地上を旅する教会

私たちのすることは大海のたった一滴の水にすぎないかもしれません。
でもその一滴の水があつまって大海となるのです。

善から離れず【韓国キリスト教団体、 世界の教会に日本の右傾化阻止求める】

2013-07-04 21:19:34 | 今日の御言葉

愛には偽りがあってはなりません。
悪を憎み、善から離れず、

兄弟愛をもって互いに愛し、
尊敬をもって
互いに相手を優れた者と思いなさい。


「ローマの信徒への手紙」 / 12章 9.10節
新約聖書 新共同訳


神様を忘れることなく、
神様を疑うことなく、
神様により生まれた以上は神様によってなし、
神様によって生活することができますように。
神様によって考え、
神様によってすべてを解決することができますように。
神様によらざるものは
すべてないという立場を保って
神様のために働き
神様のために行くことができますように
直接お守りください。



※梁 澄子氏
(写真は日本基督教団福山延広教会内 =2013年5月)


★韓国キリスト教団体、
世界の教会に日本の右傾化阻止求める


◆朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
2013年 05月31日 09:00


「世界の教会の全キリスト教徒による祈りと連帯が必要だ。日本の急速な右傾化に伴う歴史歪曲(わいきょく)、軍国主義を復活させて平和を壊そうとする野望を阻止するため、共に祈り、強く対応してほしい」

最近目立っている日本の政治家や右翼による極右的な言動に対し、韓国キリスト教教会協議会(NCCK)が28日、世界の教会に強い連帯と対応を求める公式書簡を送った。

書簡はNCCK総務のキム・ヨンジュ牧師名義で、世界教会協議会(WCC)、アジアキリスト教協議会(CCA)や日本を含めた各国の教会協議会(NCC)など100余りの国際キリスト教機関・教団に発送された。書簡を受け取った機関や教団は今後、世界に日本の右傾化の危険性を訴え、この問題を国際会議や集会の議題とするなど、NCCKと連携して活動していくことになる。

李泰勲(イ・テフン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版



※方清子 氏 (写真左側)と
奥田和弘氏
( 社民党京都府連会長、 聖和大学名誉教授 =写真中央)

2013年5月、大阪市役所


◆聯合ニュース 2013年6月12日

【ソウル聯合ニュース】
日本キリスト教団の団体が12日、旧日本軍の従軍慰安婦に関する資料などを展示する「戦争と女性の人権博物館」(ソウル市麻浦区)の後援金として100万円を寄付した。

「『戦争と女性の人権博物館』建設を支援する会」の谷口ひとみ氏ら5人は同日午後、ソウルの日本大使館前で行われた第1078回水曜集会(慰安婦問題の解決を訴える定例の集会)を訪問した。

谷口氏は出席者100人余りの前でマイクを手にすると、「わたしたちは太平洋戦争の加害国である日本の謝罪と賠償を要求し、キリスト教内の性差別をなくすために活動している」と紹介した。また、1996年に初めて後援金を手渡すため韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協、慰安婦問題の解決を目指す市民団体)の元を訪れたが、元慰安婦の女性たちが喜んで迎えてくれてうれしかったと振り返った。

続けて「安倍首相が日本を戦争のできる国にしようと血眼になっている。最近の深刻な日本の政治状況に対し、わたしたちは全力で闘う」と表明した。

谷口氏のあいさつの後、メンバー5人は後援金100万円が入った封筒を元慰安婦の金福童(キム・ボクドン)さんに手渡した。

金さんは「韓国はかつて力がなく、国を奪われ犠牲になったが、日本の方々が韓国まで出向いて激励してくれるとは非常にありがたい」と話し、メンバーらを抱きしめた。

「『戦争と女性の人権博物館』建設を支援する会」は、1991年に元慰安婦の故金学順(キム・ハクスン)さんが日本政府に謝罪と賠償を求めたことを機に結成され、1996年から昨年にかけ挺対協へ総額2260万円を寄付した。



▲寄付をした後、金さん(右)と抱き会う
谷口ひとみ氏 (日本基督教団八幡ぶどうの木教会所属 )
=12日、ソウル(聯合ニュース)

stomo@yna.co.kr


梁澄子(ヤン・チンジャ)
通訳・翻訳業。一橋大学などで非常勤講師。在日 朝鮮人「慰安婦」被害者、宋神道さんの裁判支援 運動を中心に、1990 年代初めから日本軍「慰安 婦」問題に関わる。現在、「戦争と女性の人権博 物館(WHR)日本建設委員会」代表、「日本軍『慰 安婦』問題解決共同行動 2010」共同代表。共著 に『オレの心は負けてない』(樹花舎、2007 年) など。



▲『ひと目でわかる日韓併合時代の真実』水間政憲 (資料写真)


(『朝日新聞が報道した「日韓併合の真実」』)




地の果て【アレクシイ2世がロシア正教会の総主教に選ばれる (1990~2008)】

2013-07-04 18:38:02 | 今日の御言葉

Photo: RIA Novosti



あなたがたの上に聖霊が降ると、
あなたがたは力を受ける。

そして、エルサレムばかりでなく、
ユダヤとサマリアの全土で、

また、地の果てに至るまで、
わたしの証人となる。


「使徒言行録」 / 1章 8節
新約聖書 新共同訳


苦労の多い社会であるから
一日も早く平和にしてあげたいと思い
困難な道だからこそ
最も愛する者を遣わすのです。

悲しみと孤独の境地を通過する時
その気持ちを神様に帰しなさい。

涙を流しただけ
神様の心情を知ることができ
苦労する人の心の痛みを
理解できるのです。

あなたが歩んだ苦労の道は
いずれの日にかきっと
多くの人に希望と喜びを
与えることでしょう。



★アレクシイ2世がロシア正教会の総主教に選ばれる
(1990~2008)


◆ロシアNOW 2013年6月13日
http://roshianow.jp/arts/2013/06/07/2_43401.html


1990年の今日、6月7日に、アレクシイ2世がロシア正教会の総主教に選ばれた。


▲ロシア正教会の総主教アレクシイ2世
写真提供:wikipedia.org


◼スウェーデンの貴族の末裔

アレクシイ2世、俗名アレクセイ・リディゲル(1929~2008)は、エストニアのタリンに生まれた。ドイツ系で、先祖は、1695年にスウェーデンのカール11世により、貴族に列せられている。当時、エストニアは、スウェーデン領であり、ピョートル1世時代の大北方戦争の結果、ロシア領となった。

◼激動の時代に

アレクセイの父は1940年に神学校を卒業して、司祭となったが、これは奇しくも、ロシア革命後独立国となっていたエストニアがソ連に併合された年であった。

同国は41~44年には、今度はナチス・ドイツに占領され、その後はまたソ連に再占領される。こういう激動の時代に、アレクセイ少年は育った。

アレクセイは、1947~1949年にレニングラード神学校で、1949~1953年にレニングラード神学アカデミー(現サンクトペテルブルク神学校)でそれぞれ学び、卒業した。

この間、1950年に叙聖されて、エストニアの教区司祭に任命された。同年、司祭の娘ヴェーラ・アレクセーエヴァと結婚したが、1年後に離婚している。

1961年、アレクシイはタリンおよびエストニアの主教に選ばれる。1968年、府主教に選出。1986~1990年にノヴゴロド・レニングラード府主教。

1990年、総主教ピーメン1世の逝去を受けて、総主教に選ばれる。


◼8月クーデターでの断固たる対応


1991年8月、守旧派が起したソ連8月クーデターでは、アレクシイ2世は、クーデター反対の態度を鮮明にし、断固たる対応をとる。


クーデターの首謀者たちを破門し、ゴルバチョフ大統領の軟禁を非難する一方、軍に対しては、暴力と同胞の殺戮に反対する声明を出した。まだ、クーデターの成否が判然としなかった時点でのことだ。しかも、この声明は拡声器で増幅され、「ホワイト・ハウス」前で待機中の部隊にも伝えられた。

こうした対応は、新生ロシアにおける教会の立場に少なからず影響したと思われる。

連邦崩壊直後から、ソビエト政権に迫害、殺害された皇族、聖職者などが列聖されていく。1995年、初のドイツ公式訪問では、アレクシイ2世は「ソビエト連邦によりドイツに押しつけられていた共産主義の圧政」について公式に謝罪している。

2008年、アレクシイ2世は、モスクワ州のペレデルキノの自宅で、心不全のために死去した。



※ 現在のロシア正教の最高位
キリル総主教 (2008~)



★ロシア正教会、「三位一体祭」は教会の誕生日

◆The Voice of Russia 日本語版 2013年6月28日

「三位一体祭、五旬祭、あるいは精霊降臨はキリストの復活から50日めに起きました。まさにこの日、救世主の使徒と弟子のもとに火の舌の形をした精霊が下ってきたのです。この降臨がなされたあと、使徒、弟子たちは様々な言語で語り始め、彼らに伝道を行う恵みが与えられたのです。神の子キリストの教えを記憶に刻んだ使徒らは世界の方々へ散らばってゆき、キリストの復活について、救世主について布教し、キリスト教の教えを広めました。」


イーゴリ長司祭は三位一体祭はよく、「教会の誕生の日」を言われるとして、さらに次のように語っている。


「三位一体祭は復活祭(パスハ)と並び、古代ルーシから人々にとても愛されてきました。民間ではこの日に夏がやってくるとされていたのです。そのため革命前のロシアでは三位一体祭の日、信徒たちは朝から花や木々の枝を持って教会にやってきたものでした。教会も家も床には草や葉が緑の絨毯のように敷き詰められ、イコンのある場所は白樺の若い枝で飾られました。目覚めたばかりの大地の力を力いっぱい吸収した若い枝は、新しい収穫をもたらし、人間にも動物にも健康と幸せをもたらすと信じられていたからです。」

この喜ばしい三位一体祭の日、モスクワでは、15世紀にアンドレイ・ルブリョフが書いた有名な「三位一体(トロイツァ)」のイコンがトルマチ通りの聖ニコライ教会に置かれた。ルブリョフの「トロイツァ」は普段常設されているトレチャコフ美術館から4日間の期限で、美術館に隣接するこの教会へと移されている。美術館のなかではなく、祈りの場で信徒らがこのイコンと真向かう機会を設けることはすでに伝統となった。これについて聖ニコライ教会のニコライ・ソコロフ長司祭は次のように語っている。

「毎年、三位一体祭の前日にこのイコンは展示室から教会へと移され、ここに3~4日置かれます。この教会はトレチャコフ美術館の一種の別館のようなもので、温度、湿度管理など、イコンの保存に欠かせない美術館としての条件はすべて備わっています。またこのルブリョフのイコンは特殊なケースに入れられていますから大丈夫です。」

ロシアにはこの祝日を記念し、三位一体の名称を冠した教会、修道院が少なくない。モスクワ郊外にある有名な聖トロイツァ大修道院もそのひとつ。この男子大修道院は1337年、聖セルゲイ・ラドネシュキーによって開かれた。

http://japanese.ruvr.ru/2013_06_28/116819946/



モスクワにある現在の首座聖堂、
救世主ハリストス教会 (写真)。

宗教弾圧政策をとるソ連時代に爆破(1931年)されたが、
2000年8月に再建された。