲソウ


「第四話 イネの“ひみつ」の項目である「なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?」には、次のような内容が述べられている。

・6、70年前には、田植え前の田んぼでは、卵形の小さな葉っぱをつけた茎が地面を這うように、レンゲソウが育っていた。
 花が咲くと、畑一面が紫色に染まり、その美しさは、春の田園風景の象徴でもあった。
 
☆「なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが育っているのか」という、素朴な“ふしぎ”が抱かれることがあった。
 この“ふしぎ”を解くためには、植物たちの“ひみつ”を知らなければならないそうだ。

・レンゲソウは、タンポポのように、勝手に生える雑草ではない。
 田植えをする田んぼに、前の年の秋にタネをわざわざまかれて、栽培される植物なのである。
 育ったレンゲソウの葉っぱや茎は、田植えの前に土が耕されるとき、そのまま田んぼの中にすき込まれてしまう。
・この植物は、わざわざタネをまいて栽培され、きれいな花が咲いている時期、あるいは、そのあとにタネがつくられる時期に、土の中にすき込まれてしまう。
 それを知れば、「なぜ、せっかく育ってきたのに、土にすき込まれるのか」や、
 「レンゲソウは、何のために栽培されているのか」などの疑問が浮上する。

<レンゲソウの根粒菌>
〇実は、レンゲソウには、すばらしい“ひみつ”の性質がある、と田中氏はいう。
・元気に育つレンゲソウの根を土からそおっと引き抜くと、根に小さな粒々がたくさんついている。
 この粒々は、根にできる粒という意味で、「根粒」といわれる。
 その粒の中には、「根粒菌」という菌が住んでいる。この根粒菌が、すばらしい“ひみつ”の能力をもっている。

※植物が栽培されるときに必要とされる三大肥料は、窒素、リン酸、カリウムである。
・その中でも、窒素肥料は特に重要であるといわれる。
 窒素は、葉っぱや茎、根などを形成するために必要であり、植物が生きていくために必要なタンパク質の成分だからである。
・また、窒素は、光合成のための光を吸収する緑の色素であるクロロフィルや、親の形や性質などを子どもに伝えていくための遺伝子にも含まれる成分だからである。
⇒だから、窒素は、それらの物質をつくるのに必要なものであり、植物が成長するには、必要不可欠な物質である。
 そのため、私たちは植物を栽培するときには、窒素肥料を与えなければならない。

〇さて、レンゲソウをはじめとするマメ科植物の根に暮らす根粒菌は、空気中の窒素を窒素肥料に変える能力をもっている。
・レンゲソウは、根粒菌がつくった窒素肥料を利用する。
 そのため、土に窒素肥料が与えられなくても、レンゲソウのからだには、窒素が多く含まれる。
 空気中の窒素を窒素肥料に変える能力をもつ根粒菌を根に住まわせていることが、レンゲソウの“ひみつ”なのである。

・これが田植えの前に土の中にすき込まれると、緑の葉っぱや茎に含まれていた窒素肥料の成分が土壌に溶け込み、土壌を肥やし、緑肥となる。
 ⇒そのため、レンゲソウは、緑肥作物とよばれる。

※このように、レンゲソウは、緑肥作物として、田植えをする田んぼにタネがまかれて、栽培されていた。

<近年の傾向>
・ところが、近年、レンゲソウ畑が減ってきた。
 化学肥料が普及してきたことが一因であるが、大きな理由は、田植えの機械化が進み、小さなイネの苗を機械で植えるようになり、田植えの時期が早くなったことらしい。
・田植えが機械化される以前の田植えでは、レンゲソウの花の時期が終わるころに、大きく育ったイネの苗を手で植えていた。
 ところが、機械では、大きく育った苗は植えにくいので、小さな苗が植えられるのである。
・田植えの時期が早まると、レンゲソウが育つ期間が短くなる。
 すると、レンゲソウのからだが大きくなる前にすき込まなければならないので、栽培してもあまり役立たなくなった。

<レンゲソウ~プラスアルファの役に立つ性質>
・しかし近年、レンゲソウは、土壌を肥やすだけではなく、プラスアルファの役に立つ性質をもつことがわかりつつあるという。
・レンゲソウの葉っぱや茎が土にすき込まれて分解されると、酪酸(らくさん)やプロピオン酸などという物質が生じるそうだ。これらは、雑草の発芽や成長を抑える効果をもつとされる。
・だから、レンゲソウを緑肥とした畑や田んぼでは、化学肥料を使わずに土壌が肥沃になり、雑草が育ちにくくなるようだ。
⇒レンゲソウが春の畑に復活する日がくるかもしれないという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、80頁~84頁)

緑肥作物としてのヒマワリ


〇ヒマワリについては、「ヒマワリは、緑肥作物か?」(154頁~156頁)が興味深い。

<ヒマワリ栽培の目的について>
・数百株、数千株のヒマワリが植えられていることがある。ときには、数万株、数十万株といわれることがある。

①その目的の一つは、観賞用として役に立つことである。ヒマワリの花は、心を明るくしてくれる。
・庭や花壇で栽培されて楽しまれるだけでなく、広いヒマワリ園などでは、何千本、何万本と栽培されて、背が高くなることを利用して、「迷路」がつくられる。観光資源としても使われている。

②ヒマワリが栽培されるもう一つの目的は、土の中にすき込んで土を肥やすという目的がある。
 育った植物の緑の葉っぱや茎が土にすき込まれて肥料となる。このような植物は緑肥作物といわれる。
⇒緑肥作物については、第二話のアブラナの「なぜ、トラクターですき込まれてしまうのか?」
や、第四話のイネの「なぜ、田植え前の田んぼに、レンゲソウが植えられるのか?」でも言及していた。

<緑肥作物として、アブラナ・レンゲソウ・ヒマワリ>
・緑肥作物として、アブラナはサツマイモなどの畑作の前に植えられ、レンゲソウは田植え前の田んぼに栽培される。
 そして、成長した植物の葉っぱや茎が土の中にすき込まれる。
 すき込まれた葉っぱや茎は、土の中で微生物により分解されて養分となり、すき込んだあとに栽培される作物の養分となる。
 また、葉っぱや茎に含まれていたデンプンやタンパク質などの有機物は、土中の微生物の数を増やして活動を促し、土壌の肥沃度を高める。

・夏から秋に、ヒマワリやマリーゴールドなどのキク科の植物が、畑一面に花を咲かせていることがある。
 これらの植物は、景色をよくするために栽培されているという意味で、「景観植物」といわれる。
 しかし、多くの場合、これらの植物は、ただ景色をよくするために栽培されているわけではないらしい。緑肥作物として栽培されている。
 どんな植物でも葉っぱや茎を構成する成分は肥料として利用できるから、どの植物も緑肥作物になることはできる。
(ただ、近年、緑肥作物として栽培されるためには、別の役に立つ性質をもたねばならないことを、アブラナやイネの“ひみつ”として、田中氏は紹介している)

・アブラナは、すき込まれた土壌中で、「イソチオシアネート」という物質を生み出す。
 レンゲソウの葉っぱや茎が土にすき込まれて分解されると、酪酸やプロピオン酸などという物質が生じる。
 ⇒これらは、有害な病原菌の増殖を抑え、雑草の繁茂を抑制する。
・ヒマワリは、伸びた根の内部や付近に菌根菌という菌を住まわせる。
 この菌は、土中のリン酸を吸収し、蓄積してヒマワリの根に与える。
 そのため、リン酸の少ない土壌で、リン酸の利用率を向上させる効果が期待されるという。
⇒たとえば、沖縄県のサトウキビ畑では、春の収穫後にヒマワリを育てる。
 すると、夏にサトウキビの苗を植える前に、十分な背丈に成長する。そのまま、畑にすき込むことで、ヒマワリは緑肥として利用されている。
 また、ヒマワリを緑肥にして、メロンを栽培すると、メロンの成長がよくなるといわれる。
 そして、タマネギを栽培すると、タマネギがよく肥大するといわれる。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、154頁~156頁)

カリウムの王様・バナナとジャガイモ


〇バナナとジャガイモは、カリウムの王様であるといわれる。この点について、解説しておこう。

バナナ


<バナナはカリウムの王様>
・バナナは、食べやすいだけでなく、栄養的に高い価値をもっている。
 バナナは、ジャガイモとともに、「カリウムの王様」とよばれている。
 
・カリウムには利尿効果があるので、排尿が促され体温が下がるので、バナナは暑い夏にふさわしい果物といえる。
 また、カリウムは、余分な塩分の排出を促し、血圧を下げることが知られている。
 だから、バナナは健康によい。

<食物繊維>
・バナナの果肉には、食物繊維が豊富に含まれている。
 この物質は、胃や腸で吸収されずに腸内で水を吸って移動する。
 そのため、この物質は、腸をきれいにし、排便を促し、腸内の不要な物質を便として排出する。

<バナナのカロリー>
・また、バナナの果肉は甘いが、甘すぎることはない。そのため、カロリーも多くない。
 ごはん1膳が約250キロカロリーであるのに対して、食べる部分が100グラムのバナナ1本で、86キロカロリーである。これで、十分に食べ応えがあり、空腹はかなり満たされる。
⇒そのため、バナナを食べていると、カロリーのとりすぎが防げる。

※バナナは、人気だけでなく、栄養的な価値も備えた果物である。
 「果物の王様」といわれるのは、世界的には、独特の匂いで知られるドリアンである。
 しかし、私たちはドリアンにあまりなじみがない。
 そのため、日本では、「果物の王様」という呼び名は、人気と栄養をあわせもつバナナにふさわしい、と田中氏は主張している。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、227頁~228頁)

ジャガイモ


・ジャガイモは、健康によい栄養を多く含んでいる。
 ジャガイモには、コメ、コムギ、トウモロコシの三大穀物に含まれるのと同じデンプンが多く含まれている。
 それに加えて、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富に含まれている。
⇒そのため、ジャガイモのイモは、食べると空腹を満たしてくれるだけなく、栄養にもなる。
 ジャガイモは、大地の中につくられ、食べものとしての値打ちが高いので、「大地のリンゴ」なのである。

<デンプン>
・デンプンは、「ブドウ糖」、あるいは、英語名で「グルコース」とよばれる物質が結合して並んだ物質である。
 このブドウ糖ことが、私たちが生きるためや、成長するためのエネルギーの源になる物質である。
 だからこそ、私たち人間は、コメ、コムギ、トウモロコシなどを主食として、毎日、デンプンを食べ、それを消化して、ブドウ糖を利用している。

<ビタミンC>
・ジャガイモには、デンプンが多いだけでなく、ビタミンCが豊富に含まれている。
 ビタミンCは、シミやシワを防ぎ、老化を抑制する物質として知られている。
 イチゴやレモン、キウイフルーツなどの果物に多く含まれている。
・ビタミンCが野菜や果物に多く含まれていることは、よく知られている。
 そのため、ビタミンCがジャガイモに多く含まれるといわれると、「ほんとうなのか」と疑いたくなる。
 でも、100グラム当たりに含まれる量は、ミカンに含まれる量と同じくらいである。
 そしてリンゴと比べると、5倍以上も含まれている。

・ビタミンCは、水に溶けやすく、調理されると流れ出る。熱に弱いので分解したりする。
 ところが、ジャガイモに含まれるビタミンCは、多くのデンプンに守られて、水に流出しにくく、熱にも強いといわれる。

<ジャガイモに含まれるカリウム>
・ジャガイモに含まれるミネラルには、マグネシウムや鉄分、カルシウムなどがある。
 特にカリウムの含有量が多い。
 「カリウムの王様」という名称は、カリウムを多く含むバナナに与えられることがあるが、ジャガイモにも使われる。

・カリウムは、排尿を促す効果があり、余分な塩分の排出を促す。
 塩分は高血圧の原因になるから、「ジャガイモは、血圧を下げて高血圧を予防したり、むくみを改善したりする効果がある」といわれる。

<ジャガイモの食物繊維>
・また、ジャガイモには、食物繊維が多く含まれる。
 この物質は、胃や腸で吸収されずに腸内で水を吸って移動し、腸をきれいにする。
 そのため、整腸作用があり、腸内の不用な物質を便として排出する働きがある。

※このように、ジャガイモには、イモ類でありながらビタミンCが多く含まれ、カリウムとともに食物繊維も多く含まれている。
 そのため、ジャガイモは、健康にとてもよいことから「大地のリンゴ」とよばれている。

・ジャガイモに多く含まれるデンプンは、調理されたあと、イモとしてそのまま食べられる。
 しかし、そのまま食されるだけでなく、「馬鈴薯澱粉」として取り出されて、食材として大活躍するそうだ。
⇒たとえば、「片栗粉(かたくりこ)」や「わらび粉」、「葛粉(くずこ)」などは、本来は、それぞれ、カタクリやワラビ、クズの根から取り出されたデンプンを原材料にするものである。
 ところが、これらの植物の根は大量に手に入れられるものではない。
 そのため、市販されている片栗粉やわらび粉、葛粉などには、多くの場合、ジャガイモの「馬鈴薯澱粉」が代用として使われているそうだ。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、169頁~171頁)

ヒマワリにまつわる俗説について


〇第六話「ヒマワリの“ひみつ”」では、俗説を正している。

「太陽の花」ヒマワリについて


・ヒマワリはキク科の植物で、北アメリカが原産地である。
 英語名は、花の形が輝く太陽の姿に似ていることにちなんで、「サンフラワー」で「太陽の花」を意味する。
・ヒマワリの学名は、「ヘリアントゥス・アヌウス(Helianthus annuus)」である。
 学名の前半の「ヘリアントゥス(Helianthus)」は、ヒマワリ属であることを示す。
 これは、ギリシャ語の「太陽」を意味する「ヘリオス(helios)」と、「花」を意味する「アントス(anthos)」から成り立っているという。
 だから、「太陽」と「花」が語源となっており、やはり「太陽の花」を意味する。

・学名の後半の種小名の「アヌウス」は、「一年草」という意味である。
 ヒマワリは、春に発芽し、夏に花を咲かせ、秋にタネをつくって枯れる。
 このように、その生涯を1年以内に終える植物は一年草とよばれ、ヒマワリは典型的な一年草の植物である。
・この植物は、「1666年以前に、日本に来た」といわれる。
 「なぜ、1666年という具体的な年代がいわれるのか」と“ふしぎ”に思われる。
 この年代の根拠は、1666年に著された、図の入った百科事典のような『訓蒙図彙(きんもうずい)』(中村惕斎[なかむらてきさい]編)に、ヒマワリがはじめて出てくることである。
 ヒマワリは、「丈菊」「天蓋花(てんがいばな)」「迎陽花」とも呼ばれたようだ。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、134頁~135頁)

ヒマワリの花は、カメラ目線で咲く!


〇第六話「ヒマワリの“ひみつ”」の「ヒマワリの花は、カメラ目線で咲く!」では、俗説を正している。
・古くから、「ヒマワリの花は、いつも太陽のほうを向いており、太陽の姿を追って、花がまわる」といわれる。
 「ほんとうに、ヒマワリの花は太陽の姿を追ってまわるのか」という“ふしぎ”が生まれる。

・しかし、残念ながら、この説には何の根拠もなく、「ヒマワリの花は、太陽の姿を追ってまわる」というのは俗説だという。
 ヒマワリの花は、見た目に大きいだけでなく、ずっしりと重い。
 そのように大きく重い花が、毎日、太陽の動きを追って、東から西にクルクルとまわることはない。
・ヒマワリが何万本と栽培されているヒマワリ畑やヒマワリ園で、写真が撮られると、ほとんどすべてのヒマワリの花が、カメラのほうを向く“カメラ目線”で咲いている。
 よそ見をしている花や、反対方向を向いてうしろ姿を見せている花はほとんど見当たらない。ヒマワリの花はほとんどすべてが同じ方向を向いて咲いている。
・「同じ方向とは、どちらか」という“ふしぎ”が浮上する。
 その方向は、「東」であるようだ。
 だから、カメラ目線で咲いているように撮られている花の写真は、東から西を向いて撮られたことになる。
(もし、カメラを西から東に向けて撮れば、ほとんどすべての花がうしろ向きに撮れるはず)
・「ヒマワリの花は、東を向いて咲く」と決まっているそうだ。
 ただ、そのためには、一つだけ条件がある。
 それは、ヒマワリの花が一日中の太陽の動きをよく見ることのできる場所で栽培されていることである。
・では、「ヒマワリの花が一日中の太陽の動きをよく見ることのできない場所で栽培されている場合は、どうなるのか」との疑問が浮かぶ。
 建物や樹木の陰になっているような場所では、「ヒマワリの花は、東を向いて咲く」とは決まっていない。
・もし、そのことを知っていると、「ヒマワリの花は、東を向いて咲くというけれども、南を向いて咲いているのを見た。なぜ南向きに咲くのか」という質問に答えられる。
 この質問をした人が観察した場所では、東側が建物などの陰になっているため、一日中の太陽の動きを見ることができず、南側が明るいと考えられるようだ。
⇒たとえば、東西には建物があるが、花壇の南側に幅の広い道があるために、建物の陰にならずに太陽の光が明るく差し込んでいるような場合である。
(ヒマワリの花々は、南という方角を決めて咲いているのではなく、明るいほうを向いて咲いている。たまたま、このヒマワリが育っている環境から、「南を向いている」ということになる)

※ヒマワリに限らず、多くの植物たちの花は、明るいほうを向いて咲く。
 多くの家の庭や花壇では、道路から見ると、家が建っているほうが陰になり、道の側より暗いから、花は道の側を向いていることが多くなる。
・もし花が暗いほうを向いて咲くとしたら、庭や花壇で咲く花々は、道からはうしろ姿だけを見ることになる。あまりそのようなことがないのは、花には明るいほうを向いて咲く性質があるからだという。

☆では、「なぜ、花は明るいほうを向いて咲くのか」との疑問が出る。
①一つの理由は、明るいほうを向いて咲くと、太陽の光が花の中に多く差し込むことである。
 そのおかげで、花の中がジメジメせずに乾燥する。
(ジメジメしていると、カビが生えたり、病原菌が繁殖しやすかったりする)
・花の中では、子ども(タネ)づくりが行われる。
 カビや病原菌がいて、不衛生になっていては困る。
 花が明るいほうを向いて咲くのは、「子どもを衛生的な場所でつくりたい」との思いが込められた性質であるという。

②二つ目の理由は、明るいほうを向いて花が咲くと、光が差し込み、花の中央部分の温度が高くなることである。
・花の中の温度をはかると、多くの種類の植物で、花の周辺部より、オシベやメシベのある中央部の温度が高くなっている。
 虫がその温かさを求めて花の中に寄ってきてくれる。だから、花粉を運んでもらえる機会が増える。

③三つ目の理由は、花の中の温度が高いと、花の香りがよく発散することである。
 香りは液体の物質が気体になって発散するものであり、その反応は、温度が高くなるとよく進む。
 だから、いい香りが出てやっぱり虫が寄ってくる機会が増える。
⇒こうして、ヒマワリは、子どもづくりをするための工夫を凝らしているそうだ。

太陽の姿を見失ったヒマワリは、どうするのか?


〇第六話「ヒマワリの“ひみつ”」の「太陽の姿を見失ったヒマワリは、どうするのか?」では、次のように述べている。
・古くから、「ヒマワリの花は、いつも太陽のほうを向いており、太陽の姿を追って、花がまわる」といわれてきた。これには何の根拠もなく、単なる俗説であるというなら、「なぜ、そのような誤った説が広まったのか」という“ふしぎ”が残る。
 この“ふしぎ”には、何か“ひみつ”がありそうだ。その“ひみつ”は、若いツボミの運動を観察することで明らかになるという。
・ヒマワリの花が太陽の動きに合わせて方向を変えることはないが、若い葉っぱの表面は、太陽の姿を追ってまわる。
 その様子は、タネが発芽したばかりのふた葉の芽生えで見るとわかりやすいようだ。
 芽生えが葉っぱの表面を太陽の光のくる方向にまともに向けるのは、多くの光を受け取ることができるからである。

・朝、太陽が東から昇れば、芽生えは、ふた葉の表面を東へ傾け、太陽の光を葉っぱの表面に垂直に受けようとする。
 太陽がだんだん真上にあがると、それを追って、水平になってふた葉の表面は真上から光を受けようとする。夕方に向かって西に太陽が傾いていくと、それを追うように、ふた葉の表面は西へ傾き、やっぱり太陽の光をいっぱいに受けようとするらしい。

※太陽の光のくる方向に葉っぱの表面を向けると、多くの光が受けられるからである。
 こうして、ヒマワリの芽生えのふた葉の表面は、太陽の姿を追って、一日中、東から西にまわることが観察される。

☆ヒマワリの葉っぱが太陽の姿を追ってまわると、一つの“ふしぎ”が生まれる。
 夕方に太陽が西に傾いたとき、それを追ってヒマワリのふた葉は西へ傾く。ところが、太陽はそのまま西の方向に沈み、姿を消す。西へ傾いたまま、太陽の姿を見失ったふた葉は、「そのあと、どうするのか」という“ふしぎ”である。
 隠れてしまった太陽の姿を追って、ますます下へ傾いてくのだろうか。あるいは、見失ったそのままの姿勢で朝まで待つのだろうか。あるいは、まっすぐに上を向く姿勢に戻って、朝を待つのだろうか。それとも、次の日の朝、太陽の光は東の方向から昇ってくることを知っていて、東を向いて傾いた姿勢をとるのだろうか。

・「夜の間に、東のほうに向きを変えて、朝には、東を向いた姿勢をとる」ことが観察される。
 つまり、次の日の朝、太陽が東から昇ることを知っており、その方向を向いて待っている。
(夕方に太陽の姿を見失った西向きの姿勢から、何時ごろに、どのように東のほうに向きを変えるのだろうかについては、自由研究で読者の課題とする)

・このふた葉と同じように、花を咲かせる前のヒマワリの茎の一番上の若い葉っぱも、太陽の姿を追ってまわるそうだ。
 ツボミは、一番上の若い葉っぱの間にできるから、若い葉っぱがそのように太陽を追ってまわると、ツボミも太陽の動きに合わせてまわる。
 だから、ツボミの小さい間は、毎日、東から西に動く。
 そのため、「ヒマワリの花は、いつも太陽のほうを向いており、太陽の姿を追って、花がまわる」という説が広まったのだろう、と田中氏は推測している。
・ただ、ツボミが大きくなって重くなると動けなくなると断っている。
 その動きが止まるとき、東を向いて止まる。「夜のあいだにヒマワリの花が東を向いて止まる」というのが、「東を向いて咲く」理由であるという。
(夕方から朝までの長い夜の間に、東に向きを変えながら、ツボミは大きくなっていく。ツボミは大きくなるにつれて、動きづらくなる。その結果、ツボミが動けなくなるのが、東を向いた状態と考えれるとする)
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、136頁~142頁)

ジャガイモは「大地のリンゴ」


「第七話 ジャガイモの“ひみつ”」では、ジャガイモは「大地のリンゴ」とする見解について、興味深い解説がなされている。

<ジャガイモ>
・ジャガイモはナス科の植物で、原産地は南米のアンデス地方である。
 「野菜」という言葉は、田畑に栽培される草本性の作物を指すから、ジャガイモも野菜の一種になるはずである。
 でも、イモとマメは、多くの場合、野菜といわれず、「イモ類」とか「マメ類」とよばれる。
・ジャガイモという名前は、1598年、あるいは、1603年といわれるが、ジャワ島のジャカルタからオランダ船により日本にもたらされたことに由来する。
⇒「ジャカルタ(ジャガタラ)からきたイモ」という意味で、「ジャガタライモ」とよばれ、「ジャガイモ」に転訛したという。

〇現在、日本で栽培されている代表的な品種は、「男爵」と「メークイン」である。
①「男爵」の名前の由来
・男爵は、明治時代に、高知県出身の川田龍吉(かわだりょうきち)男爵により、イギリスから導入された品種である。
 外国では、「アイリッシュ・コブラー」とか「ユーリカ」などとよばれていたものである。
 男爵というのは、明治時代に決められた五つの華族階級(公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵)の爵位の一つである。
・この品種のイモは、丸くてゴツゴツしており、表面には深いくぼみがある。
 イモの部分は、「食感がホクホク」と形容されるように、粘りが少ない。
⇒そのため、くずれやすいので、コロッケやサラダなどのように、つぶして使う料理に適している。

②「メークイン」の名前の由来
・メークインは、イギリスで普及していた品種である。大正時代に、アメリカを経由して日本に導入された。
・イモは、長細く、表面はツルツルしており、形がくずれにくい粘質である。
⇒そのため、煮物や炒め物、おでんやカレーライスなどに適している。

※ただ、料理に対する使い分けは、一つの目安にすぎず、好みにより変わる。
 たとえば、おでんには、形が保たれるメークインが適しているとされるが、ホクホクの男爵が好んで使われる。

・名前の由来は、見た目の美しさから「5月(メイ)に行われる村祭りで選ばれる女王(クイーン)にちなむ」といわれる。
(「メイクィン」、「メークイーン」、「メークィン」などと書かれることがあるが、名称の正式な表記は、「メークイン」と定められているそうだ)

※ジャガイモは、コメ、コムギ、トウモロコシの「三大穀物」とともに、「四大作物」の一つとなっている。ジャガイモは、世界の多くの人々の食糧となっている。

・19世紀、オランダの画家、ファン・ゴッホは、明るい花であるヒマワリを好んで描いたが、対照的な暗い色調で、ジャガイモを描いている。
 『馬鈴薯(ばれいしょ)を食べる人々』という題で、農民の姿を描いており、多くのゴッホファンを引きつけている。
 馬鈴薯は、ジャガイモの別の名である。この名前は、イモの姿や形が「馬の首につける鈴」に似ていることに由来するといわれる。

<注意>
・ジャガイモの仲間の植物というと、同じように「イモ」を食用とするサツマイモやサトイモが思い浮かぶ。
 しかし、サツマイモはヒルガオ科であり、サトイモはサトイモ科の植物であり、ナス科のジャガイモの仲間ではない。
(ナス科の植物は、ナスやトマト、ピーマンやタバコなどである。このような有用な植物の他に、有毒物質をもっているチョウセンアサガオ、ベラドンナ、ハシリドコロなども、ナス科の植物である)

・「イモ」という言葉は、植物の根や地下茎が肥大して養分を蓄えたもので、食用に利用されるものに使われる。
 そのため、ジャガイモもサツマイモも「イモ」という言葉が使われる。しかし、ジャガイモとサツマイモは同じイモであっても、食用部の性質が異なるという。
●ジャガイモの食用部は、地中から掘り出される。そのため、「根」と思われがちであるが、根ではない。ジャガイモの食用部は、茎なのである。
 茎に栄養が蓄えられて、かたまり(塊)となって肥大しているので、ジャガイモのイモは、「塊茎」とよばれる。
●それに対して、サツマイモの食用部は根である。
 根に栄養が蓄えられて、かたまりとなって肥大したもので、サツマイモのイモは「塊根」とよばれる。

〇「ジャガイモに、果実はできるのか?」
・ジャガイモの花は、昔、観賞用や装飾用に使われただけあって、美しいものである。
 18世紀のフランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットが、髪飾りにこの花を用いたことはよく知られている。そのことが、「ジャガイモの普及に貢献した」といわれる。

・その花は、ナスやトマトの花に似ている。ナスやトマトには、花が咲けば、実がなる。
 ところが、ジャガイモの花を見た人は多いのであるが、果実を見た人は少ない。
 そのため、「花が咲くのに、果実がならない」と、“ふしぎ”に思われる。
 しかし、家庭菜園で栽培していたジャガイモに花が咲き、思いもかけず、ミニトマトのような果実ができることがあるそうだ。
 そのようなときには、逆に、「なぜ、ジャガイモにミニトマトのような果実ができたのか」と不思議がられる。
 でも、これは、そんなに不思議な現象ではない、と田中修氏はいう。
 ジャガイモはナス科の植物であり、ミニトマトもナス科の植物である。だから、ジャガイモに花が咲き、果実ができると、ミニトマトのようなものができる。
 すべての種類の生物は、新しい個体をつくる。この現象は、「生殖」とよばれる。生殖の様式には、オスとメスという性がかかわる有性生殖と、性がかかわらない無性生殖がある。
 植物の有性生殖は、花が咲き、その花の中で、オシベの花粉をメシベの先端の部分である「柱頭」につける方法である。
⇒ジャガイモは、イモをつくる無性生殖でも増えるが、タネをつくる有性生殖でも子孫を残すそうだ。ジャガイモにできる果実は、はじめは緑色であるが、熟すにつれて黄色味を帯びる。果実の中にできるタネには、もちろん発芽能力があり、発芽すれば成長する力もあるという。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、158頁~167頁)

フランス語の「ポム・ド・テール」(「大地のリンゴ」)


・ジャガイモは、フランス語では「ポム・ド・テール」といわれる。
 ポムはリンゴであり、テールは大地や地面を意味する。
 だから、「ポム・ド・テール」は、「大地のリンゴ」という意味になる。

・「なぜ、ジャガイモが『大地のリンゴ』なのか」との“ふしぎ”が浮上する。
 ジャガイモの食用部は土の中にできるので、「大地」の意味は理解できる。しかし、ジャガイモに、リンゴの味はない。
 「生のジャガイモをかじったときの食感が、リンゴをかじったときと似ている」という説を聞いたことがあるが、これは“まゆつばもの”のように、著者は感じるという。
 そこで、別の説を紹介している。
・リンゴについては、「一日一個のリンゴは、医者いらず」とか「リンゴ一個で医者知らず」、あるいは、「一日一個のリンゴは、医者を遠ざける」とかいわれる。
 いずれも、「一日に一個のリンゴを食べていれば、病気にならないので、お医者さんの世話になることはない」という意味である。
⇒このリンゴの力にちなんで、ヨーロッパには、栄養があり、私たちの健康にとって値打ちの高い野菜や果実を「リンゴ」とよぶ習慣があるのだそうだ。
 たとえば、トマトは、昔から、「トマトが赤くなると医者が青くなる」や、「トマトのある家に胃腸病なし」と言い伝えられている。
 トマトは、フランスやイギリスでは「愛のリンゴ」、イタリアでは「黄金のリンゴ」、ドイツでは「天国のリンゴ」とよばれる。
 トマトが「リンゴ」とよばれるのは、健康を守る働きが高く評価されているからである。
 ジャガイモも、健康によい栄養を多く含んでいる。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、168頁~169頁)

なぜ、キクは『万葉集』に詠まれていないのか?


〇「第八話 キクの“ひみつ”」には、「なぜ、キクは『万葉集』に詠まれていないのか?」という“ふしぎ”について、解説している。
・キクは、日本で古くから栽培されており、多くの日本人にとって、「心の花」となっている。
 ところが、多くの植物が詠まれている『万葉集』に、キクの花がないのである。
 「なぜ、キクの花が『万葉集』に詠まれていないのか」という“ふしぎ”がある。
・「ももよぐさ」と詠まれているものが、「ノギク」であるとの説がある。たとえそうだとしても、その植物がでてくるのは一首のみで、「なぜ、キクの花が『万葉集』に詠まれていないのか」という“ふしぎ”に変わりはない。

・この“ふしぎ”には、“ひみつ”があるという。
 『万葉集』は奈良時代に編纂され、「第一話 ウメの“ひみつ”」でも述べていたように、約4500首の歌のうち、約1500首に、約160種類の植物が詠み込まれている。
 詠まれている植物を多い順に10種類あげると、「ハギ、ウメ、マツ、タチバナ、アシ(ヨシ)、スゲ、ススキ、サクラ、ヤナギ、チガヤ」である。
 この植物のベスト・テンの中に、キクはない。
・『万葉集』では、「キクを詠んだ歌は、一つも含まれていない」といわれたり、「日本在来のノジギクが一首あるだけ」といわれたりする。
 『万葉集』には、多くの植物が詠まれているにもかかわらず、キクが詠まれた歌はないのである。

・キクの花が、『万葉集』に、ほとんど詠まれていない理由は、キク(栽培されているイエギク)が原産地の中国から日本に入ってくるのは、奈良時代よりあとだからなのであるという。
 そのため、奈良時代に編纂された『万葉集』には、キクが詠まれた歌があるはずはないというのである。

・『古今和歌集』は、平安時代に編纂されている。
 その歌集に収められた歌にも、多くの植物が詠まれている。
 多い順に、サクラ、モミジ、ウメ、オミナエシ、ハギ、マツであり、これに続いて、キクが詠まれているそうだ。
 日本に入ってきたキクは、平安時代前期の『古今和歌集』に早くも多数詠み込まれている。

・そのあと、キクは、鎌倉時代に、後鳥羽上皇にたいへん気に入られ、刀や衣服に紋章として使われた。
 そして、江戸時代には、品種改良が進んだ。明治時代になって、キクの花は、現在のように天皇および皇室の紋章として、正式に定められた。
(「それまでの天皇や皇室の紋章は、何であったのか」との疑問が生まれるが、その答えは、「明治時代までは、定められていなかった」という)
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、190頁~191頁)

イチョウにまつわる面白い話


〇「第九話 イチョウの“ひみつ”」では、イチョウにまつわる面白い話が載っている。

・イチョウは、イチョウ科イチョウ属の植物であり、仲間がいないそうだ。
 つまり、イチョウは、一科一属一種のさびしい植物である。
 多くの植物は、科や属に仲間がいる。
 たとえば、生物の分類学上の一つの階層である「科」のレベルでは、サクラやウメ、モモやナシなどは、同じバラ科に属する仲間である。イネ科なら、イネやコムギ、トウモロコシが、同じ科に属する仲間である。
 「科」の下のグループを示す「属」になっても、サクラやウメは、古い分類では、サクラ属(スモモ属)の仲間であった。
(近年の新しい分類になっても、サクラ属では、サクラは、サクランボをつくるセイヨウミザクラなどが仲間であり、ウメやアンズは、アンズ属の仲間である)

・イチョウの学名は、「ギンクゴ・ビロバ(Ginkgo biloba)」であるという。
 「ギンクゴ」は、イチョウ属を示し、「ビロバ」の「ビ(bi)」は二つを意味し、「ロバ(loba)」は葉っぱを意味するそうだ。
 そのため、「ビロバ」は、二つに分かれた葉っぱを意味する。その通りに、この植物の葉っぱは、二つに浅く裂けている。

・イチョウは、約2憶年前に中国で生まれ、約1億年前には、十数種類が栄えていたと考えられている。
 しかし、その後に訪れる氷河期を越えて生き残ったのは、1種類のみだった。
 現在のイチョウは、同じ科や属に仲間がいない、一科一属一種のさびしく生きる植物なのであるそうだ。
※「杜仲茶(とちゅうちゃ)」の原料となるトチュウ科トチュウ属のトチュウも、一科一属一種の植物として知られているようだ。しかし、このような植物は多くない)

・ところで、このイチョウは、多くの神社や仏閣に植えられ、ときには、神木として崇められている。そのように私たちとともに歴史を刻んできたように思えるイチョウには、氷河期に多くの仲間を失ったという、“ひみつ”の過去があるそうだ。
・イチョウの原産地である中国での呼び名や、日本の江戸時代の呼称では、「銀杏」と書かれ、「ギンキョウ」と発音された。ギンナンとよばれる硬いタネが銀色に輝くような白色で、形がアンズ(杏)の果実に似ているからといわれる。
・イチョウは、長老や祖父の尊称などを意味する漢字である「公」が使われて、「公孫樹」と表記されることがある。これは、「老木にならないと、ギンナンが実らない」という性質に基づくものらしい。
 この名前には、「長老や祖父が植えた木が孫の代になって実る樹木」という意味が込められている、と著者は説明している。
 「モモ、クリ3年、カキ8年」にならって、「イチョウ30年」といわれることもあるようだ。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、194頁~196頁)

・「日本三大名城」あるいは、「日本三名城」といわれる城がある。
 これに、どの城が入るかは、諸説がある。
 多くの場合、名古屋城、大阪城、熊本城が選ばれる。
 この中の熊本城は、安土桃山時代に活躍した武将である加藤清正が築城し、イチョウの木が多く植えられたので、「銀杏(ぎんなん)城」ともよばれている。

<御堂筋のイチョウの並木>
・イチョウ並木で名高い御堂筋(みどうすじ)のある大阪府でも、イチョウは「府の木」と定められている。御堂筋のイチョウの並木は、「近代大阪を象徴する歴史的な景観」として、平成12年度に、大阪市指定文化財に指定されている。
・大阪市の御堂筋のイチョウ並木では、イチョウの雌株にギンナンがなる。
 この並木道が完成したのは、1937年である。雄株と雌株は約400本ずつあったそうだ。
 近隣の人たちは、秋のギンナンの収穫を楽しみにしていたようだ。
 ところが、市販されることが多くなってきたからだろうか、ギンナンを拾う人が少なくなった。その上、自動車が増えて拾い集めにくくなり、道路に落ちたギンナンが拾われることが減ってきた。
 とうとう、1980年代になると、この並木の管理当局に苦情が多く寄せられるようになってきた。「車が道路に落ちたギンナンを踏むので、道が臭く汚くなる」というものであった。

・御堂筋は、多くの人が散策する並木道でもある。そのため、その苦情を放置することはできない。そこで、管理当局は、枯れたり倒れたりしたイチョウの木を植えかえる場合、ギンナンのならない雄株だけを植えることにしているという。
・2017年には、並木道が完成してから80年を迎え、本数は972本に増えていた。雌株に代えて雄株を植えてきた結果、当初はほぼ同数だったのであるが、雌株は256本に減っており、雄株が716本に増えているそうだ。
(田中修『植物のひみつ』中公新書、2018年、196頁~197頁、210頁~211頁)




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