ふいに浮かんできた情景から物語を作りました。
つづくかな?(苦笑)
どこかで古い木がきしむ音がした。
意識が覚醒してくるのを感じる。私はいつの間にか眠っていたようだ。
ゆっくりと目を開くと、薄いグリーンの天井が見えた。部屋の風景に見覚えはなく、今まで自分が何をしていたのかもよくわからない。
鼓動が早くなるのを感じる。
完全に意識が覚醒し、改めて部屋を見回してみた。
私は粗末なベッドの上に寝ていた。
毛布を身体にかけて寝ていたわけではないので、ぐっすり寝ていたというよりは、仮眠だったのかもしれない。
ゆっくり身体を起こす。
マットには、新品ではないが、清潔でぴんとしたシーツがつけられている。
シワもあまりなく、ほんとうに一瞬眠っていただけかもしれないと思った。
部屋の壁は、天井と同じ薄いグリーンに塗られており、ベッド以外のものは何もなく、木製のドアは、壁よりはやや濃いグリーンのペンキが塗られており、少しだけ木がはげていた。
ここがどこなのか。
私は今まで何をしてたのか。
何一つ思い出せないのだけれど、ぼんやりしているせいか、不思議と恐怖を感じなかった。
ここでじっとしていても仕方ないので、私はとりあえず部屋の外に出ることにした。
ドアは鍵がかかっているわけでもなく簡単に開いた。
ギギィーーっときしむ音がしたが、目が覚める直前に聞いたような、重々しいものと少し違う気がした。
廊下は狭く、壁も天井も白く塗られている。
ドアがいくつかあり、ふと、ここは大きな船の船室かもしれないと思った。
心なしか体が揺れているように感じるのは、私が揺れているのではなく、建物、つまり船が揺れているのかもしれない。
また、ギギィと、重々しいきしむ音が聞こえた。
私は音がしたほうに向かって歩き始める。
廊下を突き当たると、左右にわかれて通路があった。
左には階段が見え、右には操縦室のようなものがあった。
音は操縦室から聞こえているようだった。
操縦室に行けば誰かがいるかもしれない。
誰かに会って話を聞けば、私がなぜここにいるのか教えてもらえるかもしれない。
そう思うと私は、恐れる気持ちより、早く人に会いたくて、躊躇なく操縦室らしき部屋の扉を押し開けた。
扉は簡単に開いた。
部屋はそれほど広くなかった。
真ん中に大きな木製の舵が取り付けられており、舵の正面の壁には、大きく世界地図が描かれていた。
よく見るとその世界地図は近代的で、太平洋のやや下のほう、オーストラリアの少し上に小さい赤いランプがついていた。
それがこの船の位置かもしれないと思った。
舵のまん前に、大きなコンパスが乗せられた棒が立っていた。
コンパスは北を指している。
よくわからないが、これって、このまま進めばアラスカとか北極に行ってしまうってこと?
寒い場所に向かうのはイヤだった。そういえばなんとなく肌寒い。毛布をかけずに眠っていたため、体が冷えてしまったのかもしれない。
北極に行くのはイヤだ。
もう一度そう考えた。
誰かが私の耳元で、ではどこに行きたいの?と聞いた気がした。
どこに行きたい?
もしそれを決めていいなら、北アメリカに向かいたいと思った。
それは私のふるさとのある場所。
そう思うと笑顔になった。
そして改めて思う。
私は誰?
そして、何人?
鏡がないので、自分が何者なのかもよくわからなかった。
身体を見ると、下はジーンズに、上は白いシャツだった。そして、そう、女性だった(笑)
よかった。
きっと私は私だ。
そう思うが、そこまで考えてあれ?っと思う。
私は和恵。
てことは日本人。
なのになぜ北アメリカがふるさとなのか。
まあいい。
魂のふるさとがそこにあるのだろう。
漠然とそう考えると、また誰かが私に話しかけてきた気がした。
北アメリカのどこに行けばいい?
え?
どこに行けばいい?
それは…
とりあえずアリゾナだよな。
舵、動かしていいのなら、アリゾナに向かったらダメなのかな?
誰かに聞いてみたいけど、誰かがいるのかどうかもわからない。
そう思いながら舵に触れると、たった今まで誰かが触っていたようなぬくもりが残っていた。
私はふと、天使が操縦してくれていたような気がしてクスっと笑う。
だとしたら楽しいのに。
舵を握り締めると、まずはアリゾナ。
だけどニューヨークも行きたい。
そんな気持ちがいっぱいわいてくる。
なにか大きな美術館に行きたい。
インディアンの資料館も行きたい。
行きたい!
すぐに戻せばいいのだからと、ちょっとだけ舵を動かしてみようと思った。
ぎゅっと握り締めて大きく時計回りに動かしてみる。
ギギィ。ギギィ。
ああ、さっき聞こえていた音はこれだ。
目の前の世界地図に突然緑色の光の線が現れた。
赤い光から、アメリカのカリフォルニア半島の下あたりまでを直線で結ぶように現れた線は、不安定に少し揺らめいている。
舵に触るから線が動くのかもしれないと思ったので、手を離すと、緑の線は確信に満ちたかのように動きを止めた。
深い場所から満足する気持ちがわきあがり、なんだか楽しくなった。
誰かが来たら舵を戻せばいい。
そう言い聞かせてとりあえずどこかに座りたいと部屋を改めて見回すと、右の奥に小さいテーブルと簡易キッチンがあるのが見えた。
テーブルの上には、コーヒーポットが置いてあり、たった今落としたばかりのような感じで、ポタポタとコーヒーがカップにしたたり落ちていて、とてもいい香が部屋を充満しはじめた。
テーブルにはイスもついていたので、とりあえず腰掛けてコーヒーを飲むことにした。
まるで誰かが用意していたかのように、空のカップもそこにある。
私は小さいイスに腰掛けてカップに注いだコーヒーをゆったりと飲み始める。
すると、コーヒーを注いだときには気づかなかった一枚の便箋がテーブルに乗っていたことに気づいた。
目が覚めたばかりの私へ
そうかかれていた。
私は少し戸惑いながら、でも、何も手がかりがないことが怖かったので、その便箋を手に取り読んでみた。
目が覚めたばかりの私へ
あなたは今、少し混乱していると思います。
きっと自分が誰で、今までどこで何をしていたのか、これからどうすればいいのかもわからず、知りたいことがたくさんあることでしょう。
また、あなたはきっと、今自分が動かした舵について少しだけ心配していることだと思います。
このまま行きたい場所に向かっていって大丈夫だろうか。
運よく港に着いたとして、私はちゃんと上陸することができるのだろうか。
上陸した後、私は何をどうすればいいのか。
何もわからないまま進んでほんとうに大丈夫なのだろうか。
そんなことが頭を掠めているのではないかと思います。
ですが大丈夫です。
今この世界に着いたばかりのあなたは何も知らないし、混乱していて当然です。
どこから話していいのかわかりませんが、とりあえずあなたにはこのことだけは知っておいて欲しいと思うメッセージだけを簡潔に伝えたいと思います。
あなたは、あなたが生きたいと願った世界でやっと目覚めることができました。
これからは思い煩うことはありません。
また、思ったとおり生きていくことができるようになりました。
ほんとうにおめでとう。
あなたに伝えたいメッセージはこれです。
舵はあなたが進みたいところを目指して動かせばそれでいいのです。
港に着くまでのことを思い煩う必要はありません。
また、港に着くまでも、港についてからも、あなたに必要なものはすべて準備されているので、それも何も心配する必要はありません。
あなたはただ、あなたが行きたいと願う場所に行こうとするだけでいいのです。
あなたは今、あなたがいるべき場所に新しく生まれ変わりました。
これからは、思うがままの人生を楽しんでください。
幸運を祈ります。
誰よりもあなたを愛するあなたより
誰よりもあなたを愛するあなた?
それはつまり私?
便箋に書かれた文字を何度も読み返し、何が起きたのか把握しようとしたけれどやっぱりよくわからなかった。
けれど一方で私は確信していた。
ここは私が望んでいた場所なのだ。
やっとここに来ることが出来たのだ。
そして、今日から私の船の舵は、私の手で動かすことができるのだ。
この重みは、私がほんとうにやりたかったことに向かっていることの現れである。
私は、やっと行きたい場所にこの足で立つことができるようになったのだ。
壁のほうを見ると、小さい窓があることに気がついた。
丸い窓の向こうには、青くてきれいな空が見えた。
少なくても外は昼間で、今は晴れている。
アリゾナに向かう私を、船はゆるぎなくそこまで私を運び、港に着くまでの私に必要なものは既にこの船に乗っていて、港についてからも、私は出会うべき人に出会い、必要なものを与えられるのだ。
あとはそこで何をするのか、決めるだけなのだ。
コーヒーの香りが再び私の心を深い場所まで優しく癒し、私はうれしくてつい声をだして笑ってしまった。
これからは、私の船の舵は私が動かしていく。
それが私が手にした最大の宝だったのだ。
とりあえずコーヒーを飲んだら、甲板に出て、カモメと話をしようと思う。
そしてのんびりと空を眺めて、青空を見つめながら昼寝をしようかなぁと思うのだった。
つづく(かな爆)